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必殺技

 部屋の中、二人の人間が争う。

 殴り、蹴り、極め、お互いに相手の命を奪わない程度の攻撃を放ち、相手を屈服させようとする。


 だがその戦いは、異様だった。

 二人が触れている時は動きが急激に加速し、離れた瞬間人並みの速度に戻っていくのだ。意図的にやるのは困難な、曲芸じみた動きが延々と繰り広げられる。


 手刀、受け止めて目潰し。もう一方の手で叩き落とす。払われた手で服を掴み、引き寄せつつ腹に蹴り。喰らう寸前に頬を張る。

 止まらない蹴りを腹で受ける。その勢いで距離を取る。

 そして両手を相手に向け、待ったをかけた。


「えー、ここで?せっかくいい感じだったのに!」

 これから色々試そうと意気込んでいた少女は、お預けを喰らって不満を顕にした。

「やってみて改めてわかった。この訓練には意味がない。だから終わりだ」

 だが少年の意思は固く、拒絶すると少女に背を向けて歩き出す。剥れた少女は飛び上がり、回し蹴りを放った。


 ヒュン、と空気を切る音が鳴る。


 しかしあっさりと止められる。少女は軽く舌打ちをし、それでも攻撃を続けようとする。少年は仕方なくその足を掴み、動きを封じる。

「耳は聞こえてるか?」

「聞こえてるけど聞く耳は持ってないよ。せめて意味がない理由を聞かせて貰え無きゃね」


 今度は少年が舌打ちをし、掴んだ足を放り投げる。

「この訓練は、お互いの力が変わり続ける。自分で予想もしないタイミングでな。だが、実戦でそんな機会あるか?」

「君と戦う時以外は無いね」


「そういうことだ。お前が敵になった時の対策なら、お前を相手にした時点で無駄だ。だから止める。これでいいか、ニコラ」

「まあ、仕方ないから納得してあげるよ、イチト」


 クラーテル・ノイオとの死闘から二週間、イチトとニコラは能力を使いこなすための訓練を重ねていた。

「でもさ、これもだめならどうやって鍛えるの?」

 だが現状、訓練の成果はあまり芳しくない。訓練場では、前の作戦での二人の活躍が仇となり、誰も戦おうとはしない。


 船内のジムで鍛えることはできるものの、そういう筋肉はあまり戦闘には適さない。

 その上二人での組手すら意味がないとなれば、出来ることは限られてくる。


「……ガルマ警部あたりに模擬戦頼んでみるか?」

「絶対やだ」


 格上との戦闘も、トラウマを植え付けられたニコラが拒絶するためにできない。

 意見を無視してセッティングすることもできるが、きっとニコラはまともに戦うことすらしないだろう。


 ガルマ以外の格上なら拒絶はされないだろうが、イチトにはトレハ以外に禄な知り合いがいない。ヴィーシは追い詰めると速くなるという性質上、不意をつくことに集中してしまう。

