十二分のゼロ
「はあ。ったく、面倒くせえったらありゃしねえ。まだ動けたのかよ」
「動けるならもっと早く動く。今回はこいつに頼っただけだ」
そう言ってイチトは、ニコラと繋いだ手を持ち上げた。
掌以外で二人を結びつける、もう一つの繋がりがカチャ、と音を鳴らした。
「何で自分に手錠かけてる。馬鹿か」
「散々見せたでしょ。これがワイヤー巻き取れるの」
ニコラは鍵を差し込んで、手錠を外し、そっとポケットにしまった。
アルバーが敵の注意を引きつけている間に手錠を投げ、そして巻き取ることで近づき、『星群』を発動させたのだ。
「合流した方法を聞いてんじゃねえよ。合流したくせに、逃げもしねえ理由を聞いてんだよ」
「決まってんだろ。お前を、止める為だ」
「それが馬鹿だって言ってんだよ。止める力もねえのに立ち向かうのか?」
「力なら、ある」
そう言った二人がしたのは、力を得るのとは真逆の行為。
手を開き、その繋がりを断ち切ったのだ。
「『星群』有りでも敵わねえのに、生身になるバカがいるとはな」
嘲弄するように見せて、その実一層警戒を深めた。
味方を助けるつもりなら、敢えて『星群』を捨てるようなことはしないだろう。
直感の告げるままに、その命を絶つべく二人に飛びかかった。
だがその足が地面から離れることは無かった。
「なっ!?」
コーレスの足首は、何者かに握られていた。
全力を以て地を蹴っても、微動だにしないだけの力が、信念が込められた手。
だが、その手がそこにあるはずはない。
『星群』を発動している間は動けないのだから、瓦礫に潰されている今、足首を握れるはずはない。
「テメエ、動けねえんじゃ」
腰から上を捻って、瓦礫の山の麓を見た。
そしてその瞬間、コーレスは理解した。
いや、理解できなかった。
だがそれでも、床に広がる赤が、靴に染みる生暖かさが、その現実を否定させてくれない。
「まさか、解除したのか!?」
『星群』を使うと動けない。
ならば、『星群』を使わなければいい。
足を掴むまでの間だけ、アルバーは、『星群』を解除した。
今広がる惨状は、その行動の結果。
頭、肩、腕、以上。
それ以外の部位は砂礫に蹂躙され、紙のように薄く潰されている。
アルバーはこの瞬間、足止めをするためだけに、その命と体を捧げたのだ。
「何がしてえんだ!お前が死んだ後どうなろうが、お前には関係ねえだろっ!なんでそのためだけに何もかも捨てられる!」
焦り、怒り、そして恐怖。
いつまで保つかわからない足止めの為に、全てを擲つ。
その異常が、コーレスにはどうしても理解できない。
「」
それに答えるかのように、口が動く。
だがそこに音は無い。
肺が消え失せた人間が口から出せるのは、血のみだった。
もし肺があったなら、アルバーはこう言っただろう。
「貴様には、わかるまい」と。
心を救ってくれた少女を、死なせたくないという思いなど。
それでいい。
きっとニコラにも、伝わらない。
それで、いい。
その命を守り抜けるならば、全て差し出しても惜しくはない。
「」
行け。
声ならぬ声で、叫ぶ。
産まれて初めて自分が守ったものを認めてくれた少女に。
初めて、友になりたいとすら願った少女に。
逃げて、生きのびてくれと切に願う。
「コーレス・ダルスター。私はお前を許さない」
三本線の入ったジャケットを脱ぎ捨て、少女は宣言した。
隣に立つ少年も同じように、ジャケットを投げ捨ててその目を吊り上げた。
「ああ!?死ぬのが嫌なら戦場に来てんじゃねえよ!雑魚はさっさと土に還れ!」
「例え戦えなくっても!これは、私がしなくちゃならないことなんだ!」
