惑星警察会議
下らない。
ユスティハイト・ネイピアは目の前で繰り広げられる醜い争いを眺めていた。
今すぐ帰り、部下にこれからの方針を伝え、動き出せたらどんなに良いだろうか。
だがそれは許されない。
いくら退屈であろうとも、全惑星警察組織のトップが集まる会議であることに変わりは無い。
無視して帰れば権限拡大、もとい自分の功績作りに身命を賭す警視総監達に宙域警備隊の持つ権限は奪いつくされるだろう。
だからネイピアは、不毛な権力闘争を冷めた目で眺めることしかできない。
「自分達の不手際で衛星を占領されたというのに、宙域にその尻拭いをさせるのはどうなんだ。それに要請を受ける宙域も宙域だ」
ふと気付くと、話が宙域に関わるものになっていた。また金星の代表、ダリオ・ウェヌスが宙域への攻撃に舵を切ったらしい。
『アンノウン』事件の捜査権を強奪して以降、金星警察は明らかに宙域を目の敵にしている。
特にダリオは当時その事件の指揮にあたっていたこともあって、就任して以来嫌がらせの数は急激に増加した。
何一つ有用な証拠を見つけられず、小学生の子供に責任を押し付けて幕引きを図ろうとしたくせによくも堂々とこんな真似ができるな、と思いつつも、それを口にするわけにもいかず、適当な論理を組み立てる。
「今回逮捕した犯罪者の纏め役が金星から逃げてきた、ということをお忘れですか。惑星警察で権限が跨がる事件に関しての捜査に、我々が参加しない訳にはいきません。その為に作られた組織なのですから」
「ならばその逃げたスフィアの身柄を引渡せ。金星警察としての要請だ」
「指名手配犯、スフィア・ファームは死亡したので引き渡しの要件から外れています。死体を引き取りたいのなら、親族の了解を得てください」
「またそれか。殺さずに捕まえる気はあるのか?」
この会議では茶よりも頻繁に飛び交う、安い挑発だ。宙域の担当者に対してだけは、何を言っても良いという風潮があるらしく、誰も苦言を呈することはない。
自分がのし上がる為に数十年を費やし、同僚すら蹴落とした老人からすれば、自分に利益を齎さない若造がどうなろうと、知ったことでは無いのだ。
「戦場では一瞬の判断が命取りになりかねませんからね。自分の命を優先すれば、殺すという判断になることもあるでしょう」
「命を何だと思っているんだ」
「掛け替えのないものです。それは隊員にも同じことが言えます」
「減らず口を叩くな」
分別のつかない子供を叱るような口調だ。咄嗟にそういう言い方をするということは、実際に腹の中では、ネイピアのことを駄々をこねる子供程度に考えているのだろう。
そしてそれは他の出席者も同じだ。下手に争えば尚更そのイメージを強固にし、仲裁と称した一方的な攻撃がネイピアと宙域に向けられる。
だからネイピアは表情を凍ったように固め、怒りを熱い茶で流し込む。
腹の中で茶と感情が対流する。燃え上がるような苛立ちを抑え込み、どう事態を収集するか、意識を集中する。
「それよりも、『アンノウン』の件はどうなりましたか?」
だが考えが纏まる前に、想定外の方向からの一撃がネイピアを襲った。
口を開いたのは、入口から最も遠い椅子に腰掛けた老人。
瞬間、空気が引き締まる。
表面上は対等とされているが、この会議には序列がある。
新参者の宙域が一番立場が低いのは当然として、それぞれの惑星の代表、警視総監の中でも特別権限が強い者がいる。
最も古くより人が住み、今やその惑星全域が高級住宅街となった、経済と政治の中心地、地球。
太陽系の心臓部を守る地球警察の頂点、地球警視総監の座に就いているのがこの老人、ペイディアス・ディーレだ。
最高権力者の突然の登場に、ネイピアの怒りは霧散する。怒りを抱えている余裕すら失ったのだ。
