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ブリーフィング

「何この刑務所みたいな部屋。もっと飾りっけのあるもの置きなさいよ」

 ベッド、冷蔵庫。目に見える範囲にあるのはそれだけ。実用品だけの無機質な部屋は、入居者に似て何一つ面白みがない。


「どう使おうと俺の自由だ。早く読み合わせるぞ」

「話し合いするんだしテーブルぐらいあってもいいんじゃないか?」


 トレハは話を円滑に進めるため、復讐が絡まなければ話は通じるイチトを宥めにかかった。イチトは少し不満そうな顔をしたが、不承不承といった様子で愛想なく返事をした。


「押入れにあるから欲しけりゃ出せ」

「中身グチャグチャになっても文句言わないでよ」


 ヴィーシはそう言って押入れを開いた。だが中はしっかりと整頓されていた、というか、物が殆ど入っていない。あるのは衣服と黒い箱、そして小さな折りたたみの机ぐらいのものだ。


「この黒いの何?」

「昔使ってたパソコンだ。壊すなよ」

「貴様が必要のない物を持っているとは。意外だな」

「昔使ってたのを、役に立つかと思って持ってきただけだ。それより早く机を出せ。それとニコラ、いつまで寝てる」


 そういって倒れ伏すニコラの頭を軽く叩く。するとニコラは唸り声を上げながら起き上がった。

「うーーーーーーーっ、があっ!」

 そして咆哮した。今まで黙っていた分のエネルギー全てを吐き出すかのように、無駄に大きな声で。


「あのコスプレ女めっ!恣意的がすぎるでしょうが!一度ならず二度までも、私から金を奪うなんてえええええええ!」

 それは怒りの様相をとっていたが、実のところ悲鳴であった。恐らくネイピアは、ニコラが船内で稼いだ額よりも多く給料を減らすだろう。


 只でさえ遠い借金の完済が、更に遠ざかったのだ。

 このままでは、一生借金の奴隷になりかねない。

「絶対直ぐに昇進して金毟り取ってやるっ!」

 追い詰められたが故の発奮。窮鼠には、猫を噛む以外の道はない。立ち上がったニコラは、その場の誰よりも、やる気に満ち溢れていた。


「じゃあ読み合わせるぞ」

 イチトはそれを無視し、資料を読み漁る。

 どうでもいいことだ。ニコラがやる気に満ち溢れていることも。そうなることをネイピアが予測して、敢えて給料を削った可能性が高いことも。全く関係がない。


「よし、じゃあ俺が軽く解説していくぞ。質問は挙手で頼む。まず、敵は暴走族だ」

 言うや否や、四本の手が上がった。

「まあ、そうなるよな。じゃあ、イチトから」

「何で暴走族如きの相手を宙域がする。それに極秘資料にする意味がわからない」


 暴走族といえば、単車で爆音を出しながら速度制限を超過して走る集団のはずだ。確かに事故になれば死人は出るかもしれないが、その程度の話を極秘にする理由がない。


「人命に関わるからだ。今回、ある筋から誘拐計画が判明した」

「それに暴走族が一枚噛む、と言う訳か」

「誘拐自体には関わらないらしいが、陽動に参加するらしい」

「誘拐を止めるよりも、暴走族止める方が向いてそうな面子を寄せ集めたってわけね」


 追い詰められることを前提とした『星群』のヴィーシ、防御は強いが移動速度が遅いアルバーは、誘拐対策には向かない。イチトとニコラは護衛向きの『星群』と言えばそうなのだが、信用が無いために除外されたのだろう。


「ってか、まだ暴走族っているんだね。全滅したとか聞いたような」

「便宜上暴走族なんて言ってるけど、実態は昔とは全然違う。犯罪者や無職、無戸籍者とかの世間に不満を持つ奴らを集めに集めて、捨て駒前提で走らせてるんだ。下手したら千人超えてくるかもな」

