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神の僕、アルバー

「お疲れ。結構粘ったな」

 決着の直後、そう言って倒れた二人にタオルと水を差し出したのはトレハだった。

「いいや、完敗だ。力を同じぐらいになるようにセーブした上で、技術で圧倒された」


 正しくは粘ったのではなく、粘らされた。あの男が丁度良い勝負になるように調整し、敢えて時間をかけたことを、イチトは痛い程に感じていた。

 差し出された水も飲む気になれず、俯いて荒い息を吐く。


「ねえ、あれ、誰?」

 イチトは最初、それが二コラの声だと気が付かなかった。声自体は何時通り、いや、努めていつも通りの声を出していたが、棘を隠しきれていない。


「詳しく知らない。まあでも命令だから、説明させて貰う。この部屋は訓練場B。一定以上の実力がある人間しか使えない部屋だ」

「知ってることばっかり」

「だろうな。あ、そうそう、訓練場Aはもう使うなよ。『星群』が漏れるのは避けたいって」


「もう俺たちのはバレバレだと思うがな」

 イチトが訓練場に通っていた間、一度も『星群』を上手く使いこなす相手に会えなかった理由はこれだろう。強い方から別の部屋に隔離していけば、マトモな相手が残るはずもない。


 『星群』を周囲に知られないようにするのも、弱点が知れ渡るリスクを考えれば当然の処置だ。ガルマは口走っていたが、本来ならば宙域でも有数の実力を備えている警部の『星群』は、ましてや弱点は絶対に知られてはならないはずだ。口が軽すぎる。


「知らないにしても何か情報無いの?あんだけ目立つミイラなんだから話の一つ」

 ニコラが指差すと、次の対戦相手が現れず、退屈していたらしい包帯男は手を振り返した。

 それを見たニコラは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、視界から男を排除した。負けたのが相当気に入らないらしい。


「実力者、ってこと以外は何も。噂じゃ条件次第ではガルマ警部にも勝てるって話だぜ。でも不思議なことに名前は誰も知らない。というか、聞かれるたびに違う名前を言うらしい」

「……犯罪者じゃねえよな」

「さすがに船長でもそれは許さないだろ」


「それもそうか。しかし、ガルマに勝つ、か。『星群』無しなら上だろうが、使って勝つとしたら、出力も高いのか?」

「それなら条件ってのがわかんないじゃん。『星群』無しででしょ」

「まあ、妥当か。それでなんであの男と戦わせてるんだ」


「表面上は実力を正確に測るため。実際は強い奴しか入れないって言うと調子乗るからシメておこう」

 まんまと実力不足を思い知らされた二人にとっては、面白くない回答だった。そしてトレハがそれをわかっていて、訓練に邁進させるために言ったのもまた気に入らない。


 更に気に入らないのは、トレハには人を煽ってやる気にさせるといった手法は思いつかないだろうと言うことだ。わざわざ伝えた辺りに、例の軍服女の影が見え隠れする。


「これで一応説明は終わり。他に聞きたいことは?」

「はーい。今入ってっきたの、誰?」

 そう言ってニコラが指差したのは、開いた入口と、そこに立つ青髪の青年だった。身長はイチトよりも少し高いぐらい、片方の目が髪で隠れているのが特徴的だ。


「あ!悪い、あいつにも説明しに行かなきゃならないんだ。だからイチトに聞いてくれ。話したことあるだろ」

 そう言い残すと、トレハは入り口に立つ男の元へ最短距離で駆けていった。

 残されたのは、疑問を抱えた二人のみ。


「ねえ、あの青いののこと知ってるの?」

「いや、記憶にない」

 訓練場で戦った相手なら、少しぐらい記憶に残っていてもいいはずだ。それ以外で人と接触することが殆どなかったイチトが、知っているわけがない。


 トレハが勘違いしているのだろうと思いつつも、何の気無しに入り口付近の青年を眺める。何やらトレハに訴えているようだが距離が離れすぎていて聞こえない。

 『双騎当千』を使えば聞こえるかもしれないが、そんなことをしてまで聞き耳を立てる気はイチトにはない。ので、手を掴みに来たニコラを払いのける。


 そんなことをしている間に話はついたようで、青髪の青年は線で囲まれた包帯男のテリトリーに足を踏み入れた。

「あ、終わったみたいだし話聞きにいこうよ」

「いや、俺はあの青髪の『星群』を見る。一人で行け」

「へいへい。あ、一応言っておくけど、今回のアレは必殺技としてノーカンだからね。初回がアレはダサ過ぎ」


 断られるのは織り込み済みだったようで、ニコラは試合中に繰り出した必殺技を無効化し、その場を去ろうとする。

 直後、イチト懐のタブレットが着信音を奏で始めた。それに興味を持ったようで、ニコラは足を止めた。


「離れろ」

 それに苦言を呈しながら、イチトはタブレットを取り出す。連絡先を交換している相手自体が少ない、というか二人だけで片方は隣で聞き耳を立てているので、画面を見ずとも相手はわかる。


