表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/165

その女、致命的

 乱雑に服が脱ぎ捨てられる。

 ヘルメット、ジャケット、ズボン。制服全てを脱ぎ棄てたところで、女は満足そうに笑った。


「手袋は、無いと死んじゃうから残しておこうかしら。にしても……ああっ、堪らないわねっ」


 サイクルウェアのような服に身を包んだ女は笑い、体が毒性のインクで黒く染まった犯罪者達の元へと歩いていく。


 これだけ強い毒に触れたなら、放置しておいても数分もすれば死に至るだろう。

 だがそれまでに暴れる可能性があるため、先んじて止めを刺す。それが彼女、ヴィーシに与えられた任務、兼玩具だった。


「ふふっ、ねえ!それ、分かってると思うけど、貴方達が使ってるのと同じインクよ!触っちゃった時点で、死ぬってこと!」

 だからその玩具で愉しみ尽くす為に、彼女は限界まで工夫をこらす。


「あははっ、それじゃ精々、その惨めに苦しむ姿で!私を楽しませなさい!」

 どこまでも傲慢な言葉を紡ぎ、ヴィーシは一人哄笑する。


「ふざけんじゃねえ!」

 笑い声がぴたりと止まった。

 声の聞こえた方を見れば、頬をインクで侵された男が立っていた。


 毒が回ったのか白目が赤くなっているが、それ以上に赤く怒りの炎を滾らせて、男はヴィーシを睨む。

「苦しんでなんかやるもんかよ!どうせ死ぬなら、お前を殺してからだ!」


 声は枯れ、どう見ても立ち上がれるような容態ではない。だがそれでもこの男は、暴走族の一員としての誇りにかけて立ち上がった。


「上等じゃねえか!一泡吹かせてやらあ!」

「逃げんじゃねえぞポリ公!」

 それに呼応するように、他の男達も立ち上がり、怒りをぶつけようと意気込む。


「もう二度と、笑えないようにしてやるよ」

 男の声に応じ、立てる者は全員立ち上がった。何人かは完全に意識を失っていたが、それでも五十人近くの男達が立ち上がり、ヴィーシを取り囲んだ。


「あはははははっ!もうそれが笑えるわね」

「行くぞてめえら!」

「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」


 男達は、最後の力を振り絞ってヴィーシに立ち向かう。

 それは毒で弱っているから、一人では倒しきれないと考えたから。

 そして目の前の女を、空恐ろしいと感じたから。


「やってみなさいよ。できるもんなら、ね」

 全てはヴィーシの思い通りに。


「オラァ!」

 一人の男が殴りかかる。ヴィーシはそれを難なく躱し、腹に一発拳を叩き込んだ。


「がっ!?」

「くそっ、こいつ速え!」

「数だ、数で押せ!」

 軽くあしらわれたのを見て、男達は俄に色めき立ち、全方位から襲いかかる。


「どうしたの?調子でも悪いのかしら?」

 だが、その攻撃は一つとして届かない。

 投げ飛ばし、殴り飛ばし、蹴り飛ばす。


 『星群』で強化された速度を以て、一切毒のついた場所に触れず、かつ殺さずに距離を取り続ける。

 殺さない理由はただ一つ。追い込まれた状況を保つことで、胸をより高鳴らせるため。


 決死の攻撃だろうと関係ない。命の危機は、ヴィーシにとっては娯楽でしかないのだ。


「くっそ、おい!殺すことに集中しろ!ペンキで触ればこっちの勝ちだ!」


 勿論男達も黙ってやられるばかりではない。

 バイクに残ったペンキを腕にかけ、触れれば即死の即席毒手を作り上げ、飛沫をまき散らしながら殴る殴る。


 そして更に攻撃を組み合わせることで、より効率的に逃げ場を無くした。

 その結果、追い詰められたヴィーシがより速く、強くなることも知らずに。


「いいわ、ちょっとはマシになってきたわよっ!」

 周囲に逃げられないなら上に飛ぶ。

 上も対策されれば包囲網の一部を蹴破る。


 どれだけ工夫を繰り返しても、圧倒的な速さを誇るヴィーシ相手では、全くと言っていい程歯が立たない。

 迫りくる肉の壁を幾度となく打ち破り、そして敢えてまた囲まれる。


 その異様な行動に、男達の恐怖はより確かな物へと変わっていく。

 この女は、狂っている。


「ごっ、ばっ!」

 力と狂気。それが備わった敵に正面から立ち向かって、心が折れないはずが無い。

 精神力だけで立ち上がっていた男達は、もはや立ち上がる力を失った。


