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エイル・プラスチック

「で、何か言い訳はあるか」

 最早親の仇でも見るような目で、白衣の男は三つのベッドを睨みつけた。

「言い訳も何も、訓練で怪我ぐらいするでしょう?」


「ああ、当然するだろうな。だが何をどうしたら訓練で骨が二桁折れる!何故千切られた耳が俺のところへ届く!訓練って言葉の意味わかってんのか!?」


 激高する男に、イチトとニコラは何も言い返せず黙りこくっていた。

 男の名は、エイル・プラスチック。頬は痩せこけ、肌も青白いことから病人のように見えるが、これでも宙域警備隊の医療を取り仕切る医師である。


 そして二人はエイルに、幾度となく治療を施され、その度に説教を食らってきた。

 だというのに今回の訓練では、それをすっかり忘れて戦い大怪我を負った。どれだけ文句を言われても仕方のない状況だ。


「ええ。でも怪我すらしない訓練なんて、楽しくないじゃない」

 だがヴィーシはそんな事情は一切知らない。そして彼女は快楽を求めた結果の負傷に文句を言われることを嫌って態度を悪くする。


「お前、ふざけてるのか?」

 しかしエイルの側から見れば、楽しむ為に怪我をした上にそれを詫びすらもしない、この上なく腹立たしい患者だ。

「本気よ」

「はい、もーやめてっ!」


 一触即発の雰囲気を打開すべく、ニコラは二人の会話に割って入った。

 だがそれでも怒りは収まらず、矛先は両方ニコラの方へと向いてしまった。


「うるさい」

「何を他人事みたいな顔して止めてやがる。前に散々注意したよな。もう二度と余計な怪我はするなって。なんだその耳は」


 そう言ってエイルは病的に細い指で、耳に残る縫合の跡を指差した。ニコラが焦って隠そうとするも、触らないよう言い聞かせられていことを思い出して手を止めた。


「どうやら短期記憶に異常は無いらしいな。もし触ってたら、宇宙のド真ん中にほっぽり出してやったところだ」

 エイルは怪我したことを皮肉り、ギプスすらも貫通しそうな視線でニコラの耳を見た。


「いやー、まあ、はい。流石にそろそろ反省しまして」

「それは何よりだ。なら隣の馬鹿女にも、お前が学んだことを伝えておけ。俺が説教しに行くまでにな」


 エイルはボタンを操作して仕切りを出し、ニコラとヴィーシを隔離した。同時に入口を施錠したことから、一人一人本気で説教しにいくつもりなのが伺える。


「それじゃあ覚悟はできてんだろうな。俺の忠告を無視した罪は重いぞ」





「ったく、お前ら、特にあの馬鹿女は最悪だな。医者だってのに患者に手を上げそうになる」


 罵詈雑言と宙域の医療体制の問題点をかき混ぜたような話を終えると、エイルは灰色の髪を掻きむしった。


 何度か治療を受ける上で気付いたことだが、この男は基本的に嘘を好まない。恐らくニコラが耳を触っていたら辞めさせるよう直談判ぐらいはしただろうし、ヴィーシのことも本気で殴ろうと思ったのだろう。


