死闘の報酬
「イチト、起きてよイチト」
「……?」
呼ばれた気がして、ゆっくりと瞼を開く。
目に入ったのは、慣れ親しんだ病室の天井だった。
「お、やーっと起きたね」
「ニコラ。ここは……いつもの病室か。なるほど、そういや倒れた気がする」
「いやあ、まさか手離した瞬間とはね」
ニコラの言葉を切っ掛けに、記憶がよみがえる。そしてついでに、目が潰されたことも思い出した。
「見える。目は治せたのか」
「医者の『星群』でわりと直ぐに。神経が無事な上に、異物が残ってなかったから余裕だって。ただ、無茶した罰として体は自分で直すよう仰せザマスよ」
確かに全身に刀が刺さってできた穴は、最低限の応急処置がなされているだけ。
他に治療すべき相手が多すぎて構っていられないという面もあるのだろう。
「やっぱ『星群』持ちだったか。それで、何で起こしたんだ?」
「あ、そうそう。毎日鬱陶しいぐらいに見舞いに来てるのがいてさ。そろそろ目覚めてもおかしくないっていうから、ササっと相手してもらおうと思って」
ニコラがうんざりしたような顔で言うと、その瞬間病室の扉が叩かれた。
「影が射すってやつだね。そんじゃ、私はおねむなのでスヤリさせてもらいます」
「入るぞ」
ニコラが夢の世界へ行くのと入れ代わりで、一人の青年が病室に入ってきた。
「久しぶりだな、イチト」
「トレハ。丁度良かった。話がある」
「待ってくれ。先に言いたいことがある。イチトにとっては大した話じゃないかもしれないが、聞いてほしいんだ」
イチトは頷くと、痛む体に鞭打って、無理矢理ベッドの縁に腰掛けた。
大したことではないと口では言っているが、それならわざわざ目覚めもしない怪我人の元に通い詰めはしない。
きっとトレハにとって、これは何か意味のある行動なのだ。
横になったまま、楽にして聞いていい話ではない。
「俺は、イチトと対等でいたかった。何も知らずに利用なんて、されたくなかった」
話は予想していた通り、任務直前にトレハを利用したことだった。
イチトはあの時、トレハの返事を待たずにその場を離れた。
行為自体はお互いに利益があるのだから良いだろうと、その心を見もせずに進んだ。
そして今、その時向き合うべきだった感情が、再び目の間に現れた。
ならば、やるべき事は一つ。
「俺も、その話をしようとしてたんだ。あの時は、済まなかっ」
「謝るなよ」
謝罪は強引に肺まで押し戻された。
利用されたとわかっていて、謝罪を拒む理由など、どこにあるというのだろうか。
向き合うべき相手の心情が欠片も理解できず、謝罪が疑問に変換されて漏れ出した。
「そのために、来たんじゃないのか?」
「謝れ、なんて言える立場じゃないだろ。俺は結局あの時、逃げたんだ。命を救われておいて今更それを否定するなんて、卑怯だ」
「じゃあ何であの時の話なんか」
「最初に言ったろ、言いたいことが有るって。他の誰でもないクロイ・イチトに、宣言しておきたかった」
「宣言?」
「ああ。前置きが随分長くなったけどな」
イチトは無言で正面に立つ青年の姿を見つめ、その言葉を待った。
「俺は、お前に認められるぐらいに頼れる男になってみせる」
揺るがぬ覚悟が宿った瞳でイチトを見据え、堂々と宣言する。
任務直前、納得できない気持ちをぶつけることもできず、命惜しさに逃げ去った弱い自分と決別するために。
イチトが眠っている間、自分の弱さに向き合い続けた結果を、自分の口で。
「もう二度と、相談するより何も言わずに利用する方が良いなんて思わせない。こいつに頼めば、一人で動くより良い、絶対に何とかしてくれるって、思われるようになってみせる!」
目が潤む。だが涙は零れない。水を操る『星群』で、無理矢理押し込め続けているのだ。
自分の弱い心を押しのけ、覚悟を決めるために。
「だからその時がきたら、また俺を頼ってくれ」
トレハは不敵な笑みを浮かべた。
「……お前は、十分強いよ」
イチトは少し顔を俯けて言った。
そもそもトレハを拒んだのは、一人でもやれると証明したかったから。
つまり、発想としては今のトレハと同じなのだ。
だがイチトの取った方法は、トレハを嘘で傷つけて、ようやく自尊心を守れる程度の酷い方法だった。
「そんなわけないだろ。まだまだだ」
だが本人はそれを真摯に伝えても信じない。
だからその言葉は心に秘めて、まっすぐに見つめかえす。
「確かに聞き届けた。が、逃げた以上宙域を続けるのは難しいんじゃないか」
「それなら心配ない。結局今回逃げた奴らは、俺含めて宙域の裏方に回されることになった。給料は下がったが、一緒に働く機会は多いぜ。まあ、お前が辞めるってんなら無理だけど」
