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復讐者は独り

「そっ、こっ!」

 足払いが炸裂する。軸足を払われてしまっては堪えられるはずもなく、地面に倒れ付す。

 それでも起き上がろうと、地面に手をついて力を込める。だが起き上がるその眼前で、突如炎が燃え上がった。


「ッ!」

 反射的に動きが止まる。その僅かな隙が命取りだった。首を握られ、地面に叩きつけられる。

「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 鳴り響く勝利のアナウンス。そこに表示される名前はイチトのものではない。

 確かに青年達は弱かった。だがそれを補って余りあるほど諦めが悪く、六十回にも渡って勝負を挑み続けた。


 そして今、漸くその努力が実を結んだのだ。

「やったなおい!」

「いやー、長かった。まさかここまで時間かかるとは」

「後で飯奢ってやるよ!」


 青年達は喜びの声を上げる。数多の敗北の末に掴んだ、たった一度の勝利を味わい尽くすように。

「もう、一回だっ!」


 息も絶え絶えになりながらも、イチトは再戦を要求する。だが体力が限界を迎えているのは青年達も同じである。

「いや、もー無理。まともに動けん」

「もっとこう、勝利の余韻に浸ってたいっていうかね」

「何かキモいなお前。でももう戦いたくないのはわかる。続きは明日にしようぜ。な?」


「……そうかよ」

 消耗し、『星群』を扱い切れなくなってきた青年達を見て、今戦っても、対『星群』持ちとの戦闘の技術は上がらないだろうと引き下がる。


 次にイチトはヴィーシとの約束にの時間丁度に、訓練室へと向かった。

 そこにはいつもどおり、ジャケットの前を開けて、防御をするつもりは一切ないと主張するかのような姿のヴィーシがいた。


「待ったわ」

「時間通り、どころか結構早いだろ」

「待ちきれなかったの!面白い勝負の約束しちゃったら、妙に早く目が覚めるのよね」

「そうか。まあ好都合だ。」


 イチトの目的は訓練だ。相手の気が狂っていようとも、戦闘訓練の相手ができるのならばそれでいい。

 それも宙域警備隊新人トップの実力の持ち主だ。面倒な絡みを耐えてでも戦う価値がある。


「ちなみにナイフは」

「いいわね!是非使って!どこに刺しても結構よ!」


 改めて、最高の対戦相手だとイチトは思った。

「じゃあ──」

「あははっ!」


 言い終える前に、ヴィーシは銃弾のように速くとびかかった。

 そして空中で回転して全体重を乗せた踵落としを繰り出す。


 イチトはその落下地点にナイフを構える。するとヴィーシは逆の足を目にも止まらぬ速さで動かし、イチトの体勢を崩して振り下ろす場所の安全を確保した。


「っ、速い!これが」

「ええ。私の『星群』よ!ははっ、生身の人間相手にここまで出ると思わなかった!もっと貴方の力を見せてっ!」

「当然だ。お前が死ぬ寸前まで追い詰めてやる」

「駄目に決まってるでしょ!?殺す気で来て!それ全部躱して、避けて

、生き残るのが生きがいなのっ!!」


 黒く光るナイフは幾度となく空を切り裂く。

 そう、切り裂くのは空気のみ。

 そしてその部屋の空気全てが細切れに寸断され終わったところで、先にイチトの体力が尽きた。


「クソッ、まだっ!」

「……うーん、駄目ね。私の心がときめかない。限界よ、イチト」

 ヴィーシの、触れると汚れ落ちてしまう新雪にも似た肌は、一切の傷を負っていない。


 避けるという行為にこれ以上なく向いた『星群』とはいえ、三十分以上も戦い続けて一つの傷も与えられないというのはイチトのプライドを酷く傷つけた。


 だが終わりだと言われてしまえば、無理を押していた体の方も限界を訴える。

 息は乱れに乱れているし、足は午前の疲労も抜けないままに走り回ったせいで半ば肉離れのような症状を示している。


「そうか。まあ、ナイフの練習にはなった」

「満足いただけたなら何よりね。それじゃあ、私は失礼するわ。また明日ね!」

 勝手に明日の約束を作り出すと、ヴィーシは上機嫌そうに部屋を出ていった。


 一人残されたイチトは、改めて自分と一位ヴィーシとの差を実感していた。


 『星群』。それだけ。だが何よりも大きな差だ。

 この先どれだけ鍛えても、イチトが今の倍速くうごけるようになるのは難しい。


 だが『星群』があれば、成し遂げられる。

 肉体は強くならずとも、水を操るとか、火を操るとか、幾らでも使いようのある力はある。

 たった一度、妙な儀式をするだけで、それを手に入れられるチャンスだったのだ。


「何で俺だけ……」

 正確には、イチト『だけ』ではない。

 もう一人いるからこそ、こんなにも苦しんでいるわけだが。


 イチトも、『双騎当千』は、力としては完璧だと思っている。

 戦場を自由に駆け回り、背後から襲うも、正面から殺すも思いのまま。

 アレを持っていれば、ヴィーシ相手にも相当良い勝負ができるはずだ。


 だが、何故かよくわからない女が付いてきた。

 その女は復讐を笑い、いつもへらへらとしている、何から何まで最悪の女だった。


「どうして、一人じゃ使えねえんだよ」

 欲しい。欲しい。あの力が、一人で使えるような『星群』が。

 新人で二位に立てる力があれば、後は工夫でどうにでもする。


 なのに何故、どうして、よりにもよって二人で使うものなのか。

 そのせいで一人では友も救えず、一人では人質も救えず、一人では戦えもしない。


 作戦が完璧に終わったからこそ、力を分け合った少女のことを憎まずにはいられない。


「……不毛だ」

 だが直ぐに無意味な思考だと割り切って、イチトはシャワーを浴びに行った。


 約束通り翌日も、そして翌々日も、イチトはその青年達と戦った。しかし戦えば戦うほどにイチトの勝率は下がっていった。


 原因は、慣れ。


 確かにイチトは戦闘経験において他のどの新人よりも上だ。武術を習っていただけあって動きは速く、洗練されている。だがそれでも何度か戦っていれば慣れて、少しずつ動きが見えるようになっていく。