「やらなきゃ、だあ?」
「お前は、人の大切なものを踏みにじった!それを黙って見過ごすなんて私にはできない!」
それは彼女なりの正義。
真っ当に生きる人間が、全てを奪われ踏みにじられることを許せない、真っ直ぐな心の現れだった。
「はっ、下らねえ!男の方もこんなバカに付き合って死ぬつもりか?」
「んなわけねえだろ。俺は、俺のためにここにいるだけだ」
「……ああ?」
「恩人の、誇りも命も奪い去った相手から逃げるような奴に、復讐者が名乗れるか!」
アルバーとイチトは、仲が良かったとは言い難い。
それでも、首を折られる前に助けてくれた恩は。
その命を捨ててでも、時間を稼いでくれた恩は。
その死を悔やみ、復讐を志すには十分だった。
ニコラは剥き出しになった腕を斜め前に突き出した。
イチトも腕を突き出し、肘の内側が触れ合うように重ねた。
それと同時に、二人はその瞼を下ろす。
どくん。
血が流れる。
全身の傷から血が吹き出し、そして即座にその傷が塞がれた。
欠けた部分を補うように、目が冴え、足が肥大する。
満身創痍の体が、戦うために作り変えられていく。
──そして二人は目を見開いた。
「コーレス・ダルスター!」
ニコラは叫ぶ。
宙域としての立場は関係ない。
「今から、お前を!」
イチトは叫ぶ。
これは、自らの感情のみに従った行為。
「「私刑に処す!」」
故に今から行われるのは、死刑ではなくただの私刑。
法も倫理もかなぐり捨てた、犯罪者と変わらぬ身勝手な行動。
大胆不敵な、警察本部内での犯行声明を終えた二人は、重ねた腕を絡ませるようにして、お互いの手を掴んだ。
どくん、どくん、どくん。
心臓が、触れた腕が、より強く速く鼓動する。
二重螺旋に繋いだ腕から、止まることなく力が溢れ出す。
怪我の痛みすらねじ伏せて、敵を倒すための躰を創り上げる。
後のことなど考えない。
今、ここで敵を倒すためだけに、『星群』は二人に限界を超えさせた。
「「はあああああああああああああああああああ!!!」」
二人は『星群』の発動も半ばで飛びかかる。
「っ!」
明らかに速い。
コーレスは既のところでその手を掴み、純粋な力勝負に持ち込んだ。
だが、押しきれない。
鎧袖一触で吹き飛ぶはずの雑魚と、互角の勝負を繰り広げさせられている。
「触れる、面積か!」
「ああそうだ。俺達の『星群』は、『一つになるほど強くなる』!」
「だから手の繋ぎ方を変えれば、お前にだって対抗できる!」
「はっ、じゃああの半端野郎はお前らが手抜いたから死んだのか!報われねえなあ!」
「隠してねえよ!気付いてなかっただけだ!お前を蹴飛ばすまではな!」
それは、コーレスが二人を引き剥がそうとした時。
苦し紛れに放った蹴りが、その腹に炸裂し、初めてダメージを与えることができた。
違いは一つ。
繋いだ手と重なった足の、二箇所同時の接触。
それを再現する為に、二人の腕は、二重螺旋に繋がれたのだ。
「力で並んだから何だっ!」
そう、力で釣り合いはしたが、それだけなのだ。
現に押し合いでは、二人は少し押されている。
現状維持が精一杯で、倒すまでは程遠い。
「力が同じなら、手数が多いのが勝つ!」
二人が使ったたのは、奥の手。
正しくは、繋いだ二重螺旋の腕。
威力は落ちるが繋いだ腕でも攻撃はできる。
「「はああああっ!」」
心臓に一発、全力の一撃が放たれる。
「ぐっ!?」
腕が絡み、動きが鈍いこともあって、致命傷には程遠い。
だがそれでも、その一撃は確かにコーレスに届いていた。
「ふっざけんじゃね、ぐぶっ!?」
「その汚えツラも射程範囲だ!」
