そして終わりが訪れた
消えゆくコーレスを眺め終えたイチトは、隣に佇む相棒に話しかけた。
「いい作戦だった」
「え?何?風強くて聞こえないんだけど」
「……行くぞ」
柄にも無い礼が届かなかったのを不満に思いながら、無事な足で扉まで飛び跳ねていく。
「あ、肩貸すよ」
「助かる。できれば足が無事な方支えてくれ」
「……何か素直だと気持ち悪いね」
「お望みならお前の足を無事じゃなくしてやる」
「じょ、冗談だよー?」
ニコラは適当にごまかしつつも、やけに素直に逆側に移動して支えた。
まだ足を折る原因を作ったことに負い目を感じているのだろう。
「しっかし靴も足もボロボロだね。ほら、底ベロン。邪魔だろうし脱がせてあげようか?」
「先に出て扉閉めるぞ。廊下まで空気尽きると不味い」
「うぃす」
扉を閉めたが、時間が経ちすぎていたのか、通路の酸素が薄い。
普段なら気にならない程度だが、戦闘後の体には堪えた。
捻れて脱げない足以外の靴を投げ捨てた後、二人は向かい合った。
「めっっっっっっっっちゃ、死ぬかと思った」
「その割には、技名つける余裕あったじゃねえか。両方一つも聞いたこと無いんだが」
「ノリだけでもアゲてかないと、やってられなかったからね。んで、これからどうする?」
「流石に足がコレじゃあ戦えないだろ」
「あー、医者探そ。そんで敵いたら、逃げる」
「それしか、ないだろうな」
エイルならば、足が捻れた程度の怪我は、その場で直してくれるかもしれない。
直せないにしろ、今よりは数段マシにはしてくれるはずだ。
「さーてと、医務室ってどっちにあったっけ?」
「覚えてねえのかよ」
「毎回気絶か担架だし。んで、どっち?」
「知る必要はねえよ」
低い、低い声だった。
イチトの声よりもかなり低い男の声が、二人の鼓膜に確かに届く。
もう二度と、聞こえるはずがない声が。
「嘘、でしょ」
錆びて壊れた機械のように、ニコラはぎこちなく首を回した。
見たくなかった。
認めたくなかった。
「なんで、まだいやがる」
イチトは刮目し、そこに立つ人間を見た。
見間違いであってほしいという思いと裏腹に、目を開くと、その像はより明瞭に網膜に結ばれていく。
「コーレス・ダルスター!」
それは、二人と指名手配犯の、四度目となる邂逅だった。
「気安く呼ぶなガキが」
挨拶代わりの軽い蹴り。
だが食らった二人の体は廊下の端まで吹き飛んだ。
「ゲホッ!」
「う、ぐっ!」
強い。
溜めも何もない蹴りだということを考えれば、宇宙に吹き飛ばしたコーレスと、恐らく同等以上の力がある。
足が捻じれ、体力すら尽きかけた二人では、全く歯が立たないほどの強者。
「やけに大げさに驚くな。まるで、死人が喋るのを見たみてえによ」
「お前、合計で何人いるんだ?今のお前は、何人分だ?」
「そこまで理解してるってことは、俺の野郎、ナメて分裂でもでもしやがったか?」
「舐めてたかはしらないけど、分裂してたから倒せたのは事実だね」
ニコラは咄嗟に衛星での戦いと今の戦いを、敢えて混同した。
倒した人数を知られていない方が、油断を誘えると考えたからだ。
「ニコラ!言わなきゃまた油断させれただろうが!」
「いやー、流石にこれだけ騒いで近寄ってこなかったら、もう殺したのバレてるって」
イチトもそれに合わせつつ適当にニコラを窘め、虚構に真実味を加える。
「敵の話鵜呑みにするのも癪だが、これだけ弱いお前らが生き残ってるのが証明か」
「言ってくれるね」
「事実だろ。話は終わりだ。死ね」
コーレスが一歩、踏み出した。
その瞬間、イチトは全力で床を蹴る。
「逃げるぞっ!」
「だよねっ!」
「逃がすかよ」
だが、圧倒的に速さで負けている。
