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神の救いは訪れない

「っ、なん、で、いんのさ」

 見るも無残な姿になりながらも、ニコラは声を絞り出した。

 唯の救援なら上がらない両手を上げて歓迎したが、それがアルバーとなると話は違う。


 彼には、瀕死状態のヴィーシを預けて来たはずだ。


「……惨いな。ヴィーシは救急隊員に預けた。手が空いたのなら、他の命を救う為に動くべきだろう」

「ははっ、気持ち悪いぐらい立派。でも助かった。私、もう無理だ」


「何を言っている。今の貴様に言うのは気が引けるが、まだ仕事は終わっていないぞ」

「この、ボロボロ乙女に、何させようってわけ?」

「逃げろ」


「……いや、無理。できるなら、もう、やってるよ」

 ニコラは痛む首を僅かに震えさせて訴える。

 まともに体が動かない状態で逃げろと言うなど正気の沙汰ではない。

 神の下僕の発言にしては、余りにも厳し過ぎる。


「だろうな。だが、やってもらわなければ困る。私には」

「いつまでゴチャゴチャ言ってる気だ?」


 ドゴオオオオオオオン!!

 その動きを目で捉える前に、コーレスの拳は青年を吹き飛ばした。


「ア、ゲホッ、ごっ、アル、バー!」

 咄嗟に名前を叫びかけて、大声すら出せないことを思い知らされる。

 壁からはもうもうと煙が上がる。

 あの速度で壁に叩きつけられてしまえば、もはや戦うことはできない。


「名前なんか呼んで何になるってんだ?もう聞こえやしねえってのによ」

「聞こえているぞ」

「っ!?」


 煙の中から声がする。

 それも、直前に聞いた声と全く変わらぬ声が。

「もう一つ残念なことを教えてやろう。貴様の攻撃は、私に通用しない」


 煙が晴れる。

 全身が少し汚れているが、その体には傷の一つもついていない。

 そこに立つ青年は、殴られる前と変わらぬ姿で立っていた。


「お前、何しやがった」

 今、コーレスは間違いなく首を全力で殴った。それなのに首も折れず、喉が潰れた様子も無い。

 自分の力を絶対と思っていたコーレスにとって、相手が無傷だというのは衝撃的だった。


「加護を授かっただけだ。それよりも、ニコラ。見ての通り私は幾らでも耐えられるが、決定打が無い」

「なら耐えてみろスカシ野郎」


 今度は全力の蹴りが、頭蓋に炸裂する。

 地面にめり込み、義足が僅かに歪んだが、アルバーは気にも止めずに話し続けた。


「早く逃げろ」

「無理、だって、言っ」

「無理を通せ。足止めはする」


「シカト決めてんじゃねえよ」

 コーレスの連撃を浴びて、アルバーの体は何度も宙を舞った。

 だがそのどれも、傷つけることはできない。


 それも当然、彼の『星群』は、『信じる程に固くなる』

 心無い言葉をかけられようと、生まれる前から咎を背負わされようと守り続けた信念を、この程度の攻撃で砕けるはずもない。


「忙しかったものでな。それで、耐えてみたぞ。満足したか?」

 アルバーは他人を侮辱することはない。

 する意義を感じないし、神の教えに反するからだ。

 だがその信仰心が仇となり、彼は数多くの嘲弄に晒されてきた。

 だから、罵倒の仕方は誰よりも心得ている。


 そして今、隣人を守れという教えと、隣人に仇為すコーレスへの怒りが、がその技術に意義を与えた。


「おいおいおいおい、たかが数発耐えただけで何を勝った気になってんだ」

 コーレスは息を吐き、その前髪を掻き上げた。

 その手の下から表れた目は、怒りのあまり血走っている。


 その形相は、鬼と呼ぶに相応しい悍ましさだった。

「今すぐ潰してやるよ青二才!」

「ならば貴様も青二才だな。塀の外で過ごした時間は、そう変わらんだろう」

「喉を潰せば静かになるかぁ!?」


 そう叫ぶと、アルバーの首を掴み、壁に叩きつける。

 壁は砕け、体がめり込む。

 だがそれが堪えた様子はない。


「なるだろうな。もし、貴様に潰せればだが」

「なら意地でも潰してやるよ」

 首を掴む力が強くなる。

 そして壁にアルバーを押し付けたまま、コーレスは走り出した。


 ドガガガガガガッ!

