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「爆破したら、何だ?」

 イチトは尊大に振る舞い、挑発する。現実から目を背けるように。


 イチトにとっては最悪の展開だった。持ちうる限り最大の威力の攻撃が無傷で防がれた。

 その上未だに足は万全とは程遠く、目の前の化物から逃げ出すことすら難しい。


 死が、目前まで迫っている。


「やっぱりテメエかクソガキ。死体のくせに爆弾なんか投げつけやがって。どうしてくれんだ?部下が木っ端微塵になったじゃねえか」


「お前が守ってやればよかったんだろ。随分便利な力使えるみたいだしな」

「あんな使い捨ての為に使えるかよ」


 『星群』を持っていることを隠す気はないらしく、あっさりと認めた。

 額面通り受け取るなら、部下を失ってでも使いたくない程代償が大きいのだろう。


 事前に『星群』を持つという情報が得られなかったのも、対価を恐れて滅多に使わず、噂の立ちようがなかったからだとすれば辻褄は合う。


 だがそうだとしても、結局あの規模の爆発を防ぐ『星群』があることには変わりない。

 手榴弾の威力は過剰だと評したのは、間違っていた。


 『星群』持ちを相手にするなら、あの威力程度では不十分だったのだ。


「だいたい、俺の質問を無視すんじゃねえよ。どうしてくれるんだって聞いてるだろうが。最低限命をもって償えよ」

「知るか。償うべき罪は、お前にもあるだろ。今すぐ死ね」


「この星では俺が王で、法だ。便利な部下が死んだのがムカつくからお前に死ねって言ってんだ。死ねよ」

「自殺したらどうだ亡国の王。死ねばもうムカつくこともない。まさか天国や地獄をこんな歳になってまで信じてるわけでもないだろう」

「あー、もういい。普通に殺しただけじゃ、収まらねえ」


 クラーテルは弾の切れた拳銃を懐に入れると、代わりに鍔のない刀を取り出し、刃先をイチトに向けて構える。

 吸い込まれるように美しい刀身は、その切れ味の鋭さを予感させる。


「精々、情けなく泣いて楽しませろ」

 クラーテルが動いた。真っ直ぐに最短距離を駆け、刀を突き出す。


「断る」

 イチトはそれを難なく躱し、刃の側面にナイフを押し付けながら更に距離を詰めた。


 刀を持つ手に、ナイフが迫る。

 クラーテルは刀を手放すと、蹴りを繰り出す。

 回避は間に合わないと判断し、大仰に後ろに跳ねて威力を殺しつつ受け止めた。


 すると即座に、宙を舞っていた刀が振り下ろされる。

 イチトはナイフを背を上にして掲げ、受け止める。

 ガキィン!


