決着
「短距離通信ってことは、近くにいるな。丁度クラーテルに襲われて死にそうなんだ。悪いが二人助けてくれないか」
『面白そうね!もちろん良いけど、多分一分はかかるわよ?持ちこたえてね』
「わかった。さてと、ニコラ、それまでにあいつを片づけるぞ」
「んえっ!?助け呼んでんのに倒すの!?」
「戦えないって思ってたのは、帰ることを考えてたからだ。それに音止んでるの、相当デカい一撃を用意してるからだろ?一分待ってたら死ぬ」
ニコラは押し黙った。
イチトの予想は全て当たっていた。数え切れない刀が上空に漂っている。
今も増え続けるそれが一分後、一度に放たれたら、間違いなく二人の命はない。
「ま、どの道死ぬならやるっきゃないね。早速背中について。走る速度は合わせてね」
「それは断る」
「はあっ!?だったら何、失明ホヤホヤの君を前にするってわけ?最後君が止めをさすために?」
「そういうことだ。そっちのほうが、生き残る可能性は高い。だから今は、俺を従わせてくれ」
奇妙な言い回しに、ニコラも一つの方法が思い当たった。
普通なら絶対に不可能であろう、異常な作戦が。
だが、それができるかもしれないということを、ニコラは身をもって知っている。
「……本当、無茶だね」
「ああ。少し反省してる」
「もっと反省しな。そしてニコラ様の慈悲に感謝して咽び泣け」
ニコラは冷や汗を流しながらも、不敵な笑みを浮かべてとんと、背中を叩いた。
どくん。
手が触れ、『星群』が発動する。
体のすべてが戦うために作り変えられる。
血液が普段の倍体に注がれたかのように、力が、心臓が暴れだす。
触れた背中は焼けそうな程に熱く、だが決して痛みはない。
むしろ高揚感が、二人の体を包んでいた。
「任せたよ?」
「ああ。信じるぜ」
二人は、いや、一つは壁から飛び出し、一直線にクラーテルへと突っ込んでいく。
だが当然そこには、喰らえば人の形すら消え失せる量の刃が存在していた。
そしてイチトは目を……見開かなかった。
かわりにニコラは普段以上に目をひん剥いて、位置との腕の下から迫りくる刃を見極める。
直後、刀の群れと接触する。
ギャチチチチチチチチチッ!
ミキサーに掛けられた氷のように、不愉快な音が撒き散らされた。
クラーテルはそれを聞き、敵をすりつぶしたことへの満足感に浸っていた。
だが、即座にその満足は崩れ去る。
音が止まないのだ。
これだけの量、刃物をぶつけられても生きていられる人間なのいるはずがない。
それでも奇妙な音は響き、どころかジワリ、じわりと迫りくる。
「な、んだこれは」
汗のしずくが浮かんだ。
認めたくない。だが、それ以外で説明できる気もしない。
生きている。
目も見えないガキと、何もできないガキが、何故か今でも生きながらえている。
人体に影響がない骨はすでに使い切ったのに。
「どう、なってやがる」
もとから止められるような量ではないが、目が見えなければまず論外だ。かといって、目が見えるのは力不足の女だけ。絶対に破られることはない。そのはずだった。
だが現実に、耳障りな摩擦音は絶えずそこに存在している。
「何でっ、生きてやがんだよおおおっ!」
生み出した全ての刀が弾き飛ばされていた。
同時に出せるだけの刀では足りないからと、事前に準備していた骨の塊すら解けて消えていく。
工夫も、捨て身も、無意味。速度と精度を何処までを高め、イチトは見えるはずがない飛来物を全て叩き落とす。
「仇を討つ前に、死ぬわけがないだろうが!」
「たかが根性で俺の全力を止めるな!もう、いい!ぎぎぎぎぎぎいいいいっ!殺す、お前らは、絶対に!この命に替えてもだっ!」
狂ったように叫ぶと、クラーテルは自分の足の中に刀を生成し、肉ごと地面に突き刺した。
そして体を支えるという役目を失った足の骨を、全て戦いに注ぎ込む。
すると骨の量は一定だが、空を進む速度がぐんと増す。
防ぎきれず、イチトの体にもざくりと、大きな切り傷が刻まれた。
「っ、速くなってる!?」
「ニコラッ!集中しろっ!」
「っ、了解!」
