表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/165

レースバトル 後編

 爆走。爆走。爆走。


 動かないアルバーとは対照的に、圧倒的な速度で突き進む。

 火花を散らしながら障害物の雨を潜り抜け、それでも尚速度を緩めず走り続ける。もはや隕石が道を譲っているのではないかと錯覚するほどだ。


「見えてきたわね!」

 とびっきりの笑顔を浮かべ、アクセルをふかし続けるその流星の名は、ヴィーシ。


 引き離したはずの女が笑うことに違和感を覚え、ニコラはちらりと現在位置を確認した。いや、してしまった。

「うっひゃあ!?めっちゃ速いの来てる!」


 二人とて生半可な速度で走っているわけではない。だが距離は縮まって行く。ヴィーシが速すぎるのだ。

 避けられそうも無い噴火を、近くの岩と衝突した反動で躱す。隕石雨をかすり傷まみれになりながらも突き進む。


「このままだとギリギリ追いつかれる、か」

 ゴールまでの距離と後続の速度を確認したイチトは、苦々しげに吐き捨てた。十分に相手が上手いことを想定していたが、それ以上の運転をされてしまってはどうしようもない。


「ちょっと、どうすんのさ!」

「黙ってろ。お前はこれまで通りに後ろ付いてこい」

 もっと速度を出せれば追いつかれはしない。だがニコラすらついて来れない速度を出せば、二番目の機体はヴィーシに奪われてしまう。


 一番と三番の機体では、戦場に出た時スピード差からニコラと離れてしまい、『星群』を使えない。

 理想的な環境で戦う為、絶対に一位と二位を独占して勝つ必要がある。


 すーっ、と空気を吸い込んだ。その間も常に視線は常に画面に向かう。

 その間にも前方からは障害物が、後方からはヴィーシが迫る。

「よし、決めた」


「どうすんの」

「お前が先に行け。俺が直接あの女を潰す」

 そう言うとイチトは、直後に速度を落として後方から迫りくるヴィーシを待ち構える。


「えっ!?君が先導しなきゃ私進めないんだけど!」

 ニコラはその動きに釣られるように隣で止まると、悲鳴にも似た声を上げてイチトを非難する。

 三時間の間、イチトの動きを観察し、金魚の糞のように付いていくことと、敵を狙った所に飛ばす練習しかしていない少女には、単独でトップを走るだけの技術はない。


「俺が今までどう進んでたか思い出せ。その通りに進めば問題は無い」

「っ、ああもう、簡単に言ってくれちゃってさっ!」


 文句を言いながらも、今ここで止まっている理由が無い以上、ニコラは進まざるを得ない。

 全神経を集中させて、今まで通りの速度で地獄の地を駆け回る。

 だがまだ足りない。迫りくる流星から逃げ切るには、あと一手必要だ。


「止まってるなんて余裕じゃない!でも私としては、もっと速度出して私を追い詰めてほしかったんだけどっ!」


 ヴィーシがイチトの寸前に迫る。

 しかし追いつかれるより少し速く、イチトはアクセルを踏んだ。

 ぐん、と加速する。それでも距離が徐々に食いつぶされる。

 そして遂に両者が並ぶ。並び、そして。


「っ!?」

 違和感。ヴィーシは直感的に、その状況の異様さを感じ取った。

 確かに数秒前、二つの機体は並んだ。それから数秒間、今も尚機体は横並びで進んでいる。幾ら加速をしようと絶対にその状況は変わらない。


 ヴィーシは息を飲んだ。

 目的は理解できない。だが間違いない。

 この少年は意図的に同じ速度で並んで走っている。


 イチトのみが通れる位置取りの、有利な道があったとしても、それを選ばずに隣に並び続ける。絶対に抜かない。かといって抜かせてもくれない。


 首筋に刃物を突きつけられているかのような状況が、延々と続く。

 だが、そんなことは問題ではない。

 ヴィーシにとって一番重要なのは、追い詰められることだ。命の危険に晒されていると感じ、胸を高鳴らせることだ。


 だからこそ、許せない。


 命を賭けた勝負で圧倒的な差を付けられ、追い上げるという最高の状況を、手加減によって潰されたことが。


 刹那の快楽を台無しにされたことが。


「潰す!」

 ギャリリリリッ!

 二台のバイクの距離が急速に縮まり、擦れて火花が飛び散らせた。


 意図的なクラッシュ。機体のダメージも気に留めず、ヴィーシは更にイチトの機体に幾度となく衝突を繰り返す。

 フレームが歪んでも、操作を受け付けなくなっても止まらない。殺意と共にぶつかるだけの、原始的な攻撃。


 被害を抑えるため、イチトは衝撃を和らげるように動く。しかしヴィーシは執拗に体当たりを繰り返し、ダメージを蓄積させる。

「さっさと、潰れなさいっ!」

 受け流される事への苛立ちが募り、爆発した。もはや前に進む意思すら捨て、噴射全てを向けた突貫。


「おっらああああああああ!」

 咆哮と共に突っ込む。イチトも右足を踏み込む。

 ガチャァァァン!

