バイク争奪戦
「……え?」
「俺がシミュレーターを用意すれば、運転技術順に機体を選ぶことにしても良いんだな?」
「っ!」
クロイ・イチト。
前回の作戦で、味方すら利用した人間。そんな奴からすれば、バイクを使った作戦に備え、シミュレーターを用意するのは当然のことだろう。
そのついでに良い機体を手に入れられるとなれば、鴨が葱を背負ってきたようなもの。食いつかないはずがない。
だから、ヴィーシはそこで逃げるべきだった。
「ええ、言ったわ。用意してみなさいよ」
だが彼女は逃げなかった。
なぜなら、胸が高鳴ったから。
そしてきっと目の前の少年は、自分をもっと追い込んで、もっともっと胸を高鳴らせてくれると直感したから。
「言ったな」
「ええ。最も、今から買っても間に合わないでしょうけど」
知っている。用意するツテがあるから、言ったことも。
トクン、トクンと胸が鳴る。
まだ見ぬ窮地に血を滾らせて。
「俺のパソコンには、昔やってたゲームが入ってる。そしてその中には、レーシングゲームもある」
「それで?」
「操作は殆ど実際のバイクと同じ。走る時も、風から衝突まで、全部正確に演算してくれる。つまり、運転の上手さを見るには十分ってことだ。だから、それで決めるってのはどうだ」
「へえ」
受けた方が面白そうだと思い、承諾の返事をする直前。イチトは更に畳み掛けるように言った。
「ただ、それだけじゃつまらない」
「……つまら、ない?」
予想だにしなかった一言。バイクを選ぶという最重要事項を差し置いて、面白みという似合わない言葉を吐く理由が、全くわからない。
だが、だからこそ期待が募る。
「ああ。だから面白くなるように、賭け金を増やそう。俺達二人のうち、負けた方が次の作戦で命令に従うってのはどうだ?弾除けにしようが、鉄砲玉にしようが、人間爆弾にしようが当然自由だ」
ドクン。
胸が高鳴った。
間違いなく相手の土俵。そしてそれを隠しもしない。それどころかレイズを要求するという、気が狂ったとしか思えない不公平な条件。
不利な上に命すら保証されない、リスクのみで構成されたギャンブル。
だがそれがヴィーシにとって、どんな好条件よりも魅力的な悪条件になることを、この少年は理解しているのだ。
「ええ、いいわね、面白くなりそう!今のうちに楽しい命令を考えておくわ!」
恍惚とした笑みを浮かべて、ヴィーシはその申し出を受ける。
勝てば最速のバイクで暴走。
負ければ危険な命令。
そんな受ける時点で胸が高鳴ることを約束された最高の賭けを、刹那に生きる女、ヴィーシが受けないはずがない。
「成立だな」
「いいや、成立していない」
話が纏まりかけたその時、横槍が入った。その低い声のした方を見れば、そこにはアルバーが腕を組み、不機嫌そうな顔で立っていた。
「なによ、せっかく楽しくなりそうなのに」
「貴様らが賭けをするのは自由だ。だが、明らかに私が不利な条件で戦えと言われて受け入れるわけがないだろう」
「何が不満だ?」
「決まっている。貴様が昔遊んでいたゲームなら、貴様が勝つに決まっている。操作すら学んでいない我々では、太刀打ちできる筈がない」
当然の指摘だ。最初からあからさまに不利な賭けに乗ってくるバカはそういない。
「確かに俺の方が操作は慣れてるだろうな。だが、問題無い」
「何故だ」
「公平が目的ならくじ引きで良い。実際に運転するのが上手い奴が勝って機体を手に入れるなら問題ないだろ?」
だから、ゲームに慣れている自分が勝っても問題ない。イチトは暗に示した。
「それはそのゲームの操作が限りなく実際の運転に近い場合にのみ言えることだろう」
「そこは信じてもらうしかないな。なんだ、神にでも誓えば良いか?」