「で、だ。最近班分けがあったそうだが、もしかしてお前ら三人が同じ班ってわけじゃねえだろうな」

「同じ班です」

「ネイピアの奴、もう耄碌したのか?」


 イチトの答えに心底嫌そうな表情を浮かべると、直後、頭を抱えて悩みだした。

 彼からすれば医務室常連のイチトとニコラ、そして一回目にして出禁を喰らわせたくなる態度のヴィーシが同じ班なのは、悪夢に他ならない。


「どうせお前らは性懲りも無く怪我して医務室に駆け込んで来るんだろ、あの女と一緒に!ふざけんじゃねえよ。俺はあんな奴、二度と治療するつもりは無えぞ」


 エイルは当然のことながら、必要のない負った人間を治療することを蛇蝎の如く嫌っている。

 悦楽のために負傷を重ね、悪びれもしないヴィーシは、もはや不倶戴天の敵とも言えるだろう。


「なら本人に伝えておきます。多分喜ぶと思いますけど」

「なんでそこで喜ぶ!反省しろ。で、他の班員は?ブレーキ役はいるのか?」

「オペレーターはトレハです」


 長い、長い溜め息がエイルの口から漏れ出した。

「どうしましたか」

「たまに手伝いに寄越されるから知ってるよ。確か死ぬのが怖くて逃げた奴だろ?お前らを抑えるには全然足りねえだろ」


「一応班のコンセプトが、問題児を集めて隔離することなので」

「何がコンセプトだ。んで、班は基本四人とオペレーターだったろ。なら最後の一人はどんな迷惑野郎だ?」

「命令無視して手配犯を生け捕りにして連れて来たそうです」

「あれ連れて来やがった奴かよ……」


「報告来てたんですか?」

「報告どころか面倒な仕事まで回してきやがったよ!完全に動かないように拘束しておいて殺すなって、舐めてんのか!おかげで人員そっちに取られて仕事進まねえんだよ!」


 尋問等の使い道があるのはエイルとて理解している。だが生かすことによって仕事が増えるとなれば、医療側の長としては黙ってはいられない。


「邪魔だからさっさとどっかの惑星警察に引渡せっつってんのに、いつまでも後生大事に残してやがる。ああクソ、思い出したらまた腹立ってきた」

「大変なんですね」

「他人事みたいな顔してるけどお前が怪我しなきゃ仕事は減るんだよ。それで、どんな奴なんだその班員は。詳しく教えろ」


 勿論『星群』持ちである以上、引渡すのが困難なのは理解できている。だが理解しているからこそ苛立ちをぶちまける機会を失ってしまった。


 そして今、それをぶつけるのに相応しいスケープゴートの存在を知ってしまった。

 その怒りは止められるだけの精神力は、エイルには無かった。

 勿論イチトにも、それを止める理由はない。


「名前はアルバー。左目と左手が無いので、見ればわかると思います」

「っ!」

 だが直ぐに、その短慮の代償を支払うこととなった。

 その名前と特徴を聞いたエイルは、酷く動揺して目を見開いた。


「知り合いですか」

 当然の疑問だ。直前まで怒りに飲まれていたはずの男が、突然その怒りを霧散させ、ただえさえ悪い顔色を一層悪くしたのだ。聞かない方が不自然だろう。


「……足はあったか」

「え?」

「その男に足はあったか聞いてるんだ」


 目と手がない。普通ならそれだけで個人を特定するには十分だろう。それでも尚、質問をする理由は唯一つ。

 アルバーが、それが自分の知っている人間だと認めたくないのだ。


「……ありましたが、思い返して見ると歩き方が少し変だったかもしれません」

 何を認めたくないのか。それを知ればアルバーを利用できそうだと思ったイチトは、嘘をついた。


 本当は、エイルの歩き方は全く不自然なところが無い。だが、足があるのかと聞いたと言うことは、無い、もしくは義足を付けているという状況を想定していたのだろう。


「……そうか」

 予想は当たっていたらしい。

 歩き方が変だと言われた瞬間、エイルの表情に一層暗い影が差した。


「話ぐらいは聞きますよ」

 嘘をついて追い込んだのは自分だというのに、イチトは表情一つ変えずに話を聞くと言い出す、悪辣なやり方だ。


「話を聞くってんなら俺の言うことも聞きやがれ」

 だがそれを知らないエイルは、マッチポンプに気付けない。言葉を額面通りに受け取りイチトが気を遣ったのだと思い込んでしまった。


 暫く沈黙が続く。イチトは何も言わず、只々獲物が口を開くのを待ち構えた。

「俺は、昔医者だったんだよ」

「今は違うんですか?」

「ああ。免許剥奪されてるからな」

「剥奪、ですか」


 それはつまり、今まで大怪我を負った時、無免の医師に治療されていたということだろう。情報を引き出そうとしている手前言えないが、イチトの胸に宙域の医療への不信感が募る。


「安心しろ。知識はそのへんの医者と変わらん。それに普段は『星群』で治してる」

 治療の速さはやはり『星群』によるものだったらしい。だがイチトはその具体的な使い方よりも、剥奪された理由の方が重要だった。


「それで、何故その……」

 イチトは緊張を悟られないように、声を落ち着かせて訪ねた。

 医者について詳しくなくとも、医師免許が頻繁に剥奪されるようなものではないのはわかる。

 剥奪されるとすれば、医師として許されない行為をした時。


「剥奪されたのか、だろ。単純だ。人を治すための免許だってのに、それ使って人を傷つけた」

 イチトは口を閉ざす。

 知らなければならない。

 この男は、一体何をしたのか。


 本当にこれから先、この男に治療を任せてもいいのかを見極める為に。

「昔、医者になったばっかりの頃。貧乏だったもんで、金に目が眩んで依頼を受けちまったんだ」

「依頼」


「腹の中のガキの左足を切り落として戻せば、金をやるってな。働くのが馬鹿らしくなるような、信じられねえぐらいの大金だ」

「それがアルバー、ですか」

「名前は、そうだった。宗教には詳しくねえが、なんでも左が無い物は神聖ってことになってるらしい。で、左目と左手が無いガキを見て、もっと神聖にしたくなったんだろうな。くっだらねえ」


