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出ろ!守護霊!

 

 城壁をくぐった先には、所狭しと建物が並び、多くの人でごった返していた。子供のような男達、大きすぎる女達、馬、牛。罵声が響く街並みをよそに、僕たちの乗った馬車は町の奥へと進んで行った。

「臭せえし、汚ねえ……」

 光一の言う通りだ。露店では様々なものが売られているようだが、肉にはハエがたかり、使わない内臓や何かが平然とその場に捨てられていた。

 止められている馬は糞尿を垂れ流し、川は汚水のように茶色くなっている。

 汗、糞尿、腐敗。あらゆる匂いが混ざり合い、視覚と嗅覚を襲ってくる。鼻をつまんでも口から匂いが立ち込め、嗅いだことのない異臭は吐き気を催すひどいものだ。

「なんで女があんなにでけえんだ?」

「僕だってわからないよ」

 シッチも会話に入ろうとしているようだったが、なんのことを言っているのかわからないようだった。

「まえ、世紀末の世界でゴリラみてえな女が無双するゲームやったんだ。それよりもひでえ……。きっとこの世界の神は狂ったフェミニストだ……」

 神。その言葉に暗闇の中で聞こえた声の事を思い出した。僕には役目があると言っていた。そして、怒りに満ちた叫び声。だが、僕たちに何ができるというのだろうか。こんな小さな身体。恐ろしい悪魔のいる世界。知子のもとに戻りたいという希望も、すぐまた命を失いそうな恐怖に絶望してしまいそうだ。


 馬車は街の中を進み、堅牢な門と壁に囲まれた建物の中へ入って行った。もう二度と出られない刑務所のようなそれは、シッチが言うには兵舎ということだ。

 僕たちは降ろされ、女騎士達の言うまま一列に並べられた。

 女騎士達は並んだ男達を確認するように見ていった。一様に女より背の低い男達は、何か懇願のようなものを含め、歩いてくる女騎士を見上げた。しかし、自分たちに向けられる視線に、自分たちが単に商品のようにしか見られていないことをすぐに察した。

「守護霊をだせ。お前からだ」

 横に並んだ僕と光一は目を合わせた。

「出ろ守護霊!」列の左端の男が言った。覗いてみると、男の前に小さな何かが出ているのが見えた。葉っぱ?雑草のようなものを男は握っていた。

 女騎士達が目配せをすると、男達の後ろに立っている女騎士がその男を蹴って前に突き飛ばした。体格差に男は地面に倒れこんだ。

「さっさと立て」女騎士の言葉に倒れた男はすぐに従った。

 順番的にシッチ、僕、光一の順だ。シッチは案外落ち着いていた。

「ねえ、守護霊って何?」僕はシッチに小声で聞いた。

「静かに!怒られるよ」

「お願い!教えて!」

「出したことないのかい?」

「ないよ!」僕が迷わずそう言うと、シッチは下賤な笑みを浮かべた。

「初めてなの?」僕は黙ってうなずいた。

「へへへっ。適当に出ろとか言えば出るよ」

 順番は次々と進んで行った。ほとんどの男達が、最初の男のように前に蹴り飛ばされる者もいたが、後ろに引っ張られる者もいた。

 女騎士がシッチの前に立った。

「出て守護霊!」シッチは両手を前に突き出し言った。するとすぐに突き出した両手の間に、小人みたいなのが出てきた。妖精みたいなそれは、宙に浮き、わずかに光っていた。

 シッチは前方に蹴り飛ばされ、地面を転がった。

 僕の番がやってきた。光一が僕の方を心配そうに見ているのが伝わった。これまでの男達は蹴り飛ばされたか、後ろに引かれたかに関わらず、全員守護霊と呼ばれるものを出していた。

「おい、さっさとしろ」

「はい……」

 僕はシッチがそうたように、両手を前に突き出した。

 神社の家に生まれ、鷹司の苗字にあるように、神社の至る所に鷹の紋章が刻まれている。先祖の中には霊能者と呼ばれた人もいたほどだ。順風満帆な人生を歩むことが出来たのも、そうした 先祖の力があったのかもしれない。僕はこれまでの人生を振り返ると同時に、先祖たちに祈り、集中して目を閉じ、言葉を放った。

「出ろ!守護霊!」

 風が吹くのを感じた。汚臭を払うような香しい匂いを感じ、目を開けた。鷹はいない。だが、上空を飛んでいるのだろう。

 右手に芋虫がくっついているのが見えた。僕は咄嗟にそれを指ではじき飛ばした。

「イテッ!」小さな声が聞こえた気がした。

「おい何をしている?」女騎士が僕に詰め寄った。香水の匂いがした。

「守護霊を出せと言っているのがわからないのか?」

 空を見上げ、四方を確認した。どこにも鷹はいない。

「もう一度だけ!もう一度だけ!」女騎士が剣に手をのせると同時に僕は叫んだ。

「さっさとやれ」

 もう一度集中した。背筋は凍り、足はガクガクと震えた。だが、先ほどそうしたように、先祖に祈り、目を閉じた。

「出ろ!守護霊!」

 僕はすぐに目を開け、周囲を見回した。だが、鷹はどこにもいない。

 そして、また右手に芋虫がついていた。気持ち悪いと思い、それをまた飛ばそうとした。

「てめえ、次やったら殺すぞ」高い可愛いらしい声とは裏腹に、下品な言葉が右手から聞こえた。

「ほお、喋る守護霊とは」

「へっ?」

「だが、芋虫ではな」

 次の瞬間、僕は後ろから思いっきり蹴り飛ばされた。


「君の守護霊小さいんだね。へへへっ、僕のより小さいのは初めて見たよ」顔面をすりむいて赤くなっていたシッチは笑っていた。

 光一の番がやってきた。

「出ろ!守護霊!」光一も僕がそうしたように言った。

 守護霊は出ない。

「なんだ?」女騎士はそう言うと周囲を見回した。

 空気が熱くなっていくのを感じた。風が光一の方へと流れて行き、赤いエネルギーのようなものが光一の上空に集まっていった。

 そして、赤い閃光、高らかな鳥の鳴き声と共に爆風が起こった。

 並んだ男達、前後の女騎士は吹き飛び、レンガ造りの兵舎がきしんだ。

 僕は砂埃と熱波に目を覆った。

「何ということだ……」倒れこんだ女騎士の声が聞こえた。

 僕は目を開けた。光一は何が起きたのかわからず立ち尽くしている。何故か着ていたボロの服は焼き焦げ、素っ裸になっていた。

 近くにいた男達の服も燃えていた。そして、光一の上空、赤いエネルギーがあったところには、大きく翼を広げた鷹が浮いていた。まるでグラノスヴェイルの紋章のように。

 美しく、高貴な鷹は赤く、炎をまとっている。

「へっ?」

 鷹はゆっくりと下降し、光一の肩に止まった。


「何事だ!!」

 僕たちを運んだ大剣を持った女騎士が、他の騎士達を率いて兵舎の方からやってきた。

「シエリア様!これはいったい……」先ほどまで威勢を張っていた女騎士は、怯えるような声で言った。

「まさか……」


 グラノスヴェイルの歴史が動いた時だった。炎をまとった大鷹は、紋章にも描かれたグラノスヴェイルの守護霊鳥。悪魔の襲来に怯える国にあって、最大の守護者が現れたのだ。それは吉報か凶報か。現れたのは幾千の男達が死を待つだけの兵舎。纏うのは、どこの生まれかもわからない、拾われた男だ。

 芋虫を守護霊とするもう一人の男。そんな者は誰の気にも留められなかった。

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