単なる推測ではあったが、仕事は実際に用意されていたらしい。
それも機密を漏らさないよう、宙域の内部で人材を使いまわしているあたり、考えた奴は相当人間を使うのに長けている。
「……それじゃ、早く前線に戻って来いよ」
「え?」
「俺に認めさせるなら、隣で戦うのが一番早いだろ。だから戻って来い」
不可能に近い要求を、敢えて叩きつけた。
後方支援の業務をどれだけ懸命にやろうとも、得られるのは後方支援としての評価で、前線に戻れるわけではない。
一度逃げ出した時点で、戦闘員としてのトレハは終わっているのだ。
「そうか、そうだな!なら、直ぐ戻るから待ってろよ!」
だが、トレハはその言葉に乗った。
簡単に認められないのは既に承知の上。
寧ろ、前線に戻るという具体的な目標が出来た分、前に進んだぐらいだと言わんばかりに。
「そうか。俺は気が短いぞ」
「五年も復讐してる奴がか?」
「ああ。短いから今すぐ殺してやらなきゃ気が済まないんだよ」
「なるほどな。あ、騒いで悪かったな、ニコラ」
来たときの硬い表情は何処へやら、重荷を背負ったはずの青年は、憑き物が落ちたような顔で出ていった。
その瞬間、ニコラは不満そうな表情で布団からにじり出た。
「あれだけ騒いだのを、悪かったなで済ませるつもりじゃないよね。今すぐ呼び出して問い詰めて良いかな」
「せめて明日、俺のいないところでにしてやれ。今戻ってきたら気まずいだろ」
「にしても謝る以外の誠意、もとい金品を要求したい気分だよ」
「そんな貴様に一つ、良い話があるぞ」
唐突に会話に知らない声が割り込んだ。
二人がそれにつられてドアの方を向くと、そこには一人の女が立っていた。
漆黒の、軍服に似た衣装と、それに負けず劣らず存在感のある圧倒的な身長とプロポーション。
例え一瞬目が合っただけでも、その姿を忘れられる人間はいないだろう。
「……ネイピア」
「気安いな。クロイ」
「これはこれは艦長殿。一体何の用件でございましょか」
「功労者をねぎらうのに、組織の長が出向いただけだ」
「十分成果を挙げたって思ってるなら情報をくれ」
「まず先にニコラ。貴様はどうせ昇給だろう?」
「いやっほおい!」
この瞬間、ニコラにとってこの人物が宙域の長官かはどうでも良くなった。
金をくれる。その発言さえ正しければ、それ以外の全ては些末な事柄だ。
そもそもニコラは、丸腰で、更に何の『星群』もない状態で、唯一の味方であるはずのイチトにすら悟られないようにその後ろをついていくという手間までかけてようやく生き残ったのだ。相応の金を貰わなければわりに合わない。
「さて、ついでにもう一つ聞かせて貰おう。クロイ・イチト。貴様は前、退職願を提出したな?」
「ああ。そうだな」
「そこに書かれていた日付は今日。つまり日付が変わった瞬間、貴様は宙域警備隊の隊員ではなくなるわけだ」
「……そうだな」
「だが、貴様は中々に戦闘能力が高いし、エサをちらつかせればまだエフェメラにくらべれば扱いやすい。そこでどうだ、この紙束には貴様の復讐に関する情報が」
「寄越せっ!」
それを聞くや否や、即座にイチトは傷だらけの体を無理矢理動かしてネイピアに飛びついた。
だがネイピアはその手を掴むと回って進む向きを変え、元々座っていたベッドに叩きつけた。
「がはっ!?」
「エサへの食いつきが良すぎるのも考え物だ。貴様が宙域に残るなら、くれてやる」
「残る、から、寄越せっ」
「……もう一つ条件を足そう。組織で生きるなら、敬語を使え。規律を乱す者は私の部下には必要ない」
「……わかりました」
ネイピアは無造作に資料をイチトに投げると、しっかり管理しろとだけ言い残してその場を去った。
「何書いてあるの?」
「これは、事件が起こった場所と時間。それと殺された数、だな。前に俺が調べたのよりも正確だ。確かに、引き止めるために渡すには丁度いいカードだな」
「……なるほどね。そんで暫くは、私と一緒にやっていくってことでいいの?」
「ああ。仇以外との戦闘では、協力していった方が効率的だ」
「そんじゃ、ん」
資料に目を通し終え、持っていた情報との差異を記憶し終えて顔を上げると、そこにはニコラの握られた左の拳があった。
「……?」
「これからよろしくなんでしょ?拳ぐらい合わせてよね」
「そういうことか。それじゃあ、ん」
イチトは右の拳を硬く握ると、差し出されたニコラの拳にぴとりと合わせた。
どくん。
一人と一人が二人になり、『星群』が発動した。
力が体を駆け巡り、二人の間に確かな繋がりを作り出す。
「よろしく、相棒」
「ああ、宜しく」
「あ、それと土下座してもらってない」
「今それ言うのかよ……」