普段、ペイディアスが会議に干渉してくるのは、結論を出す時だけたというのに、今、ネイピアが圧倒的不利な状況で干渉してきた。
ここで仲裁などされては、侮蔑に耐えてきた意味がない。
「そうだ、わざわざ我々には解決できないと言って捜査権を奪い取ったのだから、もういい加減解決してくれたのだろうな」
それを援護射撃と見た金星からの攻撃は更に厳しくなる。元々批判したい気持ちはあったのだろうが、当時の地球の警視総監も宙域が捜査することに賛成した為に、本人としては控えていたのだろう。
だが今は大義名分がある。
「詳細はお伝えできませんが、イオでの戦闘で犯人に近付けそうな情報を手に入れました」
「もう事件から五年も経つんだぞ。それなのにまだ『近付けそう』という段階なのか?」
「何分証拠が少なかったものですから。ですが二年後の期限までには絶対にその身柄を確保してご覧に入れましょう」
ネイピアは金星警察が証拠提供を渋った事を皮肉りつつ、あと二年は宙域に捜査を任せることになっていることを確実に主張し、できる限り立場が悪くならないように振る舞う。
だがそれで状況をひっくり返すのは殆ど無理と言っていい。
相手には歴史を盾に全権限を牛耳り、逆らう者がいれば予算を絞って失脚させることすら可能な地球警視総監がついている。
だから誰も逆らえない。逆らおうと考えることすら許されない。
「五年間一歩も進んでいない捜査が、たった二年で終わるわけがないだろう」
「いいえ、終わらせます。できなければどのような処分でも受けます」
だがここで引くわけにはいかない。今はまだ失敗は確定していないが、ここで譲ればその時点で宙域は全てを失う。
手ずから作り上げた正義の為の組織が、完全に無力化されてしまう。それだけは避けねばならない。
「貴様ごときを処分したところで何になる。宙域を解体した程度では、七年もの長い時間、数多くの尊い命が失われたあの『アンノウン』による事件の捜査を止めた罪は償えんぞ」
仮定に基づく批判。だが聞き手の受ける印象を最重要とする戦いでは、強力な力を持つ。
現実に『アンノウン』を逮捕できるという根拠を提示することが出来ない宙域に、その悪印象は覆せない。
「確かに、今まで何一つ進んでいなかったというのは如何なものかと」
「そうですね。せめてその手がかりを共有していただければ捜査を任せるに足るかの判断もできるのですが」
宙域が不利と見た他の惑星警察も、それに乗じて攻撃を始めた。
ほんの一回投げられた、短い疑問文一つで、解体の危機が迫ってくる。
逃げれば死あるのみ。何か逆転の芽はないか、とネイピアは最高速で脳を回転させ、現状を分析する。
「まあまあ皆様、今までは『捜査を続けている』としか言わなかったユスティハイト嬢が、情報を手に入れたと言ったのです。あと二年だけ、待ってみてはどうでしょう」
しかしネイピアが分析を終える前に、救いの手が差し伸べられた。
それはこの状況の切っ掛けを作ったはずの、ペイディアス・ディーレが放った言葉だった。
「っ、はい。二年で必ず捕まえてみせます」
唐突な翻意に戸惑いつつも、『嬢』等という屈辱的な呼び名すら受け入れて、一先ずは同意することでこの場を収めにかかる。
他の出席者も困惑していたが、地球の代表と敵対するわけにもいかず、振り上げた拳を仕方なく下ろした。
「異論は、無いようですね。それでは、他に議題はありますか」
ペイディアスが問いかけるが、誰も口を開かない。考えが読めないということは、同時に何が機嫌を損ねるか分からないということだ。
今この場において、リスクを背負ってまで発言する理由は何一つ無い。