 触れ合った場所から火花が迸り、金属音が鳴り響いた。イチトは怯む様子もなく、ナイフを刀に沿わせて前進する。

 擦れ合う二つの刃は不快な音を撒き散らし、お互いを削り合う。そしてナイフの刃が手に迫った。


 クラーテルは顔をしかめながら素早く右に跳び、手を守る。

「お前に選択権はねえんだよ」

「命令される筋合いはない」


 また二人は睨み合う。刃物で切りかかっておきながら、大きな怪我はない。

 だが逆に言えばこの程度では決定打に成り得ないということだ。お互い、表情から余裕の色が消える。


 空気が一段と張り詰めた。クラーテルは先程と同じように刀を正面に掲げる。同じように掲げた筈だが、その刃の輝きは切り合う前より劣っていた。

 違和感を覚えて刃を見ると、その一部が潰れていた。


「てめえ、わざと背で受けて潰しやがったな」

「お前の使い方が悪いだけだ」


 刀の利点はその切れ味とリーチだ。

 つまり刃を潰せばその威力は半減する。

 そこでイチトはナイフの裏で刃を削ることで、自分の武器は失わず、相手の武器のみを無効化した。


「苦労して手に入れた業物を……お前、存在が迷惑だな」

「犯罪者がそれをいうのか?」

「ああ?何宙域がいい子ぶってんだ?お前らのがよっぽど人殺してんだろうが」


「そうでもしないと、いつまでもクズが増え続けるだろうが」

「そんじゃ減らしてみろよっ!」


 クラーテルは鉄の塊と化した刀をイチト目掛けて振るう。切れ味は悪くなっていても、金属の塊。直撃すれば唯では済まない。


 故に当てれば勝ちと言わんばかりに、技巧も何もなくただ振り回す。

 鉄塊はされるがままに動き、その軌道にある物を破壊し尽くす。


 止むことのない、質量と速度で構成された一撃を、イチトはひたすらに躱していた。


「偉そうに言っておいて避けるだけかよ!」

「勝手に消耗してくれるなら放置するだろ。その方が楽だからな」


 口では煽っているが、イチトには余裕が無い。

 鉄の一閃は、全てイチトを戦闘不能にできるだけの威力が籠もっている。それに向きを気にしなくて良い分、刀だった時よりも速度と回転数が上がっている。

 切られれば即死よりは随分マシだが、厳しい状況には変わりがない。


「クズを減らしてえんだろ?なら今すぐ死んで、人を平然と爆破するカス虫を消せよ!」

 クラーテルの攻撃は苛立ちを反映して速く、激しくなっていく。


 刀は乱暴な扱いに悲鳴を上げるかのように、空気を切る音を鳴り響かせる。それと同時に、軌道は単調になっていた。


 イチトは大振りの一撃を躱すと、適当な石を拾ってクラーテルの顔に投げつけた。

 しかしその程度の攻撃が当たるはずもなく、あっさりと躱される。


 だが姿勢が僅かに崩れた。そこを狙って間髪いれず足払い。それも軽い跳躍で避けられる。

 そして足払いを外して隙だらけになったイチトのもとに、鉄塊が迫る。


「消えるのはお前だ」

 だが避けない。しかし鉄が当たることもない。

 振り下ろす手に蹴りを叩き込み、その軌道を強引に変えさせたのだ。


 お前は俺より弱い。そう主張するかのような、危険を顧みない一撃。

 蹴りは炸裂し、クラーテルの手は刀だったものから離れそうになる。


「っらああ!」

 しかしクラーテルは手を離さない。蹴られた手の上からもう一方の手を重ね、武器の優位を失わないように強く握る。


 全ては、イチトの予想通りに。

 軌道を捻じ曲げられた鉄は、地面に叩きつけられた。その衝撃はしっかりと握りしめられた両手に伝わる。


 そして、動きが格段に鈍る。戦闘の最中では致命的なほどに。

 イチトは即座に刀の中央をぐっと握りしめ、ついでに顔を蹴り飛ばす。


「ぐっ!?」

「これでもうこの鉄クズは使えねえぞ」

「テメエ、端から握るために刃を!」


 そう、刃を潰したのは切れ味を落とし、ついでに握れるようにするため。

 リーチと切れ味を奪われた刀に、できることなど何もない。


 刀を引き寄せると、動揺したクラーテルはよろめく。ナイフを警戒させておいて、逆から蹴りをぶちかます。


「ぐっ!」

 痛みに耐えきれず声が漏れる。全身から力が抜け、重力に従って倒れていく。


「もう一人殺す予定があってな。さっさと終わりにさせてもらうぞ」


 正面から地面に倒れ込むクラーテルの心臓に向けて、奪い取った刀を勢いよく振り下ろす。瞬く間に刀は距離を詰め、鋭いままの切っ先がクラーテルの体に触れる。


 そして刃先は体の上を滑るように動き、地面に突き刺さった。


「何っ!?」


 虚空から突如として現れた白い半透明の物体が、体に刀が刺さるのを防いだのだ。


 クラーテルは驚くイチトの足に飛びついて倒し、奪い返した刀を杖代わりに立ち上がった。


 そして直ぐに頭を目掛けて刀を振り下ろす。イチトは当たる寸前で転がり、回避しながら立ち上がった。