 体は毒に逆らうことを諦め、震えて地に這いつくばる。

 それを眺める女の肌に、一切の傷はない。

 今この瞬間、五十を超える屈強な男達は、たった一人の女相手に完膚なきまでの敗北を喫した。


「残念、毒が効いてきたみたいね」

 心の底から残念そうに、息を吐く。

 最初から毒を食らっていたことを考えると、よく持った方だろう。


 だが死線を楽しんでいたヴィーシからすれば、それは玩具を突然取り上げられたようなもの。

 彼女にとっては、我慢ならない苦痛だった。


「せっかく高鳴ってきたのに、直ぐ終わっちゃったら意味無いじゃない!」

 再び溜息をつく。

 不完全燃焼、という他ない。


 触れられただけで終り、という状況自体は面白かったからこそ、ものの数分で終わってしまったことがたまらなく口惜しい。

 終わったという現実を受け入れたくないヴィーシは、目の前に転がる人間を眺める。


「もう一回ぐらい、起き上がって来ないかしら」

 しゃがみこんで眺めてみても、男は声も上げず震えるばかりであった。

「はあ」


 ヴィーシはつまらなさそうに息を吐くと、イチト達が戦っているであろう上空を眺める。

 すると唐突に、青空の中に黒い点が複数現れた。状況的に十中八九バイクの集団だろう。


「変ね。上からペンキかけたら勝ちなんだから、降りる理由も無いでしょうに」

 不思議に思ったヴィーシは、手庇をして黒点を眺め続ける。

 よくよく見ればその集団は、やけに前方に飛び出した一つの点と、それ以外の大勢といった具合に分かれていた。


 そしてその黒点はヴィーシの真上に差し掛かると、急激に巨大化していく。

 その正体は、降り注ぐペンキ。地上にヴィーシがいることに気付き、攻撃を仕掛けたのだ。


「やっぱりそう来た。中々良い挨拶ね」

 それをヴィーシは、皮肉でも何でもなく称賛した。

 直後、大量のインクが降り注ぐ。


「あははっ、良いわね!こういうの好みよ!」

 黒い雨の中、ヴィーシは笑った。

 そして上から襲いかかるインクを、華麗な足捌きで延々と避け続ける。

 その完璧な躱し振りは、ヴィーシが元からどこにインクが落ちるのか知っているかのようだった。


「最っ、高!」

 激しくも美しい、黒い雨とのダンスを終えた後でも、ヴィーシの体には一切の汚れは無い。

 黒く染まった大地の上で、金髪と白肌が一層強く輝いていた。


「何をしているのだ貴様は!」

 その美しい風景を台無しにするような怒声が響く。

 騒ぎ立てるのは、地面に転がるヘルメット。この声は、間違いなくあの男だろう。


「何か文句でもあるの、アルバー」

「当たり前だ!貴様は他人の命だけでは飽き足らず、自分の命すら弄ぶのか!」


「ええ。私の命をどうするかは私の自由でしょう。それより、他に用は無いの?」

「……まだ文句は言い足りないが、仕方ない。今、上から来た暴走族が十人程そちらへ向かった!決して殺すな!そして死ぬな!失われた命は戻らないのだぞ!」


 ヴィーシは顔を顰めると、ヘルメットを踏み潰した。

「煩い」


 ヴィーシは、命の重さを誰よりもわかっている。

 彼女は昔に一度、知らない男に突然腹を裂かれて死にかけたことがあった。そしてその後散々他人からその大切さを諭されたのだ。学ばない方がおかしい。


 だからこそ彼女は、自らの命を危険に晒す。

 この世で最も尊いものを失うかもしれない危機が、どうしようもなく胸を高鳴らせるのだ。


 だから死にかけたことすらない人間から、命の尊さについて説かれるのは、彼女にとって我慢ならないことだった。

「殺すつもりはないわよ。ただ、楽しみ終わる頃には死んじゃうだけじゃない」


 空に黒い機体が見える。

 明らかに高度が下がっている。恐らくタイムラグを減らし、ペンキの回避を難しくするためだろう。


 そこにあるのは、純粋な殺意。

 だからこそヴィーシの胸はより強く高鳴る。

 説教されたことへの苛立ちは、未だに胸中で燻り続ける。だから状況を楽しむ為に、ヴィーシはより高らかに笑って苛立ちを押し潰す。


 そんなヴィーシの真上から、再びペンキが投下される。

「ちゃんと楽しませてよね」

 黒と白の輪舞、その第二部が幕を開けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