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牧夫よ母熊の守護者たれ

「せい、やっ!」

 掛け声と共に、鋭い蹴りが放たれる。

 だが寸でのところで蹴りは躱されてしまった。


 理由は単純。射程が短いからだ。

「あーもうっ!ムカつくっ!」

 ニコラは苛立ちのあまり、繋いだ手を強く握りしめた。


 その視線の先にいるのは、指名手配犯コーレス・アルケイド。

 そして奇妙なことに、彼女の背後にもまた、全く同じ顔をした男が存在している。


 その二人の、絶妙なコンビネーションのせいで、戦闘は硬直状態へと陥っていた。

「はっ、そんな腰の引けた蹴りが当たるわけねえだろうよ!」

「ねえイチト!一回集中して片方倒そうよ!」

「駄目だ。背を向けて相手できるほど弱くない」


 当たらなかったことも相まって、ニコラは単純な煽りにも怒りを顕にする。

 それとは対照的に、イチトはどこまでも冷静だった。


 そして現状を分析し、この小康を崩そうとすれば、自分達の方が被害を受けると確信している。

 だからニコラの意見にも一切従わず、逆に飛び出しすぎないように手綱をしっかり握る。


「じゃあ囲も!どうにかして位置関係逆転させて、一気にぶっ飛ばす!」

「普通に考えたら、それでいいんだがな」


 含みのある言い方に、ニコラは疑問を覚え、多少落ち着きを取り戻した。

 

