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作り物でも青い空

 おかしい。ありえない。

 何故あの狂信者が血を流している。

 これではまるで、寸前まで対立し、何度も攻撃を加えたはずの青年が。


 自分を助けたみたいじゃないか。


「なんで」

 理解できない。

 助ける理由は一切無い。どころか殺す理由はいくらでもある。


 銃声で、助けを求める声すら聞こえなかったはずだ。

 それなのにこの男は、右手の肉を抉られながらも、自分の命を救った。

 わからない。理由は全く想像もつかない。


「なんで、だと?」

「そうだ。俺はお前を攻撃した。そんな奴を助ける理由なんて、」

「馬鹿なことを聞くな」


 その男は当然のように、疑問と困惑すら弾き飛ばす。

「何があろうと、人を見殺しにしていいはずがない」


 言葉が、出てこなかった。

 何度助けを求めても、誰も助けてくれなかった。

 それなのに。


「うっ、あっ、ああっ!!」

 涙が溢れ出す。

 声はかき消されたのに。

 誰にも聞こえないはずなのに。

 それでもこの男は、助けてくれたのだ。


「銃口を向けられた時、怖かっただろう。それが、いままで貴様のやってきたことだ」

「っ!」


 何一つ言い返せない。部下だろうと警察だろうと、逆らう者全てに声をぶつけてきた。

 自分が重ねた罪を、改めて実感させられる。


「だから、悔い改めろ。そして二度とやらないと誓え。さすれば、神は赦してくださる」


 神。神。神。

 目の前の男は、誰よりも、何よりも神を信じている。

 いるはずのない、いても救ってはくれない神を。


 だが、だというのに。

 少年を救ったのはその神の下僕、マッザロート・アルバーだった。


「俺は、神なんて信じないぞ!」

「だから何だ。無神論者だろうと見殺しにしていい道理はない」


 泣きながら叫ぶストマイチオを見ることもなく、アルバーは正面の男に近付いて行く。

 その男は、不愉快そうに顔を歪める。


「クソッ、『星群』持ちなんかに会うなんてついてねえっ!」

「何を言っている。宙域の隊員は全員『星群』持ち、だっ!」


 言い終わると同時に、アルバーは手錠を投げつけた。

「なっ!?」

 そして混乱する男を一瞬で倒し、銃を奪い取りながらその身を拘束した。


「クソッ!放せ、放せクソ坊主!」

「寧ろ死ぬ可能性が無い分、私が相手で幸運だったと思うことだ。貴様らも、自首しておけ。私以外の奴らに見つかれば、恐らく殺されるぞ」


 アルバーからすれば、善意による忠告だった。

 だがそれに従うものは誰一人いなかった。動ける者は全員最高速で、上空へと逃れて行った。


「あの速度では手錠は通らないか、無理だな。しかし、放置すれば被害が出るな……」

 一定以上の速度が出たのを見て、アルバーは手錠を下した。


 防御を貫通する仕組みは単純だ。

 乗車時など、速度が低い状態では防御は必要とされないがために防壁はない。


 だから十分に加速する前に手錠を投げれば、いとも簡単に手までたどり着く。

 だが今は、暇を与えてしまったせいでそれができない。


「多分、大丈夫だ」

 追うべきか考えていたところ、後ろから声がした。簀巻きにされたストマイチオだ。


「どういうことだ?」

「あいつらは、俺の命令でここに来てた。その俺を捨てるんだから、命令違反でも何でもするだろ」

「なるほど。貴様を見捨ててか。薄情な奴らだな」

「……ああ。結局、俺もそこの男も、換えが効く程度の奴だったんだろうな」


 銃を向けられた恨みからか、ストマイチオは同じく手錠で簀巻きにされた男をあざ笑う。

 男は悔しそうに歯を食いしばって押し黙った。


「喧嘩はやめろ。それより、貴様らはここで待っていろ」

 呆れたように溜息をつくと、アルバーは二人を制止した。

 その言葉の意味を計りかねて、ストマイチオは怪訝な顔をする。


「待てって、どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。連れて行く余裕も無い。数時間以内に迎えに来るから待っていろ」


「……逃げるとは思わないのか?」

「逃げれば罪が重くなるのだ。逃げるわけがあるまい」

 何を疑問に思っているのかわからないといった様子で、アルバーは淡々と言葉を返す。


「逃げきれば良いだろ」

「神からは逃げ切れない」

「神なんていない」

「ふむ、まあ貴様がそう考えるのを否定する権利は私には無い。だが……」


 アルバーは簀巻きにされて倒れ伏すストマイチオを座らせると、その手錠を外した。

「はあ!?」


 アルバーと会ってから何度目かわからない、脳をかきまわされるような混乱が襲う。

 命をかけて戦い、内蔵に甚大な被害を受けてようやく捕まえたはずの自分を、開放した。


 あまりにも突飛な行動に思考が止まる。

「話をするのに、拘束したままというわけにはいくまい」


 そんなストマイチオの目を、アルバーはしっかり見据えた。

「貴様は本当に、犯罪者のままでいたいのか?」

「何、を」

「貴様が望むものは何だ。それは罪を犯さなければ手に入らないものなのか」


 止まっていた脳が動き出す。

 数秒遅れてようやく、その言葉の意味を理解し始めた。


 この男は、自分に聞いているのだ。

 一度は能力を封じ、抵抗できないようにしたというのに。

 敢えて枷を外してまで、対等な立場を作り出した。


 本心を、聞く為に。


「聞いて、くれるのか」

「ああ。人の悩みを聞くのも、人の努めだ。そしてそれが人の道に背かぬものなら、私は全力で貴様を助ける」

「……そうか」


 ぽつりと、呟く。

 全身から力が抜け、後ろにぱたんと倒れた。


「もういい」

「何?」

「もう、手に入ってたみたいだ」


 きっと、この男にとってはなんでもないことだ。

 ただ神の教えに従い、自分の義務を果たしたに過ぎないのだろう。


 だがそれでも、聞いて貰えたことで。


 声が届くと実感できた。


 助けてくれる人がいると、信じることができた。


 力を得てから今まで、暴れ続けても満たされなかった心が、満たされた。

 単純なことだ。だが単純だからこそ、気付けなかった。


 話を聞いて、困った時には助けてくれる。

 そんな誰かを求めていただけだったのだ。


「何が琴線に触れたのかはわからんが、貴様が満足したのなら、それでいい。では、また後で迎えに来る」


 足音が遠ざかっていく。

 それを聞きながらストマイチオは、真っ直ぐに空を眺めた。


 視界の端の機体が下に降りていく。きっと、アルバーが出発前に飛ばしたままだった男を下ろしたのだろう。


 そして暫くすると、機体はどこまでも青い空に飛び立っていった。


「バカだな、あいつは」

 一度も振り返らずに飛び去る機体を見て、ストマイチオは笑った。


 きっとあれに乗っている男は、逃げられるなんて欠片も考えていないのだろう。

 影は段々と小さくなり、遂には見えなくなった。


 きっと今から逃げても、気付かれないだろう。

 だがストマイチオは、起き上がることなくずっと空を眺め続ける。


 自転周期によって星毎に一日の長さが変わらぬよう、投影されているだけの青空を。


 それでも、少年はそれを美しい空だと、そう思ったのだ。


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