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お兄ちゃん

「くだらない。あの男が死んだのは、私の邪魔をした、いらない存在だったから。それだけでしょ」

 トレハの怒りも意に介さず、ライルはどうでも良さそうに言う。


「例えお前でも、あの人を馬鹿にするのは許さない」

「名前も知らないんじゃない。偉そうな口をきいても、私を倒せなければ意味は無いのに」

「だから今から、倒すんだよ!」


 覚悟の声と共に、胸の傷から血が溢れ出す。

 垂れ広がり、破れた服を繕うように、赤が繋がっていく。


 そして最後に、袖の二本線の真ん中に、血で線を引く。


 宙域において、肩から延びる三本線が意味するのは、戦闘員。


 情けない自分とは一線を画し、宙域の戦闘員として戦うための、覚悟の一本を肩に刻み込む。


「戦闘中にお着替え?どうせなら死装束にすればいいのに」

「そんな妙な格好してる奴に言われたくねえよ」

「……やっぱ、服はいらない。今すぐ着れなくしてやる」


 ヒュンッ!

 怒りに任せて鋭い扇を振り抜いた。

 だが、それで終わった。


「なっ!?」

「驚いたか。まあ、そりゃ驚くか。突然『星群』が効かなくなったんだもんな」

「っ、何を、知った口を聞いている!」

「図星だな」

「黙れっ!」


 ライルの表情から余裕が剥がれ落ちた。そして同時により速く、より鋭く扇を振る。

 だが何度扇がその先端の血を散らそうと、トレハの体には一向に傷がつかない。


「お前、何をしたっ!」

「強いて言うなら推理だ。お前の『星群』は何なのかってな」


 トレハは親指で頬をなぞり、指の腹を見せつけた。

「血だろ、お前が使ってたの」

「っ!」


「でも、血を操る力は俺のほうが強い。だから先に操った血で覆っておけば、切られない」

「っ、通りでダサい服だと思ったら!」

「機能性は、お前相手なら防刃繊維よりよっぽど高いぜ!」


 気付いた切っ掛けは、傷跡。

 胸に刻まれた傷は、傷同士が交差していなかった。

 そして小さい傷が後に刻まれたことを考えると、答えは一つ。


 ライルの『星群』による攻撃は、既につけられた傷を跨げないのだ。

 それも全員ではく、トレハの傷だけ。


「あの人のおかげだ。俺以外に切られた人間がいたから、傷を跨げないのが俺だけだってわかった」

「何を感傷に浸ってんだ!」


 扇の軌道が一変する。

 血を飛ばす為の振り方から、直接斬りつけるための動きへ。


「ぐっ!」

「いらないんだよ!私の攻撃を防ぐその血!全部抜いて殺してやるっ!」


 『星群』を見破っても、扇が危険なことには変わりない。

 羽根飾りに紛れた刃は、荒々しい動きと共に何度でもトレハの命を狙う。


 時折頬に血が飛び、皮膚を切り裂くが、トレハはそれを即座に血で塞ぐ。

 その度に、ライルの顔が大きく歪む。


「傷が交差しないのも、そのせいだろ!俺が先に操ってる血があると、操作力で劣るお前の」

「誰がっ!誰に劣るだあああああ!!」


 『星群』のベールが剥がされて行く毎に、ライルの本性も表出する。

 その顔には、もはや優雅の欠片もない


 散々見下した兄如きに『星群』を見破られたこと、そして血を操作する力で負けたことは彼女にとっては耐え難いことだった。


「この部屋に入れたのも、『星群』のおかげだろ。タブレットを静脈認証で開ける為に、死体の腕を切り取って血を流した!」

「だったら何!『星群』がわかっても!お前が死ぬ未来は変わってない!」


 床や壁は傷だらけ。

 置いてあった物も、バラバラに切り刻まれた。


「その扇も二重のブラフだったんだろ!関係ない場所切って、扇は『星群』と無関係だと思わせておいて、血をばら撒く為に使っていた!」

「黙れっ!」


 スパンッ、と甲高い音と共に、直接扇で腕が切り裂かれる。

「ぐうっ!」

 トレハは直ぐに血を操り、肉が落ちるのを止めた。

 だがそれでも激しい痛みは精神を苛み続ける。


「いらない手間かけさせんな!何もできないくせに!私に勝てるとこなんて一個もないくせに!邪魔ばっかりしやがって!」

「確かに、俺はお前より弱いけど、勝てるところが無いってのは違う!」

「誰が喋ることを許した!」


 切る、切る、切る、切る。

 動きが鈍った目の前のものを、ライルは止まることなく切りつけ続けた。 

 血が流れようとも、表情を歪めようとも気にせずに、最短距離で扇をその体に押し付け続ける。


「ぐっ、教えてやるよ!俺がお前に勝てるところ!」

「何凄んでんだよ気色悪いっ!」


 痛みは消えない。それでも、動けないわけじゃない。トレハは斬撃の嵐の中、一歩前に踏み出した。


「先ずは一つ目だ!」

 叫び、そしてなんと、扇の前に腕を差し出した。


「なっ!?」

 当然、直撃す。

 そしてその勢いをトレハは、肉と骨で受け止めることで殺した。


「痛みには、お前より強い!」

 腕を半分切られる激痛に耐えながら、アルバーは叫ぶ。


「お前と、母さんが散々痛めつけてくれたお陰でな!」

「気色悪、すぎるんだよっ!」


