落ちていったはずの男
「ああっ、もう、どうなってんの本当にっ!」
上空千メートルで、少女は悲鳴を上げた。
その理由は二つある。
一つ目は、銃で狙われていること。
二つ目は、狙っているのがついさっき地上に落ちたはずの男であることだ。
「ひっ!今掠った!ああ、もう!やるしかないじゃんっ!」
ニコラは弱音を吐きながらも、急速でターンを決め、正面からコーレスらしき敵と向かい合った。
「正面の方が防壁分厚いって言ってたよねっ!信じるよ、イチトっ!」
そしてニコラは立ち向かうことなく、バックで逃亡を始めた。
コーレスらしき敵は、わざわざ反転して逃げたことで僅かに銃撃を躊躇ったが、直ぐに再開した。
だが軌道を見て動けるようになったニコラには、殆ど弾が当たらない。
そして命中しても、分厚い防壁に阻まれて届かない。
「ひゅーっ、信じてみるもんだね!ともかくこれでお互い攻撃できないし、帰ってごはん食べない?っていう提案なんだけど」
通信機を攻撃に使ったせいで会話ができないので、ニコラは身振り手振りでの意思疎通を試みる。
だが相手は、それを無視して加速した。
「うへえ、やっぱ無理かあ」
装甲を外している以上、接近戦をすれば先に落ちるのはニコラだ。
当然死ぬつもりの無いニコラは、逃げるが勝ちと言わんばかりに加速する。
するとコーレスらしき男は、じわりじわりと高度を下げ始めた。
「あっ!また直線進んで追い付くやつやる気!?」
ニコラが叫ぶのを気にも留めず、正面の機体はゆっくり、沼に沈むように高度を下げて行く。
「はー、もう怒ったよ私は。一度ならともかく、そんな手が二回も通じるわけが無いでしょ」
確かにニコラは飛行経験が浅く、前回は見事に同じ作戦で追い詰められた。
だが、一度見た作戦の対策が思いつかない程愚かではない。
「落ちたはずの人が何でここにいるのか知らないけどさ、君にはきっと地面の方が似合うんじゃないかな」
ニコラはいつもより、少しだけ落ち着いた声で、聞こえもしない言葉を吐き続ける。
「だからとっとと落ちやがれ」
だが敵意だけは伝わっただろう。
その右手の親指が、はっきり下を指していたのだから。
だが宣戦布告をしたにも関わらず、ニコラはこれといった行動を起こさなかった。
相手が最も低い位置に到達するまでの数十秒間、見るだけでハンドルの一つも動かさない。
そしてコーレスらしき男が浮上を始めた時になって、漸くニコラは動き出した。
「そんじゃ、落としちゃおうかなっ!」
叫ぶと同時に右足を勢いよく前に動かし、限界まで前方に体重をかけた。
すると機体は速度を落とし、そして今までの進路とは逆方向に加速し始めた。
敵もその動きに気付き、急浮上を始めた。
だが、遅い。
最高速で移動してはいるものの、道を塞ぐどころか衝突による妨害すら間に合いそうもない。
時間が経つにつれ、二台の距離は近づく。だが決して触れることはない。
はずだった。
「引っかかったねっ!」
通過する直前、ニコラは突如速度を落とし、更に全力で下降のペダルを踏み抜いた。
ギャチチチチッ!!!
空気防壁同士が擦れ、まともな神経ならば聞いていられないような不快音が轟いた。
「うっるさああああああ!!!」
当然ニコラもその音波の影響を受け、脳細胞が弾け飛びそうな不快感を覚えた。
それでも止まることなく、下降のペダルを踏み続ける。
目的はただ一つ。目の前の男を地面に叩き落とすこと。
敵の機体の斜め上に乗り上げ、重力を数倍にも高めて落ちる。
防御が弱くて先に落ちるなら、敵の真上で落ちてやれという狂った発想のもと、ペダルをぐんと踏み続ける。
全身が振動する。耳を塞ぎたくなるような音は鳴る。だが、それでもニコラは目の前の男を落とすために全てを受け入れた。
「私を舐めたら痛い目見るって!その体に直接!わからせてあげるっ!」
敵の抵抗も虚しく、ゆっくりと機体が落ちていく。
左右に力をズラして落下から免れようとしても、それに合わせてニコラも調整を行うので、逃れられない。
「早く、落ちろっ!」
長い長い落下の後、二台のバイクは地面に叩きつけられた。




