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神に捨てられた者

「止ま、るな!」


 ガン、とペダルを踏みつける。

 だが機体はそれに応えることなく、ゆっくりと減速していった。


『これは発見、神の御加護とやらにも限界があるんだ』

 銃弾を食らい続け、スクラップとなったバイクから降りたアルバーの耳元に、心底嬉しそうな声が届けられた。

「それは違う。我が主は敢えて私に力をお貸しにならなかったのだ。私が自力で乗り越えるべき試練だと判断なさったのだろう」


 だがその程度の皮肉で傷付くほど、アルバーの心は弱くない。

『何を言っても無駄、か。もういいや。さっさと殺そう』

 男が右手を上げると、部下達が一斉に三つの列を組む。

 そして手を下ろした瞬間、その列の先頭が、弾き飛ばされるように走り出した。


「なっ!?」

 その延長線上にいたアルバーがをあげた。

 言うなれば、部下を砲弾にした三連装砲。


 三台のバイクは、その速度と重量を殺傷力へと変え、真っ直ぐアルバーに襲いかかった。

 焦ったアルバーは回避の為に地を蹴る。


 だが逃げ切るよりも、三台の砲弾が蹂躙するのが早いのは誰の目にも明らかだった。


『終わりだ』

「いいや、終わらん。神よ、我を守り給え!」

 アルバーは敵の声に反発するように叫ぶと、逃げる足をピタリと止めた。


『何っ!?』

 そして手を合わせ、まるで神に祈るかのようなポーズをとった。

 バイクが迫り、轟音が鳴り響く。


 だがそれでもアルバーは直立不動でその時を待ち続けた。

 そしてバイクが通過する。


 そう、衝突ではなく通過したのだ。


 回避を諦め、祈りに徹したかのように見えたその男は、ただ一筋汗を垂らしただけで一切の怪我も無く危機を乗り切った。

『まさかバイク同士の隙間を狙ったってのか!?』

「ああ」


 並走の難易度は、その間隔と速さに依る。

 そして今回は速さを重視する為に、ある程度の距離を開けて走るよう指示を出していた。

 であればまだ、漬け込む隙存在する


『嘘をつくな!目にも見えない防壁の隙間を、どうやって掻い潜る!どんなトリックを使った!』


 だが、正気ではばい。

 間は僅か三十センチ。人間の厚みを考えれば殆ど余裕が無いその隙間を、あろうことかこの男は、祈ることで余計に厚みを増しながら通り抜けたのだ。


「トリックではない。ただ私は祈っただけだ」

『祈る、だと?お前、やっぱ狂ってるよ。妄想に命を預けるなんて』


 がり、と頭皮に爪が食い込む。

 狂気にも似た信仰が、存在しない神に届いたかのような奇跡。

 敵だけがその恩恵に預かれるというのは、心底腹が立つ。


「例え貴様がそう思おうと、私の信仰は変わらない。それよりも、早く投降しろ」

『はあ?一回躱しただけで何調子乗ってんだよ』


「一回躱しただけ、ではない。神は私がここで死ぬべきでないと判断なさったのだ。我が天命はここでは尽きんぞ」

『どこまでも狂ってやがるな。殺してそれが間違いだったって証明してやる』


 そう言うと男は前回より複雑なハンドサインを送った。

 すると部下たちは僅かに列の隙間を詰め、ペダルに足をかける。

『やれ!』


 再び、三つの砲弾が射出される。

 その隙間は前回よりも更に狭く、もう隙間を通り抜けることは叶わないだろう。


 だがアルバーは、あろうことか逃げる素振りも見せず、何かを投げつける。

 直進する中央の一台は、左右を固められているせいで回避することもできずにそれに当たった。


「痛ってぇ!」

 直撃。

 右の手首に痛みが走る。視線をやると、そこには手錠。そしてそこから何故かワイヤーが伸び、正面に立つ青年へと繋がっていた。


「はあ!?」

「防壁は封じた!止まらなければ貴様も吹き飛ぶぞ!」

 そして平静を取り戻す前に、アルバーは言葉で追撃をかけた。


「く、っそ!」

 それが嘘かどうか、判断する時間と心の余裕は、残されていなかった。


 命を惜しんだ中央のライダーは、焦って逆噴射をかけて減速する。

 加速が不十分だったこともあり、機体はアルバーに衝突する直前でその速度を失った。


「感謝しよう。貴様のおかげで人を傷つけずに済んだ」

 そう言うとアルバーは手錠に繋がったワイヤーを男の回りにぐるりと巻き、もう一方を男の左手に付けた。


「この、舐めんじゃねえっ!」

 男が焦ってワイヤーを外そうとした瞬間、アルバーはボタンを押す。


 すると両手にかけられた手錠を繋ぐワイヤーが巻き取られていき、男はその力に抵抗できず、腹の辺りに手を固定されてしまった。


「はあっ!?何だよこれ!外せ!」

「そうはいかん。『星群』持ちでないなら捕まえて良いと言われたのでな。おとなしくしろ」

「嫌だねっ!」


 男は叫ぶと、自由に動く足を振り上げた。

 だがあっさりと躱され、どころか逆に新たな手錠で足を封じられる。


「暫く遠くへ行っておけ」

 アルバーはその足を上昇するペダルに乗せてから縛り、上昇し続けるようにした。

 ついでにしばらくしたら降りてくるよう、適当に燃料を抜き取る。


「てめえっ、このっ!」

「おっと、下手に暴れると頭から落ちるぞ。燃料が不足したらゆっくり降りる。大人しくしておけ」

「くそっ、下ろせっ!」


 着地音から今の高度を察した男は、吠えることしかできない負け犬へと成り果てた。

『……お前、どうやってあの手錠で風圧防壁を抜けた』


 口調は冷静だったが、その心には焦りがあった。

 同時に事の重大さに気が付いた部下達もざわめき出す。


 自分達を守る防御が、人の投げた手錠に破られた。

 力で無理矢理押し通したわけではなく、まるでそこに壁など無かったように。


 その理由がわからないまま戦っていられるほどの能天気は、少なくともこの場にいなかった。


「どうやって、と言われてもな。まさか貴様らは、自分の乗る機械の弱点すら把握していないのか?」

『弱点?』

「……呆れたものだ。貴様、ストマイチオ・ポルンだな。手配書で見たままの顔だ。バイクというものは、貴様のような幼子が乗っていいものではない」


 アルバーの言う通り、その顔はまだ七歳程度に見える。

 麻薬で成長が止まっているという面もあるが、実年齢の十歳で考えたとしてもバイクに乗るには若すぎる。


 そしてそんな子供が犯罪者として生きている現状を、アルバーは嘆く。

『俺はお前に質問をしたんだ。答えろよ』

「免許を取ってから乗っていれば、聞く必要もなかっただろうな。制度というのは、そうする必要があるから定められているのだ」


 アルバーからすれば、当然の道理を説いただけだ。

 だがそれを聞いたのは、定められていたはずの制度に無視され、虐げられ、僅か十歳にして犯罪者として名を知らしめた男。


 自分を助けもしない何かを守れと、上から目線で説法をする聖人の言うことなど、心に響くはずもない。

『へえ、じゃあ、教えてくれよ』


 怒りで震えつつ手を上げる。

『お前は死ぬ時、どんな惨めな顔をするのかな!』

 悪魔のような表情で、ストマイチオはその手を下ろした。

 それを合図として、再び機体の砲弾が三段放たれた。


「神よ、我を助け給え」

 迫る弾丸の前で、アルバーは悠々と神に祈った。


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