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結果発表

「えーっと、結果だけ発表するとニコラ、イチト、ヴィーシ、アルバーの順だけど、これでいいか?」


 そういって唯一中立の立場からレースを見守っていたトレハは四人に、というかそのうち一人に問いかける。

「認めたくは無いが、私の運転はこの中で一番酷かった。恐らく妨害がなくとも負けていただろう」


 苦々しい顔でアルバーが最下位を受け入れると、ニコラは意地の悪い笑みを浮かべて最速の機体に頬を擦り付けた。

「いやあ、やっぱ私の隠れた才能が開花しちゃったみたいだねえ」


「ねえイチト、やっぱりさっき止まったのって私を舐めてたからじゃないの?最初からあの走りしてたら勝てたでしょ?」

「そこの才能開花したらしいお荷物を上位に据えるには、お前の邪魔が必要だった。だから隣で走って、行きやすいルートを潰し続けた」

「へえ、妨害。やっぱり根性の悪い戦略が上手いわね。いいわ、納得してあげる」


 煽ったのに誰一人反応せず、どころかお荷物扱いされたことが気に入らず、ニコラは頬を膨らませてそっぽを向く。

 だがそれを気遣うような人間はこの場にはいなかった。


「じゃあ使う機体を報告してくる。変更したくなったら俺に連絡してくれ。つっても、アルバーが納得してるならだれも文句ないか」


 トレハは機体決めが無事に終わったことに安堵し、改造する際のガイドライン等を共有してからその場を去る。

「それで、このシミュレーターは好きに使って良いのか?」


 アルバーはシミュレーターに視線をやった。すると当然ニコラと目が合う。その瞬間、ニコラはここぞとばかりに歪んだ笑顔を浮かべる。直前に発した言葉もあり、一人圧倒的な差をつけられて敗北したアルバーは苦い顔を浮かべた。