「なんだよ、随分と簡単だなあ!?お前が手で、女が目かっ!」
刀を防いでいるのはイチトのみ。ならばニコラに対して集中しろと吠え立てるのは、無意味だ。
戦闘時に、息を吸う暇もない猛攻を受けつつ吠え立てたならば、必ずそこに意味がある。
潰れた目のことを考えれば、方法は至極単純。
ニコラは目となって迫る刀の位置を伝え、イチトが力でそれを吹き飛ばす。
即ち互いの視力と腕力を組み合わせて、二人だからこそ可能な迎撃を行っているのだ。
クラーテルは、言葉とは裏腹に恐怖を感じていた。
単純な発想だが、それを実現するにはどこまでも正確に敵の攻撃を見抜く目と、激痛と死の恐怖を常に感じつつ完璧に指示をこなす腕が必要。
つまり今生き残っているこの二人は、それが完璧にできているのだ。
それも、背中をなぞるという原始的な方法で。
「しかし、随分と無様な姿になったね!足に刀なんか刺したら、逃げられないんじゃないのお!?」
「逃げる!?馬鹿かお前らは!ここまでコケにされて大人しく引き下がるわけがねえだろ!」
「全部お前が撒いた種だろ!」
イチトは骨片で潰れた目を強引にかっ開き、血に濡れ、歪んだ視界の中に、殺すべき敵を見据えた。
そして手をその怒りの丈を込めて握る。
ニコラも呼応し、背中に添えた手をより広く付け、逆の手を構えた。
「覚悟しなよ、クラーテル・ノイオ!今からお前を」
「「死刑に処す!」」
「頭蓋の隙間も埋まってないガキが、覚えたての言葉で粋がってんじゃねえ!見えてても到底防げない速度と量で!骨も残さず消し飛ばしてやらあああああ!」
確実に二人の息の根を止めるべく、クラーテルはその背骨すらも刀に変えて、射出した。
破壊の概念そのものとなった骨の群れは、地を抉り、前に出された刀すら粉々に砕いてたった二人の命を奪う為に進む。
「骨も残ってねえのはお前の方だ!」
「赤ん坊の頭蓋の隙間は、成長する為にあるんだよ!」
ギャチチチチチチチチチチチチチチチチチッ!
耳を劈くような音を立て、二人は骨の塊に飲み込まれた。
そしてその体は即座に削れ、粉々になる。
はずだったが、何故か音が止まない。同じ位置で火花が舞い続ける。塊が、砕けていく。
「おか、しいだろうがっ!」
文字通り全てを使った。
大腿骨も、背骨も消し飛ばし、体は体内で生やした剣で支えている。
それはつまり、体中の神経に直接刃を突き立てるのも同じ。
痛みで意識が朦朧とする。
だが、それだけ捧げてもまだ、刃は届かない。
目が見えもしないガキと、非力なガキでしかないのに、たった数センチの切り傷を頸動脈につけることすらできない。
「なんで届かない!?なんで防げる!?どうして、そんな不確かなやり方で、俺のすべてが潰される!?」
必死だ。全力だ。もう、頭蓋骨ぐらいしか骨はない。
もう生き残る希望なんてとうに捨てた。
それでも、たった一つの剣ですら、届きはしなかった。
「残念だったね骨なし野郎!」
「っ!?」
「手使って指示出すのは、もう経験済みなんだよっ!」
「そ、んなことで納得できるかあああああっ!!!?」
目は潰された。音は金属音で伝わらない。だが二人は、たしかにその肌で繋がっている。
その感触が、両目を失った復讐者を目的へと導く。
まるでケダリオンが、失明したオリオンを導いたかのように。
「諦めろ。お前じゃ俺には勝てても、俺たちには敵わない」
「ふざけるなあああああああああああっ!!」
手を掲げる。
だが、もう空中に刀が浮かぶことはなかった。
対価となる骨が、もう存在しないのだ。
「はっ、あっ、嘘だっ」
最後の刀が弾かれる。
頭蓋骨が消え失せた顔は、溶けるように形を失っていく。
迫りくる二人を止める術は、どこにも残されていなかった。
「やめろおおおお!」
「あばよ」
すぱんっ。
骨の消えた首は、迫る刃をほんの一瞬たりとも留めることができなかった。
真一文字に刀が動き、それを追うように血が吹き出した。
その勢いで首も空高く舞い上がり、新鮮な血の香りを辺り一帯に広げる。
クラーテル・ノイオの命は、そこで尽き果てた。




