隊列
とても酷い夢を見た気がした。地獄のような世界に行って、殴られ、蹴られ、そして大量のまずい酒を飲んで吐いた夢。目が覚めれば知子が隣にいる。きっとそうだ。
身体揺すられ、渋々目を開けた。
「早く起きて!」シッチだった。
ぼうっとしながら起き上がると、全身の痛みと気持ち悪さを感じた。
周囲を見渡すと、他の男達はすでに起きていて、慌ただしく何かをしているようだった。
部屋は暗く、まだ夜は明けていない。
「一昨日戦ったばかりよ!なんでなのよもう!」
「最近はどうもおかしいな」
「そんなことはいい!全員、準備を怠るなよ!ジャーマン!新人にも武器をやってくれ」
「わかってるよ!」
男達の緊張が伝わった。外では太鼓の音が響き、松明を持った女達が怒声を上げながら走り回っていた。
「お前ら、悪いがまともな武器がねえ。だがねえよりはましだ。離すんじゃねえぞ」ジャーマンはそう言うと、僕とシッチにそれぞれ剣を渡してきた。
渡された剣は刀身が折れており、かなり使い込まれたのだろう、ノコギリのように刃がボロボロだった。
突然小屋の扉が勢いよく開けられた。
「お前達さっさと出て来い!」女の兵士だ。日中とは比にならない程殺気立っているのがわかった。
「ちょうど準備が終わったとろこです。ほらお前達行くぞ!」リーゲルスが慌てて言った。
「遅れたやつから前線に立つことになるぞ」女兵士はそういうと小屋を後にして行った。
「やばいのが来るのか?」ゴリスの問いかけをリーゲルスは無視して、外の様子を覗いた。
「ここだけじゃねえ。隣の村も集められてやがる」
「まじかよ!今までそんなことなかっただろ!」
「とんでもねえ悪魔が来るのかもしれねえ」
僕とシッチはただただ剣を握りしめて怯えることしかできなかった。
「さっさと出るぞ。最前線に立たされたんじゃたまったもんじゃねえ」
女達の指揮の下、配置されたのは最前線から少し下がった場所だった。とは言っても、前に十人程の列がいるだけで、最前線は目と鼻の先だ。
隊列を組まされてからは、誰も一言も口にしなかった。
「ディエス峠を越して向かってきているそうです。それもかなりの大物のようで」
女達の話す声が聞こえてきた。
「リエス卿では止められなかったということか?」
「伝令の話だと東の派遣部隊は壊滅したそうです」
「イエリカ様が戻ってきていたのは幸運だった」
「ええ。そうですね……」
笛の音が響いた。同時に女兵士の何人かが笛の音のする方へと移動して行った。
「逃げ出すか?」ジャーマンがリーゲルスに小さな声で言った。
「それも手だ。こんなにいるなら、森の中に逃げてもバレないだろう」
「ああ、女どもも探しきれねえ」
「相手次第だ」
僕とシッチは黙って聞いていた。いざとなったらリーゲルスについていって、こんなところからは脱出したい。光一がどうなってしまったのかはわからないが、このままでは、命がいくつあっても足りない。
少しすると女兵士が最前線の方へと戻ってきた。その後ろから何かを背負った男がついてきて、同時に最前線の者から順に何かを渡して行った。
「最悪だ……」リーゲルスが言った。
前線から後ろに何かが渡されていき、僕のところにもやってきた。それは布に包まれた何か小さなものだ。
「後ろへ回せ」リーゲルスがそう言うと、皆その通りに後ろに回していった。
前から次々と回ってきては後ろに回していくと、最後に僕の手元に一つ残った。
「いいかお前ら。生き残りたきゃ辞めておけよ」リーゲルスの顔は真剣だった。
他の部隊の男達は、布を開けると、中にあったものを飲み込んでいた。時間が経つにつれて、男達が興奮していっているのがわかった。
「キリーシカの葉の丸薬だね」シッチが言った。
「薬?」
「うん。戦う前に飲むと強くなれるんだ」そう言うとシッチはリーゲルスの忠告を無視して、丸薬を飲み込んだ。
「リーゲルス……」ジャーマンは心配そうに言った。
「相手次第だが、前線を盾にして一気に森まで走り抜ける。いいな」そう言うと、僕とシッチ以外は無言で頷いた。