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艦長と新人一位

「さて、よく集まってくれた」


 ニコラとイチトの模擬戦から一日、大部屋にイチト含む数人の隊員が集められた。

 周囲には大量の机椅子とタブレット。壁すらも惜しかったのか、扉以外は完全にモニターで覆われている。そしてそれに加えてたった一つ、他のものと比べて明らかに高級感のある椅子に、声を発した女は座っていた。


 漆黒の軍服に似た衣装と、座っていてもわかる圧倒的な身長とプロポーション。

 例え一瞬目が合っただけでも、その姿を忘れられる人間はいないだろう。


「私がこの船の艦長を務める、アストヴァレー・ネイピアだ。貴様らを呼び出したのは他でもない、今回の任務での活躍についてだ」


 艦長だと言われた時、その場に集められた四人全員が納得した。

 立ち振る舞い、見た目、そして声。全てが人を従えるために設計されたかのようだ。


「班員で任務における貢献度上位三位を独占。更には人質救出も成し遂げた。素晴らしい功績だ」

「……あれ、トレハってそんなに活躍したっけ?」


 その空気を一人の少女がぶち壊した。

 イチトは面倒んことになったとため息をつき、トレハはあまりの無礼さにすくみ上った。


「黙っとけって、な?後で説明するから」

「おっ、もしや私たちのみてないとこで活躍してたの、トレハ」

「……何を言っている。三位が……ニコラ。二位がクロイ。一位がエフェメラだろう。報告ミスがあるならそう言え」


 告げられたのは、全く聞き覚えのない名前。

 ニコラでもイチトでもトレハでもない。だとすると残る選択肢は一つ。

 二人はちらりと、この場に集められた四人目の隊員を見た。


 こちらもネイピア程ではないが身長は高め、恐らく百七十の前半だろう。

 顔と体型に関しても勝るとも劣らない。更に服装も、制服のジャケットの前を大きく開けて、シャツ一枚纏っているだけ、といった状態のため、相当に強調されている。

 長く、金色に輝く髪は、紅い玉のついたゴムで後ろで一つに纏められている。


「……報告はあってると思うわ」

 どうでも良い。そんな幻聴が聞こえるほど、冷たい声だった。

 返事をする際にも、爪の形が気になるのか指先を眺めたままで、ネイピアに顔すら向けない。


 出発前、トレハが言っていたもう一人の隊員とやらの正体が、この女なのだろうか。

 それも話からするに、この作戦で誰よりも活躍した。


「そうか、ならいい。ともかく、貴様らには報酬を与える。私から見て右から順に要求を言え」

「情報を寄越せ」

「クロイ、私には貴様の右に人がいるように見えるが」


「知るか。それより、『アンノウン』について教えろ、ネイピア」

「おっ、おい!流石に失礼だろイチト!」

「あ、私は金」

「私はもっと広い部屋。最低でも三倍」


 並び順は、右からトレハ、ニコラ、イチト、そしてエフェメラと思われる女。

 イチトが口火を切ったとはいえ、誰一人順番など守らなかった。


「……」

「ほ、ほら、見ろよあの顔!滅茶苦茶怒ってるじゃん!」

「……トレハ」

「はっ、はい!?」

「貴様が遅いのも原因の一つだ。褒賞は与えるが、上官に対する無礼な態度の罰は全員に与える。減給とする」


「えっ!?ちょっと艦長さん!?」

「それで、貴様の要求は何だ?」

「え、っと、その……俺、ロクに戦えなくて、それで、別のところで働きたいんですが」

「宙域以外で、ということか?」

「はい」


 トレハは言ってから、自分の発言が不用意だったことに気が付いた。

 組織の長に対して、ここは嫌だから他の働き口を用意しろと言うのは、口の利き方などとは比べ物にならないぐらい無礼だ。


「無理だ。それに成果を挙げた人間に対する報酬で、外部に行かせるわけがないだろう。もし」

「すっ、すみません!金!お金でお願いします!」

 真っ青になりながら、遮るようにして叫ぶ。腰はきっちりと九十度に折れ曲がっていた。

 後にニコラは、この時見たトレハが、生涯で最も美しく頭を下げていたと語る。


「……貴様が望むなら、良いだろう。報酬は後日渡す。今後は礼儀を学び、成果を挙げ続けろ」

 何か言いたげな様子ではあるが、締めの言葉らしきものを言われたため、四人は去った。

 トレハは失態のせいでそこまで意識が回らず、一度転びそうにすらなっていた。


「調子悪いなら部屋戻れ。首撃たれた穴も埋まったばっかだろ。何なら送るぞ」

「そこまでじゃない。というか、昨日骨折ったばっかの奴に言われたくねえな」

「そりゃそうだな」


 トレハは部屋へと戻っていく。その姿が見えなくなった途端、エフェメラと呼ばれた女は、突然口を開いた。

