レースバトル 後編
爆走。爆走。爆走。
動かないアルバーとは対照的に、圧倒的な速度で突き進む。
火花を散らしながら障害物の雨を潜り抜け、それでも尚速度を緩めず走り続ける。もはや隕石が道を譲っているのではないかと錯覚するほどだ。
「見えてきたわね!」
とびっきりの笑顔を浮かべ、アクセルをふかし続けるその流星の名は、ヴィーシ。
引き離したはずの女が笑うことに違和感を覚え、ニコラはちらりと現在位置を確認した。いや、してしまった。
「うっひゃあ!?めっちゃ速いの来てる!」
二人とて生半可な速度で走っているわけではない。だが距離は縮まって行く。ヴィーシが速すぎるのだ。
避けられそうも無い噴火を、近くの岩と衝突した反動で躱す。隕石雨をかすり傷まみれになりながらも突き進む。
「このままだとギリギリ追いつかれる、か」
ゴールまでの距離と後続の速度を確認したイチトは、苦々しげに吐き捨てた。十分に相手が上手いことを想定していたが、それ以上の運転をされてしまってはどうしようもない。
「ちょっと、どうすんのさ!」
「黙ってろ。お前はこれまで通りに後ろ付いてこい」
もっと速度を出せれば追いつかれはしない。だがニコラすらついて来れない速度を出せば、二番目の機体はヴィーシに奪われてしまう。
一番と三番の機体では、戦場に出た時スピード差からニコラと離れてしまい、『星群』を使えない。
理想的な環境で戦う為、絶対に一位と二位を独占して勝つ必要がある。
すーっ、と空気を吸い込んだ。その間も常に視線は常に画面に向かう。
その間にも前方からは障害物が、後方からはヴィーシが迫る。
「よし、決めた」
「どうすんの」
「お前が先に行け。俺が直接あの女を潰す」
そう言うとイチトは、直後に速度を落として後方から迫りくるヴィーシを待ち構える。
「えっ!?君が先導しなきゃ私進めないんだけど!」
ニコラはその動きに釣られるように隣で止まると、悲鳴にも似た声を上げてイチトを非難する。
三時間の間、イチトの動きを観察し、金魚の糞のように付いていくことと、敵を狙った所に飛ばす練習しかしていない少女には、単独でトップを走るだけの技術はない。
「俺が今までどう進んでたか思い出せ。その通りに進めば問題は無い」
「っ、ああもう、簡単に言ってくれちゃってさっ!」
文句を言いながらも、今ここで止まっている理由が無い以上、ニコラは進まざるを得ない。
全神経を集中させて、今まで通りの速度で地獄の地を駆け回る。
だがまだ足りない。迫りくる流星から逃げ切るには、あと一手必要だ。
「止まってるなんて余裕じゃない!でも私としては、もっと速度出して私を追い詰めてほしかったんだけどっ!」
ヴィーシがイチトの寸前に迫る。
しかし追いつかれるより少し速く、イチトはアクセルを踏んだ。
ぐん、と加速する。それでも距離が徐々に食いつぶされる。
そして遂に両者が並ぶ。並び、そして。
「っ!?」
違和感。ヴィーシは直感的に、その状況の異様さを感じ取った。
確かに数秒前、二つの機体は並んだ。それから数秒間、今も尚機体は横並びで進んでいる。幾ら加速をしようと絶対にその状況は変わらない。
ヴィーシは息を飲んだ。
目的は理解できない。だが間違いない。
この少年は意図的に同じ速度で並んで走っている。
イチトのみが通れる位置取りの、有利な道があったとしても、それを選ばずに隣に並び続ける。絶対に抜かない。かといって抜かせてもくれない。
首筋に刃物を突きつけられているかのような状況が、延々と続く。
だが、そんなことは問題ではない。
ヴィーシにとって一番重要なのは、追い詰められることだ。命の危険に晒されていると感じ、胸を高鳴らせることだ。
だからこそ、許せない。
命を賭けた勝負で圧倒的な差を付けられ、追い上げるという最高の状況を、手加減によって潰されたことが。
刹那の快楽を台無しにされたことが。
「潰す!」
ギャリリリリッ!
二台のバイクの距離が急速に縮まり、擦れて火花が飛び散らせた。
意図的なクラッシュ。機体のダメージも気に留めず、ヴィーシは更にイチトの機体に幾度となく衝突を繰り返す。
フレームが歪んでも、操作を受け付けなくなっても止まらない。殺意と共にぶつかるだけの、原始的な攻撃。
被害を抑えるため、イチトは衝撃を和らげるように動く。しかしヴィーシは執拗に体当たりを繰り返し、ダメージを蓄積させる。
「さっさと、潰れなさいっ!」
受け流される事への苛立ちが募り、爆発した。もはや前に進む意思すら捨て、噴射全てを向けた突貫。
「おっらああああああああ!」
咆哮と共に突っ込む。イチトも右足を踏み込む。
ガチャァァァン!