「頭も、心臓も、鳩尾もだ!お前がどこまでも苦しんで死ねるように殴り続けてやるよ!」
両腕を掴んで抵抗を封じ、繋いだ手は正中線をなぞるように殴り続ける。
その手はまるで、南十字座を描くかのように動く。
「ぐっ、がっ、クソッ!殺す!殺して、やる!」
「そのセリフは他のお前に聞いた!」
「だったら何だってんだ雑魚虫が!」
「断末魔までワンパターンなバカに、私達がやられるかよ!」
「ハッ!バカはどっちだぁ!?教えてやるよ!俺の『星群』は、『十二の死人』!』自分の体を複製して、合体することができる!」
「散々目の前でやられたってのに、今更言われてもなんの驚きもねえよ!」
二人は叫ぶと同時に、その顔に向けて拳を放つ。
コーレスはそれを、自ら頭を付き出すことで迎え撃った。
「重要なのはそこじゃねえ。この『星群』の本質は、力じゃなくて数だ!」
「……!まさか、予備の自分を!」
「俺の『星群』は、自分を複製し、融合させること!その最大数は、十二人分!宙域にいる俺を殺しても、まだあと四人分の俺がお前らの命を狙う!まあその前に、俺がお前を殺してやるがなあ!」
「今のお前と、さっきのお前は、それぞれ四人分なのか」
「ああ、そうだ!どうせ後で死ぬんだから、今ここで死んでおけよ!」
「死ぬのは、お前の方だ!」
アルバーの助けを借りてようやく五分の勝負に持ち込んだ相手が、もう一人いる。
下手をすれば、今からもう一戦、同じ強さの人間と戦わなければならないとそう伝えた。
そして二人は間違いなくそれを理解したはずなのに、目の炎は寧ろ燃え上がっている。
コーレスは思わず挑発をやめ、聞き返してしまった。
「……何?」
「木星第一衛星、タイタン!」
「なにを、突然星の名前なんざ!」
「俺達が、初めてお前を殺した場所の名前だ!」
「な……」
頭をぶん殴られたかのような衝撃が走る。
それは間違いなく、コーレスが残り四人の自分を向かわせた衛星の名前だった。
「嘘を、つくなっ!」
否定するしかない。
例え一度も口に出していない分身を向かわせた先を当てたとしても。
「マカリ・フランキスカ!」
「!?」
「一緒にいた手配犯だよ、仲良いの?」
「黙れっ!」
コーレスの筋肉が膨れ上がり、目の前の少女を押しつぶさんと、一層の力を捻りだす。
「二人に分かれてバイクに乗ってたよな。性能の割に見た目は古かったのは、捕まる前のガワに最近の機体入れたからか?」
「っ、黙れ黙れ黙れ黙れ!」
不味い。不味い。不味い。
コーレスの心を焦りと恐怖が埋め尽くす。
当てずっぽうにしては、当たりすぎている。
場所、部下、バイク。
全てをマグレで当てられる確率など、殆どゼロのようなものだ。
間違いなくこの二人は、他の四人の俺と接触している。
「まだ現実から逃げるのか?ならもう一つ教えてやる!お前が『星群』を手に入れたのは、出所後から今日までの、数日の間だっ!」
「っ!?」
それは、宙域の持つ情報を束ねれば予想できる程度の情報だった。
だが今、殴られて思考が鈍った状況で、そう判断できる冷静さはコーレスにはなかった。
そして結論づける。
タイタンに置いてきた分身の一人が、殺されたのだと。
「ついでに言うと、殺したのは一人じゃない!」
「お前の言い方だと、二人分を二人で、四人分だ!」
「────」
視界が、眩む。
あり得ない。絶対に。
リスクを避けるため、タイタンに送った分身が、全て殺されているなど。
だが人数と分かれ方を完璧に当てたのも、紛れもない事実。
考えを纏めようとしても、殴られた衝撃で定期的に思考が止まってしまう。
