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生き残る術

 任務までの時間はあっという間に過ぎた。

 イオが間近に迫る艦内で、出撃の準備を終えた隊員が出口付近に集う。


 戦闘を控えていることもあって雰囲気は物々しく、思いつめた顔をする者、逆にいつも通りにふるまおうとする者など、何処を見ても追い詰められた人間が目に入る。


「イチト、最近訓練場に来てなかったけど何してたんだ?」

 そんな中、イチトを探し出したトレハは肩を叩いて話しかけた。例にもれず、その顔は笑っているが、心に巣食う恐怖は隠しきれていない。


「走り込みだ。この任務は移動が重要だろ。それと手榴弾投げる訓練だ」

「そう、か。やっぱり強いな、イチトは。俺は、何もできなかったよ。少しは使ってみたけど、結局コップ一杯分の水も動かせねえ」


 武器を買う金も、強い『星群』も持たないトレハにできることは何もなかった。

 ボトルの水を手にかけるが、手のひらに収まる程度の球体を作った後は、床にこぼれてしまう。


「命を守るには有用だろ。銃弾を止めるとか」

「そんな程度で止まるなら、銃で死人は出ねえよ」

「それもそうか……」


 話をしている間にも、刻一刻と任務開始は迫る。

 窓から大まかな地形が望遠カメラで把握できるぐらいに、地上も近づいてきた。


「地図通りか」

 当然と言えば当然だが、地図にはほとんど間違いがない。違うのも、宙域に気付いてから作られたであろう、酷い出来のバリケードだけだ。


 更に近付くと、その隙間から多くの犯罪者が顔を出した。牽制のつもりか、絶え間なく銃弾を放つが、重力と装甲に阻まれて全く意味をなしていない。


 ただきいんと、金属を叩く音を鳴り響かせて弾かれるだけだった。


「う、ううっ」

 だがその音は、一部の人間に大きな影響をもたらした。

 銃が自分に向けられていると、自分が死ぬかもしれないと、実感させられたトレハは、恐怖のあまりうめき声を上げる。


 以前の任務で撃たれ、死にかけたことがそれに拍車をかけているのだろう。


「死人が出るなんて、わかりきったことだろ。毎年の死者数は、入隊手続きのサイトにも書いてある。それでもこの宙域に来ると決めたんだろ」

「……わかって、なかったんだよっ!」


 吠えるような声。その目には僅かに涙が浮かんでいた。

「あんなの、唯の数字だって思ってたんだ。死ぬのは弱いやつで、自分には関係ないと思ってたっ!でも、俺は弱かったんだよ!『星群』を使っても、誰にも勝てないぐらいに!」


 その手には、前になかった傷が刻まれていた。

 トレハもただ縋るだけではなく彼なりに努力をした。

 何度も戦い、戦い、負け続け、それでも尚戦って。


「俺一人じゃあ、無理なんだ」

 結果知ったのは、自分が弱いということだけ。

 生き残るためには、誰かに縋らなければならないということだけだったのだ。


 一緒に行動してくれる隊員も探した。

 だが試合で一度も勝てずにやられ続ける姿を見て、誰が共に戦おうと思うだろうか。


 その答えが、今一人で佇むトレハだ。


「なあ、イチト、頼むよ」

 名前を呼び、惨めったらしく制服を掴む。


「俺を、守ってくれよ」

 無様。

 恥や外聞を気にするだけの余裕があれば、ここまで酷い姿は晒さなかっただろう。


「死にたく、ないんだよ」

 もはやトレハには後が無い。

 今ここで、イチトにすら拒絶されてしまえば、間違いなく生き残ることはできないのだから。


「前も言ったが、俺はお前を守ってやれるほど強くない」

 ぴしゃりと言い放つ。

 だが事実だ。誰よりも弱さを認めたくないイチト本人が言うのだから間違いない。


「それでも、俺よりは戦えるだろ!」

「だろうな。だが、お前を守ったばかりに死にたくはない」


 これは、嘘だ。二人で行ったほうが安全に決まっている。

 だがイチトは、一人で復讐を成し遂げるために、一人で叩かんわねばならなかった。


 トレハは、返す言葉もなく涙を流した。

 もう、彼は縋るべき相手の当てすらなくなってしまったのだ。


 しかし策がなくとも時は止まらない。

 地上は近づく。死が、迫っている


「だが、見殺しにするのも気分が悪い」

「ならっ!」


 風向きが変わったのを感じ、より一層力が籠る。

 だが、イチトは首を横に振った。


「組むつもりはない。だが、死なずにこの任務を乗り切る方法はある」

「それでいい!いや、お前に迷惑がかからないならその方が良い!教えてくれっ!」


 イチトは敢えて直ぐにその方法を言わず、焦らす。すると狙い通りトレハは大声で叫び、周囲の注目を集めた。

 命を助ける代償として、存分に利用するために。


「単純だ。ここから出なければ良い」

 イチトはまるで演説でもするかのように、声を張り上げた。

「えっ?」

「犯罪者からすれば宙域は、自分たちを殺す為に突然やってきた気が狂った集団だ。その本部に特攻するなんて恐ろしい真似、するはずがない。現に銃撃ってた奴らはもう逃げた」