 ただ人を壁に押し付けて走っただけだというのに、掘削機のような重低音が、腹の底にまで響く。


 いや、もはやそれは音だけでない。

 押し付けられる青年は『星群』で、鋼にも負けぬ硬さを手に入れている。また走る男も、重機に勝るとも劣らぬ力をその身に宿している。


 それを考えれば、機械で岩を砕くのと、今行われていることのどこに違いがあろうか。


「オラッ!」

 壁をぐるりと抉った後、アルバーを地面に叩きつける。

 青年は数回咳き込んでから、少し顔を歪めて立ち上がった。


「ゲホッゲホッ!なるほど、確かに喉を潰すには、粉塵は効果的だな。少なくとも貴様の握力よりはな」

「あーうっぜえな、能力も、存在も!」

 苛立ちに任せ、その頭を掴んで地面に叩きつける。

 だがアルバーは意にも介さず、ただ一度、鼻で笑うだけだった。


「……強」

 ニコラは、その異常な戦闘を見てポツリと呟いた。

 自分達が喰らえば即死する一撃を、何度受けても立ち続ける。


 それも威力を減衰させる工夫も何一つ無く、ただその圧倒的な信心深さのみで、全ての攻撃を受け止めている。


「あーあ、これじゃあ、サボれ、ないじゃん」

 アルバーへの評価を改めつつ、ニコラは地を這って前に進んだ。


 まだ動く指に全力を込めて、ずり、ずりと蛞蝓が這うような速度で進む。

 正直なところ、ニコラは勝てる気がしなかった。


 攻撃は効かないし、頼みの綱の増援は、足止めをするのが限界。

「助かったのは、そうなん、だけど、ねっ」

 ただそれでも、ガルマや包帯男が来たならば、と思わずにはいられない。


 あの二人のどちらかが来ていれば、待つだけで良かった。

 目が抉られ、内蔵が潰され、骨も折られた状態で、遁走する必要など、何一つなかったのに。


「うぎぎっ!」

 それでも、死以外の選択があるだけ随分いい。

 気絶しそうな痛みを噛み殺して、現状を変える為に必死で地べたを進む。


 同じように蠢く、相棒の下に向かって。


「そろそろ止めにしないか。貴様では私を殺せないのはわかっただろう」

「何だ突然ビビりやがって!限界でも近いのか!?オッ、ラアッ!」


 爆音と煙を撒き散らして、アルバーは地面に埋まる。

 そして起き上がろうとしたところを、更にもう一度殴り飛ばした。


「!」

 目を見開いたアルバーは、吹き飛びながら姿勢を変え、手をついて着地した。

 そして真下に向かって声をかける。


「邪魔をしたな。無視して進め」

 下に横たわるソレから、返事は返って来なかった。

 だが聞こえてはいたようで、もはや死体のような姿のイチトは、その身を捩って僅かに前へ進んだ。


「……」

 アルバーは、その姿を目に焼き付ける。

 もし自分がついていけば、ここまで二人が傷を負うことは無かったのではないかと、後悔せずにはいられない。


 馬が合わずとも、神を信じていなかろうと、彼にとって全ての人間は、守るべき隣人。

 決して、こんな酷い扱いを受けていいものではない。


「何だ、まさかお前本気で逃がせると思ってんのか?」

「ああ」

「潰す」


 だがコーレスにとってその雑巾のような生物は、目障りなゴミでしかなかった。

 ガアンッ!!!

 地面が揺れるほどの力で、アルバーの背を踏みつける。


 雑巾程度が逃げられると言われたことも、そう言ったカスに自分の攻撃が防がれていることも、全てが気に入らない。

 怒りのまま、何度も足を振り下ろした。


「効かないと、言っているだろう」

「同じことばっか言ってるんじゃねえよ。それにお前は平気でも、そのゴミはどうだ?」

 そう言われて気付く。

 手足が、地面に埋まっていることに。


「まさか貴様、このまま押しつぶさせる気か!」

「見たとこ、食らってる間は動けねえんだろ?」

「っ!」

 アルバーの『星群』は、硬化することだ。

 そして固めている際は、呼吸、鼓動などを除く、殆どの動作は封じられる。


 だから、『星群』を使っている今、姿勢を正すことはできない。

 正そうと『星群』を解除すれば、その瞬間に潰される。

 だがこのままでも、真下で戦うイチトが潰れる。


「くっ!」

「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ?」

「っ、求められては、応えるしかないな!」


 単純な挑発だとわかっている。

 だが今は、挑発だろうと乗るしかない。

 アルバーは覚悟を決め、何よりも心を奮い立たせる一言を放つ。


「神よ、我に加護を与え給え!」

「神だぁ?まさかお前、右神教徒か?」

 だが動き出す前に、先にコーレスが口を開いた。

 アルバーの動きが止まる。


「右神ではない。我が神を侮辱する気か」

「右神ってのが嫌いなんだったか?はっ、随分器の小せえ神だ」


「訂正しろ。我が神は、貴様ごときに押し図れるような存在ではない」

「なるほどな、だからさっきも加護がどうのって言ってたわけか。なるほどな」

「貴様、聞いているのかっ!」


 怒りに駆られ、立ち上がる。

 ドガァッ!!