「それだけの頭数揃えて誰を誘拐するんだ」


「そこがネックなんだ。それが分かれば警備を強化できるんだが、分からないから人員が分散する」

「それは私達には関係ないない。ともかく、暴走族の詳細について話そ。ほら、このページ」


 ニコラが開いたページには、今回の任務の開始直前に刑期を終えて釈放される犯罪者が書かれていた。

 その罪状は、器物破損に傷害、そして速度超過と無免許運転の、暴走族フルコースといった内容だ。


 そいつらが刑期を終え、一斉に娑婆に飛び出して来る。

 どう考えてもロクなことにはならない。


「更生の余地は、なさそうね。ワクワクしてきた」

「確かに罪は重いが、陽動なのだろう?今のところ、命の危険は無さそうだが」

「これを見ても同じことが言えるか?」


 その疑問に答えるように、イチトは机に資料を叩きつける。そこには、ここ最近闇に流れた物品の数々が書かれていた。

「インク……?下手な落書きでもするつもり?」

「多分そういうことだね。ほらこのインク、毒性が強いやつばっかりだ。そして星をキャンバスにしちゃえば、あとはわかるでしょ」

「っ、毒の雨を降らせようってわけ?」


「今のとこ、艦長はそう考えてる」

 毒を撒けば、警察側は絶対にそれを防がなければならず、人員が必要になる。

 更に撒き終わった後も、毒を除去するために人員が必要になる。誘拐時は陽動として、その後も人員を削って警察の追跡を妨害することができる一石二鳥の案だ。


「人員不足故に土星警察も宙域に協力を要請せざるを得なかったということか」

 逆に警察からすればたまったものではない。人員を削られ、その上誘拐相手を伏せることで分散させられる。猫の手も借りたいといったところだろう。


「いや、宙域が前の任務で捕まえたやつがゲロったかららしい。情報貰った手前、追い出すのも外聞が悪いとか」

「待て、それは私が捕まえた犯罪者ではないか。生け捕りをするのは、神の加護をもってしても中々大変だったのだぞ。だというのに殺さなかったことを説教しておいて情報は取るのか」


「俺に言われても。誰が吐いたのかなんて知らないし、誰が捕まえたのかなんてもっと知らない」

 アルバーの抗議をさらりとかわし、トレハは他に質問はないか、と視線で問う。


「それよりも、戦い方はどうするの?相手は毒インク使うし空飛ぶでしょ?」

 暴走族はヘルメット等の防具を、事故する程度の腕と嘲る因習がある。

 だから自分達に被害が及ばないように、毒は空中から撒くはずだ。だがここには、空中戦ができる『星群』持ちはいない。


「ああ、それならバイクが支給される。結構良い重力調整機付いてるのもあるぜ」

「へー、よくあのケチババアが買ったね。結構高そうなのに」

 もしケチババアとやらが聞いたならば、また減給処分になるだろう。だが実際、小型だろうと重力調整機は高い。


 ニコラの給料一ヶ月分では、一台がやっとだろう。それを隊員の数だけ用意するとなると、予算が足りるとは思えない。

「買ったら高いだろうな。でも作れば別だ」

「宙域にそのような技術があるのか?工場よりも安いなど、ありえんだろう」

「『星群』だよ。売店なんかには『星群』で作った物がゴロゴロに転がってるぜ?」


 イチトの脳裏に浮かんだのは、前回の任務で使った手榴弾だった。使い手の命を気遣うつもりなど一切ない殺戮兵器だが、その威力に関しては最先端の科学ですら再現するのが困難な程に高い。

 それを作った宙域の工廠には、重力調整機を作れるだけの力はあるだろう。


「あー、確かに作れそうだね。まあそんなバイク使ったら命の保証は無さそうだけど」

 ガタッ!

