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救えた命

「もう、やめてくれっ!」

 どうしようもなく無様だった。

 怯えて震えた声で叫び、立ち上がっては転び、床に尻を擦ってでも逃げる。


 恥も外聞も無く、トレハはその扇を避け続けた。

 だがそれでも、空を切ったはずの攻撃は青年の体にも傷をつけていく。


「最初に首を差し出しておけば済んだのに、勝手に避けて、いらない手間を増やしたのはお前でしょ」


 扇を振るのはヴェデニスカ・ライル。

 人形のように可愛らしい服装を着てはいるが、その思考には可愛らしさの欠片もない。

 あるのは口封じのために実の兄すら殺す合理性と残虐さ。


 他にも彼女を表す言葉は数多あるだろうが、その中に内面を褒めるような言葉は一つとして無い。


「死にたくないって言ってるだろ!」

「だから、聞いてない。どうして聞いたことには答えないくせに、余計な時ばっかり口を開くの」

「ぐうっ!」


 また、トレハの体に傷が刻まれる。

 もし彼が血を操り、止めることができなかったら、今頃は出血過多で死んでいただろう。

 たった数分の戦闘にしては、あまりにも傷を負いすぎている。


 一番の原因は、当たっていないはずの攻撃が当たることだ。

 避けたつもりでも傷はつくし、最初から扇の軌道上に無い場所にも傷がつく。


 それがライルの『星群』なことは、トレハも分かっている。

 だがそれがどんな『星群』なのかが、全く分からない。


「どう、すればっ!」

「死ねばいい」

「死なない方法を聞きたいんだよ!」

「堂々巡りね。時間を無駄にしたくないんだけど」


 再び、ライルは扇を振る。

 そして今度は左の肩に傷が刻まれた。

「があっ!」


 後方勤務用の廉価版とはいえ、それなりの防御力を誇る制服を切断する力。

 扇の軌道に関係なく切れる範囲の広さ。

 対応が悪ければ即死しかねない、凶悪な『星群』だ。


 しかし一方で、その使い方には疑問が残る。

 毎回切られるのは皮だけで、一向に臓器や肉を切らない上に、全く首を狙わない。


 ライルは情報を知られたくないとも言っていたし、できるだけ早く殺して帰ろうと思っているはずだ。

 悲しいことに家族の情で手が鈍っている様子もないし、できるなら真っ先に首を跳ねているだろう。


 今、トレハが生きている以上、何らかの縛りがこの『星群』にはある。

 そこを見破れば、命は助かる。



「何を反抗的な目をしてるの」

「反抗したいんじゃない!もう切らないでくれれば、それで良いんだ!」

「お前が死なないからでしょ。責任転嫁しないで」


 再び扇が振られ、今度は脇腹が切れる。

 痛みは走る。だが、間違いない。

 内臓には全く傷がついていない。切られているのは、表皮だけだ。


「なら何で甚振るんだよ!」

 ライルは何も答えない。反応すら示さない。

 それが何よりの答えだった。

 甚振っているつもりが彼女にあるのなら、そのことを隠す理由はない。


 昔からサンドバックにされてきたのだから、トレハはとうにその嗜虐性癖を知っている。

 だからこれは趣味ではない。殺そうとしているのに、できないというのが正しいのだろう。


「俺なんかに構うより、他の重要な事を優先してくれっ!」

「これが今、優先すべきこと。諫言や寝言よりも遺言を聞かせなさい」

「ぐっ!」


 矛先を逸らすことはできなかった。

 だがそれでも、今まで通りにやっていけば、命だけは助かる可能性が高い。


 それだけで十分だ。あとは誰かが来るまで、耐え忍べば良い。

 トレハはそう結論づけ、必死に痛みに耐え続ける。


 戦う事など端から彼の脳には無い。

 イチトに誓ったことも何も守れない。

 それほどまでに、彼は妹に対して恐怖していた。


「っ、何だこれっ!?どうなってやがる!?」

 そんな時、脇道から声が聞こえた。

 道から現れたのは、トレハより線が一本だけ多い服を着た男。


 それはトレハがこの数分間何よりも欲していた、前線での戦いに身を投じる味方の登場だった。


「近付くな!切られるぞ!」

 端的に言い切る。

 できる限り速く正確に、情報を伝える義務がトレハにはある。


 本当なら今すぐ押し付けて逃げ出したいが、どんな『星群』を持っているかもわからない相手を押し付けるのは、理性が拒んだ。


「バカ言え!お前、傷だらけじゃねえか!任せておけるわけがねえだろ!」

「っ、『星群』持ちだ!当たってないところも切れる!」

「そりゃ厄介!でも、薄皮一枚がやっとなんだろっ!」


「あ、ああ!今のところ!」

「じゃあ行け!」

「あ、ありがとうっ!」


 トレハは名も知らぬ味方に妹を押し付け、必死で走った。

 向かうのは医務室ではなく、宙域の本部である司令室。


 確かに傷は痛むが、治療をせずとも動ける程度だ。ならばできる限り応援を集め、ライルを捕まえることが生き残るための最適解だと考えてのことだった。


「がっ!?」

 だが、それは判断ミスだった。

 悲鳴を聞いて振り返って見れば、そこには切り傷を負わされた男。


 そしてそこから、虐殺が始まった。


 扇が宙を舞う度に、男の体は刻まれる。


 逃げられぬように足が切られた。


 助けを呼べぬように喉が切られた。


 抵抗できぬよう腕が切られた。


 敵に一切の希望を与えない、残酷な舞踏。


 その観客は血と骨と肉。

 人の身のまま目にすることは、許されない。


「はあ。またいらない手間をかけさせて」

 これだけの惨劇を繰り広げて置きながら、全く変わらぬ様子で少女はため息をついた。


「ほら、諦めて首を出しなさい」

「う、うわああああああ!!!」

 トレハは逃げ出した。

 一瞬で人を肉塊に変える妹から。


 そして、責任から。


 考えて見れば当然なのだ。

 トレハは『星群』を使って血を止めたから死んでいないだけで、普通の人間ならこれだけ切られれば失血死する。


 だというのに、トレハは自分が足止めをするのではなく、増援を呼ぶ側に回ってしまった。

 自分が死ななかったことで、他の人も死なないと考えた、つまり油断していたのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなざいっ!!!」