 そしてイチトにだけ聞こえるように小声で、話しかけた。

「どういうこと?」

「あいつらの動きには、いかにも囲んで下さいって感じの隙がある」

「なるほど。そりゃ囲みたくないね」


 今までの戦闘で、コーレス達はある程度戦略的に動いているのはニコラも実感していた。

 そんな奴らが敢えて囲まれるように誘導したとなれば、警戒して然るべきだろう。


「ってことはやっぱ、『星群』は?」

「ああ。分裂、いや、力が強いのを見ると分身を作り、合体すると強くなるって感じか。こいつらが合わされば、俺らを倒せるぐらいにはなるらしい」


 最大まで合体していない今でも、並外れた力でイチトを追い詰めた。

 これ以上合体させれば、間違いなく二人の手に負えない化け物が誕生してしまう。


「でも倒せないんじゃ話にならないし、ちょっと私に本気出させてよ」

「……それ自体は良いが、焦るなよ」

「わかってるよっ!」


 吠えると同時に全力で踏み込み、飛ぶように進む。

 狙うは敵の命。一瞬で近付き、首にむけてえぐりこむような拳。


「はあっ!」

 だがコーレスも黙ってはいない。腕でその一撃を受け止め、蹴りを放つ。

 ニコラは軽やかに跳ね、迫りくる足に向かって両足を向けた。


「たあっ!」

 激しい衝突音。

 直後、ニコラは力負けして空に飛ばされる。


 イチトの技術をねじ伏せるような力の持ち主相手では、その体重は無いも同じだった。

 だがそれも想定内。勢いのままに回転し、イチトの肩を蹴飛ばして回転を反転。


 そしてコーレスの脳天に向けて、踵を振り下ろした。

「くたばれっ!」

「舐めんなっ!」


 だが両腕を交差させて受け止められた。

 即座に逆の脚で蹴飛ばし、動きを封じられないように後退。


 そしてイチトの首に腕を回し、体を固定すると、腕を上げたことで空いた腹に向けて鋭い蹴りをねじ込む。

「ぐあっ!」

「ははっ、やっとまともに入ったねっ!」


 一度当たった程度で、攻撃は止まらない。

 高さと方向を自由自在に変え、ニコラは蹴りを放ち続ける。


「ニコラっ!本気出しても良いとは言ったが、やり過ぎだ!俺まで殺す気か!」

 怒鳴り声に驚いて耳を澄ますと、後ろからも何かが衝突するような音が聞こえる。

 恐らくもう一人のコーレスとイチトが戦う音だろう。


「あー、ごめんごめん。その分ボコボコにしたから、許して」

 実力が近い相手との戦闘中に突然肩に全体重をかけられ、首を締められたとあっては流石に怒られても文句は言えない。


「してなかったらお前をボコボコにしてたところだ」

 恐ろしい発言と共に、一段と激しい音がした。

 怒りを込めて蹴飛ばしたのだろう。その怒りが自分に向いたらと想像し、ニコラは背筋を震わせた。


 その瞬間を見逃さず、コーレスが拳を放つ。

「ぐふっ!」

 唐突な攻守交代に反応できず、ニコラはその一撃を胸に受けてしまった。


「そこのガキ殺せればいいと思ってたが、やっぱダメだ」

 重い連撃がニコラを襲う。今まで防戦一方だったコーレスが、一気に攻勢に転じた。

「人を足蹴にしたらどんな目に合うか!死ぬまで忘れねえように殺してやるよ!」


 激高。

 今目の前にいるコーレスは既に、イチトへの怒りを爆発させていた。

 その上でニコラのような少女に蹴られ続ければ、我を失う程の怒りに支配されても不思議はない。


「おらあ!」

「うえっ!ちょっとまっ、てっ!」

「待つわきゃねえだろっ!」


 ニコラの軽い攻撃を敢えて受け、防御に割いていた意識を全て攻撃に振る。

 命を奪うことを重視した単調な攻めだが、戦闘経験の乏しいニコラにとっては十分な脅威だ。

 攻撃の機会は漸減し、ついには消失してしまう。


「っ、ううっ、うううう!」

 躱す。逸らす。防ぐ。

 だが何度繰り返しても、次の攻撃が迫ってくる。


「弱え。お前、力も無いのに力押ししかできないのか?」

 一撃が重い。

 元の力が弱いニコラでは、『双騎当千』の補助があっても力では僅かに劣る。


 その上、片腕は『双騎当千』を発動するために繋がれ、自由自在に動くことはままならない。


「う、ぐ、ああああ!」

「いい声だなぁ!精々叫べよサンドバック!」


 できて時間稼ぎ程度のものだ。

 だからニコラは全力で抗い、既の所で時間を稼ぎ続ける。

 それが、どれだけ後ろの少年に負担をかけるか知らずに。


「おいおい!あいつまであの女殺そうとしてんじゃねえか!くそっ、急がねえとっ!」

 背後の戦闘が激化すると同時に、正面のコーレスの攻撃も激しさを増した。


 今までは恐らく、もう一人のコーレスのため、イチトを殺さずに突破するつもりだったのだろう。

 だがもう一人のコーレスがニコラを殺そうとした以上、その気遣いも消え失せた。


 致命傷を負わせうるだけの攻撃が、際限なく押し寄せる。

「ぐっ、このっ!」

 それをイチトはギリギリのところで防ぐ。


 その動きは明らかに精彩を欠いていた。

 普段のイチトなら、この程度の攻撃は余裕で防げる。

 片手で戦うことを考慮しても、力と技術の差は埋まらない。


 不調の理由は、後ろで戦う少女にあった。

 確かにイチトはある程度自由にやっていいとは言った。


 だがまさか、全体重を肩にかけられたり、突然首を締められたりするとは想像していなかった。今も頻繁に予想外の負荷が体にかかっている。

 できれば避けたいが、下手に避ければ後ろの戦況が悪化するのは目に見えているのでそれも叶わない。


 更に悪いことに、戦っているのは寸分狂わず同じ顔の敵二人。接触させれば、状況を悪化させるような『星群』を使われる可能性が高い。


 実際コーレスは頻繁に、向こうの戦闘に手を伸ばすような動きをする。

 ブラフの可能性が高いにしても、イチトはそれを防がないわけには行かず、その度に状況は悪化する。


「なあ、もういいだろ?俺はお前のことなんかどうでもいい。後ろの女さえ殺せればな。だからとっとと道をあけろ」

「何言ってんだ。後ろのお前は俺を殺す気だろ」

「気付くなよ。お前を殺しちまったら俺に恨まれるってのに」


 大振りの左。咄嗟に右手でガードする。

 ドンッ!