「何の用だ」

「今来た奴の情報欲しいかなって思ってさ。でもあと一人来るはずだから、一応入り口で待機しながらのほうが楽なんだよ」

「それなら知りたがってた方にかけろ」

「イチトが目覚めない時にかけすぎて着信拒否された」

「まあまあ、いいじゃない。あとで解除しとくよ。で、何者なの?」


 勝手に答えるな、と言いかけたが、早く終わらせるために飲み込む。トレハはともかく、ここで遮るとニコラが暴れだしかねない。

「あいつはマッザロート・アルバー。イチトは見覚えぐらいあるだろ?」

「思い出せない」

「君、『星群』の対価に記憶力もってかれたんじゃない?」


 茶々を入れるニコラを放置し、いつの間にか戦い始めていた青年を観察する。

 海のような深い青の髪からは、同じく青い瞳が覗く。肌は浅黒く、背はイチトよりも僅かに高い。恐らく百七十センチぐらいだろう。ばっさりと斜めに切られた特徴的な髪は、左目を完全に遮っている。戦闘には向かないのは誰の目にも明らかだが、拘りがあるのだろう。


 肝心の戦闘は防御一辺倒で、反撃する素振りすら見せない。だがその防御は『双騎当千』を使ったとしても、傷をつけられるとは思えないくらいには安定感があった。

 包帯男も攻撃しつつ、その硬さ故に攻めきれずにいるように見える。恐らくは防御特化の『星群』だろう。


「もしかして、初日に戦った奴か」

「正解。やっと思い出したか」

 入隊初日、最初に『星群』の試し打ちをしないかと誘い、その上七人組手を企画したのは、確かあのような見た目をした青年だった。


「いや、わかんないよ」

「だろうな。俺の持ってる情報を足すと、一人『星群』持ちの指名手配犯を捕まえたらしい」

「へー!じゃあけっこう強いんだね!ってか、ここに来てる時点でそうか」

「しかも殺したんじゃなくて、生け捕りにして船まで運んだんだってよ」

「『星群』持ってる相手を、殺さない上にわざわざ運んだのか?」


 殺さず運ぶのは単純に難易度が高い上に、宙域での評価は低くなる。力を誇示するならその時間で二人殺せばいいだけだ。そんな行動をする理由は無い。

「ああ。何でも、宗教的に他人を傷つけることができないらしくてな」

「宗教って、あの?」


 科学が発展し、宇宙すら移動できるこの時代、神を信じるような変わり者はもはや絶滅危惧種だ。人類生存圏内において現存する宗教組織は一つだけ。

「右神教、か」

 そう呟いた瞬間、鋭い視線がイチトの体に突き刺さった。突然向けられた敵意に、タブレットを放り投げて戦う構えをとる。


 視線の主は、話題の中心となっている青年、アルバーだった。戦闘中だというのに相手の包帯男には一切目もくれず、その紺青の瞳から凍りつくような視線を向けて一直線にイチトの元へと近づく。