「もっとハッキリ言ってやるよ!お前が、最後のコーレス・ダルスターだ!」
纏まらない思考のなか、たった一つ、脳裏にはっきりと浮かんだ文字が一つ。
死。
「っ、や、め、ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
こんなところで、終わりたくはない。
「やっと余裕が消えたね!」
「認識を改めろ!お前は、ここで、死ぬ!」
「ふざっ、けんじゃねえ!おかしいだろうがよ!」
「何がおかしい!お前の頭か?」
「決まってるだろっ!」
コーレスは憤怒と、そして僅かな死への恐怖を覗かせて、叫んだ。
「死んだだけで終わるなんて、そんなバカなことがあってたまるかっ!」
二人は最初、何を言われたのかすら理解出来なかった。
だが時間が経つにつれて、ふつふつとその感情は湧き上がり、そして──
「「殺す!」」
殺意へと変わった。
「ま、待てっ、やめろっ!」
「いいや、やめない!」
「お前を、絶対に、何に換えようと、殺す!」
殴る、殴る、殴る。
延々と、只管に、手が傷もうが血を吹こうが関係なく、その命を奪い取る為に拳を振るう。
「やめろっつってんだろうがあああああ!!」
叫ぶと同時に、コーレスの体が限界を超えて力を振るう。
筋肉が自壊しかねない負荷をもって、目の前の少年と少女を押しつぶす。
「っ、まだ、こんな力がっ!」
「こんな、ところで、死んでたまるかよおおおおお!」
暴走と呼ぶに相応しい、劇的な力の上昇。
更に何かが沸騰するような音を立て、コーレスの体が肥大していく。
もはや力では、暴走したコーレスを抑えることができない。
「地に、落ちろ!」
故に、詠唱する。
一人の力では対抗できない相手に、二人の力で立ち向かうため。
「「ゼウスの大鷲!」」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえええええええ!!!」
直後、二人は一歩前に進み、競り合っていた手の力を抜いた。
「は」
梯子を外されたコーレスは、ぐん、とその腕を前に突き出した。
倣う星座は、大鷲座。
組み合った後、力を瞬時に抜くことで、相手はまるで空を飛ぶ鷲のように羽ばたくことになる。
そして腕を押す力の全てを、体を回転させることで、繋いだ拳を突き出す推進力へと変貌させる!
「「雷神鷲心臓撃!」」
ズドオオオオオオオオオオオンッ!!!
雷鳴のような音と共に、繋いだ拳が胸に炸裂する。
「あああああああああああああああああ!!?!!!?!」
「痛いでしょ!辛いでしょ!とくと味わえ!」
「お前の罪は、その命を以てしても償いきれないぐらいに重い!」
「死ぬ覚悟もない奴が、戦場に来てんじゃねえええええええ!!!」
際限なく血が吹き出し、世界が真っ赤に染まる。
その手は皮膚を貫き、心臓を穿った。
それでも、それでも尚、二人の怒りと拳は、止まりはしなかった。
「「はあああああああああああああああ!!!!」」
バキイィッ!
全身全霊を込めた一撃は、ついに、背骨すらも打ち砕いて、コーレスの胸を貫通した。
「え、あ、ぁ」
すると体の肥大も叫びも止まり、次第にその目は光を映さなくなっていく。
「死に、たく、な」
最期に絞り出したのは、それでも尚生にしがみつく執念。
だが心臓を失った体は、最早立つ事すらままならない。
「きっと、アルバーだって死にたくなかったよ」
ニコラは呟くと手を離し、そして突き刺さった腕を引き抜いた。
支えを失った巨体はぐらりと後ろを向き、地に倒れた。
わし座の心臓星、アルタイルを穿つが如く放たれた一打は、確かにコーレスを地に落とした。




