古い記憶と新たなる対戦相手
薄暗い、打ちっぱなしのコンクリートの部屋の中で、少年は俯いていた。
すると俄に、この部屋唯一の扉の向こうが、騒がしくなった。
そして扉が開き、男が一人現れる。
「それで、話す気にはなったかな?」
男は敢えて大きく音を鳴らし、少年の正面に座った。
「何を、ですか」
「君がどうやって両親を殺したのか、だよ」
「やってません」
少年は目を見てはっきりと否定する。
だが男はそれを一切無視して、タブレットを少年に見せた。
そこには、二つの首が切り落とされた死体と、血溜まりが映し出されていた。
「っ!」
少年はすぐに目を逸らし、ぐっと唇をかみしめる。
見間違えようもない。それは少年の両親の死体だった。
男はそんな様子を気にも留めずに話を続けた。
「状況を振り返ってみようか。君の家に立ち入った人は防犯カメラに映っていないし、家の中には君とご両親しか居なかったんだよね」
「は、い」
目の前に出された凄惨な光景は、少年を怯えさせるには十分、いや、どう考えても過剰だった。全が震え、顔からは嫌な汗が滲む。
「なら、君以外にこんなことをできた人間はいないよね」
「やって、ませ、ん」
恐怖は体を支配している。
だがどれだけ怖くても、絶対に認めてはならないと少年はわかっていた。
他にいなかったと認めた瞬間、この事件の犯人は自分だったということにされてしまうから。
「じゃあ、君以外の誰がやったんだって言うんだい?」
しかし逆に、年端ももいかない少年が、自分が疑われないように振る舞うその姿は、刑事の目には何かを隠しているように見えた。
だが少年はそこにまでは意識が回らず、正面から説き伏せようと立ち向かってしまった。
「僕にも、できません」
「どうして?」
「首が、切られてます。子供が骨なんて切れません」
少年は恐る恐る、首のない両親を指差した。
自分が犯人だとされれば、親を殺した犯人に罰を下せない。それだけは、絶対に許されない。
どれだけ怖くて辛くても、泣いて戦うのを辞めてしまえば、真相は闇に葬られる。
「それは確かに変だね。とても鋭い刃物がないと、絶対にできない」
「家に、そんなのなかったでしょう」
「うん。でもね、刃物ってのは近くにいる人間じゃないと使えないんだ。だからその言い訳は認められないね」
「言い訳じゃ、ありません。やってません。というかそれなら、どうやって切ったんですか」
「それを君に聞きたいんだけどね」
進んだと思っても、直ぐに元の場所まで押し戻される。
だが、それも警察からすれば仕方がないことだった。
最も疑わしいタイミングで、唯一被害者と接触できた被害者の子供が、何故か泣き叫ぶでもなく冷静に反駁してくるのだ。
まるで推理小説の犯人が、アリバイがある、凶器はどこだと問い、鉄壁のトリックで自分の無罪を訴えているかのように。
「僕は、何も知りません」
たった一言が人生を左右する状況で、少年は必死に抗い続ける。
抗う程に、疑いが深まるなどとは思いも寄らずに。
「……また、か。」
最悪の目覚めだ。
だがそれも日常の一部だと思えるくらいには、昔の夢を見ることが多くなっている。
どうも宙域という戦いの場にまでこぎつけたことにより、気が昂っているらしい。
時計を見ると、時刻は午前七時。あの後色々やり取りをしたところ、ヴィーシは低血圧で午後ならないと戦いたくないらしい。
それを踏まえて決めた約束の時間にはまだまだ早い。
「……他の奴と戦うか」
今、イチトが訓練以外にやるべきことはない。
部屋を出るが、時間帯の影響もあってか、前に廊下を歩いた時よりも明らかに人通りが多い。
そして視線を向けられることもやたらと多い。少なくともイチトはそう感じた。昨日のヴィーシとの模擬戦が注目を集めていたから、その影響だろう。
何となく居心地の悪い廊下を抜けて訓練場に辿り着く。しかしいざ扉を開けてみても、中には人っ子一人居なかった。端末から使用履歴を見ても、ここ数時間は模擬戦が行われていない。
首を傾げながらもとりあえず部屋を後にする。
「あれ、イチト。こんな時間に何やってんだ」
するとタイミングよく、廊下を歩いていたトレハと出くわした。
「トレハか。体動かそうと思って来たんだが誰もいなくてな。今は使えない時間だったりするのか?」
「いや、今七時だぜ?こんな朝っぱらから戦おうなんて奴お前しかいねえよ」
「そうか。じゃあ待つしかねえな」
「暇すぎだろ。誰か来るまであと二時間はかかると思うぞ。もっと時間を有効に使おうぜ」
「……そうだな。それなら食事だな」
「普通は最初に食事をとるんだよ」
「普通に過ごして何になる」
「少なくとも、模擬戦で無駄足を踏むことはなくなるぜ。一緒に食おう」
イチトはその言葉の正しさを認めつつも、異常な組織で普通を語られることにどこか納得できなかった。
今歩いている道も異常の一つだ。画一的な壁と扉が並び、ついでに侵入者を惑わせるために行き止まりと分かれ道を何度も繰り返す。
イチト自身も、この道の構造を理解するのには苦労した。
退屈な壁の羅列の先で、ようやくトレハは扉のうちの一つに端末を翳し、開いた。
そこに広がっていたのは白を基調とした広い空間。そこにはその空間を埋めるにふさわしいだけの量、テーブルと椅子が並んでいる。