「では、議題が無いようなので会議の終了を宣言します」
議題が無いか聞いた当人が何も発言しないため、今回の幹事のネイピアは恐る恐るといった様子で会議の終了を宣言した。
反対意見が無かったことから、恐らく対応に間違いは無かっただろう。
理解し難い点は多いが、渡りに船だ。
誇りも何もなげうちはしたが、延命措置だけは辛うじてできた。
「ところで皆様、この後お食事でも如何でしょうか。美味しい豚のコンフィを出す店を見つけたのですが」
平静を無理に保ち、できるだけ感情を殺しながらも今回の幹事としての仕事を果たすべく、台本通りのセリフを放った。
「悪いが遠慮させて貰おう。私は忙しいのでな」
「私も、今回は遠慮させて貰いましょうかね」
金星、地球の順に断ると、堰を切ったように他の惑星からの出席者も不参加を表明する。
「そうですか。ではまたの機会に」
残念がっているような声色を作り、出席者が帰る姿を見守る。
出席者達は自らが乗ってきた小型の宇宙船に乗り込み、発着場から飛び立っていく。
そして一隻の宇宙船を残し、全ての宇宙船の姿が視認できなくなった。
「クソッ!」
その瞬間、ネイピアは怒りに任せてヘアゴムを引きちぎり、一つに纏められた髪を振り解いた。
それは、自分の未熟さへの怒り。
状況を覆せず、嬢と呼ばれたのを拒絶することなく、惨めったらしく救いの手に縋り付いた情けない自分が。
庇われた理由が想像もつかない自分が。
堪らなく嫌だ。一時的に楽になる為に、失った物が大きすぎる。自らの体を喰らうが如き愚行だ。
次の会議ではネイピアは、お嬢さん、として扱われることだろう。意見をまともに聞いて貰えるかすら怪しい。
次の会議までの三ヶ月では『アンノウン』を捕まえるのはほぼ不可能だ。かといって捕まえずに会議に出席するのは、地球の意向が全くわからなくなった現状ではあまりに危険すぎる。
首の皮一枚繋ぐ代わりに、四肢を捥がれたようなものだ。
「随分と荒れてるな」
自分の未熟さを恥じ、荒れ狂うネイピアに何者かが話しかける。
「貴様を含めて面倒な奴の相手をさせられたのでな。用が無いなら今すぐに木星に帰れ、ユピテル」
スーツに身を包み、髪を散らして声のした方を睨む。
普通の人間ならばその威圧感に震え上がり、足が竦むであろうその姿にも、ユピテルと呼ばれた男は一切動じない。
「良い店があるんだろう?少し話をしたいから行こうかと思ってね」
そう言ってスーツのよく似合う、白髪混じりの男は笑みを浮かべた。海千山千の警視総監に相応しい、非常に胡散臭い笑みだ。
男の名は、ロストレイ・ユピテル。木星の警視総監にして、惑星警察の中で唯一、宙域警備隊に否定的でない人間だ。
尤も、それは宙域を利用して犯罪者に支配された衛星を一切の被害無く奪い返せるからであるが、それでも敵でない相手がいることは宙域にとっては貴重だ。
だがネイピアは先程の会議であっさり裏切られたのが気に入らないらしく、貴重な中立を保つ相手に対して辛辣に当たる。
「予約はしてあるから構わんが、自腹だぞ」
「はは、貧乏人に払わせるほど鬼じゃないさ」
「ならいい。おい、足を用意しろ」
ネイピアは部下に合図をし、二人で乗るには大きすぎる宇宙船を用意させた。
万が一全員参加になった時に備えたのだろうな、と推測しながらユピテルは宇宙船に足を踏み入れる。
床の絨毯が柔らか過ぎて少々歩き辛いが、それ以外は警視総監クラスを乗せるのに十分な内装をしている。その光景と食事は自腹、という言葉のギャップに、ユピテルは思わず少し笑みを浮かべた。
それが神経を逆撫でたらしく、ネイピアは射殺すような視線を向ける。このまま店までこの目で見られ続けるのは勘弁したい、と考えたユピテルは、気を逸らすため、かつ意見を聞く為に口を開く。
