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兄妹

 遡ること十数分。

 宙域警備隊の本部でもある母艦は、圧倒的な情報量に押しつぶされんばかりであった。


「衛星フェーべ、ディオネでの任務が終了した模様!」

「まだ戦えるならテティスに送れ!戦えないなら宙域まで戻ってこさせて治療を施せ!」

「船長!今船内に新たな患者を受け入れる余裕はありません!」

「ならば重傷者は外部の病院に任せて、他の隊員には医療関係者の手伝いをさせろ!多少の切り傷程度なら、即座に直して人員にできる!」


 その情報は各隊のオペレーターによって取捨選択された後に、船長であるネイピアの元に集められる。


 だがそれでもその量は洪水の如く。

 一人の人間が制御できる量ではない。

 常に耳と脳を最大限使い倒しても、処理を待つ情報は増える一方だ。


「くっ!」

 終わらない。作戦が終了するまで、この状況が改善するはずがない。

 もう少し早く対応できれば、もっと多くの人々を救えるというのに。


 自分の力が及ばぬ故に、任せられるだけの部下を育てる余裕も無かったが故に、多くの人が死ぬ。

 そんな自責の念すら、ネイピアの判断を鈍らせていく。

 そして積もり積もった情報に押しつぶされたネイピアは、気付くのが遅れてしまった。


 今対応しているのは過去に起きた問題で、新たな情報は届いていないということに。

 宙域の通信が、機能不全に陥っていることに。


 それに気付いていたのは、その時点ではたった一人、トレハしかいなかった。


 気付いた理由は単純。

 物資の運搬中に、館内に侵入した犯罪者に出くわしてしまったからだ。


 そしてただ一人である理由も、これまた単純。

 他の目撃者は既に殺されていたから。


「なんで……」

 物資の入った箱を取り落とす。

 床の血溜まりにバチャンと落ち、靴の先に血が飛んだ。


 その視線の先には、フランス人形でもない限り着ないような、レースを大量にあしらったかわいらしい服を着た少女。

 その二つに結われた髪は、トレハと全く同じ茶色。


「何でお前がここにいるんだ、ライル!」

「いつの間に私を呼び捨てにするほど偉くなったの?」


 ライルと呼ばれた女は、血に濡れた扇で口を隠し、トレハに蔑んだ視線を向ける。

「うっ!」

 顔に冷や汗が滲み、心臓が締め付けられるように痛む。


 普段のトレハならば、少女に睨まれた程度のことは、苦笑いで済ませる。

 より冷たい視線を上司から向けられることもしばしばなのだから、その程度で動じるはずもない。


 だというのにトレハは、その冷たい視線に異様なまでに反応した。

「たかが睨まれただけでこうなるなんて、情けない。本当に情けない」


 だがそれは少女が『星群』を使ったからではない。

「ああ、本当に気分が悪い」

 その少女こそ、トレハが家を出て、死の危険すらある宙域に向かった理由の一人。


 ヴェデニスカ・ライル。


「こんなのが、私の兄だなんて」

 血を分け合い、そして幾度となく血を流すほどに痛めつけられた、実の妹だった。


「っ、あっ、ああっ、はーっ、はーっ!」

 顔は死者よりも青白い。呼吸や鼓動はどうしようもないぐらいに荒れている。

 少女は震えて動けずにいるトレハに近づくと、その扇を首筋に近づけた。


「っーーーー!」

 トレハは腰を抜かしながらも、必死で後退った。

 その無様な姿を見たライルは、苛立って舌打ちをした。


「何もできない癖に、何をしても私に敵わないくせに、勝手に家から出て、勝手に宙域なんかに入って。何も考えず、私とお母様の命令に従っているから生かしてやったのに」


 トレハは何も答えない。答えられるだけの精神状態に無い。

 記憶を引きずり出されたのだ。

 ことあるごとに殴られたのを。ハサミを添えて、役立たずと罵られた時のことを。

 そしてそれらの行為は、誰にされたものなのかを。


「誰の言葉を無視しているの」

 だがそんな事情など、ライルは一切考慮しない。

重要なのは、質問に返事が返ってこなかったという事実だけ。

 ライルは血が散るのも気にせず、扇をふるった。


「ぐあっ!?」

 すると突然、トレハの爪先に傷が刻まれる。


「お前のせいで、この私が処分の為に駆り出されることになったのよ?頭を垂れて許しを乞いなさい。できるだけ、切り落としやすいように」

「なん、で、当たってないのに」


 トレハの目には、扇が当たるのは見えなかった。