 ニコラはそれよりは多少交友関係が広いが、格上の『星群』持ちはその中にはいない。


「もう、各自鍛えるしかないだろ」

「それでもいいんだけどさ、私は骨男の時のが気になってるんだよね」

「骨男って、クラーテルのことか」

「なんかさ、最後の方めちゃくちゃ刀増えたじゃん。でも骨の消費量考えると変じゃないかなって」


 たった二週間前の、しかも命すら失いかけた戦いのことだ、イチトも鮮明に覚えている。

 確かに骨を消費するのだから、勢いは骨が減る程に弱まる方が自然だ。

 だが現実は寧ろ逆、スフィアの骨が減り、追い詰められる程に勢いは増していった。


「単に骨を出し渋ったんじゃないか」

「沢山出して一瞬で終わらせた方が骨使わずに済むことぐらい、いくらバカでもわかるでしょ。途中でキレるまでは加減してるかもしれないけど、それ以降は流石に本気でしょ」

「まあ、元は出来なかったと考えた方が良さそうだな。それで使ったら『星群』が強くなるかもしれないと思ったから、積極的に使ってるわけか」

「そ。普通に鍛えるより『星群』使うだけの方が楽だしね」


 別の『星群』である以上、同じように成長するかはわからないが、少なくともクラーテルの『星群』はどんどん出力が上がっていった。

 それに目潰し用の脆い骨が出せるなら、最初から出していた可能性が高い。

 できることも、同時に出せる力も増していると考えられる。


「連携も上手くなるだろうし、やる価値はあるな」

「でしょ?でも、ねえ」


 言わずとも伝わる。『星群』を使って戦える相手がいない。使った方が強くなれそうでも、使えないのだから結局机上の空論でしかない。


「どうする?いっそ必殺技でも作る?それとも二人だけの格闘技作る??」

「………………必殺技か。それもアリだな」

「え!?マジ!?やった!あんな渋ってたのに、突然だね!」


 冗談で言ったつもりが採用され、ニコラは一人で異様なまでに盛り上がった。

 前に死にかけた直後も技名を考えていたし、単純にそういうのが好きなのだろう。


「ああ。詠唱付きで」

「詠唱!!!!」


 ニコラはもはや有頂天。

 どんな言葉を使おうかと思いを馳せ、飛び回っては虚空へ連打を決め続ける。


「いやあ、君もオトコノコなんだねえ!」

「何のことか知らないが、俺は戦うのの役に立つから言ってるんだぞ」

「別に良いよ建前なんて。良いよね、必殺技!」

「ぶっ飛ばすぞ。必殺技っていうか、一種の暗号みたいなもんだ」

「暗号?」


「じゃあ俺が敵役な。んで、お前はそこに立って防御しろ」

「え、何攻撃されんの?」

「ちゃんと止める。行くぞ。顔!」

 言った直後、顔に殴りかかる。

 当然ニコラは顔を腕で隠し、それを防ぐ。


「じゃあ次、行くぞ。レティキュラム!」

 力を込めた拳は、ニコラの腹部へと向かう。

 そして衝突する寸前、イチトはその手を減速し、痛くない程度にぽす、と当てた。


「何、レティキュラムて」

「牛の二つ目の胃袋だ。ハチノスとも言う」

「だから胃袋の辺りを殴ったわけね。んで、今の私達は前者で、必殺技を考えた私達は後者ってこと?」

「ああ。暗号って意味がわかったか?」


 要するに、言葉で伝えるなら相手がわからない言い方をした方が有利だと言うことだ。

 更に咄嗟の判断が鍵になる近接戦闘においては、唐突に意味不明な言葉を口にするのは精神的なアドバンテージも生む。


「まあ、それはわかったんだけどさ」

「何だ」

「いくら何でもハチノスはない」

「どうでも良いだろ」

「良くないっ!技名は私が考えるっ!」


 どうもニコラには必殺技というものに対して拘りがあるようで、間に合わせの技名では満足できなかったらしい。

「なるべく覚えやすいようにしろよ」

「わっしょーい!んで、詠唱つける理由はなんなの?」

「準備段階だ。どっちが指示するにしても、即座に行動に移れない時もある。だから少し長くしておけ、ぐらいの意味だ」


「なるほどね。でも技名を長くしたらいいんじゃない?」

「いや、急ぎたい時の為に技名だけで強引に合わせるって選択肢も欲しい」

「詠唱、破棄……!」


 目に浮かぶは大粒の涙。

 跪いて手を掲げ、天啓を得たかのような顔を浮かべるニコラは、今までで一番気味が悪かった。


「俺は使いたい動きを考えるから、そっちで名前つけろ。まあ、動き考えたけりゃ提案してもいいが」

「おいっす!ふふ、今までで一番やる気が湧いてきた!」

「……ともかく、今日はここまでだ」


 イチトはできる限り早く距離を取りたくなったので、素早く扉を開けて逃げるように走った。

 だが一歩踏み出したイチトを迎え入れたのは、無機質な廊下ではなく、やけに硬い物質だった。


「おっと、タイミングが悪かったな」

 そして頭上から声が響く。背後では軽い悲鳴が上がった。だとすると、この生暖かい感触は。

 素早く後ろに下がり、袖で顔を拭う。顔に残るじっとりとした嫌な温もりをかき消す為に執拗に。


「ガルマ警部」

 拭き終わった後、イチトが顔を上げると、どこか悲しそうな目をしたガルマが視界に映る。

「そこまで拭くことないだろ」

「申し訳ありません。それと、何か用ですか」

 適当な謝罪でいなすと、イチトは来訪者の用件を尋ねる。


「ああ。お前らの『星群』だと、訓練相手に困ってるんじゃないかと思ってな」

「えっ、私もう警部と戦いたくないんだけど!部下をストレス解消に使わないで!」

 今の今まで黙っていたニコラが、急に悲鳴を上げる。ガルマ戦のトラウマは、相当根深いらしく、必死で地面にへばりついてついて行きたくないことをアピールする。もはや人間としての誇りは残っていないらしい。


「お前が俺を何だと思ってるかはよくわかったが、訓練相手は俺じゃねえよ」

「よーしっ!張り切っちゃおっかな!」

 天敵と戦わずに済むと聞いたニコラは、地面にくっついたガムのような姿勢から、一瞬で立ち上がる。


「相変わらず面白い奴らだな。まあ、取り敢えず地図が更新されてるから、訓練場Bに向かえ」

「B?」

「今まで使ってたのがA。まあ言っちゃ悪いがヒヨッコが使う。Bは、強い奴を集めて鍛えさせるって感じだな」


 話しながら試しに地図を開くと、いつもの訓練場にAの文字が付き、さらにそこから少し離れた場所に訓練場Bが現れた。


「俺は他にも呼ばなきゃならん奴がいるんで行かせてもらうぞ」

「さてさて、新MAPだね。ワクワクしてきた。早く行こうよ」

「わかったから引っ張るな」


 道順を覚えたイチトはタブレットを仕舞い、新たな訓練場へと歩いていった。


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