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兵舎

 自分の意志とは無関係に何もかもが進んで行った。光一とは離れ離れになり、巨大な女達に言われるがまま歩かされた。

 事情を説明しようとしたが、口を開けば女達に殴られ、終いには剣を突き付けられた。自分の無力さを痛感した。知子に会いたい。そんな気持ちは女達への恐怖によって簡単に覆いつくされてしまった。


 連れていかれた先は、小さな小屋のようなものが並んだ村のようなところだった。どこにも女の姿はなく、やつれ、死んだ目をした男だけがいた。

「いいか命令無しにここから出たら死刑だ」女が一人独り言のように言った。

 村のようなものは簡易な木の柵で囲まれていた。

「太鼓の音が鳴ったら先頭の合図だ。すぐに外に出ろ」

 僕とシッチは黙って聞いていると、後ろから別の女に蹴飛ばされた。

「返事をしろ!」

 鎧で覆われた女のつま先が背中に突き刺さった。あまりの痛みに僕は地面に倒れこんだまま、口を開くこともできなかった。

 女達からは更に暴力を浴びせられた。普通に生きていれば一生かかっても受けることはないであろう暴力の嵐を、たった数十秒の間に受けることになった。

 僕は目を閉じて痛みに耐えることしかできなかった。終わりの見えない暴力に、いつしか痛みはただの信号に変わっていった。そして、土と血の味、ぬかるんだ地面の冷たさを感じるのを最後に意識が遠のいて行った。


 気づくと僕は何かの建物の中にいた。隣にはシッチも横たわっている。男達の笑い声が聞こえる。

「シッチ!」僕はシッチを叩くと、怯えるように飛び上がって目を覚ました。

「ここはどこ!?」

 シッチが起きると男達が僕達の方を一斉に見た。

 10人程いるが、全員が男だ。汗と酒の匂い、男達は既に酔っ払っていた。

 どんなひどい扱いをされるのかと思ったが、意外にも彼らは僕とシッチを歓迎してくれた。

「女どもに大分絞られたようだな!ようこそ掃きだめへ!」

 全身傷だらけの男はリーゲルス。この部隊の隊長だ。僕らが入るや否や酒を勧めてきた。木製のジョッキに注がれたビールと呼ばれるそれは、泡がなく、べっとりして茶色かった。僕の知っているビールとは大分違い、美味しくはなかったが、僕はひと思いに飲み干した。


「あなたエイトリカムの出身でしょ?あそこは美男が多いっていうし」

「おいおい俺よりいい男がいるのか?」

「傷だらけの男の顔って好きよ」

 べたべた男同士でくっついているのは、シーベルトとゴリス。恋人らしい。

 出身は日本だというと、知らないようだった。僕がバツの悪そうな顔をすると、夜の愛し方について教えてくれた。僕はビールをまたすぐに飲みほした。


 ジャーマンはここの副隊長ということだ。隊長の事を熱く語っていた。ここに来るのは落ちこぼれだけらしい。いつも最前線に置かれながらも、リーゲルスが率いるこの部隊は、いつも悪魔を倒し、全員で戻ってくるということだ。

 僕はその言葉に少しだけ安心し、注がれたビールを飲み干した。


 男達の中で最も背が高く、筋骨隆々なボロスはとても無口だった。もっとビールを飲めば話せるかと思ったが、ダメだった。


 ほかにも何人かいたが、みんな僕らを歓迎してくれた。

 時間はあっという間に過ぎ、夜になっていた。僕は飲みすぎたビールを吐き出していた。

 小屋から出て、涼しい風に吹かれながら、酔いがさめるのを待っていると、何度も吐き気が襲ってきた。ビールが腹からなくなると、胃液を吐いた。

 こんなに酔っ払ったのは生まれて初めてだった。だが、どんなに酔っ払っても、どんなに吐いても、痛みは紛らわせても、自分自身の無力さだけは消えてはくれなかった。


「新人、どうやら飲みすぎたようだな」リーゲルスが隣に座った。

「はい……」

「そうか!そりゃ大変だ!」

「……悪魔と戦わなくちゃいけないんですか?」僕はリーゲルスの方を見つめた。

「ああ、そうだ。逃げ出そうもんなら女達に殺される」

「怖くないんですか?」

「ここが女達になんて呼ばれてるか知ってるか?」

「えっ?」

「処刑台だ。まともな守護霊を持っていない役立たずの男達は、最前線の部隊に放り込まれる。そして捨て駒のように悪魔と戦わされて殺されるからさ……怖いよ。悪魔と戦うのは。だけど俺にもあいつらにも夢があるんだ」

「夢?」こんな世界で?

「ああ。俺は北のマルギリアの出身だ。今はこんなとこいるが、一応領主の子でな。8年前の戦争で母も姉もみんな殺されちまって、マルギリアもなくなった……俺は男だが、一族の守ってきたマルギリアを取り戻したいんだ」

 夢。知子に会いたい。そんな当たり前のことが今ではそんな遠いものになってしまった。

「俺の守護霊は戦闘じゃくその役にも立たねえ、夜になると光る光の玉だ」

 リーゲルスの目の前に光の玉が一つ浮いていた。

「俺は星の守護霊って呼んでるんだ。今まで死ぬ危険なんていくらでもあった。だけどこいつと一緒に生き延びてきたんだ。こいつの照らす先には未来がある。俺はそう信じてる」

 夜空を見上げると満天の星空が広がっていた。今まで見たどんな星空よりも綺麗だった。

「どんなに遠い夢でも進まねえことには手に入らねえ。あの星みてえに遠くてもな……あと1年、あと1年ここで戦い抜くことが出来れば兵役を終えることが出来る。そうすればお前達二人も一緒にここから出してやるよ」

 何もかもが夢であればいいのに。


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