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死ねない

「また、ここか」

 イチトは肺から単語を押し出すように言った。

 方角も何も考えずに走ったせいで、元の場所に戻ってしまった。


 周囲にクラーテルの気配はないことから、恐らく逃げ切ったのだろう。


 それでもまだ危機は脱していない。今のイチトは肋骨が折れ、足は痙攣し、腕には大きな痣ができ、呼吸も整っていない。まさに満身創痍と言うに相応しい状況だった。


 まだどうにかしようがある呼吸を平常に戻す為、無理矢理肺の中の空気を吐き出す。

 何度か繰り返すと呼吸は少しずつ、といっても誤差の範囲ではあるが、落ち着いていった。


 呼吸が落ち着き、周囲に静寂がもどりつつあった時、それを壊すように軽快な音楽が腰の辺りから流れ出した。

 タブレット端末の、デフォルトの着信音だ。


「電波、あるの、かよ」

 未開拓の衛星は、基本電波が通じない。だが実際着信音は鳴り響いている。

 イチトは少し考えたものの、救助を呼べる可能性に賭けて繋いだ。


「やっほ〜元気ぃ〜?」

 画面に映ったのは、白髪の少女ニコラだった。この状況で一番連絡する動機がある人間は他にいないのはわかっていたが、それでもイチトは、誰よりも話をしたくない相手からの通話に落胆した。


「何の、用だ」

 心底不快ではあったが、面倒を早く終わらせる為に仕方なく返事をする。

 すると画面の中の少女、ニコラはにこぉと笑った。


「いやー、無様にやられたっぽいし、試しに連絡取ってみたわけですよ」

「電波、通じてるのか」


 救助を呼べるか。もはやイチトの興味はそこにしか注がれていない。

 しかし画面の中のニコラはふるふると首を横に振った。


「いんや全然。これは短距離通信にしてるから通じるだけ。動画サイトも開けなくて、暇なんだよね」

「二度と、かけて、来るな」

 通話終了の文字へと手を伸ばす。


「待った。別につまんない話のために通信したわけじゃないよ」

「なら、用件を、言え」


 イチトの返しを聞いたニコラは、今までよりも更に悪辣な笑顔を浮かべ、言った。

「もし君が私に土下座してお願いするっていうなら君に力を貸してあげるよ」

「何を、言ってやがる」


「見たよ、さっきの戦い。手榴弾使っても殺せなかったね。もう手札は無いんでしょ?だから敵から逃げて来たんでしょ?それで力が、『星群』が必要なんでしょ?」


 図星だった。

 戦闘を見た上に、短距離通信での連絡。ニコラは、最初からこの事態を予想して、イチトの後ろをつけていたのだ。


 そして一人ではどうしようもない状況で手を差し伸べ、恩を売るついでに戦果を挙げようとした。


 予想はこれ以上ないぐらいに完璧に的中。

 筋書通りの展開に、笑わずにいられる人間はそう多くはないだろ。


「考えてもみなよ。相手は多分、というか間違いなく『星群』持ってるんでしょ?それならこっちも『双騎当千』無いと流石に勝てないって」


「だろうな」

「おっ、今日の君は話わかるねえ。ほらほら、善は急げって言うし、早めに合流して指名手配犯チャッチャとやっつけよ!」

「嫌だ」


 ニコラの表情が固まる。断られるとは夢にも思っていなかったと言わんばかりの反応だ。

「えっと、なんで?」


「これは俺の復讐だ。俺一人で始めて、俺一人で終わるべき問題で、お前には関係がない」

「仇は今戦ってる奴じゃないんでしょ?ならちょっとぐらいいーじゃん」

「ああ。だが、この程度も倒せないようじゃ、仇になんか勝てるはずがない」


「でも、結局一人だと負けてるじゃん」

 返す言葉もなかった。不意をついておきながらクラーテルに負け、全力で逃げに徹してここまできたのは、まぎれもない事実だった。


 だが改めて突きつけられて平然としていられるほどには、その事実はイチトの中で消化しきれていなかった。

「煩い」


「無理なんだよ、君には。本当はわかってるんじゃないの?このままじゃ、一人じゃ仇なんて討てないって」

「黙れ」


「君の仇は間違いなく『星群』持ってるよ。逃げるだけならまだしも、殺人して正体すらわからないなんて絶対ありえない。今が前近代で、犯人が偉い人なら庇えたかもしれないけど、今はどう考えても無理。正直化け物だよ。そんな相手に君は生身で挑むの?無理だよね。負けるよね。復讐なんてできるわけがない」


「黙れって言ってるだろうが!」

「黙らないよ」

 イチトは端末を地面に叩きつけ、力尽くで通信を切った。

 衝撃で端末は液状に戻って飛び散り、地面に黒い水溜まりを作り上げる。


 そこに映ったイチトの顔は酷く歪んでいた。


「クロイ・イチト!」

 声が聞こえると共に、黒い水面に映るイチトの顔の横に小さな人影が現れる。

 振り返って見上げると、そこには屋上の縁に足をかける少女、ニコラの姿があった。


 その顔からは、いつものニコッとした笑顔は消え失せ、真剣な眼差しがイチトを射抜く。

「私と二人で戦うか、一人で足掻いて死に絶えるか、選べ!」


 張り裂けんばかりの叫び声が辺りに響き渡る。その声はイチトの耳にはっきりと届いた。

「ふざけんなよ……」


 歯の擦れる音がするほど強く歯を食いしばった。

「ふざけんじゃねえ!クソッ!何が『星群』だ!何が一つになるだ!手繋いで戦えってのか!?筋肉も、技も、全部全部全部満足に使えない!鍛えた意味なんかねえじゃねえかっ!」