 全員の注目が、音のした方を向く。

 そこに誰がいたのかを思い出し、見た事を後悔しながら。


「最高じゃない!あの船長、やっぱり良い人ね!」

 爛々と目を輝かせて、ゲームを買ってもらった子供のようにヴィーシは燥ぐ。

 それを他四人は白い目で眺める。うわあ、という声が聞こえたのは気のせいではないだろう。


「ねえ、その支給されたバイクはどこ!?」

「ああ、一応工廠に行けば確認できる」

 その温度差に気付いていないのか、もしくは無視しているのか、他の四人には判別がつかない。


「やったっ!じゃあ私見てくるから、後はご自由に!」

 自分を命の危機に晒す危険物に心を踊らせて。ヴィーシは満面の笑みで叫んだ。


「待て、俺も行く。機体性能を確かめない事には作戦が練れない」

「あ、私も見たい見たい」

「私も行こう」

「じゃあ案内する」


 そう言ってトレハは四人を先導して歩いていく。

 暫くして、足を止めたのは、武器屋の真横にあるドアの前だった。他の部屋よりも厳重な認証を経て扉を開くと、ガラクタの山が五人を出迎えた。


「ほほう、いかにもって感じだね」

 その光景が琴線に触れたようで、ニコラは満足げに呟く。

 ガラクタがそこら中に転がる、安易なまでの天才発明家の部屋っぽさは、子供の心を擽るのだろう。


「なるべく踏まないようにな」

 トレハはこの光景に慣れているのか、迷うことなく道を突き進む。そして部屋の一番奥に置かれた、四台のバイクの前で立ち止まった。


「で、これがお前ら四人への支給品だ」

 ドン、と手前の一台を叩いた。

 塗装すらされていない、無骨な機体。だがそれ故に美しい光沢が出ている。それと同様に、全ての部位において無駄を一切削ぎ落とし、機能美を追求したことが伺える。


 言い換えれば予算節約だ。


「じゃあ私は、これ!これから一番危険な香りがする!」

 そう言ってヴィーシは、一番手前の機体にひし、と抱きついた。イチトはどれも同じだろ、と言いかけたが、よく見ると奥に行くほど動力部が僅かに小さくなっていることに気がついた。


 ここまで無駄を削ぎ落とす事に拘った機体なのだから、動力部が大きいほど速いのは用意に想像できる。

「トレハ。他に機体は無いのか?」

「他にもあるが、性能が低いのばっかりだ。基本的に余った中では一番良いのを選んだつもりだぜ」


 素直に言うことを聞く相手に良いものを与え、忠誠心を高める。組織を統率する上での基本、信賞必罰を徹底しているのだろう。そしてここにいる四人は、命令無視への罰として余り物が与えられてしまった。


 であれば掛け合ったところで良いバイクは手に入らない。欲しければ奪い合うしかない。

「離れろヴィーシ。俺がそれを使う」

「お、何?良いやつなの?じゃあ私も」

「ならば私もその機体を希望する」


 イチトが機体を手に入れようと動くと、他二人も一番手前の機体に群がった。目利きは出来なくても、イチトとヴィーシが飛びついたことを鑑みれば性能が良いのは誰でも分かる。


「私が最初に選んだんだからこれは私の機体よ」

 そうなればヴィーシも黙ってはいられない。機体から手を離し、腕を組んでサドルに座る。もうこの機体は自分の物だと言わんばかりに、威圧的な視線を向ける。


「いいや、これは班への支給品だ。誰が早かったかより、誰に配れば一番効率よく任務を達成できるかを考えるべきだ」

 イチトも対抗して支給品であることを盾に、自分の望む機体を手に入れようと動く。


 そこには一抹の焦りがあった。一人乗りのバイクに乗って戦うのなら、二人が触れることが前提の『星群』は使えない。その上バイクすら性能が低いものになれば、活躍は難しい。


 ネイピアから新たな情報を手に入れることも、当然困難になる。


「珍しく意見が合ったね。やっぱりここは、一番運転が上手い奴が機体を手に入れるべきじゃない?」


 ニコラもそれを感じ取り、任務の達成から運転の上手さに話をすり替えた。任務の達成を目指すならヴィーシを『追い詰める』のが最適解だが、運転の上手さならそうとも限らない。


「ふむ、一理あるな」

「んで、運転シミュレーターみたいの支給されないの?」

「あるにはあるが満員御礼だ。次の作戦で全員バイクを使う上に、作戦までの時間も短いもんだから、深夜も含めて一切空いてない」


 一応は指名手配犯を倒した功労者が集まる班だというのに、酷い扱いだった。

 信賞必罰にしては、賞が随分と少ない。


「じゃあこれは私が貰って行くわ。シミュレーターが使えたら渡してもよかったんだけど、残念ね」


 全く残念そうには聞こえない声で、ヴィーシは愛おしそうに機体を撫でる。勝利を確信したからか、その顔には笑みが浮かんでいる。


「シミュレーターがあればいいんだろ?」

 その一言が、命取りだった。

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