『星群』持ち同士の死闘
「死ぬ前に手でも繋ぎたかったかあ!?」
クラーテルは叫び、刀を構えて突貫する。
だがそれは侮られたことへの怒りから来た行動ではない。
恐れたのだ。
何本も骨を折られ、逃げ惑っていた少年の目に覚悟が宿ったことに。
屋上から飛び降りた少女が怪我の一つも負っていないことに。
この状況にも関わらず繋がれた手に。
不安を断ち切る為の、全力の速度を乗せた突き。
切っ先はイチトの顔の中央に向かって突き進み、当たる直前で止まった。
幾ら力を加えようともびくともしない。その刀身をイチトが握って止めているせいで。
「っ!『星群』隠し持ってやがったのかよ!」
クラーテルは悪態をついて刀を手放し、銃を引っ張り出す。
構えると同時に引き金が引かれる。だがその瞬間、下から銃口に当たった何かが軌道を変えた。
「づあっ!?」
衝撃で銃は手から離れ、砂に塗れながら地面を滑る。
弾丸は想定より大幅に上を飛んでいき、ビルの外壁を穿った。爆音が響き、コンクリートの破片が降り注ぐ。
そして眼前には刀の柄。
下から銃を跳ね上げた刀は、そのまま宣戦布告するかのようにその場に居座っている。
クラーテルは気圧され、後退る。靴底と砂利が擦れて音を立てた。
「隠してたわけじゃねえ。使えなかったし使いたくなかっただけだ」
「だったら使わず死んどけよ!」
吹き飛ばされた銃に飛びつき、手を伸ばす。クラーテルは銃を強く握りしめ、構える。だがその手の中には銃は無い。
どころかその右手には指が二本しかついていなかった。
「あ!?」
とめどなく血が溢れる。無い。中指から小指の先が消え失せている。先端からは骨がむき出しになり、潰れた肉の隙間から何本か神経が覗いている。
反射的に傷口を抑えるが、刺すような痛みに襲われて直ぐに手を離した。
だが離したところで痛みは消え無い。むしろ刺激が増える分、触り続けるよりも酷い痛みが襲った。
「ああああああああああ!?」
困惑と痛みがクラーテルの頭を埋め尽くす。
何が起きた。何故俺の手から銃と指が消えている。
状況把握の為に銃が転がっていた場所を振り返ると、そこには血に塗れた銃と三つの肉片が転がっていた。そしてその真横には血に塗れた刀が地面に突き刺さっていた。
「俺の、指!」
左手で切れた指をつまみあげた。断面から断末魔のように血が吹き出す。赤く染まった塊は、ぶにぶにとした肉の気色の悪い触感をクラーテルの指に伝える。醜い断面は、切れない刀で力尽くで押し切られたことを示していた。
「指だけで済むと思うなよ」
クラーテルは声の方へと振り返る。そこに立つのは刀を投げ、指を切り落とした張本人。
「覚悟しろ犯罪者」
イチトは一段と目をいからせ、殺意を向けた。
「お前を今から、死刑に処す!」
「何偉そうなこと言ってやがる警察崩れが!」
クラーテルは地に刺さった刀を抜き、激情をぶつけるかのような一撃を放つ。
だがその一撃が届くことはなかった。
「私を忘れてない?」
そう言ったニコラの手には、振った刀が握りしめられていた。
「人の刀を好き放題触ってんじゃねえよっ!」
クラーテルは持ちうる力全てをもって押す。しかしニコラの細腕はびくともしない。
「か弱い女の子に力で負けるの?なっさけないよ!」
ニコラは上段蹴りを繰り出した。いかにも素人といった酷い蹴り。だが異常なまでに強化された体による蹴りは、素人の動きだろうと不可避の一撃となる。
刀を手放し、両手で顔を守ろうとするが一歩及ばず、クラーテルの顔に蹴りが炸裂。
したように見えたが当たる寸前で足が止まる。
顔と靴底の間に、半透明でわずかに弾力のある、奇妙な壁が突として現れた。
「えっ!?何コレ!」
「こいつの『星群』だ!手榴弾でもぶっ壊せねえ防御壁!」
「強すぎない!?バカ硬いじゃん!」
手榴弾ですら防ぐ防御など、『星群』を使おうと二人に壊せるような代物ではない。
もし、これを張って逃げられたら。もしくは、これで檻を作るように囲まれれば。
それだけで、二人の勝利は消え失せる。
だがクラーテルは逃げずに、二人に左手を翳した。
するとぐにゃり、と手が落ち始めた。
