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後悔先に立たず

 目を開く。

 見えたのは予想通り、最早何度見たかもわからない天井。


「病室、か」

 あれだけ無茶をし続ければ当然のことではあるが、記憶が途中で途切れている。


 一応横を見て確認すると、そのベッドの中にはニコラが横たわっていた。

 わざわざ病室に寝かされているところを見ると、無事だったらしい。


 もっとも、眼帯の下の状況次第では無事とは言えなくなるが。

 捲って確認するわけにもいかず、イチトは周囲を見渡した。


 だが天井以外もいつも通りの病室だ、ということを確認することしかできなかった。

 タブレットもなく、捻れた方の足は歩くなと言わんばかりに固定されている。


 恐らく任務は終わったのだとは思うが、それでも知らなければならないことは山積している。

「……やるか」


 仕方なく、ナースコール用のボタンをカチカチと三回押す。

 すると十秒もせずに、扉が開かれた。


 入ってきたのは、険しい顔の中年の男、エイル・プラスチック。

 目の下の隈は以前より黒く、顔はより痩せこけている。


 一体どれだけの被害が出れば宙域の医療を司る男がここまで弱るのだろうか。


「どこが痛む」

「今のところは平気です」

「ならコール押すんじゃねえ」

「でも、あなたに話があります」


 エイルは扉へ向かう足を止め、近くの壁によりかかって続きを促した。

 帰ってはならないと、その声色から察したのだ。


「聞かせて下さい。ニコラ、それとヴィーシはどうなったか」

「そこで寝てるのは、目だけは直せなかった。クソ女は、体は元通りだ」


 体は、という言い方には引っかかったものの、それよりも強く気にかかる方を先に解決してしまうべきだろう。


「もう、左は見えないんですか」

「無理だ」


 わかってはいた。

 あの時、ニコラの左に続いて右目を潰そうとするコーレスを止めたのは、治らないかもしれないと思ったからでもあった。


 だが改めてその事実を突きつけられると、無力を噛みしめるほかない。


「何をしたらああなるんだって言いてえぐらいにグチャグチャだった。一体、何があった」

「……指を突っ込んで、中で眼球を潰し切ってから引き抜かれてました」


「……どんな戦闘だ。一応言っとくが、『星群』でも無理って判断だ。脳が近いし下手なことはしたくねえ」

「そう、ですか」

「まあそれ以外は、一応動いても問題は無いはずだ。でもお前は今日一日絶対に足を動かすな」

「わかりました」


 本当ならば、宙域の現状を仔細に聞き正したいところではあるが、それは少ない医療リソースを削ってまですることではない。


 最低限が把握できたなら、次に問うべきはこの男にしか答えられないこと、そしてこの男が言うべきことだ。


「アルバーが、死んだのは、知っていますか」

 できれば『死んだ』等とは言いたくなかった。

 自分の力不足とエゴのせいで死なせたのに、それを棚に上げているような感じがするから。


 だが、『殺した』とは絶対に言えない。

 自ら命を犠牲にして、守ってくれたアルバーの心を、踏みにじることになる。


 その心を貶めるぐらいならと、イチトは責任を棚上げする恥知らずになった。


「……知ってるよ。何なら死体も、見た」

「生きてる間に謝ったんですか」


 エイルは、宙域の医療を司るが医者ではない。

 昔、金に目が眩んで、胎児の足を切り落とすという手術を引き受け、免許を剥奪されたからだ。


 そう、アルバーという子供の足を切り落としたせいで。 


「いいや。俺は逃げて、逃げ切っちまった」

「……予想はしてました」

「お前の、言う通りだった」


 床を眺め、虚ろな目で呟いた。

 そこでようやくイチトは異変に気付く。

 体調を崩すほど忙しい、宙域唯一の医者がナースコールの対応などするはずがない。


 だがエイルはボタンを押してから十秒で、病室まで駆けつけた。

 押すな、と怒鳴っていたがその実、この男は呼ばれるのを待っていたのだろう。


「俺が医者だった時、よく患者に言ったんだ。運動器に乗れ、重力を弱め過ぎるな、部屋の温度を一定に保ち過ぎるなってな」


 突然、昔話が始まった。

 だがこんな鎮痛な面持ちでただの思い出話をするとは思えず、イチトは黙って顔を見つめた。


「でも誰も聞きやしねえ。そんで悪化してから俺に縋ってくる。馬鹿かって、最初から従えばいいじゃねえかって、ずっと思ってきた」


 医学や薬学が進歩して、多くの病気は治るようになった。

 だがそれでも、人の怠惰は治ることはない。

 そして怠惰は直ぐに治る病気を育て上げ、もう手のつけようもない大病へと進化させる。


 それの後始末を押し付けられるエイルが、そんな患者を罵倒したくもなるのも当然だろう。


「でもな、俺も同じだった」

「同じ?」

「お前の忠告を聞いたのに、俺は何もしなかった。俺を犯罪者に向ける目で見るお前が、わざわざ俺の為にだ」


「あなたの為ではありません。メリットが無いと話さないと思ったから言っただけです。俺は一貫してあなたの敵です」


「……そんなことにも気付けねえなんて、俺はどこまで馬鹿なんだろうな」

 イチトは、正体も知れぬ親の敵を殺す為に宙域にいる。

 同情するなら、足を切り落としたエイルではなく、その足を切った相手が近くにいることも知らないアルバーに決まっている。


「何で俺は、動かなかったんだ」

 エイルは、多くの死を見てきた。

 死ねば言葉を交わせないことも、交わせなかった言葉が後悔を生むことも、嫌というほど知っていた。


 チープな悲劇なんか目に入れるのも嫌になるぐらいの、本物の死別を、幾度となく見送った。

 だが、エイルはアルバーに謝らなかった。


 覚悟ができないと言い訳をして、この作戦で死ぬはずがないとタカをくくって。

 散々見た歴史に学ばず、経験してから悔いるその姿は、正に愚者と呼ぶに相応しい惨めなものだった。


「……クロイ」

「何ですか」

「助言、無駄にしてすまなかった」


 エイルはポケットから液体タブレットの容器を取り出すと、サイドテーブルの上に置いた。

 細かい傷や設定からするに、イチトが任務以外で使っていたものだ。部屋に置いて出たのを、届けてくれたらしい。


 最初から、病室に置いておいてもよかったのに、わざわざ手渡しでだ。


「謝罪する相手が違います。部屋からこれを取ってきてくれたことには、感謝しますが」


 イチトは決して謝罪を受け入れず、タブレットの容器だけを受け取った。

 エイルはそれ以上何も言わず、部屋から去っていった。


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