病原菌班
「やっと来たか」
管制室のような部屋の一番高い場所に設置された椅子に、四人を呼び出した女は座っていた。室内は非常に広いが、そこに存在するのはその女、ネイピアただ一人だった。
「来ちゃった。して、本日はいかなるご用向きにござるか?」
「次の作戦についてだ」
「もう次の危険を持ってきてくれるなんて、やっぱ宙域って素晴らしい所ね」
「お前ら、黙ってろ。詳細をお願いします」
ネイピアは答える代わりに視線をトレハに向けた。トレハは事前に用意されていた紙束を四人に手渡す。
「紙?」
この時代に資料を紙で作る理由は一つ。内容が、万に一つも漏れてはならない機密なのだ。これだけ広い部屋に人がいないのも、それに関係があるのだろう。
「資料にある通り、今から二週間後、貴様ら四人には班を組んで戦場に行って貰う」
「「「「は?」」」」
四人の声が、部屋中に響き渡った。
「何か問題があるか?」
「あるか、じゃないよ。ありまくりだよ。見てこのメンバー。自分のことしか考えてないのを組み合わせて上手くいくわけないでしょ。今すぐ解散だよ」
他三人も明らかに不服そうな顔をしている。班という枠組みと、目的の違う班員が、自分の邪魔になることは火を見るより明らかだ。それを受け入れてやるようなお人好しは誰もいない。
「貴様らが身勝手なのはよく知っている。『星群』無しで戦おうとする馬鹿、船内で許可なく商売を始める馬鹿、殺せという命令を無視する馬鹿、そして快楽の為に周囲を危険に晒す馬鹿。たった一月でよくもここまで問題を起こせるものだ」
視線がニコラに注がれる。商売の件がバレているとは思っていなかったようで、ニコラは滝のように汗を流す。
「いや、あの、一応言っておきますけどね、決して法や規則には触れちゃいませんよ。それを止めるというなら相応の根拠をですね」
「三日前に規則に追加し、その後貴様が取引をしたことを確認した。減給だ」
「殺生なああああああ!!」
反論はあっさりと跳ね除けられる。
来月の給与に致命傷を負い、崩れ落ちるその姿を無視して、イチトは質問を続けた。
「話を戻します。そもそも何故班分けをするんですか」
「指揮系統の都合上、班分けは絶対に必要だ。幾ら私でも、全てに指示することはできない。余程の重大事以外は、班内で方針を決めて動いた方が効率がいい」
「では何故我々を同じ班に配置するのか。問題を起こすのは偉大なる主でなくとも予見できよう」
「貴様らを別の班にしたところで問題を起こすのは変わらん」
「どうせ問題がおきるならいっそ、隔離しようってわけ。まるで病人扱いね」
班に一人でもいればその班は崩壊する。だから四人を同じ班に入れてその班を捨てる。非常に合理的な判断だ。
「そういうことだ。さて病原菌共、二週間後、貴様らには土星最大の衛星、タイタンに出撃してもらう」
「っ!」
どこか弛緩した空気が、一気に張り詰めた。
無理もない。タイタンは、既に開拓された人の住む土地だ。無人のイオとは訳が違う。
戦えば、一般人にも被害が及びかねない。
「場所は変えられないのか」
「ああ。これでも配備が必要なうちでは人が少ない場所を宛てがってやったのだぞ。もう質問に答える時間はない。各自、その紙に隈なく目を通せ。疑問がある場合はオペレーターを通せ」
「オペレーター?」
自らの発言通り、ネイピアは質問を受け付けずに五人を退出させた。
そして廊下に出た瞬間、一人が地面に倒れ付した。
「わたしのおかねがあああああああ!!!!」
鼓膜が破れそうな程の大音量で、金の亡者は吠えた。冷徹に金を奪った女を呪い、惨めったらしく泣き叫ぶ。
イチトはその口を貰った資料の紙で塞いで無理やり黙らせ、その代わりに口を開いた。
「おい、オペレーター」
その呼びかけに、一人がびくりと肩を揺らす。
「あ、やっぱコイツだったのね。確か一回目の任務で班に誘って来てたわよね。二回目はあまりにもメリットがないぐらい弱かったから断ったけど。さっきは説明してくれて助かったわ」
「……助かったと思ってるにしては紹介酷くねえか?」
オペレーター、いや、トレハは暫く黙ってやり過ごそうとしたが、視線に耐え兼ねて疲れたようにそう吐き捨てた。どうも言いたくない理由があったらしい。
「今から適当な部屋で資料の読み合わせをしたい」
だがそれを気遣うような人間は、この班に配属されていない。
「情報伝達は必要だろうな。どこでやる」
「誰がお前を呼んだ宗教家」
「待て、私は宗教家ではない。一般信徒だ」
アルバーの乱入により、話は拗れていく。
「そこ、重要かしら?」
「重要だ。私はそこまで高位ではない。未だ成人の儀も受けてはいないし、食事も蹄が別れているのに反芻しない生物のみを避けている。これで宗教家を名乗れるわけが無い」
「ゴチャゴチャうるせえ。それよりもトレハ、なんで黙ってる」
面倒な乱入者に苛立つイチトは、口を噤んだままのトレハにすら噛み付いた。するとトレハは渋々といった様子で、自分の思いを語り始めた。
「いや、昨日の説明会で班分けがあるって聞いてさ、前線に戻ったらお前と同じ班に入って、誓いを果たすつもりだったんだよ。でもオペレーターとはいえ最初から同じ班って言われてさ……」
要するに、班決めに納得が行っていないというだけの話だった。未だに金を失ったショックから戻って来ないニコラを除き、三人は既に班自体は受け入れている。(といっても実戦では班を無視するつもりではあるが。)
だがトレハは違う。同じ班になるという目標を決めた直後に、その目標が叶ってしまった不完全燃焼感から、どうしても班が受け入れられないのだ。
「誓いってのが何か知らないけど、女々しい男ね」
「自分でもわかってるよ。だから言いたくなかったんだ」
「そういうのはもう良い。それより、読み合わせはできるのか」
「あーもう!やるよ!知ってること全部話してやる。で、何度も説明するの面倒だから全員参加!いいな!?」
「……五人程度なら俺の部屋に入れる。さっさと移動するぞ」
言い争って時間を無駄にするよりは良いと考えたイチトは、未だに涙を流し続けるニコラを担いで部屋に向かって歩き出した。




