帰還
「……死んだか」
そうイチトが呟いた瞬間、飛び上がった頭は地面に落ちて砕け散った。
「うん、首は切ったし、頭も潰れた。それにその刀も、消えてってる」
二コラはイチトの目の代わりになって、全ての終わりを告げる。
そう言われて手を握ってみると、刀はあっさりと砕け、その後破片の感触も無くなった。
「そうか……」
イチトはその言葉を、何故か少し憂鬱そうに聞いた。
「どうしたの?生き延びたんだから喜びなよ」
「ああ。やっと、こんだけ苦労して、手配犯一人だ」
無力を実感するイチトの頬を、ふわりと風が撫でる。
血の臭いでむせかえるような戦場に、一瞬だけ遠くの空気が混ざり込んだのだ。
「ヴィーシ、か」
「ええ。って、何その目!まさか見えないの!?」
「ああ、戻って治療してもらえばどうにかなるとは思う」
「それは良かった。失明して戦えない相手を助けても面白くないもの」
「っと、悪い、考え事をしてた。今すぐ出る。ニコラ、手貸してくれ」
「ほいよ。しっかり捕まりな」
どくん。
溢れ出す。二人を繋ぐ、二人だけの力が。
「随分あっさり繋いだね?」
「こんな目じゃ一人で復讐もできねえだろ。サッサと戻った方が治る確率も高い」
「どこまでも復讐中心だね。退屈なやつ。」
「金の亡者に言われたくねえよ」
だが互いの口から湧き出る言葉は、直ぐに憎まれ口へと変わった。
『星群』という楔があるから協力しているだけで、そもそも性格があっていないのだ。
だがその声は、以前とは違って本物の嫌悪は宿っていない。
まるで兄弟がじゃれ合うような、軽口でしかなくなっている。
どれだけ合わない相手でも、限界まで共に追い詰められ、協力して乗り越えれば少しは情が湧く。
言うなれば吊り橋効果の究極系だ。
勿論、元の性格があまりにも合わない上に、お互い性愛というものに一切興味がない人間なので恋愛関係になることはありえないが、それでも奇妙な縁は結ばれた。
イチトは一切疑わず、ただニコラに手を引かれるがままに走る。
そしてニコラも、余計な指示は出さずに、いつもより大きく飛び跳ねるだけで障害物を知らせる。
言葉を使えば反目する二人には、それぐらいの距離が丁度いい。
「へえ、息ぴったりね」
「「はあ!?」」
「ほら、ぴったり」
何も言い返すこともできず、二人は不機嫌そうに顔を顰めたまま宙域までの道を走り抜ける。
「あ、そうだ!技名!」
「は?」
ニコラが突然上げた素っ頓狂な声に、位置とは反射的に疑問を示してしまった。
「技の名前だよ、名前!ほら、手で指示する、じゃあ格好つかないでしょ。なんかカッコいい名前つけようよ!」
「どうでもいい。実用性が第一だ」
「面白みのない男。いいよ、そんじゃ私一人で考えるし」
「勝手にしてくれ」
暫く静かな時間が続いたが、イチトはゆっくりと口を開いた。
「そうだ、言ってなかったな、ありがとう」
「……?そんな技名欲しかったの?」
「違う。死にかけた時、助けてもらっただろ」
「ああー、そうか。」
目は見えずとも、周囲から人の声が聞こえ、それにニコラとヴィーシが反応していないことから、既に宙域本部が近いことはわかっている。
イチトはそんな衆人環視の中でわざわざ遊びに付き合ってやるほど優しくはない。
「あら、技名つけるって発想、面白そうだったのに。やらないなら、私はもう行くけど。いい?」
完全に安全地帯に入ったようで、ヴィーシは少しだけつまらなさそうに低くなった声で二人に問う。もちろん、答えがなんであろうと、即座に何処かへ行くつもりだが、一応形として聞いた程度だが。
「勿論だよ。あんがとね、ヴィーシ」
「俺からも、感謝する」
「感謝は行動で示して。治ったらまた話をしましょう」
ヴィーシは最後まで一切ブレない態度で、風とともにどこかへ跳び去っていった。
「そんじゃ嚮導はここまで。あとは医療班にでも見てもらってよ」
ニコラは安全地帯に入ったことを確認すると、イチトの手を離した。
だが、二人は忘れていた。
これまで、相当激しい動作を繰り返していたことを。
そして精神にも、これまでの人生で負った中でもトップクラスに負荷がかかっていたことを。
そして今立っていられるのは、『星群』のおかげだということを。
「「ーーーー!」」
言葉も出せぬまま、二人は地面へと崩れ落ちた。
体がとてつもなく怠い。指の一本を一ミリ動かすことすら億劫だ。
クラーテルを殺した直後は興奮と戦場の緊張で感じなかったが、間違いなく安全な場所にたどり着いたことで疲労と心労が吹き出すように全身に広がった。
「う、あ」
「ぐ……」
抵抗する暇などなく、二人は硬い地面の上で人生で最も深い眠りについた。