体力は既に限界で酸素も薄い。歩くことを想定して捻れた足を外側にしたせいで、しっかり力を入れることも難しい
差は即座に埋まる。
「おらよっ!」
「うがああああああああっ!!」
そして、掴まれた。
捻じれ切った足の先を、握り潰すように。
肺から絞り出すような悲鳴と共に、イチトの意識は消えかける。
しかし寸前で踏み留まり、足を引かれるに合わせ、もう片方の足でコーレスの顔を蹴り抜く。
「やってくれるな、おい」
だが、僅かに仰け反った程度。
体格、そして『星群』の差は、埋まらなかった。
「クッ、ソがっ!」
「何顔蹴っといて文句垂れてんだよ」
「先に蹴ったのはそっちでしょうがっ!」
「はっ、俺を殺しておいて何言ってやがる!」
言葉と共に、力まかせの拳。
足を掴まれて吹き飛ぶこともできず、イチトの体は宙に浮く。
「はああああ!」
だが、逆に言えばそれは位置が然程変わらないということ。
そして手を繋いだ少女が、ある程度自由に動けるということ。
殴られている隙に、ニコラはコーレスの真下に潜り込んでその顎に回し蹴りを入れる。
「蹴るなってのクソ虫」
「っ!」
無傷。
効かないと見るや否や、ニコラは即座に足を下ろして逃げる。
だが今度は繋いだ手が鎖のように彼女の動きを制限する。
結果ニコラは、即座に首を掴まれてしまった。
「がっ、はっ!?」
ニコラの腰より太い腕が、細い首をむんずと掴んで締め上げる。
『星群』のせいでその力はさらに増幅されており、もはやニコラ程度では微かに緩めることともできず、ただその首を絞められて喘ぐほかなかった。
「んで、お前もだ、クソガキ」
コーレスはイチトの足を離し、逃げられる前にその首を掴んだ。
その瞬間、イチトは目の前の腹を全力で蹴りつけた。
少し体が揺れる。それだけだった。
「ははっ、いい顔だ。これは簡単に殺しちゃ面白くねえ」
コーレスは心底愉快そうに、首を握り締めながら、痛みと苦しみに喘ぐ二人を嘲笑った。
「ああ、そうだ。お前らの『星群』、その手が繋がってるから使えるんだよな?なら」
二人を引き裂くように、両側への力が加わった。
「死ぬのと、腕がちぎれるの、どっちが早いだろうなあ!?」
繋いだ手は血管が浮かび上がる程に力を込めても尚、維持するのがやっと。
声も出せない喉の代わりに、筋肉が悲鳴をあげる。
だが、それでもコーレスはまだ、本気を出してなどいない。
遊んでいるのだ。
力で勝ち、速度でも勝ち、防御でも勝つ。あらゆる側面において上位に立ったと考えたが故の、油断。
そして分裂という『星群』を持つが故の、命を失うことへの意識の薄さ。
その二つとニコラのブラフが相まって、二人の命はギリギリのところで繋がれていた。
だが死の淵にいることは紛れもない事実。
少しでも心変わりしようものなら、この均衡は即座に破られて、首を潰されて死ぬ。
二人も全力で暴れるが、全く効いた様子もない。
咄嗟とはいえ、コーレスの足を引く力を加えた蹴りでも通じなかったのだから、こんな場当たり的な攻撃が通用するはずもない。
故にイチトは、無理矢理声を出せる状態を作ると、ニコラが振りかぶった足に、自らの足を重ねた。
「空にて会おう!」
「ああ?」
詠唱する。
タイタンで出会ったコーレスを仕留めた時の技を再現するために。
「母熊守りし牧夫!」
叫ぶと同時に、手を離す。
瞬間、首に加えられた横方向の力によって、二人の体は一気に回転する。
だがそれでも、決してその足だけは離さなかった。
『双騎当千』の発動条件は、二人が触れ合っていること。
それが手である必要など、どこにもない。
「「ああああああああああ!!!」」
二人はそのまま全力で、重ねた足を振り抜いた。
「ぐっ!?」
混乱と腹への衝撃が、コーレスを襲った。