 静止の声も、越えれば敗北となる白線すらも青年を止めることは出来ない。蒼く燃え盛る怒りの炎は、イチトの眼前まで早足で燃え広がった。

「訂正しろ」

 イチトを尚も睨み続け、アルバーは猛る。その姿は、話に聞いた不殺の精神と相反する感情に溢れている。


「随分な挨拶だな」

 その怒りに当てられたのか、いつも以上に喧嘩腰のイチトが応じる。

「非礼は後で幾らでも詫びよう。だが先ず、貴様は先程の発言を訂正しろ」

「生憎だが悪口を言った覚えはねえよ」

「『右神教』。その呼び名は認められていない。私が信奉する神は偉大なるアドナイ神であって、右神等という名ではない」


「それは勉強になった。ちなみにその顔は、その神の定めた挨拶の方法か?」

 眉間に寄ったシワを指差すと、アルバーは即座に睨むのを止めた。

「少し感情的になっていたようだ」

「思ったより話が通じるな。右神教じゃなくてアドナイ教な、訂正する」

「受け入れよう。私も、先程の非礼について謝罪する。すまなかった」


「そうか。それよりもだ、良かったのか?」

「何がだ」

「あれだ」


 イチトが指差した先にあるのは、越えれば負けとなる白線だった。アルバーはそれを言い訳の仕様が無いほどしっかり越えてしまっている。

「ああ、構わん。私の信心を試す為に攻撃を受けただけで、どうせ勝つつもりは無かった」


「信心?」

「神が私に授けた奇跡は、『匪石の信心』。『信じる程に固くなる』力だ。強力な攻撃を耐え切ることは即ち我が信仰の篤さが神に認められたということだ」

「……そうか」


 あれだけの防御力を誇る『星群』の正体を知れたことは収穫だが、言葉選びから溢れ出る宗教の香りの鬱陶しさのせいで素直に喜べないかった


「ねえイチト。あの女も来てるみたいよ」

 性格が自分と合わないと思ったらしく、ニコラはアルバーについて触れることもなく他の人間に興味を移した。


 視線の先、白線の内側に居たのは腰まで伸びた金髪を首あたりで一つに括った、碧眼の女だった。今包帯男と戦っている以上は十五歳なのだろうが、豊満な胸、そして制服のジャケットを大きく開いた大胆な格好の影響で、そうは見えない。


「ヴィーシか。あいつなら当然来るだろうな」

「ふむ、アレがそうか。人を殺して楽しむ狂った女だと聞いているが、実際はどうなんだ」

「あー、まあ、ちょっと違うけど似たようなもんだね」

「違うのが少しな時点で異常者だろう」


「まあ、そのへんは見りゃわかるよ」

 ニコラが言った瞬間、拳がぶつかる音が耳元で響く。

「なっ!?」


 振り返ると、一撃にして白線を越える寸前まで追い込まれたヴィーシの姿。そしてそこに包帯男の追撃が迫る。

 イチトは焦って転がり、巻き添えを回避しようとする。だがアルバーは一歩たりとも動かない。あの位置だと間違いなく、吹き飛ばされたヴィーシと衝突する。


 だがヴィーシは吹き飛ばなかった。一撃で追い詰められたとは思えない程、正確に攻撃を受け流して線を越えることなく粘る。何度攻撃し、速度を上げても完全に捌く。踊るような動きで全ての攻撃の向きを逸し、線の横に自分が立つ場所を確保し続ける。