「なっ!?」


 その瞬間、前からの衝撃に備えたイチトの肩は、後ろから突き飛ばされた。

 ニコラだ。

 そう気付いたところで、迫りくる手は止まらない。

 隙だらけの腹に、重い拳が叩き込まれた。


「がふっ!」

 奥の奥までめり込み、腹筋ごと内臓を蹂躙する。

「ゴメン、イチト!」

「次からはやる前に手握れ!」


 背後から、切羽詰まった謝罪が飛んでくる。喋れる程度には無事だったらしい。

 だがそれも気休めに過ぎない。


「いい顔だな」

 何故なら正面には、崩れていようがいまいが関係なく、この男がいるのだから。

 コーレスは満足そうに微笑む。

 だがその拳は、満足せずに暴れ続ける。


「クソッ!」

 痛みをやり過ごす時間すらない連打。

 捌き、弾き、防いでも、攻撃は終わってくれない。


 微かに聞こえる声から、背後の少女の限界が近いことが伝わってくる。このままでは、間違いなく負ける。


「ニコラ、聞け!」

 ならば、やるしかない。

「なにさっ!こっちは、返事、すら、きついんだけどっ!」


 今ここで、逆転の為の大博打。

「今から、敵の弱点を突く!」

「わーお、そりゃ、いいねっ!あればの話だけど!」


 ニコラは皮肉たっぷりに賛同する。

 そんなものがあれば、最初からやっていると言わんばかりの苛立ちだ。


「無い!だから今から、二人で作る!」

「……へえ!じゃあ、熊と牛飼い、だね!」


 息も絶え絶えになりながらも、イチトの意図を理解したニコラは不敵に笑みを浮かべた。


「ああ。使いたくなかったが、仕方ない!」

「まさか、アレ使う機会があるとはねっ!」


 敵の強さは変わらない。流れる汗は増える一方。

 だが二人の目に、今を覆してしまいそうな輝きが灯る。


「行くぞニコラ!」

「やるよイチト!」

 叫びが、シンクロする。


「さっきから何を言ってやがる!」

「大人しく死ねよいい加減!」

 だが同時に、その発奮は敵の怒りも増幅させる。


 ボルテージは最高潮。

 対峙するは同じ顔の二人組と、手を繋いだ二人組。


 今ここに、死闘の第二ラウンドが始まる。


 真っ先に攻めたのはコーレス側。

 腰の入った重い一撃を、イチトの顔面めがけて放つ。

 それをイチトは、横に避けた。


「!?」

 背中合わせで戦う二人にとって、左右への回避は自殺行為だ。

 もしもう一人に当たれば、その時点で敗北が確定する。


 だがイチトは後ろに視線をやることすらしない。

 既に避ける方向は、腕を通して伝えてあるのだから。


「やりっ!」

 ニコラは思わず声を上げる。

 今まで、二人が苦戦していた理由の一つ、陣形が変化したのだ。

 より追い込まれていたニコラからすれば、喜びは一入だろう。


 だがそれは同時に、二人のコーレスの合流が容易になったことを意味する。


「「おいおい、警戒は止めたのかぁ!?」」

 視界から二人が消えた瞬間、コーレス達は真正面に向かって走り出した。

 横の二人には目もくれず、猪のように真っ直ぐに。


「「はあああああああ!!」」

 ガゴンッ!

 その横っ面を、二人は全力で殴り飛ばすした。

 コーレス達は倒れ、地面を転がる。


 だがそれでは終わらない。

 イチトはそのうち片方に近づくと、ボールでも投げるかのように左腕をしならせた。


「たあっ!」

 その先に繋がるニコラは宙を舞い、転がるコーレスの腹に全体重と『星群』の力を合わせて急降下した。


「ごぼっ!かはっ!」

「その反応じゃ私が重いみたいじゃん!」

「黙れっ」


 コーレスが怒りの言葉を口にする瞬間に、イチトはその顎を全力で蹴りぬく。

「っっっ!」

 舌が押しつぶされ、血が流れ出す。


「ごの野郎!」

 反撃の足も空を切る。

ニコラはその隙に再び腹を踏み抜き、更に跳ねてダメージを食らわせる。


「やめろバカ共が!」

 味方が、いや、自分自身が一方的にやられているのを見て、もうひとりのコーレスは立ち上がって手を伸ばす。

 だがその手が届く前に、イチトはその頭蓋にかかとを叩き込んだ。


「ぐぶっ!」

 だがそれだけでは倒れない。

 故に、もう一発。

 足を下ろすついでに拳を顔面に叩きつける。


「ふざけやがってぇ!」

 揺らいだ意識を覚醒させる、力強い咆哮。

 そして同時に、迫る拳をその手で受け止める。


「お前は!抵抗することなく!俺に殺されてればいいんだよ!」

「っ!くそっ!」


 掴まれた拳を戻すべく、脛を蹴り飛ばす。

 コーレスはそれを躱し、距離をつめ、イチトの姿勢を完全に崩させた。


「ぐっ!」

「うわっ!?」

 片足では耐えきれず、イチトは後ろのニコラを巻き込んで倒れた。


「俺の癖にやられてんじゃねえよ」

「ケッ。うるせえよ」

 コーレスは軽口を叩き、倒れたコーレスに手を差し伸べる。


 そして、その手は繋がれた。

 触れ合った部分から、指先の境目が消えていく。

 鏡合わせの接続面から、体が削り落とされる。

 二人のコーレスが、一人になっていく。


「予想通りだね!」

「合体で強くなる『星群』!」

 その瞬間に、吹き飛ばされた二人は立ち上がった。


「空にて会おう、我が息子!」


 少女は高らかに詠唱し、融合していく手に向かって、繋がれた手を伸ばす。

 そして衝突する直前に、イチトとニコラはその手を離した。


「「!?」」

 今の今まで、不利になるにも関わらず、ずっと繋がれていた二人の手。


 コーレスはそれが、『星群』発動の条件であると確信していた。

 だからこそ突然手が離れたことは、途方もない衝撃をコーレスに与えた。


 その隙にイチトは融合する手の上を、ニコラは下を通って、その向こう側へと手を伸ばす。


「『牧夫よ母熊(アルクトス・)の守護者たれ(アークトゥルス)』!」


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