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レースバトル 

「右足を前後に動かして前後に移動、ハンドル切って左右移動、左足を上下で上下運動。それだけだ。質問は」

「雑っ」

「説明することもねえんだよ」


 雑に感じるとすれば、操作が単純すぎるせいだ。それくらいに説明することがない。


「強く押せば速く動くってことでいいわよね?」

「そうだ」

「手元のボタンは何に使うんだ」

「ライトだ。昼には使わない」


「そういやさ、普通もっと沢山ライトない?なんだっけ、ウインナーとかさ」

 確かに用意されたバイクには、ブレーキランプ等、本来必須の部品すらついていない。飛んでいるのが警察に見つかれば一発免停だろう。


「ウインカーの事なら、わざと付けてないんだろ。どうせ外出規制敷くし、市街地運転するならサイレンとパトランプの動画流せばいいだけだ」

「スピード出し放題、最高ね。こいつの限界を早く味わいたいわ」


 ヴィーシは嬉しそうに一番性能の良い機体に飛び乗った。今回はあくまでゲームのコントローラーとして扱うので、操作する上では機体差はないが、牽制としての効果は他の機体とは比べ物にならない程高い。


「それじゃあ、画面の中でだけ味わっておけ」

 イチトは牽制に対抗し、ヴィーシの真横に座る。まだ練習だというのに盤外戦は白熱する。これが終われば味方になる相手に向けるものとは思えない、鋭い視線が飛び交う。


「えー、良いのばっか取らないでよ」

「ゲーム内での性能は変わらねえよ」

「確かに、もし差があるなら貴様は座席をくじで決めてから始めるだろうな」


 アルバーはどうでも良いとばかりに、端に置かれたバイクに跨った。

「おい、お前も早く乗れ」

 だがニコラはそもそもバイクに跨りすらしない。イチトに準備するように言われたにも関わらず、のんびりとお茶を飲み続ける。


「別に練習時間だからって練習する義務は無いでしょ。私は私のやり方でやるから」

「そうかよ。トレハ、練習時間は?」

「練習時間は……今日試合やるんなら最大三時間ってとこかな。機体性能は一番良いのに合わせた。で、そろそろ三時間計るつもりなんだが、本当にいいのか?」


 トレハの視線に気付いたニコラは、虫でも払うように手を振って乗る意志が無いことを示した。三人は不審に思ったものの、無理に練習をさせるよりは放置した方が安全と判断して、視線を戻した。


 そして腰の端末を操作し、前方を覆うような形の画面を出力する。

「後で練習不足だとか言うなよ。それじゃあ、練習始め」

 トレハの宣言と同時に、三人は最速で走る為の準備を始める。ニコラはその姿を、口角上げて眺めていた。


 無機質な電子音が鳴り響く。時計を見ると、練習開始から三時間が経過していた。


「はい、時間。試合の準備するぞー」

「長過ぎ。さっさと始めましょ」

「こんなものだろう。しかしニコラ、貴様いつの間に練習を始めた」


 誰も乗っていなかった筈の最後の一台の上に、いつの間にかニコラは座っていた。

「んー?そろそろ試合だと思ったから乗っただけ」

「その割には様になってるみたいじゃない?」

「乗るだけなら誰でもできるでしょ。それよりトレハ。はようレース始めてな」


 ニコラは追求から逃れるように、レース開始を急かした。ヴィーシとしてはまだ言いたいことはあったが、レースの開始時間を決めた以上、それを反故にするわけにもいかない。


「全員準備は良いか?」

「ああ、ちょっと待て。今回復活ありか?」

「復活とは何だ」

「機体が走行できない程壊れた場合に、そこでリタイアか、新しいバイクで続行か」


「ああ、それなら新しいバイク届けるのにした。最後まで走らせた方が、お互い納得できるだろ?」

「つまんないわね。まあ、私は失敗しないから良いけど」

「まあ、妥当だな」

「おけー」

「そうか。ありがとう」


 全員の了承を得て、トレハはコースをセッティングし、スタートボタンを押した。

「んじゃ、頑張れよ」


 とてもレースに適しているとは思えない、障害物まみれのコースが姿を表す。荒野をイメージしたであろう背景に、大量の隕石が降り注ぎ、地面からは溶岩が吹き出すという地獄絵図だ。当然触れれば相当な時間をロスすることになる。


 改めてその光景を目の当たりにし、グリップを握る手に力が入る。

 そして直ぐにカウントダウンが始まった。


 スリー。


 太く、豪快なフォントで数字が画面に表示された。


 トゥー。


 空気が張り詰める。


 ワン。


 全身に力が入る。


 ーーーーゼロ。


 ドガシャアン!

 轟音が響く。開始直後、四台のバイク全てが衝突した。

「はあ!?」

「何っ!?」


 だが上がった悲鳴は二つだけ。

 それはつまり、残る二人にとっては、想定内の出来事だったということ。


 一台は溶岩に飲み込まれ、もう一台が隕石に衝突して部品を散らす中、イチトとニコラのバイクはギリギリ障害物と衝突せずに突き進む。


「貴様!初手で妨害など、恥ずかしくないのか!」

「別に」

「全く欠片も」

「審判!」


 アルバーの叫びも虚しく、トレハは狼狽えるばかりで結論を口に出さない。

 ゲームの仕様上は認められているが、運転技術を競うという、今回の目的からは外れた行為だからだ。


 理屈と名目どちらを重視するか、このレースの結果を左右する判断を突然任されれば、当然混乱する。更に審判は直前に、甘いジュースを一杯、口に含んでいた。これで発言するまでの時間が稼げる。

 

 完全に機体を破壊されたライダーに、ゲーム内で予備機体が届くまでの時間を。


「あっははははっ!やってくれたわねイチトォ!」

 新しい機体を受け取った女は、哄笑を上げた。命すら危うい命令を賭けたレースで、初手から致命的なハンデを負わされるという窮地に、ヴィーシが興奮しないわけがない。


 アバターが機体に足をかけた瞬間、ロケットスタートと呼ぶに相応しい加速を始め、遥か前方の二人目掛けて突き進む。


「貴様、勝手なことを!」

 被害者二人の内一人が受け入れれば、仕切り直しは困難だ。そうなれば不満を訴えていたアルバーも動かざるを得ない。


 だが僅かな再スタートまでの時間、そして操作技術の差により、ヴィーシとの距離は離れていく一方だ。


「ぐっ、このっ!」

 焦りの余り、全力でアクセルを踏む。速度が急速に上がるが、技術は依然として低い水準のまま。眼前に迫る隕石を、躱すことはできない。


 再び機体が砕け、部品が散らばった。ぎり、と歯を食いしばった。

 新しい機体が到着した。だがアルバーは動かない。これだけの差を覆すテクニックがあるなら、隕石などと衝突するはずもない。


 新品の機体は、微動だにせず再び隕石で破壊された。

 アルバー、試合放棄。残り三名。


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