「それで、だ。妙だと思わないか」
「妙?何がだ」
「決まってるだろ。ダリオの奴だ」
金星の警視総監、ダリオ・ウェヌス。妙だと言われて会議中の奴の行動を振り返ってみるが、いつも通りに宙域を攻撃していたはずだ。
それ以外の部分でも特に奇妙な発言は、少なくともネイピアの記憶では無い。
「会議中に妙な行動はなかったと記憶しているが」
「そうだろうな。私が言ってるのは会議の後だ」
「食事のことなら想定内だ。あの男が私の主催する食事会に来るわけがないだろう」
「鈍いな。私が言いたいのは断る順番だ。あの時は多分誰一人地球の考えを読み取れていなかった。まあ、私達は今でもだが」
状況を理解できていなかったのが自分だけでは無かったと言われ、ネイピアの心は僅かに軽くなる。だがそれよりも今重要なのは、それを態々この男が明かした意味だ。
「一度地球の考えを読み間違えた金星は、これ以上刺激しないよう黙っておいた方が良い、ということか」
「そういうことだ。なのにあいつは先陣切って断った。どう思う?」
そう考えれば段々と、ダリオの行動が妙なものに思えてくる。もしペイディアスがあそこで断らなければ、悪印象を持たれる可能性がある。
それどころか、他の出席者が嘘の悪評を伝える絶好の機会を与えることになる。次の会議では間違いなく窮地に立たされる筈だ。
一方先立って断るメリットは何一つ無い。強いて言うならどうしても食事に参加できない場合、事前に言った方が印象が悪くならないということぐらいだ。
だがこの会議の後に食事会が開かれるという慣例ぐらいはあの男も知らない訳がない。実際、前々回の会議で幹事を務めたダリオは、初出席だというのにしっかりと事後の食事会も用意していた。あの時に食べた子羊は、会議後の食事でも一、二を争う味だった。
そんな用意周到な男が、会議後のスケジュールを開けておかない筈が無い。
「明らかに変、だな」
「ああ。だから気を付けておいた方がいい。もしかしたら、本格的な妨害を始めるつもりかもしれない」
「覚えておこう。だが私はそれよりも地球の考えの方が理解できない。宙域を庇った理由、貴様にはわかったか?」
「まあ、仮説の一つぐらいは」
ユピテルの言葉に合わせるように、軽快なクラシックが船内に広がった。不思議に思って窓の外を見ると、そこには地面、そして高級感のある外観のレストランが堂々と鎮座していた。音楽は到着を知らせるためのものらしい。
「あの男は、君の言葉を信じ、そして本気で任せてみようと言った」
「……あり得ない。何故私の言葉を鵜呑みにする」
「他に説明できる理由が思いつかないから言っただけだ。まあ、考えるだけ無駄だ。それよりも、早く豚のコンフィとやらを食べに行こうじゃないか」
疑問は絶えないが、ユピテルに答えるつもりは無いだろう、と判断したネイピアは、仕方なく飛行船から降りる。
「理由が何であれ、次の会議までに目に見える実績が要る。大きな案件は無いか」
「それなら一般人から死人が大量に出そうなのがある。実績になること請け合いだ」
「資料は」
口を開いた瞬間、記録媒体が投げ渡される。ネイピアはそれを即座にスーツの裏ポケットに入れた。通信で送るわけにはいかないデータだということだろう。
「誘拐計画、だそうだ。それも陽動のテロを含んだ。時期や場所は、君が生け捕りにしたっていう奴にきいてみてくれ」
「……三日後、信用できる部下を寄越せ。それまでに情報を手に入れる」
要件を言い終わると、二人は何一つ言葉を発する事なく肉を喰らった。
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