「ああ。寧ろお前は作戦までずっと運転してろ。今のままじゃついてくるのも難しい」


 そしてそこに無遠慮なイチトの追撃が襲いかかる。発言した本人にはそのつもりは無かったが、敗北を味わったばかりのアルバーには突き刺さった。


「……確かに貴様らからすれば赤子同然だろうな。作戦までにはどうにかする」

 しかしそれを否定できるだけの運転技術はアルバーにはない。屈辱的な現状を飲み込み、直ぐに機体に跨って練習の姿勢になる。


「本当にできるの?」

 だが、そこにヴィーシの更なる言葉の刃が突き刺さる。

「どう言う意味だ」

「そのままの意味よ。その腕でまともにハンドル切れるとは、私には思えないわ」


 声の主であるヴィーシが指差したのは、アルバーの左腕。正しくは、本来なら左腕がある場所。

 風も吹いていないのに、微かに袖が揺れた。


「やっぱり、カラか」

 イチトがそう呟くと、アルバーは観念したかのように目を閉じ、袖を捲る。

 いや、袖を押しつぶした。


 その中には、何も入っていなかった。

 トリックの類ではない。手の込んだ仕掛けをする時間は一切無かった。間違いなくアルバーの左肩から先は、存在していないのだ。


「その通りだ」

「ふーん。なんで隠してたの?」

「隠したつもりはない。やたらと硬い素材だから、切るのも結ぶのも面倒になっただけだ」


 ニコラが試しに生地を触ってみると、確かに結んでも暫くすれば解けてしまいそうな硬さがあった。防刃機能を搭載した故の弊害だろうか。


「何故腕を付けないんだ?。先月の給料があれば生体腕は無理でも、機械腕ならつけられるだろ」

 義手は二種類存在する。生体腕と機械腕だ。

 生体腕は非常に高価だが、実際の腕と全く同じ構造のためメンテナンスが不要という長所がある。一方機械腕は比較的安価に付けられることをウリにしている。


 両腕が使えないことの不便さを前回の作戦で実感したイチトからすれば、付けない理由がわからない。

「必要がない。これは、私の誇りだ」


 腕がないことを言うにしては随分と珍しい表現。イチトはそれに違和感を覚え、考える。

 そして、一つだけそれを説明するに足る理由を思い出した。


「確かお前の言う神とやらは、左半身が無いんだったよな」

 アドナイ神教が、『右神教』と呼ばれる理由。それは、唯一神が左半身を持たない事に由来する。


 細かい教義までは把握していないが、左半身に欠損を持つ人間は、神に近しい存在だと吹聴しているとすれば、誇りという言葉も当然使われるだろう。


「ああ。そして悪魔などは、多くの場合右半身のどこかが欠けた姿で描かれている。それ故に、アドナイ教においては右は神聖、左は邪悪だという意識がある」

「ならその髪も、そういうことなの?」


 ヴィーシが指差したのは、不自然に斜めに切り取られた青い髪。

 左を悪とするなら、切り取って然るべきだというのに、寧ろ左側がその目を隠すように伸びている。


「カンが良いな」

 髪を掻き分け、その下に隠されていたものを晒す。


 そこには眼球が無かった。


 また、眼孔すら存在していなかった。


 まるでそう有るのが自然だと言わんばかりに、切れ目のない皮膚が頬の延長線上に堂々と鎮座する。

 縫ったような痕跡は一切無い。産まれる前から、あの部位には何も存在していないのだ。


「なるほどね」

 ニコラは誰にも聞こえないように呟いた。

 左腕が無いことは誇りだと言ってのけた男が、何故か左目が無いことを隠す。その違和感が、髪の下を見たことで霧散した。


 おぞましい。


 その目ならぬ目を見た時、正直なところそう思った。

 もし眼孔が存在したなら、例え目がくり抜かれていようとそこまでは思わなかっただろう。


 だが実際は、左目に関わるありとあらゆる器官をそもそも作ってすらいないような状態だ。多くの人間に心無い言葉をかけられたことは想像に難くない。


 そしてアルバーにとって、侮辱されることは神を貶められるのと同義だった。

「貴様らに配慮するようには求めない。だが干渉することは許さない」


 故に、彼は誰にもその体について話さず、理解を求めず、一人で生きてきた。

「それはわかったんだけどさ、それじゃあ何で神に祝福されし君が、神にすら見放されてそうな宙域なんかに居るわけ?」


 人を傷つけることを戒律で禁じているのだから、殺人が推奨される宙域は教義を守るのには最も向かない場所だろう。

 わざわざそんな所に赴く理由が、ニコラには分からなかった。


「……私が、破門されたからだ」

 怨嗟の籠もった声だった。

 右神と言われた時よりも尚強い負の感情が、聞いているだけで伝わってくる。


「どういうこと?」

「答える義理はない。ともかく、これは借りるぞ」

 アルバーは渋面を浮かべたまま、性能の低い機体に乗ってシミュレーションを起動した。


「好きに使え。ニコラ、ヴィーシ、お前らはこっちに来い」

「え、今から練習しないの?」

「私は別にこのままでいいけど、この娘はまだ実戦レベルじゃないでしょ?」


「運転は作戦直前数日で教える。それに少し機体を改造するつもりだから、それをシミュレーターに反映してからの方がいい」

 改造、という言葉にニコラとヴィーシは目を輝かせた。一人はその言葉が秘めたロマンに、もう一人はそれによって自分の命が危機に晒されることを期待して。


「ね、ね!何するの?ビーム出しちゃう?それとも変形しちゃう?」

「爆発はするのかしら!?しない予定でも積んで欲しいのだけど!」


 二人は詳細を話すようにせがむが、イチトは何も答えずに歩いていく。

 それでも諦めずに顔を近づけて威圧したが、虫でも払うようにあしらわれた。


「ちぇ、いーじゃん教えてくれたってさ。ってかどこ向かってんの?それぐらいは教えてくれてもいいでしょ?」

「訓練室Bだ。使っていいことになっただろ」

「そこは答えるんだ」


 イチトが答えたことで、先程の沈黙の持つ意味も変化する。

 嫌がらせの為に言わないのではなく、大っぴらには言えないことだから言わなかった。そう考えるのが妥当だろう。

 だがそれはそれとしてつまらないので、ニコラは手を頭の後ろで組んだ。


「空中戦がメインになるのに戦闘訓練?」

「敵に『星群』持ちはそこまで多くない。少なくとも前回の作戦はそうだった。なら『星群』があっても差が出にくい上空よりも、地上に落として圧倒した方が良い」


「なら私は空がいいんだけど」

「改造は墜落させるための工夫ってこと?」

「そういうことだ」


 話している間に、三人は訓練室Bの前に辿り着いて足を止める。

「んで、今から何をするの?」

「戦闘訓練だ。妙な癖はつけたくないが、しないよりはマシだからな」


「ああ、私は相手役ってこと。面白そうだからいいけど、一つだけ条件付けていい?」

「何だ」

「殺すつもりで来て」


 楽しく無さそうなことはやらない。ヴィーシの根底にある、刹那的快楽主義。それは例え訓練の場であろうとも、効率や成果よりも快楽を追求させる。


「言われなくてもそのつもりだ。お前も手加減するな」

「勿論、隙があれば殺しに行くわ」

「殺すならイチト側にしてね」


 ニコラはターゲットを押し付けようと試みるが、ヴィーシは聞こえなかったふりをした。

「私、この女嫌い」

「そう。私は楽しませてくれたら誰でも好きよ」

「お前らの好みなんかどうでもいい。行くぞ」


 扉が開き、三人は歩を進める。

 そして訓練と言う名の殺し合いが始まった。


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