任務開始ー土星
「……で、何故私のバイクが黒くなっている」
作戦当日。機体を積んだコンテナを開けたアルバーの視界に飛び込んできたのは、黒く染まった四台のバイクだった。
「俺が塗った。どうせ拘りなんてなかったろ」
「無い。だが事前に見た資料だと、敵は黒いバイクを使うとあったぞ。見分けられるのか」
「そういえばそうね。わざわざ黒制服まで配ったんだから、流石に考えてるでしょうけど」
黒制服とは、黒い制服である。
特殊な機能も何もない、ただ黒いだけの制服だ。
宙域の売店で売っているので、一応着用して生活したり、任務に臨んだりすることもできるのだが、余りにも着用者が少ないせいで、奇異の目で見られがちという使えない商品だ。
イチトは敢えてそれを全員分購入し、配った。
「まあ敵と見分けつかないようにするためだからね。で、私達用のヘルメット!被ってたらわかるでしょ。あと手袋もあげる。まあイチトの金で買ったやつだけど」
「白い制服は後で着替える用に、一応バイクに入れとけ。あと、前預かった金返しとく。装備分は引いた」
露骨に嫌そうな顔をするニコラを尻目に、イチトはかかった費用を引いた分、金を返した。
「別に良いって言ったのに、律儀ね」
「そういうことなら私も払うぞ。それと、ヘルメットの有無を即座に見分けられる自信が無いのだが」
イチトは手早く会計を済ませると、問答無用でヘルメットをアルバーに押し付けた。
「お前は攻撃を避けるだけだ。俺達が見分けられれば問題ない」
「それは攻撃するということか。それなら私は止めるぞ。聖書の三十四節にも、『汝、隣人が傷付くのを傍観すること無かれ』とある」
「下手すぎて無理だろ」
「貴様が知っている私よりは上達しているぞ」
挑発を軽く流したアルバーは、バイクに跨がると、ヘルメットを手順通りに装着した。
イチトも今から言い合う時間は無いと判断し、それに続いて準備を終わらせる。
「そう言えば、相手もヘルメットの有無でこっちを見分けられるんじゃないの?」
「ああ。別に敵には見破られても良い」
「何?なら誰を騙すというんだ」
「あー、あー、聞こえるか?こちらトレハ」
そんな中ヘルメットの中に入れた通信機器からトレハの声が響いた。仕事に忙殺されているという噂は本当のようで、その声には生気が無い。
「聞こえてる」
「そうか。それじゃあ、準備はできてるか?」
「いや、まだだ。ヴィーシ、ヘルメットをしろ。間違いなく死ぬぞ」
「絶対しない方が面白いじゃない。それにこのデザインも良くない」
「ならお前の機体にどんな改造したか、言うぞ。そしたらお前もつけるだろうな」
聞き分けのないヴィーシに、イチトは奥の手を繰り出す。
改造の話をしてから、今の今まで高め続けてきた期待全てをぶち壊す、ネタバレ。
どんな危機も退屈になりかねない、劇薬にも似た攻撃だ。
「……わかったわよ」
少し機嫌を損ねながらも、ヴィーシはヘルメットをしっかりと装着した。
それを見て、ニコラはこっそりと適当にしていた服同士の結合部を直した。
「よし、じゃあ命令を伝えるぞ。『配備された地域の近くに敵が来たら殺せ。但し、幹部だと思われる人間ならば、一人を限度として生け捕りにしても良い』……だそうだ」
「だってさ、一人を限度だよ」
ニコラはちらりと隣に並ぶ青年を見る。
「私はそのような命令には従わない。何人だろうと生け捕りにする」
「ならせめて『星群』無しの奴にしてくれ。『星群』持ちの監禁は手間で、医療が逼迫するって苦情が入ってる。そのせいで隊員の治療ができないのも困るだろ?」
「……それならば仕方がない。優先はしよう」
優先するとは言ったが、捕まえないとは言っていない。愚直なまでに正直だ。
「ともかく、俺は命令を伝えたからな。それよりそろそ、敵、ち、ず」
突然、通信が乱れる。それは電波妨害ができる範囲に敵が現れたことの証左であった。
「飛行準備」
イチトが合図を出した直後、四台のバイクはキイィィンと甲高い音を上げる。
ヴィーシは懐から重力の乱れを検知する機器を取り出し、周囲を探る。
ビルが林立する位置からは少し離れた、郊外の公園などの施設が多いエリア故に、視界はすこぶる良い。そしてなにより、暴れても壊れるものがない。
「五時の方角!この速度だと……あと三分で最接近!」
「四十五度で飛行」
強い慣性力を受けながら、それでも四人は加速し、上空に向けて突き進む。
「角度変更、水平」
そして十分な高度になった頃に、妨害し辛い短距離通信で進路変更を伝える。
それと同時に、後方に小さな黒い影が現れる。
「おやまあ、お出まししちゃったねえ」
ぽつり、ぽつりとその影は増えていき、ついには百を超える影が後方に出現する。
その正体はイチト達と同じく、バイクに乗った人間達。機体とライダージャケットは黒で統一されている。
事前に知らされていた、今回の敵の特徴と一致している。
「思ったより数が多いな。本隊か?」
「うえ、それヤバいんじゃない?」