僅かに回避は間に合わなかった。後ろ半分を吹き飛ばされ、イチトの機体は交代。一方ヴィーシはボロボロになりながらも、間一髪のところで耐え切った。
「貴方が止まったのが悪いのよ」
絶望と失望に染まった、深い深い青の瞳がイチトを射抜く。
心音が途絶えそうなほど、ヴィーシの心はどうしようもなく冷めてしまっていた。
追い詰められ、胸を高鳴らせるのが好きだというのに、現状は全く逆。
ゴール間近、だというのに次の機体が届くまでの時間、イチトはその場から動くことすらできない。遅れた時間を取り戻すには、ゴールまでの距離は短すぎる。
誰がどう見ても、イチトの敗北。
ここからヴィーシの期待するような展開は起こり得ない。
「バイバイ」
短い別れの言葉。それは単なる一時の別れではなく、二度と言葉を交さないという強い意思が込められていた。
その表情は最早死人のようだった。
勝利を目前にするよりも退屈なことなんてない。
敗北が遠ざかるよりも絶望的なことなんてない。
この先の勝利には、一切の喜びがない。
こんな幕切れになるぐらいなら、期待させないで欲しかった。
そしてその瞬間、ヴィーシは試合が終わった後、命令権を使って即座にイチトを殺すことを決めた。
無視はさせない。すれば殺す。確実に、その胸から鼓動を失わせる。高鳴る間など、決して与えない。
それがヴィーシが考える、一番重い罰だ。
「一応言っておく」
イチトが呟いた。だがヴィーシは反応すらしない。今のイチトは、今後胸を高鳴らせる可能性が無い、この世で一番どうでもいい存在に成り果てていた。
「俺がわざわざ止まったのは、負けるためじゃない」
新しい機体が近付く。イチトは目を閉じ、そして軽く息を吸った。
「勝つ為だ」
刮目、加速。
アバターが搭乗した瞬間、一切のタイムラグ無く全力で右足のペダルをベタ踏みし始める。
加速。加速。
一瞬で機体は亜音速に達する。それでも尚イチトは加速を止めない。
加速。加速。加速。
詰められるはずのない距離が、詰まっていく。機体破壊で生じた圧倒的な差が、瞬く間に蒸発していく。
「っ!?」
当然、ヴィーシは困惑する。
全力で加速し、最適のルートで進んでいるのに、距離は益々縮まって行く。
イチトが上手いというだけでは説明できない。どれだけ実力差があろうと、限界まで加速した同種機体を抜き去ることなどできる筈がない。
だが目に見えて距離は縮まる。理屈で否定されるべきことが、今真後ろで繰り広げられている。
「なん、で」
確かに、一度衝突で完全に速度が死んだ。
だがイチトがに機体が戻るまで、限界まで加速のペダルを踏み続けた。
それでもその速度は、今までの半分も出ていない。
「やっと気付いたか」
「何なのこれ!」
苛立ちのあまり、何度もペダルを蹴飛ばす。だが機体は思ったような速度を出してはくれない。
「このゲームは限界までリアリティを追求している」
「それが何!」
「もし事故で部品が歪めば、その部品の歪み具合で走りに影響が出るぐらいにな」
ヴィーシは息を飲んだ。
あり得ない。
だが脳はその可能性を訴えて止まない。
回避が間に合わなかったのではなく、敢えて回避しなかったのだとしたら。
こちらの機体に壊れない程度の被害を与えつつ、自分は無傷の機体に乗れるように調整したとしたら。
あの時、両方が破壊されていれば、障害物の配置次第ではヴィーシが勝つこともあり得た。
だが一定以上に速度を落とさせれば、ペナルティタイムを考慮しても、確実に勝つことができる。
もしあの瞬間、自分の思い通りに衝突するように仕向けたとしたら。
「最っっっっっっっっ高じゃない!」
どくん!
この上なくヴィーシの心臓が高鳴った。
ゲームが、変わった。
お互いが、対等な立場で競い合うレースから、一方が圧倒的な速度で蹂躙する鬼ごっこへ。
しかも、捕まれば命すら危ぶまれるような命令を下される。
ここまで最高の状況を作られて、興奮しないわけがない。
「あっははははは!」
狂ったように笑う。否、狂っていた。
迫りくる死から必死で逃げ、追い詰められ、笑う。それを狂人と呼ばずなんと呼ぶ。
限界を超えて走る。距離が縮まり、追い詰められる。そしてゴール前、遂に距離はゼロになる。
そしてレースは終了した。
仏頂面の勝者を尻目に、敗者はいつまでも高笑いを続けた。