 僅かに回避は間に合わなかった。後ろ半分を吹き飛ばされ、イチトの機体は交代。一方ヴィーシはボロボロになりながらも、間一髪のところで耐え切った。


「貴方が止まったのが悪いのよ」

 絶望と失望に染まった、深い深い青の瞳がイチトを射抜く。

 心音が途絶えそうなほど、ヴィーシの心はどうしようもなく冷めてしまっていた。


 追い詰められ、胸を高鳴らせるのが好きだというのに、現状は全く逆。

 ゴール間近、だというのに次の機体が届くまでの時間、イチトはその場から動くことすらできない。遅れた時間を取り戻すには、ゴールまでの距離は短すぎる。


 誰がどう見ても、イチトの敗北。

 ここからヴィーシの期待するような展開は起こり得ない。

「バイバイ」

 短い別れの言葉。それは単なる一時の別れではなく、二度と言葉を交さないという強い意思が込められていた。

 その表情は最早死人のようだった。


 勝利を目前にするよりも退屈なことなんてない。

 敗北が遠ざかるよりも絶望的なことなんてない。

 この先の勝利には、一切の喜びがない。


 こんな幕切れになるぐらいなら、期待させないで欲しかった。

 そしてその瞬間、ヴィーシは試合が終わった後、命令権を使って即座にイチトを殺すことを決めた。

 無視はさせない。すれば殺す。確実に、その胸から鼓動を失わせる。高鳴る間など、決して与えない。


 それがヴィーシが考える、一番重い罰だ。


「一応言っておく」

 イチトが呟いた。だがヴィーシは反応すらしない。今のイチトは、今後胸を高鳴らせる可能性が無い、この世で一番どうでもいい存在に成り果てていた。


「俺がわざわざ止まったのは、負けるためじゃない」

 新しい機体が近付く。イチトは目を閉じ、そして軽く息を吸った。


「勝つ為だ」


 刮目、加速。

 アバターが搭乗した瞬間、一切のタイムラグ無く全力で右足のペダルをベタ踏みし始める。


 加速。加速。

 一瞬で機体は亜音速に達する。それでも尚イチトは加速を止めない。


 加速。加速。加速。

 詰められるはずのない距離が、詰まっていく。機体破壊で生じた圧倒的な差が、瞬く間に蒸発していく。


「っ!?」

 当然、ヴィーシは困惑する。

 全力で加速し、最適のルートで進んでいるのに、距離は益々縮まって行く。


 イチトが上手いというだけでは説明できない。どれだけ実力差があろうと、限界まで加速した同種機体を抜き去ることなどできる筈がない。

 だが目に見えて距離は縮まる。理屈で否定されるべきことが、今真後ろで繰り広げられている。


「なん、で」

 確かに、一度衝突で完全に速度が死んだ。

 だがイチトがに機体が戻るまで、限界まで加速のペダルを踏み続けた。

 それでもその速度は、今までの半分も出ていない。


「やっと気付いたか」

「何なのこれ!」

 苛立ちのあまり、何度もペダルを蹴飛ばす。だが機体は思ったような速度を出してはくれない。


「このゲームは限界までリアリティを追求している」

「それが何!」

「もし事故で部品が歪めば、その部品の歪み具合で走りに影響が出るぐらいにな」


 ヴィーシは息を飲んだ。

 あり得ない。

 だが脳はその可能性を訴えて止まない。


 回避が間に合わなかったのではなく、敢えて回避しなかったのだとしたら。

 こちらの機体に壊れない程度の被害を与えつつ、自分は無傷の機体に乗れるように調整したとしたら。


 あの時、両方が破壊されていれば、障害物の配置次第ではヴィーシが勝つこともあり得た。

 だが一定以上に速度を落とさせれば、ペナルティタイムを考慮しても、確実に勝つことができる。


 もしあの瞬間、自分の思い通りに衝突するように仕向けたとしたら。



「最っっっっっっっっ高じゃない!」


 どくん!


 この上なくヴィーシの心臓が高鳴った。

 ゲームが、変わった。

 お互いが、対等な立場で競い合うレースから、一方が圧倒的な速度で蹂躙する鬼ごっこへ。


 しかも、捕まれば命すら危ぶまれるような命令を下される。

 ここまで最高の状況を作られて、興奮しないわけがない。


「あっははははは!」

 狂ったように笑う。否、狂っていた。

 迫りくる死から必死で逃げ、追い詰められ、笑う。それを狂人と呼ばずなんと呼ぶ。


 限界を超えて走る。距離が縮まり、追い詰められる。そしてゴール前、遂に距離はゼロになる。


 そしてレースは終了した。


 仏頂面の勝者を尻目に、敗者はいつまでも高笑いを続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