まず手首が折れ曲がる。その後、曲がる位置は波が伝わるようになめらかに移動し始める。
それは骨も関節も無視し、腕を駆け上がっていく。数秒もすればその曲り目は肩まで達し、クラーテルの腕は力なく垂れ下がった。
「ああああああああああああっ!クソっ!痛えっ!だから使いたくなかったんだ!」
「何、腕がぐにゃって、どういうこと!?」
「っ、対価だ!多分こいつは、骨を使って防御張ってやがるんだ!」
「えっ、でもさっき骨減ってなくなかった!?それに盾残ってるよ!?」
「はっ、軟骨が消えても手は曲がらねえよ!」
何も無かった空中から突然、刀が現れた。
それも一つや二つではなく、視界を埋め尽くさんばかりに大量の刀が。
なまくらになる前のドスと全く同じ形状の、白い刀がクラーテルの周囲を囲んでいく。
「軟骨は防御で、硬骨は攻撃か!」
「分析してる場合!?数やばいよ、どうすんの!?」
「骨を惜しむのはもう終わりだ!俺の国を、部下を、指を奪ったお前らの、全てを奪い尽くすために!俺の骨全部全部全部使いきってやるよおおおおおおお!」
骨という支えを失った腕を、筋肉だけで無理矢理上げ、二人に向けて掲げる。
すると目にも止まらぬ速度で、骨の刀が銃弾のように射出された。
そして同時に、目の前にそびえていた白い半透明の塊が消滅する。
「避けて、近づいて、殺すぞ!」
「無茶でしょ!まあでも、やるっきゃないか!」
ニコラは手を一層強く握りしめた。イチトは少し意表を付かれたような顔をしたが、すぐに手を強く握り返した。
「「たああああああああっ!」」
風を切り、ついでに首をも切り落とそうと迫りくる刀を避ける、避ける、避ける。
そして降り注ぐ骨刀の雨を掻いくぐって更に距離を詰める。
「避けてんじゃねえぞ馬の骨どもがっ!」
当たらない事に焦ったのか、クラーテルは生み出す骨刀の量を限界以上に増やす。
肋骨や背骨に至るまで、宣言通りに全ての骨を惜しまず使い、延々と新たな刀を生み出す。
増える。増える。増える。一本、また一本と刀が生み出される。その度、生み出す速度が上がっていく。
「どんどん増えてないこれ!?」
「『星群』の扱いに慣れてきてやがる!」
「はあっ!?んじゃ時間かけるほど強くなるの!?」
「多分な!」
「ヤバいじゃん!なら、止めないと!」
「ああ。とっとと仕留めるぞ!」
「仕留められんのはテメエらの方だああああ!」
大量の骨刀が迫る。その圧倒的な物量は、二人から回避という選択肢を奪う。
「うっひぃっ、やっばい!どうしちゃう!?」
「決まってんだろ、迎え撃つ!」
「ゴリ押しぃ!?」
だが二人は諦めない。地面に突き刺さった骨刀を手に取り、力強く地を蹴った。
迫る。刀と呼ぶには相応しくない、物量で押し潰す為の武器が。
大砲のように打ち出された、骨から作られた塊が。
「くたばれクソガキどもがああああ!」
触れた。塊が二人の持つ刀に。
直後、堰を切ったように金属音が鳴り響く。
骨が擦れ合う不快な音を奏でながら、二人は刀を振るい、塊を削ぎ落としていく。道を塞ぐ骨刀を、右へ左へ吹き飛ばし、足を止めることなく突き進む。
「「はあああああああああああ!!」」
叫ぶ。塊を吹き飛ばすように。
「させるかよおおおおお!!!!!」
クラーテルは骨がないはずの手を握りしめた。それに応じ、広範囲を襲っていた骨刀がその現れる範囲を狭める。
より狭い範囲に打ち込まれた刀は密度を増す。
弾きようもない、土石流にも似た骨の流れが二人へと迫りくる。
弾けども弾けども、その奥から新たな刀が湧き出し続ける。
「うわっ!?やばいってこれやばいやばいやばい!」
「ぐっ!まだギア上がんのかよ!」
足が止まる。勢いを増した骨の波は、振るわれる刀の合間を縫って、二人を掠めて行く。
一つ、また一つとすり抜け、服ごと肌を切り裂く。防刃繊維でできているはずの制服が、紙同然に。
切り傷が全身に刻まれる。吹き出す血が骨刀を赤く染め上げた。それでも攻撃は終わらない。
「まじで死ぬ!!!どうにかしてよイチト!」
「できるならやってる!」
「何か持ってないの!?さっきの爆弾とかさあ!」
「精々ナイフが一つだけだ!今更何の役にも……」
イチトの声が止まる。ナイフ。このナイフは、防刃繊維でできた制服を切れる。