「私は、あまり人を疑うのを好まないが、信じてもない神の名を出されると疑いたくもなるぞ」
イチトの申し出を、膠も無く拒絶する。それも当然、神を欠片も信じていない人間は、誓いなど何の躊躇いも無く破ってしまえる。信用できるはずがない。
「なら逆にしよう。お前が誓え」
「……私が?」
逆に言えば、殺人が横行する宙域においても人を殺さない篤信家の誓いならば、信じるに値する。
少なくともイチトは、アルバーが決して神の教えに逆らわないということに関してだけは、信用していた。
「ああ。作戦当日なら、少しぐらい走らせる時間があるだろ。そこで操作が違うと感じたなら、機体の交換をしてもいいってのはどうだ」
「交換したいなら、操作が違うことを神に誓って言えば良いわけか」
「そういうわけだ。尤も、レスポンスとか踏み方による加速の度合いはほんの少しずれるから、操作方法だけの話だが。で、どうだ信者」
「信者ではなく信徒と言ってほしいのだが、まあいい。条件を飲もう」
「ニコラ、お前はいいのか」
「ん、まあ練習時間あるならいいよ」
どこか含みはあるものの、ニコラは提案に従う姿勢を見せた。
「なら決まりだ。で、トレハ。お前適当にこのゲームについて調べてルール決めろ」
「え!?俺?」
唐突に話を振られ、関係無いからと気を抜いていたトレハは、声を裏返らせて驚いた。
「中立な奴が良いからな。ほら、このサイトで調べろ」
周囲のタブレットに、有志が作ったサイトを送りつけた。
「そういうことなら」
「どうせどれ選んでも俺の勝ちなんだ、任務に合わせて適当に選べ」
対戦相手を見下すような視線で挑発する。開始前からゲームマナーは最底辺だ。
だが本質はそこではなく、むしろ任務に合わせて、というところ。
正直どのコースでも勝てるのだが、『星群』の制約上、できればニコラにも良い機体を与えてついてこれるようにはしておきたい。
だから任務に合わせたコースにしろ、とトレハに伝えたのだ。
「そうだな、実戦に近いのは障害物有りのコースじゃないか?敵の妨害とかもあるだろうし」
トレハは目配せで了承し、条件にあったコースを探しだす。
前回の任務で妨害の片棒を担がせた時も、それ自体より相談しなかった事へと怒った男だ。頼みさえすれば即座に手を貸すのは、想像がついていた。
公平にやるつもりなど、最初から更々ない。
「じゃあ障害物多めで、重力変化とか加速パネルは無い方が良いよな、じゃ、これで」
「だそうだ。どうだ、そこの三人」
「ふーん、まあそれでいいわよ」
「妥当だろうな」
「お好きにー」
運転技術を比べられ、かつ実戦を意識するならこれ以外に無い。だからといって、イチトがこのコースで勝負を持ちかけたとしても、アルバーは乗ってこなかっただろう。
だが一度トレハを介することで、同じコースだろうと受け入れられ易くなる。それが例えギミックを知っている人間に圧倒的に有利な、妨害のあるコースでもだ。
「よし。なら今からパソコン持ってくる。何時間か練習した後対戦でいいな」
「何故今日対戦する。もっと練習を積んだ後にやるべきだろう」
「使う機体の性能に合わせたシミュレーションをして、感覚を掴んだ方が内輪もめよりよっぽどいい。それに今回は交通ルールも無視して上下左右前後に動くだけだ」
「……まあ、確かにそれだけなら練習はそこまで必要ないが」
実際、通常のゲームリモコンでもボタンが余るほど操作は単純だ。それ故に細かい調整は難しいが、それを教えてやる理由はイチトに無い。
「ねー、どうでもいいから早く練習しよーよ」
「そうね。早くして」
「待てっての。トレハ、準備手伝ってくれ」
「了解」
行きの道で、手伝わせるついでに、不正の見返りとしてジュースを奢ったことは、誰にも気づかれなかった。