 それは依頼主への罵倒でもあり、金欲しさにそんな手術を受けた自分への罵倒でもあったのだろう。

 自らの過ちを語るエイルは、いつもより顔色が悪いように見えた。


「でもまあ、新人の医者がやった隠蔽なんかは直ぐにバレる。それ俺は逮捕されて医師免許を、アルバーとかいう子供は聖職者になる術を失ったってわけだ」

「俺の知るアルバーも、アドナイ教徒です。それに破門されたとも言ってました」


 思いがけないところで疑問が解消された。あの男は、聖職者にならなかったのではなく、なれなかったのだ。


「証拠ばっか積み上がっていきやがる。で、刑期終わって外出た後、馬鹿みてえにある金使って生きてたんだよ」

 もう、エイルの目にはイチトは映っていない。疑問への回答は、さながら懺悔のような独白へと変貌した。


「でもな、金を使う度に、足を切り落とした時を思い出すんだよ。足が取れて、体が少し揺れて。麻酔が効いてるはずなのにな、ガキの顔が歪んだんだ」


 その目に涙は無い。泣きたい気持ちは溢れ出しているのに、涙だけは決して出さない。

 イチトはその顔を、鏡の中に何度も見たことがある。


「毎日毎日、生きてるだけでその顔が思い浮かぶんだ。一体あいつは、なんでそんな顔したんだって、考えちまうんだよ」


 それは、涙を流す権利すら失った人間の顔だった。

 辛くて、泣いて楽になってしまいたいと常に願っているのに、理性がそれを阻むのだろう。

 その思いだけは、イチトに痛いほど伝わった。


「そんな時にネイピアの奴が家に来てな、宙域に誘って来やがったんだよ。俺はあの顔を忘れられるならって喜んで参加したよ。ついでに残ってた金も全部あの女にくれてやった」

「勝手に足を切り落として手に入れた金を、勝手に使ったと」


 だが同じ思いを抱いていようと、イチトには一切の同情は無い。この件は、エイルが依頼を受けなければ防げた。

 当然、依頼主にも責任はあるだろう。だがそれは免罪符にはならない。この男は加害者で、犯罪者だ。


「結果はそうなるな。しかし皮肉なもんだ。罪から逃げる為に捨てた金が、あいつと出会う舞台を作った。神ってやつを信じそうになっちまう」

「もし神がいたとしても、悪人に報いを受けさせなんてしませんよ。少なくとも、俺の経験上は」


「どっちにしろ、今こうなってるんだから関係ねえよ。こんな狭い船の中じゃ、いつまでも逃げられねえ。もし出会っちまったら、俺の罪はもう一度裁かれちまう」

「それなら、早く裁かれに行くことをお勧めしておきます」


「何故だ?」

「相手が死んだら、もう裁かれることすらできないからです」

「俺は別に、罪を償いたいわけじゃねえ。逃げたいだけだ」

「なら今すぐ宙域を辞めればいいだけですよ。それをしないのは、裁かれたいからじゃないんですか」


 エイルは目を見開き、そして何か言おうと口を開く。

 だが開いた口はそこから微動だにせず、何一つとしてまともな反論を紡がない。


 エイルは反論しようとするほどに、逃げ隠れしなかった理由がわからなくなっていった。

 辞めようとすれば、当然ネイピアには引き止められる。

 だが辞めることをちらつかせて、大怪我を負った場合以外はその青年に会わないようにしてもらうことぐらいは簡単にできたはずだ。


 何故、そうしなかったのか。

 まさか。


 目の前の厄介な患者が言った通りなのか。


 俺は、裁かれたいのか。


「まあ、どっちにしろ早い方が良いと思います。死人は何も言ってくれませんし、聞いてもくれませんから」

「お前に何が、」


 知ったような口振りに腹が立ち、消えかかっていた怒りの炎を再び燃え上がらせようとする。

 だが、その炎が燃え広がることはなかった。

 怒りをぶつけようとした相手、ベッドに座るイチトの目を見てしまったのだ。


 自分の感情を否定する為に作られた怒りでは、到底敵わない本物の激情、復讐の炎が宿った瞳を。

 否が応でも理解させられてしまう。

 知ったような、ではない。知っているのだ。


 それも実体験を伴って。


「確かお前両親を……」

「はい」


 短い返事だった。その簡素さが、渦巻く感情の強さを物語っていた。

「一応、心に留めておく」

 エイルもまた簡素な返事すると、病室から去っていった。


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