「速っ!?『星群』無しだと、こんなに速いの!?」

「驚いたな……『星群』で止めては怪我をするかと焦ったぞ」

「情けねえ話だが、俺も少しビビったな。ともかく、こいつはそういうやつだ」


 説明などなくとも、目の前で線際で戦い、楽しそうに笑うヴィーシの姿を見れば誰にでもその人となりは伝わる。

 アルバーはあっけに取られて口を無意識のうちに開けてそれを眺めていた。


「加えて言うと、本人曰く、前回の任務でヴィーシは船から出た直後、真っ先に制服から着替えたんだってさ」

 ニコラは面白がって補足をする。

「ほう、それが『星群』の発動条件か」

「いんや、趣味」

「……は?」


 更に大きく広げられたアルバーの口を見て、ニコラは満足そうに笑った。

 このまま放置するのも可哀想だろうと、イチトはセリフを引き継いだ。

「あの女は、追い詰められる程に喜ぶ、常軌を逸した変態だ」

 余りに突飛な発言に、アルバーの思考が止まる。


 当然だろう。

 宙域では、狂人と接する機会は事欠かないが、それとはまた違った方向の異常、変態との遭遇は初めてだったのだろう。

 だから『星群』の為ではなく、命を危険に晒す為にわざわざ服を脱ぐというのが、全くもって理解出来ない。


 ヴィーシは土俵際まで追い込まれても、いや、追い込まれたからこそ高らかに哄笑する。

 内側に逃げる隙が無いわけではない。その方が留まって受け流し続けるよりも間違いなく楽だ。


 だがヴィーシは線から一歩たりとも離れようとしない。そしてより自分を追い詰めて尚、速さと激しさを増す包帯男の攻撃全てを凌ぎ切る。


 幾度となく衝突音が響き渡るが、もはや衝突の瞬間は目で追うことすらできやしない。

「しかし、『星群』はあるのだろう?一体どんなものならあそこまで……」


 イチトは本人に代わって、その問に答えようと口を開いた。

 だが語りだすよりも前に、その白線の向こう側から声がした。


「『窮鼠猫を食む』!『追い詰められるほど速くなる』!それが、私の『星群』だって、言われた!」


 答えが返ってきた。それも、もはや一つの竜巻のように荒れ狂う攻防を繰り返す二人のいる方向から。

 延々と続く戦いで、息も絶え絶えだというのに。その女は自らの『星群』を宣言した。


「狂人……」

 無意識のうちに、その単語が口から溢れた。

 積極的に逃げ場を無くし、追い詰められてはそれを乗り越える享楽にふける。自分の命すら賭けに差し出す、縛りプレイの究極系。


 刹那的な生き方にかけて、エフェメラ・ヴィーシに敵う者はこの世にいない。


「あー楽しかった!」

 そして同時にヴィーシは奔放だった。過去形で包帯男との勝負の感想を述べると、男の攻撃を掻い潜って、向かって逆側の白線を越えた。


「はい、お終い」

 満足そうに呟くと振り返り、背伸びをしながら歩く。逃げとは無縁の堂々とした退場。

 それとは対照的に包帯男はつまらなそうに部屋から出ていった。

 敗者が笑い、勝者が笑わない。最速の戦いは、なんとも奇妙な決着を迎えた。


 くるり。

 線を超えたヴィーシは、美しいターンを決めて歩く。

「こっち来てないか」


 呟いた通り、その足が向かう方向にはイチト達。後ろを振り返っても、無機質な壁が広がるだけで何一つ興味を引くものは存在しない。


「ええ。向かってるわ」

 小声で呟いたつもりが聞こえていたらしく、大声で返事をしながら早歩きで向かってくる。


「うわー返事までされちゃったね」

「戦闘中に話をしていたから、興味を持たれたのだろう」

「まあ知り合いだし、挨拶するぐらいは普通だろ」

 急速に近付いていた足音はついに間近で静止した。


「この部屋に招かれた同士じゃない、もっと親密でもいいと思うけど?」

「うぃーす、よろよろー」

「貴女はもう少し人と距離を取った方がいいと思うわ。まあともかく、私はエフェメラ・ヴィーシよ。二人はともかく、貴方ははじめましてよね?」

「おっと、そうかも。そんじゃ自己紹介といっときますか。私、ニコラ。礼儀は多分おうちに置いてきた」

「私としたことが失念していたな。マッザロート・アルバーだ。この出会いに祝福があらんことを」


 名前だけの軽い自己紹介。だが一人は口を開かなかった。他三人の視線が集まる。

「クロイ・イチト」


 放置しても面倒だと思ったイチトは、拒絶する態度をついでに伝えた。

「知っている。貴様は有名だし、忘れているようだが初日に戦ったぞ」

「有名?」

「初日からガルマ警部と大立ち回りを演じ、毎日訓練場で戦い続け、そして指名手配犯をも手にかけた。噂にならない訳がないだろう」


「そうそう。強いんだか弱いんだかわかんない奴ってね。私まで巻き添えだよ」

「いや、三分の二は関係有るだろうが」

 微妙な噂の広がり方に、イチトはなんとも言えない顔を浮かべた。


「それよりも、私明日から暇なの。だからイチト、また戦って、限界まで追い詰めてみてくれない?」

「おー、本当にMなんだ」

「違うわ。痛いのが好きなんじゃなくて、スリルが好きなの。限界まで自分を追い込むと、どうしようもなく心臓が高鳴るの。ドキン、ドキンって」


 恋する乙女のような瞳で、死の寸前の素晴らしさを堂々と語る。狂人という言葉がここまで似合う人間も珍しい。

「生きてるって感じがするのよ。鼓動が聞こえてる限り、私は生きてるんだって。だから、私を高鳴らせて」


「お前と戦うと妙な癖がつきかねないから嫌なんだが。さっきのミイラにでも頼め。というか、楽しみたいならずっとあのままやってれば良かっただろ」

「だめよ。最後、面倒になって手抜こうとしてたもの。まあでも、あの包帯男には中々楽しませて貰ったわ」


 恍惚とした表情で、胸の高鳴りを反芻する。必殺技の話をするニコラと同種の、受け入れがたい気色の悪さだ。

「おーい、そこの四人。ちょっと良いか?」


 そんな中、仕事を終えたであろうトレハが現れ、ヴィーシとアルバーに水とタオルを渡した。

「あらどうも」

「感謝する」

「空気読んでよトレハ。せっかくこれから色々聞くところだったのに」


「それはまた今度にしてくれ。艦長から四人を連れて来るように言われたんだ」

「用件は?」


 トレハは少し俯いて首を振り、四人を誘導しようとする。だがイチトは動かず、その姿を冷めたように見つめる。

「ロクな話じゃ無いな」

「え、いや、その」


 今までトレハは、知らないならば知らないと、臆面もなく言っていた。なのに今回は、無言で首を振った。知っていると考えるのが妥当だ。

 だが知っているにも関わらず、トレハは口を噤んだ。ならばロクでもない話以外に選択肢はない。反応もそれが正解であることを物語っている。


 それでも上司の招集には応じるしかない。

「チッ」

 イチトの舌打ちは、足音に掻き消された。


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