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クラーテル・ノイオ

 適当な家の扉に手をかける。鍵はかかっていなかったようであっさりと開き、泥棒にでも荒らされたかのような惨状が眼前に広がる。




 だが宙域が攻めてきている中、呑気に盗みを働いた奴がいるとは思えない。


 おそらく家主が宙域の宇宙船を見て、必要な物だけ持って逃げ出したのだろう。




 この星から逃げ出せる程の宇宙船に当てがなければ意味の無いことだが。




「誰もいねえな」


 空き家を我が物顔で歩く男、クラーテルは退屈そうに呟いた。その態度は戦場を歩いているとは思えない程に堂々としている。




「良いことじゃないですか。早く逃げましょう」


 部下と思われる武装した男はクラーテルを嗜めるように言った。


 しかしその本人も、銃の引き金から手を離してしまっている。




 他の二人は銃を構えてはいるものの、片方はやる気がないようで大きく欠伸をした。もう一人の兵士はそれを見て舌打ちしつつも、周囲を警戒し続ける。




「開拓した星二つとも、宙域ごときに潰されんのが我慢ならねえ。やっぱ殺してかねえか?」


「いやあ、宙域の化け物と戦う余裕なんてありませんよ。銃弾も少ないし、死んじゃいます」




 一般的には、宙域、そして『星群』のことは知られていない。


 だがここにいるのは、一般から逸脱した犯罪者だ。




 住処を追われ、仲間を殺されてきた彼らは、その異様な力のことを十分把握していた。




「しかし最近、ウチは大きな事件を起こしていないから来る筈が無いと思ってたんですが。何を考えてるのやら」


「化け物のことを理解しようとしても無理ってことじゃねえの」




「事件がなかったせいだ。奴らは広く知れた事件の犯人を殺すことで、金と支持を得てる」


「ああ、だから占領された衛星を奪い返して実績作りしてるんですか」


「たかが金の為に俺たちの星が……」


「ああそうだ!ふざけやがって人殺し集団がっ!」




 自分たちがたかが金のために何人か殺したのは棚に上げて、クラーテルは腹立ち紛れに壁を蹴飛ばした。爆発で脆くなっていた壁はいとも簡単に砕け、礫となって転がった。




 だが荒涼とした風景はほとんど変わらない。もとより、見渡す限りどこもかしこも倒壊した家の瓦礫で埋め尽くされているのだから、家が瓦礫へと変わっても誤差の範疇だ。




 クラーテルが作り上げた国は、完全に崩壊したのだ。


「絶対に許さねえぞゴミ共が……」




 クラーテルはイオを開拓する為に、多くの犠牲を支払った。


 重力調整器や大気調整器等の、開拓に必要な機器を得る為に何人もの部下を失ったし、計画が露呈し、警察に囲まれたことも数え切れない。




 それでも追手を潰し、ようやく自分が頂点に立つ社会を作り上げることに成功したのだ。




 だがその矢先、空にはあの悪名高い宙域が現れた。


 瞬間、直前までクラーテルを讃えていた部下は銃を向け、逃走手段を教えろと迫った。


 猫なで声で甘えていた女が、金切り声で自分を助けるよう吠え立てた。




 その舐めた態度が、殺してやりたいぐらいに癪に障った。




 だから殺した。


 残らず蜂の巣にしてやっても、まだ怒りが収まらない。


 この屈辱は、宙域に与する人間全員の首を以てしか濯げない。




「おい!今、どの衛星が残ってる!」


 だがクラーテルは、即座に反撃には出なかった。


『星群』持ちの集団を正面切って相手にするほどの力がないことはわかっている。




 だが腹立たしいことに変わりはなく、部下への呼びかけにも力が籠る。




「近くに何個か未開拓の衛星はありますね。脱出用ロケットには重力調整器と大気調整器が積んであるので、壊されてなければ直ぐに開拓できます」




「それでも大気は一ヶ月かかるだろ、確か」


「まあ、そうなりますね。それまでは他の衛星に頼らないと」


「人間集めるにはサツにバレねえように開拓の情報をばら撒かなきゃいけませんね。それに女も攫って、あと食料と水の確保もしないと」




「宙域に狙われたって噂も流れるし、集まりは悪くなるでしょうね。あーあ、めんど、ムグッ!?」


 言い切る前に、クラーテルは男の顔を鷲掴みにして睨みつけた。




「俺に愚痴を聞かせるとは思いあがったもんだな。お前もここで死にたいのか?」


「も、申し訳ありません!」




 男はすくみ上って、必死で許しを請う。


 過去、どれだけ従順だったとしても、機嫌を損ねたら殺される。


 直前に口答えした奴らが肉になったのを見ていたため、その身は一層すくみ上った。




「二度と余計な口を利くな。荷物持ちが減ると、時間がかかる」


「はっ、はいっ!」


 怯え切った表情を見て、もう逆らわないと確信したクラーテルはその手を外した。




 だがそれでも怒りは収まりきらず、殺す代わりに壊そうかと思い至って、また近くの家に向かって足を振りかぶった。




 すると、またカチカチと音が鳴る。


 まだ、クラーテルは家を蹴っていないというのに。


 音に釣られて振り返ると、そこには勢いよく跳ねて転がり、道を横切る石があった。