 だが狼狽して生まれた一瞬の遅れはあまりにも致命的だった。続く一撃が無防備な脇腹に炸裂する。防御も回避も間に合わず、イチトは吹き飛び地面を跳ねた。


「ゲホッ、ゲホッ!」

 咳き込み、脇腹を押さえながら立ち上がる。服から砂礫がぱらぱらと落ちる。


 動く度、呼吸する度に脇腹から鈍い痛みが走る。

 それでもイチトは痛みに耐えながら、正面の男を睨みつけた。


 睨むイチトを意にも介さず、クラーテルは少し俯いて頭を掻く。


 最初はゆっくりと表面をなぞるように動いていた指は段々と速度を増し、髪とフケを撒き散らしながら暴れ回る。


「最っ悪の気分だよ、クソ、クソ、クソクソクソ!これで、何度目だっ!なんで俺が、お前みたいなカスのせいで不愉快にならなくちゃいけねえんだよっ!」


 側頭部に傷ができ、血すらも撒き散らす。それでも尚その手は動きを止めない。


 しばらくして、ようやく手が止まる。

 そして、血まみれの頭がゆっくりと持ち上げられた。


「間違ってるよなあ、お前が生きてるの」

 目は血走り、瞳孔が最大まで開いている。


 だがその声は、その尋常ならざる見た目とは裏腹に、酷く落ち着いていた。

「っ!」


 背筋が凍ったような感覚に襲われ、イチトは反射的に飛びのいた。

 直後、立っていた場所に刀だったものが振り下ろされる。

 そして反動のままに跳ね返り、再びイチトに迫りくる。


 軌道は単純だ。最短距離で、獲物を撃つことだけを目指して刀は動く。

 だが今のイチトは、その単純な速さに対応できない。


 折れた骨が、酷使した足が、もう動いてくれるなと悲鳴をあげ、その動きを鈍くする。

 それでも必死で避け、反撃の機を伺うが、弱り果てたイチトに突ける隙はない。


「くっそ、が!」

 イチトの脳はどう行動するべきだったのかという思考で埋め尽くされた。今更そんな事を考えても過去の行動は変わらないというのに。


 何が間違っていた?


 敵の『星群』を把握する前に攻めに出るべきではなかったのか。それとも、下手にビルから降りず、煙が晴れるのを待つべきだったのか。


 何処で間違えた。


 手榴弾を使うタイミングが違ったか。それとも焦って走り回ったことか。トレハを利用して他の隊員を減らしたことか。宙域警備隊に入ったことか。


 それとも、そもそも復讐に走ったこと自体が間違っていたというのか。


 鉄塊が右腕に直撃した。イチトは再びゴミのように吹き飛んで転がた。

 擦れた肌に傷が刻まれ、地面が飛び飛びに赤く染まる。


 それでもイチトは立ち上がり、傷口についた砂を払いもせずに走り出した。

 クラーテルと真逆の方向に。


「―――あ?」

 当惑するクラーテルを置いて、進む。


 逃げた。


 今の自分は敵わないと認め、生き延びる為にその場を離れる。歯を食いしばり、悔しさを噛み殺して。情けなく、ただ死を避けるためだけに逃げ出した。


「何、を、逃げてんだこのクソガキがああああああ!」

 予想外のことに、クラーテルは冷静な思考を投げ捨てて、全力で追う。


「俺は、仇を、討つんだよっ!それが犯罪でも、困難でも、絶対に!」

「逃げながら何わけわかんねえこと言ってやがる!死ね!」

「死んで、たまるか!」


 死にたくない。絶対に死ねない。イチトの脳裏に浮かぶのはそれだけだった。


 ここでクラーテルを殺せなければ、昇進はないだろう。そうなれば復讐の為に必要な情報も手に入らない。ただでさえ遠い復讐からは、更に数段遠ざかる。


 だがそれでも、今もう一度立ち向かおうという気は、イチトの心には欠片も湧かない。

 倒す術も適う道理も、何も無いのだから。


 手榴弾すら防ぐ防御を破れる奇跡は、目覚めなかった。


 努力して身につけた技術をねじ伏せるだけの力が。


 どんな武器も効かない力が。


 防御ごとねじ伏せるだけの圧倒的な力が。


 目覚めなかったのだ。


 今イチトにあるのはニコラが居なければ使えない不便な力だけ。


 一人で復讐すら成し遂げることもできない、役立たずな力だけ。


 使っても、本気を出していない男一人倒せない弱い力だけ。


 狂った女の玩具になる程度の力だけ。


「畜、生!」

 走る。ごちゃ混ぜになった感情を地面に叩きつけるように足を動かして。


 逃げるという目的すら忘れて走る、走る、走る。

 後ろから怒声がした。全身が絶え間なく痛む。

 それでも無様に足を動かして、恥も外聞も、全てを棄てて命の限り走る。


 耳障りな声が聞こえなくなったところで、足が再び限界を迎える。

 荒れた息を整えながら、壁にもたれかかった。酸素が不足した目は焦点が定まらず、景色がぼやけて見える。


 暫く呼吸を続けていると、段々と視界がはっきりとしてきた。気がつけばイチトは手榴弾を投げたビルの前に戻ってきていた。

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