 加えて青年達には『星群』があった。最初は力任せに使うだけだったのが、段々と慣れて使い方を学び、成長していった。


 一方イチトは既にある程度戦い慣れている。つまりそれは伸び代が無いと言うことだ。

 その上用意された『星群』という伸び代は、自ら捨てている。


 『星群』への対応力だけは上がっているものの、武器が無ければ完全な対応は不可能。

 ヴィーシとの訓練、不意をつく技術が上がるだけで、正面から攻めてる相手には効果がない。


 強くなる者と変わらない者、戦力差は縮まり、やがて逆転する。

 イチトは遂に誰にも勝てなくなった。


「おやおやぁ、そこにいらっしゃるのはぁ、クロイさんじゃあございませんこと!」

 そんな中イチトに近寄り、話しかける人影。声と台詞からイチトはその正体に気づき、殺意を込めて睨みつける。


「何の用だ」

 しかし、無意味だ。

 イチトの殺意も、眼光も受け、それでも尚立ち向かった少女が、この程度で怯むはずがない。

 二コラの笑みを止めることは、今のイチトには絶対にできない。


「いやあ?そろそろいい顔になってきたんじゃないかなーって。大正解だったね。ほら見て、今撮った写真。どう?無様でしょ?」

「黙れ」

 怒りを抑えようともせず、ニコラの持つ端末を叩き落とした。

 イチトの顔を映した画面は床に落ち、液状に戻って黒いシミを辺りに撒き散らす。

 それでも尚、その顔から笑みは消えない。

「黙ってられるわけないでしょ。協力断ったくせに結局『星群』無しじゃ勝てなくなったんだよ?少し私が指導してやっただけの素人にさあ」


 目を見開いた。そしてその分だけ、ニコラの口角が高くなる。

 戦闘に関しては素人でも、『星群』の使い道を探すことならできる。

 実際、二コラは『星群』の使い方だけでイチト相手に引き分けにまで持ち込んだ。

 後はその噂を利用して、適当に捕まえた隊員にそれらしいアドバイスをするだけだ。


 人の戦いを見て、少し口を動かすだけで敵を追い詰められる。濡れ手に粟だ、笑いが止まらないだろう。

「ほんっといい顔。どう?今なら謝って私が、『双騎当千』が必要だったって認めれば、君の復讐に手を貸してあげないこともないよ?」


「必要ない。お前がどれだけ手を回そうと、そこだけは譲る気はない」

「あっそ。じゃあ負け続ければ。こんな奴らに勝てない癖に、お目当ての犯罪者捕まえられるとは思えないけどね」

「捕まえ終わった時のお前の顔が楽しみだ」


 イチトは自分に言い聞かせるように言った。ニコラはつまらなそうな顔になり、飛び散った液体タブレットを磁石で拾い集めてから出口に向かって歩き出す。

 だがその行程の途中、引き止めるように全員の端末から音が鳴り響いた。


『今年度入隊した隊員に告ぐ。作戦に関する資料を端末に送信した。各自熟読の上、入念に準備を行え。以上』

「へえ、もうじき実戦か。楽しみだね」

 作戦実行日を確認した二コラは無駄に明るい声で、してもいない期待を伝え、その場から消えた。


 イチトは訓練場横のシャワー室で汗を流し、それから次の作戦に関する資料を開いて目を通し始めた。

「おい、イチト!放送聞いたか!」

 だがその瞬間、覚えのある声が耳に入ってきた。


「今資料見るところだ。それでトレハ、一体何の用だ」

 イチトは端末から視線を動かさずに言葉を返す。

 火急の用なのは、近寄ってくるときの足音と、粗い呼吸から伝わってくる。

 だが今のイチトにとっては人の事情よりも、目の前のタブレットに表示されるわずかな情報の方が重要だった。


「読み合わせするんだよ。もしかしたら、武器変えた方が良いかも知れないだろ?」

「多分そこまでの変化は無いだろうが、まあ良い。やるなら早くするぞ」


「えーっと、作戦日は一週間後」

 懐から端末を取り出したトレハは、情報を読み上げる。

「それで作戦地域はリシテア、聞いたこと無いな」

「木星の未開拓衛星な」


「そうか。それから出撃は新人のみ、手配犯二人殺害で昇格、グループを組めば戦果は等分」

 事前にガルマに聞いていた通りの内容だ。