「警戒っ!」


 指示通り、男達は銃を構えて警戒を始める。


 何もないところで、突然石が勢いよく動き出すはずがない。


 何かが、いる。




 まるで水に落ちた石が波紋を生むように、その石を見たことでクラーテル達の心臓は強く波打つ。


 石の動きが止まった。辺りからは呼吸以外の音が消え去った。それが逆に不安を増幅する。




 目に見える全て物が怪しく見える。敵がどこにいるかもわからない状況が、神経を摩耗させていく。


 ふと、一人の男が地面を見た。自分の影の横に一つの黒い点があり、時間を追うごとに大きくなっていく。




「上だ!」


 声は爆発音でかき消された。









「一人、気付いたか」


 ビルの屋上で、イチトは爆心地を見ながら呟いた。


 気付いたところで爆発に巻き込まれたなら意味はないが、気付かれたのも事実。狙いをつけるためとはいえ、同じ大きさの石を投げたのは失敗だったと振り返る。




「火力も、少し強すぎる」


 あの手榴弾は、人を殺すにしてはあまりにも威力が高すぎる。今回は狙いを正確にしなくていいという利点になったが、普通に危険だ。




 何故明らかに過剰な威力のものを作ったのか、とイチトは頭を悩ませる。


 考えるべきことは多いが、爆殺した以上長居は無用だと考え、荒れた部屋の窓に背を向けて歩き出す。




 警戒は怠らず、思考しながら足を進める。その度にコツンコツンと靴音が反響し、集団で歩いているのかと錯覚するほどに耳を揺さぶる。




「消音加工もしてねえのかよ。どんな安物のコンクリートだ」


 爆発で広範囲の家が崩れたことから考えても、建築技術は低い水準にあるようだ。


 もちろん、手榴弾の威力が異様に高いことが主な原因ではあるのだが。




 使いづらいと評価する他ない手榴弾だ。




 音が大きいのも悪い。爆音はそこに危険が存在することを、敵味方問わず、説得力を伴って伝えてしまう。




 そうなれば当然手配犯もその場から遠ざかり、捕まえるのが難しくなる。実際、イチトが手榴弾を使って暫くは出くわす敵の数が明らかに減った。




「使えねえな」


 もっと弱くて扱いやすい武器を買い込んでおくべきだったと、今更考える。




 だが今、イチトには金も買う手段も無い。


 ナイフのみであと一人指名手配犯を仕留めなければならない。




 体力、装備が万全の状態で始めてこの惨状なのだから、今からもう一人殺すのは不可能と考えていいだろう。




 だがイチトに諦めるつもりは毛頭ない。


 困難なのは最初から。この程度で投げ出すなら、既に復讐など諦めている。




 階段を降り切り、一階に着く。入口からは光が差し込み、辺りを明るく照らしていた。


 一歩、また一歩と足を踏み出し、光の差し込む方へと向かって走り出す。




 だがその足はすぐに止まる事になった。


 立ち込める土煙の中、何かが光を反射する。黒く塗られた筒状のそれは、その中心から弾を吐き出した。乾いた破裂音がビルの中で反響する。




「痛ッ!?」


 頬から血が流れる。とっさに身を躱しはしたものの、肉が少し削がれた。




 だが、たかが肉が少し抉れた程度だ。命に比べれば軽い。


 イチトは勢い良く地面を蹴り、右に転がって住居の影に隠れた。


 一先ず弾除けにでもしようと思っての行動だったが、敵はそんなイチトの考えを嘲笑うかのように、家を撃った。




 弾は脆い壁を貫通し、隠れていてもお構いなしに心臓を撃ち抜こうと迫る。


「っ!クソっ!」




 堪らずまた転がり、襲撃者と距離をとっていく。暫く逃げ続けると、壁越しに撃つのは諦めたのか銃声は止んだ。


「何で、ここに、敵がいやがる」




 あれだけの大爆発が起こったというのに、わざわざ爆心地に近寄る奴がいるはずが無い。


 犯罪者側からすれば戦う意味はないのだから、爆心地からは遠ざかるのが自然だ。




 今攻撃してきた敵も当然、爆心地から離れるように動いていた。


 だが問題なのは、敵が現れたのはより爆心地に近い位置からだということ。




 有り得ない。




 それだとあの爆発を耐えた人間がいたことになる。




 コンクリートの建造物すら吹き飛ばすような爆発を。




 そんなことは、超能力でも使えない限り不可能だ。


「超、能力?」




 覚えがある。


 奇跡を可能にする力に。空想を現実にする力に。




 イチトの頬を汗が伝い、血と混じりながら滴り落ちていく。




「テメエが、爆破しやがった奴か?」


 白煙の中から、一人の男が歩み出る。




 見間違えようがない。煙の中から現れたその男の顔は。


 手配書を見た時に。前回の作戦の時に。動くこともできず倒れた時に。爆破した時に。




 幾度となく目にした顔。




 クラーテル・ノイオがそこにいた。




 体には傷も汚れも一切なく、まるで爆発なんて無かったかのように平然と。




 唯一異なるとすれば、目。


 路傍の死体を映すだけだったその瞳は、今、イチトを敵として認識していた。



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