 心に抑え込んでいた不満が、遂に爆発した。

 五年前に両親が殺されてから、イチトは復讐の為に全てを捧げてきた。


 その結果、素人相手なら七人同時に相手できる程の、圧倒的な力を手に入れた。


 だがそれは『星群』によって一瞬で何の価値もない技術となった。


 受け入れられる筈がない。

 十五年生きた内の、五年。人生の三分の一を賭けたものが、一瞬で崩れ去る。


 そんな理不尽を再び受け入れられるほど、少年は大人ではなかった。


「俺はっ!仇をっ!討つんだよっ!この手で、間違いなく俺がやったって言えるように!なのに、何で二人でしか使えねえ『星群』なんだ!なんで俺は、こんなに弱いんだ!」


 一度溢れだした、感情の言葉は、もう止まることなく溢れ出し続ける。


「なんでっ、お前なんかがいないと強くなれないんだよっ!」


 全てを捨てて、必死で鍛え上げた。体も、技術も、全ては復讐のためにある。

 だというのに、『星群』が絡めば少し運動神経が良いだけの少女にすら圧勝できない。

 『星群』を持っただけの犯罪者にすら殺されかける。


「こんなことなら、『星群』なんていらなかった!」

 ニコラは表情を一切変えず、その叫びを聞いていた。


「みつけたぞクソガキィィィィ!」

 耳に、突如罵声が飛び込む。

 声の主はクラーテル・ノイオ。二人の大声を道標に追って来たのだろう。

 怒りで我をわすれているようで、立ち尽くすイチトの命を刈り取らんと全速力で近づく。


「クソッ!クソッ!クソッ!なんでっ、何でこんなに上手く行かねえんだよっ!」

 声の限り吠える。思い通りにならない世界への怒りを、肺の空気と共に吐き出し続ける。

 その間もクラーテルとの距離は縮まっていく。


「もう選ぶ余地なんてねえじゃねえか!」

 もはや死は眼前に迫っている。認めるしかない。努力は無価値だったと。

『星群』は、五年にも渡る努力すら凌駕する力だと。


「また何もできずに終わってたまるか!」

 家族が死んだ時、イチトは何もできなかった。

 現実を受け止め切れずに立ち尽くし、網膜に光景を写し続けただけだった。


 冷たくなっていく家族を抱きしめることも、家族の為に涙を流すこともしなかった。

 ましてや犯人を見つけようなどという考えは、脳裏に浮かぶことすらなかった。


「俺は絶対に復讐を成し遂げる!!」

 だからこそ、イチトはもう止まれない。


 止まって、何もできなかった自分に戻らないために、復讐に向かって突き進み続けなければならない。

 道半ばで死に、永遠に動けなくなることなど、以ての外。


 クロイ・イチトはまだ死ねないのだ。

 まだたった一つのやるべきことも満足にできていないのに死んでいい道理なんてない。

 死んで、止まって楽になることなんて許されない。


「だからっ……こいつを殺す為にっ……!」

 本当なら絶対に頼りたくない。だがそれでも今選べる道は他に存在しない。


 手が震える。吐き気がする。それでもやらなければ、死ぬ。

 感情を覚悟で抑え込み、左手を空高く掲げる。

 声を一段と張り上げて叫んだ。


「俺に、力を貸してくれっ、ニコラっ!」

 悔しさをにじませた、衛星全てに届かんばかりの敗北宣言。

 情けないことこの上ない、負け犬の遠吠え。

 それを聞いたニコラは僅かに笑みを浮かべた。


「土下座ではないけど、まあ仕方ないか」

 屋上から一歩踏み出す。そこにはニコラの体重を支えるものは何もない。

 体は重力に引かれ、縁にかかった足を中心に回転しだす。


「しっかり受け止めてよ、イチト!」

 落ちた。いや、飛び降りた。真下に立つ少年に向かって。

 空気抵抗もものともせず、何よりも速く落下する。

 そして天高く掲げられた左腕に向かって、右腕を伸ばす。


 手が、繋がれた。


 直後、落ちてきた少女は地面と衝突して爆音と土煙を上げる。


 距離を詰めていたクラーテルは、煙と風圧に圧されて足を止めて目を腕で覆う。

 程なくして風が止んだ。


 そこには二つの人影があった。

 落下の衝撃など無かったかのように、平然と立つ二つの影が。


 どくん。


 繋いだ手が脈動する。生まれた力は細胞を通り、腕へ、脚へ、躰へと行き渡る。

 二人の肉体はお互いに浸潤し合い、ありとあらゆる境界を取り除いていく。

 呼吸はとうに揃った。皮膚も間もなく融合する。血液すらも混じり合う。

 一つに、なっていく。


 そして二人は目を見開いた。


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