 その瞬間、顔面に拳が放たれる。

 アルバーの体は壁まで吹き飛び、壁を砕いて土煙を上げた。


「……チッ。当たる寸前で使いやがったか」

 コーレスは舌打ちをすると、煙の発生源に浮かぶ影を見据えた。


「当然だ。私が倒れれば、誰が貴様の無礼を正す」

「神ごときに払う礼儀はねえ」

「まだ続けるか。暴れても、何も変わらんぞ。ただ、正道から外れるだけだ」


「正道だぁ?勝手に神を信じてるだけの野郎が、勝手に人の生き方を否定すんのかよ。傲慢だなおい!」

「身勝手に人を殺す貴様がそれを言うか」


 問答の間も、一方的な攻撃は続く。

 イチトはそれを見て、今までより一段と速く進む為に努力する。


 『星群』の弱点が割れるというのは、相当戦闘に影響を及ぼす。

 そして何より恐ろしいのは、コーレスがその弱点を利用しないことだ。


 アルバーが気に入らないなら、さっきのように、真下に人間を置いて踏みつけ続ければ良い。

 そうすれば自分の体で人を潰した罪悪感で、その潔癖な心は即座に砕け散るだろう。


 だがそれをせず、禅問答の真似事をし始めた。

 あの男が、誰かを理解するつもりもなく、敵対者を倒すことのみ考える奴が、相手の意見を聞く『問答』をする筈がない。


「ぁ、っ!」

 だがイチトは、危険を伝える声も出せない。

 できるのは、少しでもニコラとの合流を早めることぐらいだ。


 届け、間に合えと祈何度も祈る。

 痛みで飛びそうになる意識を、更なる痛みで呼び戻し、少女の元へ手を伸ばす。


 動けなかったことで後悔は、二度としたくなかった。

 

 床の少年とは打って変わって、空中で戦う二人は、一切血も汗も流すことはない。

 その代わりに、口から信念を垂れ流し、ぶつけあっていた。


「俺は生き方を否定なんてしねえよ。端っから他人がどう思うかなんてどうでも良い」

「だったら何だ。生き方を否定するどころか、他人の生そのものを否定する貴様は、正に傲慢そのものだろう」


「傲慢ってのは思い上がることだろ。俺は他人を殺す力を持っていて、だから殺してんだよ。それのどこが思い上がりだ」

「……もう良い。貴様と言葉を交わすのは、無駄だ」


「ああ?せっかく口開かせてんのに、黙っちまうのかよ?」

「……な」


 ガッ!

 何、と言葉が紡がれる前に、その口に指がねじ込まれた。


「もう良いってのはこっちのセリフだ。どうせ指一本挟めば、できる作戦だしな」

 アルバーは即座に『星群』を使い、続く攻撃を防ごうとする。


 だが、攻撃は始まらなかった。

 コーレスは、その右腕をポケットに入れ、中身を取り出した。


「!?」

 得体の知れない、どろどろとした真っ赤な塊が指の先に乗っていた。

 呪いがかかっていると言われれば納得してしまいそうな、不気味で気色の悪いそれは、アルバーの口に放り込まれた。


「っ!?」

 途端、口に鉄の味が広がる。

 どろりとした液が口を埋める。そして時折硬い粒が舌の上を流れた。


 今まで食べた何よりも不味く、あらゆる感覚神経がその物体を拒絶する。

 更に鼻と口を塞がれ、吐き出すことも、呼吸をすることもできなくなった。


「うぅっ!ぐっ、ぐっ、んっ!」

 不快な味と、呼吸が出来ない苦しさ、そしてこの状況で何かを食わされたという恐怖が、思考を止めさせる。


 肺に残った空気で吹き飛ばそうとするも、塞がれていてできない。

 遠くから叫ぶような声が聞こえる。


 だがそれを聞き、精査する余裕など、今のアルバーには無い。

 飲むしかなかった。

 呼吸が止まってしまえば、幾ら硬くても生きていけない。


 コーレスはニヤリと笑みを浮かべて、アルバーを壁に投げつけた。


「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ!」

 あまりの喉越しの悪さに、何度も咳き込む。

 吐いて吐瀉物の味で口を覆った方がマシだと思えるぐらいに、気色が悪い。


「あーあ、飲んじまったな」

 元凶は、その姿をせせら笑う。

「きさ、ま、何を飲ませた」


「はっ。まあ、普通に窒息させて殺しても良かったんだがな。それじゃテメエはそんなに苦しまねえだろ。なにせ神のところに行けると思い込んでやがる」


「答えに、なっていないぞ」

「俺が答える必要ねえからな。あっちで叫んでた奴がいただろ。あいつに聞け」


 コーレスは心底愉快そうに、顎で床を這う少女を指した。

 だがニコラは口を開かず、涙を流して首を振った。


「チッ。まあともかく、テメエに神の下に行けねえって思わせたかったんだよ俺は。んで確か、食事の制限は厳しかったよなあ、宗教ってのはよぉ!」


「ま、さか……」


「ああ。テメエが食ったのは、あのガキの目玉だ」


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