だがそれに比べて人の数は、極端に少なかった。
「空いてるな」
「まあな。でも注文スペースが混んでるから意味ないけど」
トレハが指差す方を見ると、うんざりするような人の波が嫌でも視界に入る。
「朝だからマシな方だ。それに全員どうせ一番安いのにするし、進むのは早いけどな」
「金が必要で来てるんだからそうだろうな。本当ならもっと多めに食って筋肉増やしたいんだが」
「給料から天引きだし食えばいいんじゃねえの」
「……何かと入用なんだよ」
イチトは日替わりのメニューを二つ注文した。
言行の不一致に、トレハは訝し気な顔を向ける。
「結局二つ食うのか?」
「お前の分だ。班作るとき、何だかんだ世話になったろ。あと次からあの女を呼ぶなよ」
「本当にお前あいつが嫌いだな……」
「ああ。断るなら俺が食うが」
「ありがたくもらっとく。貯金の足しにはなるしな」
イチトは支払いを済ませると、二食分のトレイを受け取り、トレハに一つ渡した。
鶏の照り焼きと、適当な野菜を刻んだだけのサラダ、豆腐の味噌汁、それと白米のシンプルな定食だ。
「いやー、しかし奢って貰ったと思うといつもより旨そうに見えてくるな。何でだろ」
「さあな」
二人は席につくと、食事を始める。戦闘を行う人間に食べさせるのなら、もう少しタンパク質が多い方が良いのではないかと思ったが、そこまで対応していられないのだろう。
二人とも食事中に喋るタイプではないため、咀嚼音と 箸が皿に触れる音だけが響く。
「おやおやおやあ?そこにいらっしゃるはクロイさんじゃあございませんこと?」
そんな空気が突然崩壊した。これまた日替わりの定食を持った女が、いつも異常に奇天烈な口調で絡んで来た。
トレハは話しかけてきた女を眺めるが、イチトは一切反応せず食事を続ける。
「おい、お前にお客さんみたいだぞ」
反応を窺う二コラに、それを完全に無視するイチト。トレハは両者の作り出す奇妙な空気に耐え兼ね、無視できない環境を作っていく。
「無視してるんだ。捨て置け」
「ちょっと!聞こえてますけども!」
イチトはハエでも払うかのように箸を振り、放置するよう言う。それを聞いた二コラは憤慨するが、聞こえなかったように食事を続ける。
「聞きなよ!ねえ!クロイ!イチト!」
「煩い。どうせまた『星群』の話だろ」
直前の怒りなどすっかり頭から消え去ったように、ニコラはあくどい笑みを浮かべると、下からイチトの目を覗き込む。
皿とイチトを結ぶ直線上に居座る顔は、怒りを煽ると同時に、食事を続けさせないための障壁となった。
「はずれ~。まったくもって見当違いですぅ~。今日は君の呑気な顔を拝みに来ただけ。多分直ぐに見れなくなると思うからさ」
イチトは無言で箸をその両目に向けて突き出した。
「おっと、美味しくないよ」
二コラはその攻撃をひょいと躱す。
箸はその先にあった米に突き刺さり、そのまま米をイチトの口まで運んだ。
「ええっと、確かニコラだっけ?呑気な顔が見れなくなるってどういうことだ?」
「すぐにわかるよ。じゃあね」
このままじゃ埒が明かないと判断したトレハが会話を仲介する。しかし二コラはそれを拒絶するように、手を振りながら去っていった。
「何なんだあれ」
「俺が知るか。ご馳走さま」
「あっ、いつの間に。待てよ、俺ももうすぐ食べ終わるから」
食器を片付けようと席を立つイチトを、トレハは引き止める。
「俺は訓練場に行くが、どうする」
「いやまだ誰も居ねえよ。世の中お前みたいな戦闘狂だらけじゃねえんだぞ」
イチトは不満そうな顔を浮かべると、どかっと椅子に座りなおして残っていた水を飲んだ。
「別に戦闘が好きなわけじゃないんだが」
「冗談向いてないぞ」
「事実だ。復讐の為に争ってるだけで、戦い自体は好きじゃない」
「そっか、悪い」
「別に良い。それより、今から一戦どうだ」
「昨日の試合を見た感じ、絶対勝てないから嫌なんだが」
「そうか。じゃあな、他にやることもないし、訓練室で人を待つことにする。用あったら来い」
返事を聞くなり、イチトは一人で訓練室に向かった。
「そっけねえな」
多少仲良くなったつもりだったトレハは、すげない態度に一抹の寂しさを覚えて呟いた。
聞こえなかったのか、イチトは何も言わずに訓練室へと歩いて行った。
時刻はまだ七時半。まだ隊員の半分も起きていない時間に、訓練室に人がいるはずはない。
だがイチトの目は、そこに屯っている四人の隊員の存在を確かにとらえた。
「あれ、よく骨折してる奴じゃん。骨折れてんのに訓練しに来たの?」
「もう治った。それより暇なら今から勝負でもどうだ」
イチトが入ってきた事に気がついた青年の一人が、馴れ馴れしく声をかける。
よく骨折している、という枕詞に物申したい思いはあったが、口には出さず模擬戦をする方向に話を持っていくことにした。
「噂通りの戦闘狂だな。いいぜ、俺たちも丁度強いやつと戦ってみたかったんだ」
「戦闘狂じゃねえよ。それで、誰から相手してくれるんだ?」
「いやいや、ナチュラルに全員とやる気な時点で相当だよ」
「だよな。ま、最初は俺が行こうかな」
「……訓練するのは普通だろ。ともかく、始めよう」
「でもあんまり期待すんなよ?俺弱いからな」
青年は自信なさげに呟いた。だがその足取りが遅くなることは決してなかった。




