救われ、落とされ
今日もまた、扉が開かれる
敢えて大きく音を立て、中にいる少年を竦み上がらせる為に。
少年は、もはや光を映さなくなった瞳で、二度と見たくないと何度も思った顔を見上げる。
だがそこにいたのは、いつもの男ではなく見覚えのない女だった。
女は鋭い視線で部屋を見、そして椅子に座った少年へと向く。
たまに、違う人間が部屋にやってくることはある。
だが全員が自分の敵であるということを、少年はとうに知っている。
肩に手を乗せては罪を認めろと言い、手を握っては何度も本当のことを教えてほしいと言う。結局変わったのは外見だけで、中には同じ言葉が詰まっているだけだ。
「俺は、やってません。どんな手を使おうと、やっていないことをやったと言うつもりはありません」
だから少年は、最初に全てを伝え、後は情報を遮断する。
どれだけ言葉で脅し、音を立てても、暴力だけは振るうことができないと知っているから。
耳をふさいで、何もしなければ終わる。
「だろうな。貴様のような子供が人を殺せるはずも無いし、殺す理由も無いだろう」
一瞬、耳を塞ぐ手を止めてしまった。
だがすぐに、手口を変えただけだと決めつけて耳を塞いだ。
「話を聞け」
しかし即座にその手は外された。
そして同時に、椅子の座面に、ガンと足が振り下ろされる。
足の間の、下手をすれば怪我をしかねない位置に何の躊躇いもなく。
少年が作り上げた防御は僅か数秒で、全て無効化されてしまったのだ。
「な、なにを」
「私はアストヴァレー・ネイピア。宙域警備隊という組織から、貴様を解放する為に来た」
「解、放?」
「ああ。無実の子供を捕まえては、本物の悪を裁けんだろう」
言葉が出なかった。
その目的は、少年と全く同じ。
両親を殺した犯人を突き止め、罪を償わせることだと宣った。
「やっと、終わるんだ」
少年は呟くと、全身の力全てを抜き、抜け殻のように息をした。
後は何もかも、全部目の前の女に委ねればいいと、心の底からそう思った
その心中を知ってか知らずか、ネイピアは手を少年の頬に添え、その目を覗き込んだ。
「貴様は、これからどうするんだ?」
「……え?」
「ここから出ても、家族はいない。貴様はどうやって生きていくのかと聞いているのだ。」
地獄に仏を見たと思った瞬間、突き付けられたのは現実だった。
少年の幸福は、この部屋に無いのではなく、この世界から既に失われてしまっていたのだ。
ただ、その現実から目を逸らしていただと、知ってしまった。
少年の瞳から、光だけでなく生気も失われた。
「どう、して」
空になった心から、感情が沸き立つ。
たまに勉強をサボることはあったものの、何一つ悪いことなどしていないのに。
どうして自分と家族がこんな目に合うのか。
何故、よりにもよって自分の両親が殺されなければならなかったのか。
「何で、俺の家族が」
「今のところ、無差別殺人だという線が濃厚だ。」
「は?」
少年の脳は、その言葉を理解するのを拒んだ。
そんなはずがないと、信じたかった。自分がこんな目にあった理由が、何もないと言われているのと変わらないのだから。
「死んだのは貴様の家族だけではない。他にも似たような方法で家族を皆殺しにされた奴が大勢いる。現時点で数十人だ」
「なんだよ、それ。じゃあ、俺の、家族が殺されたのは」
「偶然だろうな。怨恨にしては、数が多すぎるし関連性が見当たらない」
少年は、理解した。
今から自分が、どう行動するべきかを。
「殺す」
そう決めた瞬間、抜け落ちた力が体に戻る。
両親の死体を見た瞬間、何一つ出来なかった自分にも、できることがあるじゃないかと。
「殺してやる」
殺さなければ。自分から全てを奪った何者かを。人の命を奪っておいて、今ものうのうと生きている犯罪者を。
「復讐、してやる!」
その瞳に生気が戻る。ただし、負の感情のみで作られた、呪いとも言うべき悍ましい生気が。
子供が背負うべきではない、黒く深い闇が心を埋め尽くす。
「本気なら、いつか宙域に来い。戦えると判断すれば情報ぐらいはくれてやる」
ネイピアは少年が外道に堕ちるのを止めなかった。
「待っているぞ、クロイ・イチト」
その瞬間から少年、クロイ・イチトの復讐が始まった。