 気味悪がって、ライルは扇を引く。

 だが、微動だにしない。


「なっ!?」

「二つ目、血の制御!」


 腕を半分に切られれば、その傷口から一度に出せる血の量は相当のもの。

 子供の力では動かせないよう固定するぐらい、簡単なことだ。


「っ、お前の血で汚れた扇なんか、必要ない!」

 だが武器を奪われる程度のことは、戦う上で最低限想定しておくべきこと。

 その程度でライルが止まるはずもない。


「だろうな。だから三つ目だ!プライドの高いお前と違って、俺は人を頼れる!」

 その瞬間、部屋の入り口が開く。

「なっ!?」


 反射的にライルは後ろを振り返る。

 そしてそこで見たのはーーー

 廊下だった。


「いな、い!?」

 その瞬間に、気付いてしまった。

 床を伝う赤い線の存在に。

 そしてその線が、何に繋がっているのかも。


「静脈、認証!」

 ライルが部屋に入る時に使ったタブレットと死体の腕。

 それに血を流して扉を開き、誰かが来たように見せかけて意識を逸したのだ。


「うらああああ!!!」

 振り返る間もなく、ライルの顔に全力の拳が叩き込まれる。

 吹き飛び、壁に衝突する。


「最後の四つ目は、優秀なお前には必要無かっただろうけど、俺にはなくちゃならないこと──」

 倒れるライルを血で拘束して、トレハは呟いた。


「嘘をつくことだ」

 それは昔、家族からの攻撃を受けて少年が磨いた武器。

 痛みに耐え、人に縋り、嘘で誤魔化すという技術。


 皮肉にもライルの敗因は、本人の過去の行動が作り出したものだった。


「そんな、はずはない!」

 だがそんなことを、ライルが認められるはずがない。

 自分の行動に非があったと、自分は見下した兄にすら負けたのだと、受け入れられるはずもない。


「外せ!お前なんか、誰にも必要とされてない、いらない奴の癖に!私の邪魔をするな!」

「例え必要とされなくても、良いよ。俺は、これ以上、誰かが死ぬのは嫌だ」

「だから、いらないっての!そういう感傷的なセリフ!離せ、このっ、このっ!」


 ライルの瞳に、涙が溢れ出す。

 ずっと見下してきた兄に、母にもいらない子と呼ばれ、ああなるなと教えられた兄に、負けた。


「これじゃあ、私もっ!」

 誰にも必要とされない、役立たずじゃないか。

 今までずっと兄を虐げて来た分、少女の心は傷つけられる。


 自分も、これからはああなるのかと、思った。なりたくないと、そう心から願った。

 だが敏い少女は、負けたことで、何故自分が宙域に使わされたのかも理解してしまった。


「そうか、そうだったんだ。そうだよね。そうだから、お母様は私を『使った』んだ」


 必要なかったからだ。

 失敗して死んでも、どうでもいい存在だったからだ。


 ただ私は、もっと不出来な兄がいるから、放っておかれていただけなのだと。

 そうでなければ、こんな危険な場所に娘を送り込むはずもない。


「……ライル、何を考えてるか知らないが、動くなよ?」

「推理、一つだけ外れてたよ」

「何?」

「操れるのは血だけじゃなくて、液体全部」


 そう言ってライルは、その首を曲げ、無理矢理自分の胸を見た。

 そしてその瞳から、数滴の涙が放たれる。

 トレハは、それを見逃してしまった。

 透明な液体が宙を舞う姿を、捉えることができなかった。


「バイバイ、お兄ちゃん」

 トレハは目を見開いた。

 それは、父が死に、母が豹変する前。

 トレハとライルが、兄、そして両親と、普通に暮らしていたころの呼び方。


 そんな呼び方を、殺し合った直後にするはずがない。

「やめろっ!」


 わけがわからないまま、拘束を強くする。

 その瞬間、ライルの心臓から血が吹き出した。

「は」


 そう、トレハは気付くべきだった。

 涙が飛んだことに。

 それが、別れの挨拶だったことに。

 ライルの視界に、心臓が入っていたことに。


「うわああああああ!!!」

 だがもう遅い。

 彼が必死で血を止めようと、もう手遅れなのだ。


 その心臓は、涙で完全に壊されているのだから。


「なんで、こんなことっ!」

 ライルは答えられなかった。

 溢れた血で既に肺も刳り、発声すらできなくしていたのだから。


 例え残っていたとしても、答えなかっただろう。

 彼女は自分の発言通り、何も考えずに従っただけなのだ。


 母の、役に立たないようなら殺せ、という命令に。

 役立たずの兄にすら負ける自分は、きっと同じくいらない子だろうと。


「クソッ、止まれ、止まれっ!」

 トレハ必死で溢れる血を止める。

 自分の怪我が開くのも無視して、『星群』を全て集中させる。


 だが、彼の力は足りなかった。

 血を止めることはできても、血を巡らせることはできなかった。


 集中するトレハは、それが延命でも何でもなく、ただ死の苦しみを永らえさせるだけだと気付けない。


 ライルが事切れた後も尚彼は、誰にも必要とされていないことをしていた。



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