「そう、かも、しれない、けど」

「ああ、その後の心配か?」

 トレハはゆっくりと頷いた。


 ただ生き残るだけなら、悪くない方法だ。

 だが、生き残ったその後、金も職も無い子供が一人で生きていける方法など存在しない。


 結局、その方法は死を先送りにしているだけだ。

 戦って死ぬのも、飢え死にするのも、そう変わらない。

 クビになってもいいなら、トレハはとっくに辞めてベッドで震えているだろう。


 だが、その程度のことはイチトも当然想定済みだ。

「心配無い。クビにされない算段もある」


 一層周囲の視線が集まった。

 金の為だけに宙域に来た人間なら、戦わずに済み、更にその後も保証される方法があると言われれば、当然興味を持つ。


「どういうことだ?」

「お前は、『星群』持ちだろ」


「それが、なんだ?」

「鈍いな。宙域が何故存在できていると思う」

「っ、そうか!『星群』の情報を他の組織に持って行かれたら、宙域だけの武器がなくなる!」


 宙域は、他の警察組織から蛇蝎の如く嫌われている。

 縄張りに入り込んだ上に、手柄を横取りされるのだから当然だ。


 それでも尚組織として生きながらえているのは、偏に『星群』を持ち、多くの犯罪者を逮捕しているからだ。

 警察が『星群』を持ち、犯罪者を捕まえられるようになれば、宙域の存在意義は消える。


 故に宙域は、その情報を外部出さないことに細心の注意を払っているはずだ。


「戦闘が不得手だからと辞める隊員に再就職先をあてがえば、簡単に監視しつつ情報の漏洩を防ぐことができる。そうでもしなきゃ、今頃『星群』の噂はどこまでも広がってる」


 ざわめきが広がっていく。

 そう、宙域の隊員は、殆どが経済的に困窮しいているが故に隊員になったのだ。


 もし死のリスクなしで稼げるならば、わざわざ戦う理由もない。

「だから、金銭的な、いや、再就職への支援がある。まあ、宙域の給料には届かないが、生きていく上では問題ない額が貰えるだろうな」


 イチトの発言は全て憶測が、根拠がないわけではない。

 以前トレハが報酬として辞めさせてほしいと言った時、ネイピアは何かを言いかけていた。


 文脈からして、恐らくは就職先の斡旋をするつもりだった。少なくともイチトには、そう聞こえた。

 そんな事情を知らない隊員達も、宙域の情報について調べても、『星群』のことは一切出てこないことは知っていた。


 ならば本当に、口を噤む価値のある何かが用意されているのではないかと、夢を見てしまう。


 実際には記憶消去の『星群』や、口外を制限できる『星群』持ちがいるだけの可能性も大いにある。

 だが危険が眼下に迫る中、人は安易な逃げ道に飛びついてしまうものだ。


「というわけだ!死にたくない奴は出口と逆に寄れ!邪魔だ!」

 イチトは叫び、トレハの横を通り過ぎて出口に寄っていく。

 一歩、一歩と歩みを進め、そして立ち止まる。


 だが足音は途絶え無かった。

 一人が、出口とは逆に逃げたのだ。

 それを見た隊員達は、一人、また一人と死地から離れていく。


 そして終いにはその場の半分が扉から離れて固まった。

 その中で、トレハは茫然自失していた。


 確かに、望んだ通りの結末だ。命の危険はないし、食い扶持も確保されている。

 だというのに、心は全く晴れない。


 逃げる隊員を見て、これがイチトの策略だと気付いてしまったから。

 きっと手配犯を捕まえる為に、味方を減らしたかったのだろう。


 そのために自分は、利用されたのだ。

 裏切られたわけではない。寧ろ、無理な要求を最大限汲んでくれた。

 それでも、理屈の上ではそうだと思っていても、言わずにはいられなかった。


「なんで、何も言わずに始めるんだよ……」

 他の隊員を抑えたいなら、そう言ってくれれば幾らでも手伝った。

 たった一言、始める前に目的を言ってくれさえすれば、良かったのだ。


 だが、イチトはそうしなかった。

 知らせず、ただ都合のいい聞き手として、利用した。


「友達だと思ってたのは、俺だけか?」

 離れたイチトには、その声は届かない。

 ただトレハが動き、離れたことだけを、イチトは知覚した。


「これだけ消えれば上出来か」

『間もなく、着陸します。隊員は戦闘準備をしてください。』


 成果を確かめていると、唐突に放送が鳴り響く。

 一先ず扇動を否定する内容では無かったことに、イチトは胸を撫でおろした。


 直後、ずん、と全身に今までより一層強い重力がかかる。

 そしてブザーの音と共に、扉が開け放たれた。

 イチトは振り返ることなく、開いた扉から走っていった。


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