 添付されていた手配書によると、当該地域を根城にしている可能性が高い手配犯の数は四人。戦果が等分なら、二人グループだと手配犯四人全員を捕まえる必要がある。だがヴィーシが暴れ回ることを考えれば、二人捕まえることだって相当難しい。


 イチトはニコラと組まない方が良いと、改めて認識した。

「まあ、簡単に昇進させるほど甘くはない、か」

「ああ。それに一人にさせた方が使えるかどうか見極め易いだろうしな」


「でも普通なら、昇格諦めて協力すると思うぜ。むしろ組まない、チームワークに難がある奴をあぶり出す為じゃないか?」

「それなら炙りだされてやるよ」

「そう、か。ってこれ、殺害って、どういうことだ?下手に殺すとまた悪評立つだろうに」


 上擦った声にイチトは少し疑問を覚えたが、追求するのも面倒なので無視して話を進める。

「下手に生かそうと意識すると、返り討ちにあう。悪評は、もう諦めたんじゃないか」

「な、なるほど。随分と思い切ったな。それで、後は地図と、手配書が四枚か」

「それなりに広いし、移動手段も重要か。あと未開拓にしては高い建物が多いな」


 三次元マップを回して全体像を把握すると、十階建てのビルを筆頭にそれなりの高さの建造物が並んでいた。

 それ故に見通しが悪く、隠れる場所には困らないように思える。逆に探す時は苦労しそうだ。


「空飛べたら有利だろうけど、飛べるもの買う金ないしな」

「そこは言っても仕方がない。それで、武器はナイフと手榴弾のままで良さそうか」

「手榴弾は周りに気をつけるべきだけど、まあ問題無いな」

「そうか。それじゃあな」


 イチトは確認したいことを聞き終えると、直ぐに背を向けて歩いていった。

「あー、その、待ってくれ」

 それを、トレハが引き止める。


 イチトは溜息をつくと、億劫そうに後ろを振り返った。

「用があるなら、普通に言え。わざわざ読み合わせなんて言い訳を使わずにな」

「っ、気付いてたのか」

「当たり前だろ。話の入りも不自然だし、未開拓衛星の情報が一瞬で出るのも変だ。木星出身の俺でも、未開拓衛星までは知らないぞ」


 八十近く衛星を持つ木星の、無名な衛星を把握しているのはどう考えても無理がある。

 トレハは自分の詰めの甘さを思い知り、下手な小細工を諦め、正面切って話をすることにした。


「……お前の言う通りだ」

「用件は」

「今度の作戦、一緒に行ってくれないか?」

「断る」

「即答、か」

「当然だ。人を守ってやるほどの余裕は、今の俺にはない」


 守る余裕はない。イチトは自分で言っておいて、何を言っているんだと思った。

 偽の銃弾について教わっておいて。

 掩護射撃をしてもらって。

 おとりのようにすら扱って。

 それでようやく生き残れたのを、全部忘れたかのようなセリフを吐いている。


 一人では戦えないと、認めたくないがためだけに。


 そう、クロイ・イチトは、復讐者は強くなければならない。

 一人で仇を討たねばならない。

 そのためには、一緒に戦うなどあってはならないのだ。


「それでも、頼めないか?まだ俺は、死にたくないんだよ」

 死にたくない。トレハの願いは、ただそれだけだった。

 二週間後の任務において、生き残れる見込みがなく、死が目前に迫っていると感じているのなら、このなりふり構わなさも理解できる。


「そうか。俺も、誰かを守ったばかりに死にたくはない」

 だが、頼む相手が悪かった。

 この数日間負け続け、自分の無力を痛感したイチトは、だからこそ復讐者として虚勢を張った。


 そして何より、イチトは昇進すれば得られるという、仇の情報を逃すわけにはいかない。

 共に行動するのが誰であれ、二人で戦うなら全ての手配犯を殺す必要がある。

 『星群』なしでそれを達成するのは、ハッキリ言って不可能だ。


「……そうだな。邪魔して、悪かった」

「武器選びを手伝って貰ったんだ、話だけなら、任務時以外なら問題ない。じゃあな」


 相談には乗るが、任務の邪魔になるのは許さない。しっかりと釘を刺し、イチトはその場を離れた。


 帰ったふりをして影から見ていた少女が、ほくそ笑むのにも気付かずに。


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