 謝罪をいくら口にしても足りるはずがない。

 見ず知らずのトレハを助けた彼は。

 戦う自分よりも、他人の怪我を心配した彼は。

 もう、死んだのだから。


「ち、く、しょおおおおお!!!」

 情けない、情けない叫びだった。

 情けない声を上げた青年は、情けなく逃げていく。

 そして近くの部屋に自分の端末をかざすと、その中に逃げ込んだ。


「……チッ」

 目の前で閉じた扉に、ライルは苦々しい顔をした。

 下手に放置すれば、逃げて味方を呼ばれかねない。かといって、扉を壊せば直ぐに見つかる。

 トレハの苦し紛れの行動は、偶然にもその場で最良の策だった。


「これで、しばらくは時間が稼げる」

 トレハは僅かに心を落ち着かせ、呟いた。

 この扉は、個人用の端末で認証しなければ開かない。


 そしてその端末も、指静脈認証や顔認証等を通過しなければ使えない。

 心臓が動いていないと使えない指静脈認証も、顔が残っていないと使えない顔認証も、外の死体ではできない。


 この場所は、暫くは安全だ。


「考えろっ!俺と、あの人!何が違った!」

 だから、いまの内に考えなければならない。

 ライルが何故、自分を切らず、あの人だけを切り殺したのかを。


 その『星群』の正体はなんなのかを。

わかっていれば、もっとその場に適した行動を取ることができた。

 あの人を、死なせることはなかった。


「思い出せ思い出せ思い出せ!」

 これ以上、自分のせいで被害を増やすわけにはいかない。


 全力で、全てを思い出せ。

 行動を、発言を、『星群』に関係していそうなもの全て。


 戦えず、何もできないにしても、せめて犠牲者を増やさぬようにその『星群』の秘密を探れ。

 自分が招き寄せた災厄で、これ以上人を殺させるな。


「対峙した距離は大体同じ。姿勢は俺が座って、いや、立つこともあったから関係ない。怖くて首から上を手で隠すことはあったけど……」


 腕の傷の密度は、足と大して変わらない。

 顔は隠したからか格段に少ない。飛ぶ斬撃、にしては、軌道からずれた所に傷がつくこともある。


「それから、そうだ!後になるにつれて傷が小さくなっていった!」

 理由はわからないが、食らった感覚では、後半に行くにつれて、傷がつく長さが短くなっていたように感じた。


 だがあの時、助けてくれた人は、一瞬で体を切り刻まれていた。

 それも、薄皮一枚ではなく肉までだ。


 『星群』を使い過ぎて限界が来たのならば、あの人を切れるはずもない。


「俺の体の、何かがあの人と違って、更にそれが切る内に変わっていった……?」

 ならば、まずはその傷を見てから考えるべきだろうと、

 トレハは端末の内カメラに傷だらけの体を映した。


「っ、なんだ、これ」

 トレハの感覚は、当たっていた。

 最初から傷んでいた場所には大きな傷が、そして後の方で切られた場所には小さな傷がある。

 だが長さの違い以上に、何かが奇妙なのだ。


 乱雑に切り傷を加えたならば、もっと統一感のないものになる。だがこの傷は、まるで樹の根のような、蜘蛛の巣のような、何らかの規則を感じさせるような傷だった。


「太さは一定だし、位置の偏りもない……」

 どうしようもなく違和感がある。

 おそらくこの違和感の正体こそが、ライルの『星群』。


「先に長い傷、後に短い傷、ってことは!」

 傷跡を見るうちに、トレハはその形に違和感を覚えた理由を見つけ出した。

 そしてその瞬間、ウィンと正面の扉が開いた。


「逃げられるとでも思ったの?」

 視認するよりも先に、殺意を感じた。

 そう、今までは作業として殺そうとしていたに過ぎなかった。


 だが今は違う。その一挙手一投足はから、殺意が滲み出ている。

 開かないはずの扉を開いて、ライルは現れた。

 それを見て、トレハは自分の考えが正しかったことを確信した。


「思ってない」

「何、その目」

「お前を殴り飛ばそうって目だ」

「夢を見る時間は終わりよ、起きなさい。即座に永眠させるから」


 怖い。

一言一言が、心に突き刺さる。

 例え『星群』が予測できたtぽしても、恐怖心が消え失せたわけではない。

 だが、それでも戦わなければならない。


「見てるのは現実だ!」

「はあ?」

「お前が、あの人を殺した場面だ!」


 あの人は、俺を助けようとして死んだのだから。

 それでもまだ立ち上がらないようでは、あまりにも、その死が報われない。


「ぶっ飛ばしても、もう過去は変わらない!死んだ人は、生き返らない!」

 足の震えは消えていない。

 心は砕け散ったままだ。


「それでも俺は、お前をぶっ飛ばさなきゃ気が済まないんだよ!」

 だがその姿は、情けなくはなかった。

 今までは争いですらない、一方的な蹂躙だった。


 だから、今ここから始まるのだ。

 兄と、妹の、血で血を洗う戦いが。


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