「ああ。警備の厳しいであろう惑星を避けて、大きめの衛星を狙いやがったってところか。敵に移動を強いることもできるし、良い作戦だな」
敵は百人以上、それも頻繁に運転をしている精鋭だというのに、それに対応するのは初心者。それもたった四人。太刀打ちできるはずもない。
次第に距離が縮まっていることを考えると、機体の性能でも負けている。
「出直した方が良いだろう。何か作戦があるならまだしも、これでは自殺と変わらない」
「だね。流石に厳しいよ」
アルバーは冷静に戦況を分析し、ニコラもそれに追従した。だがイチトは、簡単には首を縦に振らない。
「ニコラ、指名手配犯はいるか?」
「……ちょい待ち。えーっと、いるね。角度で顔見えないのもいるけど、今見える範囲で二人。こりゃ主力だ。ほら、早く通信できるとこまで行って応援呼ぼ」
戦況をより正確に分析する。その為に聞いたのだと思ったニコラは、言われた通りに敵の状況を報告する。
それが罠だと気付かずに。
「手配版が、二人」
「うん……うん?」
一瞬、言っている内容が普通なせいで流しかけたが、何かがおかしい。ヴィーシの呟きに混じってやたらと荒い息遣いが聞こえる。
そっとヴィーシの方を見ると、表情は伺いしれないが、明らかにミラーの方を向いている。
「えーっと、あの、何してらっしゃいます?」
「何って、見てるのよ。敵がどれだけ多いのか。ああ、こんなところに突っ込んだら、死んじゃうかも」
言葉とは裏腹に、声は愛を囁くような、艶めかしいものに変わっていく。
そしてそれとは対照的に、ニコラの表情は引きつり、声も固くなっていく。
「ねえ、バカなこと考えないでよね。ほら見てよ、あいつら私達に気付いてるのに全然動じてないじゃん。正面からでも潰せるって思ってるよ、多分」
「その通りだ。このままでは勝ち目は無い。五十二節にも、『自ら死地に赴く者に、死後の救いは無い』とあるだろう」
それに危機感を抱いたニコラとアルバーは、下手な行動をしないように言う。危険だ、無理だと、引き下がる理由を並べ建てる。
だがヴィーシが求めるのは、まさにその危険で無理な状況だった。
「ああ、もう、我慢できないっ!」
目にも止まらぬ方向転換の後、壊れそうな程の力でアクセルを踏み、進行方向とは真逆へと向かう。
「なっ、待て貴様!」
アルバーが静止するが、寧ろヴィーシはそれを嘲笑うように加速した。
忠告は声援に。心配は後押しに。周囲の人間が投げかける言葉は、彼女にとっては逆方向に働いてしまう。
敵は暴走族だというのに、それより余程暴走と呼ぶに相応しい運転で迫る。
そしてそれは、ただでさえ数的不利に置かれているイチト達をより不利にしかねない。
「あははははははは!!」
だが本人は、そんなことは欠片程も気にしていない。彼女が欲するのは極限の窮地と快楽のみ。仲間の危機など、欠片も気にする価値は無いことなのだ。
「ちょっ!?イチト!あのバカ行っちゃったよ!」
「ああ。予想通りだ」
「ならなんで注意しとかないわけ!?」
「それを前提に作戦を立てたからだ」
「ーーーーえ?」
真逆の方向に進むヴィーシと敵。その距離は瞬く間に埋まっていく。
それでも尚、ヴィーシは強くアクセルを踏み続けた。
「ヴィーシ!衝突までの時間を報告!」
「あっはははははは!多分十秒ぐらい!」
「報告させてなんになるわけ!?」
ニコラの悲鳴にも似た質問を聞き流し、ハンドルに括り付けたデジタル時計を注視する。
ヴィーシの時間予測は、恐ろしいほど正確だ。何度も命の危機を味わう為には、自分がいつ動き出せば助かるのかを即座に計算する必要があったのだろう。
それを信じたからこそ、敵の探知はヴィーシに任せた。
そして今も、作戦の成否がかかるタイミングも委ねた。
復讐相手が見つかるまでは、使えるものは、使わなければならない。
イチトは前回の任務での失敗から、他人を使うことを学んだのだ。
「合図で浮上して、限界まで息止めろ!……今!」
「あはははははははりょうかーい!」
指示を受け、ヴィーシが急上昇した瞬間に、イチトは手元のボタンを強く押した。
すると衝突寸前で飛び上がる機体から、黒い立方体が落ちていく。
バゴアアアアァァァン!
通信機越しに、鼓膜が破れそうな程の爆音が轟く。
それに釣られて後方を振り返っても、もはやヴィーシの姿は視認できない。
視界に入るのは、唐突に現れた異物。
青空が異空間と繋がってしまったかのような、脈絡のない黒が。
人が米粒のように見える距離ですら、その巨大さが伺える、華のように広がる黒が。
ヴィーシが存在していた場所を中心に広がっていた。
そしてその華はヴィーシの近くにいた暴走族にも襲いかかる。悍しい華に触れた人間が、正気を失ったように暴れ藻掻く。
殆どその姿は見えない筈なのに。声は聞こえない筈なのに。何故か、藻掻く様と悲鳴が、耳に届いたような気がしてならない。
そして間もなく、黒い華は重力に従って落ちていく。周囲の人間を道連れにして。




