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這いつくばって見えたもの

 射線を避け、銃を持つ腕を斬りつける。たまらず手を離した隙に頸動脈に刃先を押し付け、勢いよく横に振るう。


「がっ、ぶえっ」

「お前っ!よくも、ぐぶ」


 絶え間なく、遺言を残す暇も与えずに切り続ける。

 切れ味を落とさぬため、骨には触れぬように。

 殺し終えれば、脂を拭って次の獲物を探す。


 作業のように繰り返す。いくらその身が返り血で汚れようとも。いくら獲物が悲痛な顔を見せたとしても。

 血の悪臭によって込み上がってくるものを押さえつけ、無心で殺す、殺す、殺す。


 だが肉体が限界を迎えた。獲物を見つける為に走り回り、見つけては倒すために全力で走る。そんな無茶を続けていては体力が持つはずもない。


 呼吸が荒くなり、足と脇腹が痛む。

「く、そっ」

 半ば倒れるように地に倒れ込んだ。


 トレハを唆して士気を落としたことは良くも悪くもイチトに大きな影響を及ぼした。


 利点は味方とされる者が減ったことで、同士討ちの心配が少ないことだ。

 現れる人間が味方かどうか考えなくていいのは、極限状態では非常に良い。


 欠点もまた味方とされる者が少ないことだ。

 隊員の数に対して敵が多いため、進むのに時間がかかりすぎるのだ。


「だからって、とまってられるか」

 肝心の指名手配犯は姿すら見せない。そのことはイチトを大いに焦らせる。


 どれだけ殺したとして、二人の指名手配犯を捕まえなければ昇進は決まらない。

 殺しているのは逃げるよりも疲れないからでしかない。言ってしまえば無駄な行動だ。


 イチトはこの地に降り立ってから、いや、復讐を始めてから、一歩たりとも前に進めていないのだ。


「う、ごけっ!」

 焦りは全身を突き動かし、イチトはまだ息すら整わないまま走り出す。

 邪魔な人間は全て殺し尽くす。


「っ、この人殺しがあああああっ!」

 投げ飛ばした男が、叫ぶ。

 そして同時に、いつかニコラに言われたことが脳に浮かんだ。

『欲望の為に人を殺すなら、君も殺人鬼。罰を受ける側だよ』


「だったら何だっ!」

 即座に振り払い、首にナイフを刺し、殺す。

 人殺しの汚名を被る覚悟など、とうにできている。

 何人殺し、どれだけ罵られようが、復讐を果たせればそれでいい。


「が、あ」

 断末魔が耳に残る。

 だが、それでいい。それでいいのだ。

 何を犠牲にしてでも、この復讐は果たさねばならないのだ。


「っ、くそっ、こっち来たぞっ!」

「……武器を捨てろ!」

「はっ!殺しやすいようにか!?なめんじゃねえっ!」

 忠告を一笑に伏した男は狂ったように銃を放つ。イチトは飛来する銃弾を避け、腕を切りつけて銃を奪い取る。


 そして周囲の犯罪者めがけて発砲。さらに銃でこちらを狙う男に、弾の尽きた銃を投げつけて発砲を止める。


「化け物か!?」

 答える代わりに喉にナイフ。直後、後ろに大人数の気配を感じ取り、即座に手榴弾を投げる。


 ドッゴオオオオオオォオン!

「ぐうっ!?」


 十分遠くに投げたというのに、視界が赤く染まった。直後鼓膜が破れんばかりの爆発音が通り過ぎる。

 咄嗟に受け身をとったが、それでも尚全身がじんじんと痛む。


「威力高っ、すぎんだろっ!」

 人肉が飛び散る中、悪態をつく。

 もし想像力のある人間が手榴弾を作ったのなら、投げた側が巻き込まれないような威力にするだろう。だが実際はこの惨状だ。残った肉の量からして、恐らく十人以上の人間が死んだ。


 宙域製ということで警戒していなかったら、今頃イチトも飛び散る肉となっていただろう。

 そう、今イチトが殺した名前も知らない奴らと同じように。


「……大体、五メートル以内だと即死か」

 次に手榴弾使うときのため、爆発した範囲を目算し、そしてまた走り出す。


 しかし疲労は全身に回り、歩く程度の速さすら出せない。

 それでも足を前に動かすが、ほんの僅かな段差にすら躓いて、地面に倒れ込んだ。


「動けっ、ゲホッ、よ、くそっ!」

 もはや呼吸すらままならないというのに、それでもイチトは動こうと足掻く。


 しかし限界を迎えた体は命令を受け付けない。

 何度動けと指令を出しても、ただ神経が焼き切れそうな程の痛みを発するだけだった。


 呼吸がある程度整っても、体は回復の兆しすら見せない。立ち上がろうとしても、痛みに負けて崩れ落ちる。全力を尽くして、仰向けになるのがやっとだった。


 こうなっては仕方がないと、イチトは近くに身を隠せそうな場所はないか探す。

 瓦礫や土煙で視界が塞がれる中、できる限り周囲を見渡した。


「っ!?」

 そして、見つけた。

 ただ、見つけたのは隠れられそうな場所ではない。

 視界の端に映ったのは、武装した男達。

 一歩たりとも動けない最悪のタイミングで、出会ってしまった。


 間違いない。あの顔は以前も見た。指名手配犯のうち一人。昇進の為に刈り取るべき首。

 クラーテル•ノイオがそこに立っていた。

 よりによって今か。イチトは内心、悪態をついた。


 手配犯が見つかったこと自体は幸運だ。殺せば昇進に一歩近づける。

 だが状況は芳しくない。

 全身は疲労と痛みでうまく動かない上に、敵は複数かつ武装済み。

 下手に動けばナイフを突き立てる前に、脳天を撃ち抜かれてしまう。


「ふーっ」

 気づかれないように浅く息を吐く。


 クラーテルを見つけたことでイチトはわずかに冷静さを取り戻した。

 逸る心を押さえつけて観察を続ける。クラーテルは何かを探すように、周囲を見渡している。他の三人は銃を構え、守るように取り囲む。


 手元にあるのは、ナイフと手榴弾が一つ。近距離でも遠距離でも心許ない量だ。

 だが逃げるという選択肢はない。目的は指名手配犯を殺して昇進し、復讐のための情報を得ることだ。逃げてしまっては話にならない。


 だからといって敵が複数では、近付くという選択肢も無い。

 どうするべきか考えていると、不意に一人の兵士がこちらを見た。視界に入った人の形をした物体に興味を持ったのか、じっと目を凝らして観察し始める。


 イチトは呼吸も瞬きも止め、只々死体のように振る舞う。男が勘違いしてこの場を去ってくれるように。

 視線はイチトの体をどこまでも疑り深く観察する。目を、手を、胴を、足を、ほんの少しの動きすら見逃さないように。


「気のせいか」

 男は二十秒ほど経ったところで見るのを止め、そして仲間に置いていかれた事に気付き、焦って後を追って建物の影へと走って進んで行った。


 浅い呼吸を暫く続けたが、男が戻ってくる様子は無い。

「ツキが、回ってきたな」

 突然の遭遇ではあったものの、相手に気取られずに済んだ。

 その上目当ての敵の位置を知れたのだから、文句のつけようも無い程の幸運だ。


 位置さえわかれば、指名手配されていようと、他の犯罪者とそう変わらない。殺すだけだ。

「やって、やるよ」


 イチトは足の痛みに耐えて立ち上がると、周囲を警戒しながらクラーテルが進んだ道を辿って歩き出した。


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