 だが間違いなく今、その足には刃物で切り裂いたような傷が残っている。

 痛みと、滴る血が、受け入れがたい現実をトレハに押し付ける。


「私の言葉が聞こえないの?ならその耳はいらないわね」

 もう一度扇が振るわれる。

 数歩の距離で放たれたその一撃は、当然空を切る。


 だがそれと同時に、トレハの左耳から血が溢れ出した。

「ああああ!!!」

 痛みに気付き、押さえた時にはもうすでに、その耳はその頭から離れ、地面に転がっていた。


「はあ、煩いったらない。殺されたくないのなら、従えば良いだけなのに。って、あら?」


 扇を振りかぶった瞬間、ライルは違和感を覚える。

 血が、止まっている。

 一瞬、勢いよく吹き出したはずなのに、肩はそう赤く染まっていない。


手で耳を押さえた後、一滴か二滴は滴ったものの、それ以降続かないのだ。

 耳の血管はそう太くないが、それでも手で押さえた程度で止血するのは困難だ。


 だが耳の断面がそのままなところを見ると、再生の『星群』だとは考えにくい。

「血を操る能力、ってとこかしら?」


 与えられた状況から、ライルはほぼ正確に『星群』を当ててみせた。

 そして直後、鼻で笑った。


「なんだ、ならもういらないわね」

「いら、ない?」

「ええ、いらないわ。人の話を聞けもしない、それに『星群』もだめ。持ってなければ、適当なのを与えて使えたのに」


 それ聞いたトレハの心に広がったのは、僅かな安堵だった。

 勿論、いらない、弱い、連れて帰ったら笑われると散々に言われたことは心を締め付け続けている。


 だがそれでも、力を認められるよりはいい。

 使えると思われて、あの家に戻されれば、また酷い目にあわされる。

 そうなるよりは、不要と罵られて見捨てられることの方が余程マシだった。


「じゃあ、死になさい」

「!?」

 そんな思考は、瞬く間に切り捨てられた。


「つ、使えないなら放っておけばいいだろ!」

「浅慮で覚えが悪いのは相変わらずね。言ったでしょ、私はお前を始末するためにここに来たの。犯罪者に堕ちた身としては、情報は知られたくないもの」

「なっ!?」


 口封じのために、肉親の命を奪う。

 そんな異常な発言をしておいて、ライルは一切表情を変えない。

 しかしその手は、扇を振るうために形を変えた。


 一方トレハは、表情を変えるばかりで一切動き出そうとしない。

 長年に渡る虐待は、死の間際であろうと碌にうごけないほど、彼の反抗心を粉々に打ち砕いてしまっていた。


「それじゃあ首を出しなさい。切り方は心得てるから、一応は同じ血の流れる相手、苦しまないように一瞬で終わらせてあげる」

 なんでもないことのようにそう言って、ライルは扇を振って床に線を刻んでいく。


 そして完成したのは、無味乾燥なチョーク・アウトライン。犯行現場に昔描かれたという、人の形をした線だ。

 それはトレハに比べて肩幅は広く身長も高い、量産型の死刑場だった。


「……」

「これ以上、私の時間を無駄にさせないで」

 その声に、兄妹の情を感じる余地はない。

 そこらに転がっている死体に接するのと全く変わらぬ態度で、トレハは首を差し出すように言われたのだ。


「……嫌、だ」

「は?」

 スパッ。

「ぐう!?」


 扇が舞い、左足にも傷がつく。

 それだけで、楯突いたことへの後悔ばかりが思い浮かぶ。

「早くして。いらないのよ、そういうの。お前は、命令に従っていればいいの」

「嫌だって、言ってるだろ!」


 だがそれでも、粉々になった反抗心をかき集め、トレハは生へとしがみついた。


「いらないって言ってるでしょ」

 その反抗心は、何一つライルに届かない。

 粉を幾ら集めようと、本人以外にとっては粉でしかない。


「無駄に喋るから口はいらない。うるさい悲鳴を上げるから喉もいらない。話を聞かないから耳もいらない。歩いて来ないから足もいらない」


 どころか半端な抵抗は、その怒りを更に燃え広がらせただけだった。

「お前の体は全部がいらない。だから、切り落としてあげる」

 扇を突きつけ、ライルはトレハを睨みつけた。


「止めてくれっ!」

 その悲痛な叫びに意味はない。

 その程度で止まるような情を、相手は持ち合わせていないのだから。


 向かい合うは実の兄妹、ヴェデニスカ・トレハとヴェデニスカ・ライル。

 だが今から始まるのは、骨肉の争いではない。

 一方的な、蹂躙だ。


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