「さてと、初めましてね、クロイ・イチト。それと、えーっと、ニコラ」


「あれ、思ったより積極的に話するんだね。さっき爪いじってたとは思えない」

「あー、今後関わる予定はないが、初めましてエフェメラ、でいいか?」


「あら?これから私は貴方と関わっていきたいって思ってるけど。それと、私のことはヴィーシって呼んで」

「俺に何の利益がある?」

「対戦相手、欲しかったんじゃないの?」


 イチトは目を見開いた。

 任務における成果一位と戦える機会。確かに今のイチトには、必要なものだった。

 だが初対面の女が、突然それを差し出してくる理由が、イチトには理解できなかった。


「なんの得があってそんなことをする?」

「私が望むのは、胸が高鳴る戦いそのものよ。私の次に活躍した相手に興味を持つのは自然じゃない?」

「ふうん。何、バトルジャンキーってこと?Mなの?」


「私はギリギリの戦いが好きなだけで、痛いのは嫌いよ。それに初日に七人相手に勝って、警部に喧嘩を売ったんですって?そんな面白い奴がいるなら、仮病で逃げなきゃよかった」

 恍惚とした表情。嘘をつくにしても、もっとマシな方法はいくらでもある。わざわざこんな怪しいセリフを選んだりしないだろう。最も、それでも異常者なことには変わりないが。


「なるほどな。そういうことなら戦ってくれ。ただ、『星群』は使わないがいいか?」

「いいわよ。私、敵の強さにあわせて強さ変わるし。ピッタリでしょ?」

「なるほど。訓練相手として丁度良いな。今日は怪我してるから無理だが、明日でどうだ」


「ってちょいちょい、『星群』使って訓練した方が良いんじゃないの?」

 話が纏まりかけた瞬間、ニコラはそれを引き止めた。

 イチトは殺意の籠った目を向け、説明するのも面倒だといった様子で息を吐いた。


「俺が欲しいのは一人で戦える力だ。『星群』を伸ばしても無意味だ」

「いやいや、でも前の作戦は私がいなかったら危なかったじゃん」

「トレハが、な。俺一人だったらどうにでもなった」


 イチトが心底嫌悪するニコラの手を借りたのは、トレハが死にかけていたからに他ならない。

 一人ならば、それに応じた戦い方をして、怪我をすることもなかった。少なくともイチトはそう考えていた。


 しかしニコラからすれば、それは全て机上の空論でしかない。

 意見は真っ向から対立。そして二人に歩み寄る気など、毛頭もない。


「……どうでも良いから帰るわね。連絡先、交換しましょ。ちなみに私は、一人でも二人でも歓迎よ」

 そして間を取り持てるトレハは既におらず、ヴィーシはそんな小競り合いには一切興味がない。

 手早く必要なことを済ませると、面倒ごとから遠ざかっていった。


「だいたい、何で前よりも嫌がってるわけ?」

「前より嫌になったからだろ」

「それが意味不明なんだよね。私は今回、君の指示の下で動いた。それで実力を示した。要するに便利に使えるコマだったわけじゃん。なにが不満?」


「……確かに今回は助けられた。だが最後、仇と戦うときは一人でやると決めてる。だからお前に頼らない強さが要る」

 働きぶりに不満はなかった。ギリギリではあったが、一人では助けられなかっただろう人を救えたのだから当然だ。

だがイチトの目指す復讐は、一人でしか成しえない。


 両親を殺した何者かを、その手で追い詰め痛めつけ、生まれてきたことを後悔させ、命が尽きる瞬間を掌で感じなければならないのだ。

幾ら理屈で否定しても、感情の問題だ。決して考えが覆ることはない。


「んぎぎぎぎぎぎぎい……でも!途中で死ぬよりは二人でやった方が、ね?

「ああ。だから一人でも死なねえように訓練しなきゃならねえんだよ」

「もっと楽にできるならこしたことはないでしょ?」

「出来ないって言ってんだ。消えろ」


 イチトはもう相手にするのも嫌だ、と言わんばかりにニコラを追い払うと、その場を離れた。

 だが、ニコラは笑っていた。

 もはやより嫌われた理由を探る必要もない。ニコラがやるべきことの全てを、イチトは無意識の内に言ってしまった。


「必要なのは、気合と根性、あとは……」

 ニコラは腰を曲げ、両手を地面につけると、ふうっと肺の空気を押し出した。

 そして勢いよく地面を蹴り飛ばし、廊下を駆ける。


「体力っ!」

 走る、走る、体力の限界まで。

 今日は体が悲鳴を上げる距離を、明日には走り抜けれるように。

 より速く、より遠くへと体を運ぶために。

 通行人の合間を縫って、ニコラはひたすらに走り続ける。


「やったるぞ!」

 次の任務までの時間のほとんどを、ニコラは走り込みに捧げた。


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