直径七センチの凶器
ニコラが倣うは大熊座。
ゼウスとの子、アルカスを産んだが故に、ヘラの嫉妬を受けて熊に姿を変えられたカリストを象った星群。
そしてイチトが倣うは牛飼い座。
成長してから母たる大熊と再開したアルカスを象った星群。
一度は離れたが、今は天にて共に輝く母子のように、二人は融合する腕を乗り越える為に離れ、そして再び手を伸ばす。
そう、これはただ手を繋ぎ直すだけの技だ。
手を繋ぎ続けた方が強い二人には、殆ど使い道がない。
あるとすれば、繋いだ手を狙った攻撃の回避程度だ。
だが二人はそこを突かれた苦い経験から、『星群』が切れることで精度が下がりがちなこの技を、一ミリの誤差もなく成功させるまで極め上げた。
今、上下に分かれた腕は、まるで間に鏡でもおいたかのように正確に同じ軌道で動く。
そして、手が繋がれた。
――――どくん。
全身に、力が溢れ出す。
それが行き渡る前に、二人は動き出した。
繋がれていない手で、顔面に一発、全力を叩き込む。
「「がふっ!」」
殴られたことで、コーレスは吹き飛ぶ。
だが少し飛んだところで、急激に速度を失った。
交差した腕が、吹き飛んで逃げることを許さないのだ。
がくんと、コーレスの体は反発で前に倒れる。
「まだまだいくよっ!」
そこにもう一度拳を叩き込む。
もう一度、もう一度、何度でも。
腕をしっかりと繋ぎ、相手の継ぎ目を指で押さえつけて。
パンチボールのように戻ってくるコーレス達の顔を殴りつけ続ける。
「いけるぞニコラ」
「いいねぇ!じゃあどんどんやっちゃおうか!」
言葉とは裏腹に、イチトは舌打ちをした。
鏡合わせの奇妙な肉体は、指の隙間や肘関節すら飲み込んで融合していく。
そして一体化した部分が胴体に近づく程に、殴った時の感触が、そして飛び散る血の量が、明らかに変わっている。
そして不意に、振りかぶった腕を掴まれた。
「!」
「なっ、このっ!」
外そうと暴れる程に、実感する。
硬くなっただけでなく、力も強くなっている。
コーレスに掴まれた手は、どれだけ力を込めても一切動かない。
「「こんな力で、いけるだと?」」
二つの口で全く同じセリフを吐く。
そしてそこから、力関係が逆転し始めた。
繋いだ腕は融合する胴体に挟み込まれ、繋いでいない腕は握られた。
もはや二人はコーレスを殴ることすらできない。
「うっらああああああああ!!」
だが、頭は残っている。そう主張するかのように、ニコラは頭突きを放った。
「力で勝てずとも、殺す方法はある」
「「取っ組み合いで力負けてんのに、勝てるわけがねえだろ!」」
侮られたことに苛立ち、コーレスは両腕に限界まで力を加える。
「うぎっ!」
「ぐっ……!」
ミシミシと、握られた部分の骨が音を立てる。
ニコラの顔にあった余裕は、一瞬で吹き飛んだ。
「「安心しろ、お前らはまだ殺さねえ。俺達が俺になったところで、腕をもいで、足を千切って、胴を潰してから殺してやる。そうでもしねえと、俺のこの怒りは収まらねえ!」」
ミシリ、ミシリ。
時間が経つにつれ、腕からはより大きな悲鳴があがる。
「「残念だったな!お前らが俺を逃さない為に繋いだ手が!お前らの死因になるんだよ!」」
一体化は目前。
力では敵わず、逃げることも叶わない。
「ふっ」
だが、そんな絶望的な状況で。
ニコラは確かに笑みを浮かべた。
「「狂ったか?」」
「勝ちを確信して笑うって、そんなに変なこと?」
「「……は?」」
「ニコラ。それでも終わるまでは笑うな。その方が、確実に終わらせられる」
「「おい、おいおいおい!どこまでだ!どこまで雑魚が俺を愚弄する!」」
合体まで僅かに十センチ、怒りに満ちた顔が、オルトロスのように並ぶ。
「『星群』には大概弱点があるんだよ。そして複数の人間が絡むものの弱点は、私達詳しいよ。例えば、触れている場所を狙われると弱い、とかね。だから私達も、さっきみたいに手を離すための技を作っておいたんだよ」
「「何を当たり前のことをペチャクチャ偉そうに言ってやがる!」」
「ああ当然だ。だがその当然のことを意識していなかったから、お前は接触に拘って『星群』を見抜かれた。そして今、俺達に殺されるんだ」
コーレスの言葉を遮って、イチトは話を繋げた。
「俺達がお前をタコ殴りにした時、俺はお前の弱点の可能性がある継ぎ目に指を押し当てた」
「それが何だって言いてえんだ!」
「ずっと押し込み続けると、次第に指が沈み込んで行ったんだ。そしてその指を抜いたとき、お前の腕には穴が空いていた」
ぴたり、とコーレスの動きが止まる。
そしてゆっくりと下を向き、自分の体を見下ろした。
融合する腕の上下にあったものが、そのまま体の中央まで巻き込まれたらどうなるか。
そこにあるのはその答え。
コーレスの胸と首を貫通する二本の腕。
「その感じだと一体化するまでなら、痛みも何も無いみたいね。でも一体化した瞬間に抜けば、どうなるかな」
「あ、ああ」