「俺のナイフで服を切って、背中に穴を作れ!」
「服ゥ!?それに両手塞がってんだけど!打ち返すの止めてハリネズミ転生しろってワケ!?」
「俺の背中に隠れてやれ!」
「ん!?まあ、できんことは、ないか!しっかり守ってよ!」
ニコラは刀を前に投げ、少し向かってくる骨を減らしてからイチトの背後に隠れる。
そして空いた手でイチトの懐からナイフを取り出し、イチトの服を切り裂いた。
背中を覆っていた布は消え去り、筋肉質な身体が覗く。
「やったよ!どうすんのこのあと!」
「そこに手を当てて、ナイフ渡せ!」
「そゆことっ、了解っ!!!」
威勢良く返事したニコラはナイフを軽く上に投げて浮かせた。そして繋いだ手を解くと同時に、全力の張り手をイチトの背中に叩き込む。
どくん。
背中と手。触れ合った場所から力が流れ出す。
手を繋いでいた時とは異なる流れ方だが、間違いなく二人は繋がっていた。
心臓の真横に新しく心臓を植え付けられたように、何も無いはずの場所が鼓動する。
最初は周期が全く違った二つの鼓動も、時間を経るにつれ一つになっていく。
そして二人は、目を見開いた。
ニコラは落下するナイフを掴んでイチトに握らせた。
「これでいいの!?」
「ああ!」
「おっしゃ!いっけええええっ!」
ニコラは両手を重ね、背中を全力で押す。イチトは倒れそうになりながらも前進する。
速く進む程に、押し寄せる刀の勢いは増していく。しかし今までよりも密度の高い剣戟に、一つ残らず弾き飛ばされる。
「なんでだよっ!死ねよ!俺がこれだけ骨を使ってやってんのに、何生きようとしてんだよ!」
クラーテルの顔は真っ青に染まっていた。怒りで覆い尽くしたはずの恐怖が、今更になって溢れだしたのだ。
「そっちこそ、そんだけ骨使っちゃそのうち死ぬでしょ!骨折り、いや、骨消し損のくたびれ儲けってことで、諦めて死んで!」
「クソッ!限界まで使って、なんで何も失ってない奴らなんかにっ!早く消えろ!俺に近づくなぁぁっ!!」
クラーテルは自棄になって骨刀をばら撒き、二人を近づけまいとする。
だがイチトの速度は全く緩まない。全てを吹き飛ばして前進する。
骨刀の隙間からそんな二人の姿が覗く度、背骨を氷に入れ替えられたように全身が震える。
「くっそがあああああ!!!!」
クラーテルが叫ぶと、増える一方だった骨の本数が減った。
「っ!?」
違和感。しかし二人の速度は、思考を置き去りにしていた。
反射的に、イチトは数が減った骨刀を弾き飛ばす。
だがその骨刀は、イチトを押し返すことも、弾き飛ばされることもしない。
その代わりに、砕け散った。
粉砕骨折の如く、骨刀は無数の小片と化し、正面に立つ少年の体に深い傷を刻んでいく。
そしてその一部は、目に飛び込んだ。
「ぐっ!」
骨片は無遠慮に眼孔を荒らし、イチトの眼球を潰した。
「どしたのイチト!?」
「目を、やられたっ!」
「ハッ!骨粗鬆症だっ!うぜえ雑魚をハチの巣にするぐらいしか使えねえと思ってたが、案外使えるもんだなあ!いや、お前が雑魚なだけかぁ!?」
咄嗟の機転で死を回避したクラーテルは、勝ち誇ったように笑い、止めを刺すべく大量の骨を撃ちだす。
ニコラはイチトを抱き寄せ、一気に下がってそれらを避ける。それでも何本かは二人の体に突き刺さり、激痛をもたらした。
素早く壁の後ろに隠れるが、貫通した穴から血が漏れ出すせいで場所は即座にわかる。
次から次へと壁に剣が刺さり、息を整える時間すら与えてくれない。
「いっづ……悪い、油断した」
「まー今のはしゃーないよ。それより、逃げるぐらいはできるよね?早めに戻んないとお互い死ぬし」
「向きを触って指示してくれれば、もしかしたらってところだ。今回ここまで追い込まれたのは俺のせいだ、壁にしてくれてもいい」
「考えとく。んじゃ、さっさと帰っちゃうか!」
だがその瞬間、懐のタブレットケースから音楽が響く。通信を切断された今届くということは、近くからの連絡。場合によっては救助を要請できるかもしれないと思い、繋ぐ。
『ごきげんよう、イチト。ヴィーシよ、元気?残りの手配犯の数を確認したいんだけど』