完全に融合するより僅かに早く、気付いた。
いや、気付いてしまった。
心臓と首を貫く腕が、今引き抜かれたら。
「あああああ!!」
人体の急所に二つも、腕が入る大穴が開く。
訪れるは、避けようのない死の運命。
「さて解説兼時間稼ぎもこれで終わり」
「コーレス・アルケイド」
「がああああああああああああああああああ!!!」
半狂乱になって腕から手を離し、目の前の二人を殺さんと拳を振りかぶる。
「お前をーーー死刑に処す」
融合が、終了する。
それと同時に、二人は僅かに体を後ろに傾けた。
首と心臓から、噴水のように血が溢れ出す。
「が、ああ、あ、ぁ」
拳が振り下ろされることはない。
命令を伝える神経が断絶しているのだから。
代わりにだらんと、その腕は重力に引かれて落ちた。
そして同時に首も頭の重さを支え切れず、千切れて地面に落ちる。
「殺す」
肺もないはずの生首は、確かにそう言って二人の間を落ちていった。
「……他の二人と落ち合うぞ」
「りょーかい」
手を離し、まだ熱の残る胴体から引き抜く。
コーレスは倒れ、中に残った血を吐き出した。
広がる血が勝利、そして人を殺したという実感を二人にもたらした。
「今回、けっこうギャンブルだったよね」
ニコラは努めて、いつも通りの声色で話す。それが一層、心の揺れを浮き彫りにした。
「ああ」
気のない返事をしつつ、イチトは左の袖を捲り上げた。
そこにはコーレスに掴まれた跡が、痣となって刻まれていた。
「弱点ってのは包帯野郎にやられたからわかったけどさ、穴が空くかは賭けだったじゃん」
「わかってる。でも、流石に背後からいつ蹴られるかわからない状態で戦える相手じゃなかった」
「まあね。でも、だからってこれで止まってたらだめだ」
「わかってる」
そんなこと、とっくにわかっている。
力不足なことなど、とっくに。
だから負けを認めてニコラと組んだ。
仇を見つけるまでの間なら、力を合わせて戦うと決めた。
「わかってる」
再び口に出す。
今回の苦戦の原因も、わかっている。
「俺がまだ、一人で戦うことに未練があるからだ」
手を繋いで戦うのは、一人で戦うのとは全く違う。
だがイチトは、そのことを十分にわかっていながらも伝えず、付け焼き刃の必殺技を作ることを提案した。
何故なら基礎を変えれば戻すのに時間がかかるが、必殺技ならそれを使わなければ他の技術は変わらず手元に残るからだ。
一人で戦うことを想定して鍛えた足捌きも、型も、呼吸も、筋肉も、全てを捨てたくなかった。
誰の手も借りず復讐を完遂する為には、『双騎当千』に頼らない力が必要なのだから。
「……私は、少し違うことを思ってた」
「何だ?」
「私が、弱いから」
「……否定はしない」
「だろうね。背中合わせた時も、私は自分が戦うのに必死で迷惑かけまくったし。先も見えてないくせして体力使って使わせて、邪魔にしかなってない」
ニコラは僅かに下を向いたが、直ぐに顔を上げ、イチトに手を伸ばした。
「だからさ、私を役に立つようにしてよ。『星群』がなくたって、私と組みたいって思えるぐらいの、最強のコンビネーション決めてやろう」
ニコラは単に力が不足していただけだが、イチトは悪く言えば手を抜いていた。
きっとそれに対して思うところはあるだろう。
だが、ニコラはそれを追求するよりも、二人で強くなることを選んだのだ。
「……すまない」
「え」
だがイチトはその手を、掴まなかった。
「確かに、今すぐ組むべきなのはわかる」
「だったら」
「でも、俺の本懐は復讐だ。その邪魔になるような訓練は、嫌だ」
「……辿り着くまでに死ぬかもしれないよ」
「わかってる。でも、違う動きを体に覚えさせてしまったら、戻すのには相当な時間がかかる。仇を見つけた後から動いても、間に合わない」
一度捨てれば、肝心の復讐を果たす時に使えない。
そうなれば、そこにいるのは『星群』もない、体術も大したことのない普通の少年だ。
体術があってもそうだが、この五年間、警察に尻尾も掴ませない犯罪者を殺すには余りに力不足だ。
「なら、復讐も二人ですればいい」
「嫌だ」
「……わかった。なら、止めは君がさせばいい。それなら良いでしょ?」
「嫌だ。俺は、一人で仇を討つ」
「自分勝手が過ぎるんじゃない?」
「復讐は、俺が納得できないからやっていることだ。俺の意思は、論理や理屈に優先する」
組むのは仇を見つけるまでの間。
そこだけは、復讐を目指す上ではどうしても譲れない。
イチトはニコラの差し出した手の横に、手を出した。
「帰ったら、他に強くなる方法がないか考える。悪いとは思うが、譲る気はない」
「……身勝手」
「ああ」
「頑固」
「そうだな」
「……馬鹿だね、ほんと」
ニコラは僅かに下を向くと叩きつけるようにその手を掴む。
どくん。
『星群』が発動し、全身を力が包んでいく。
「事前に相談したとおり、集合場所に行くつもりだ。それでいいか」
ニコラは何も答えず、手を握り締めた。




