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転生

 僕は真っ暗なところにいた。上下左右も前後もわからない。真っ暗なところ。僕は死んだのか?何もわからない。

 しばらくすると、目の前に光のようなものが現れた。神様?

「ああ、哀れな礼一」

 知らない男の声だ。とても澄んだ男の声だ。

「ああ、哀れな礼一」

 その声は光の先から聞こえた。光はあるがそれでもここがどこかはわからない。

「お前の役目はこれからなのだ。お前は現世で死んだ。だが終わりではない。お前の役目はこれからなのだ」

 死んだ。その言葉だけが僕の心に突き刺さった。知子は?知子は無事なのか?

「ああ、哀れな礼一。お前は次の世界で役目を果たさなければならない。行くのだ、そして、解……」そこまで言うと、光の前にうごめく何かが現れた。

「何故死んでいない!」恐ろしい怒りに満ちた別の声が聞こえた。

「さあ、行くのだ礼一。そして役目を果たすのだ」

 澄んだ男の声と共に、僕自身がどこかへ吸い込まれるのを感じた。同時に怒りに満ちたもう一つの声の断末魔のような叫び声を上げた。

「ぐあああああああっ!!」

 光が段々と遠くなっていくと同時に、叫び声は小さくなっていき、僕の意識は遠のいていった。


 暖かい風が身体に当たるのを感じた。目を覚ますと、目の前には草原が広がっていた。

 ここがどこだかわからない?全く身に覚えのない場所だった。目を覚ます前の記憶があやふやだ。なんだかとても長い夢を見ていた気がする。

 周囲を見渡すと、もう一人、子供がうつ伏せになって眠っていた。

 立ち上がると、とてつもない違和感を感じた。身体が軽い。それに、背が縮んだ?地面の位置が明らかに近い。自分の腕を見ると、まるで子供のように小さく、細かった。

 どうなってるんだ?そんな疑問をよそに、僕は子供の方に近付いていった。

「大丈夫?」応答はない。だが、触ってみると暖かいし、無理やり仰向けにしてやると、呼吸もしていることが分かった。生きている。身体の作りから見ると男の子だ。それに髪を染めているのだろうか、暗い赤色をしていた。

 よく見ると、その男の子と僕は同じ服を着ていた。かなりざらざらした、肌触りの悪い服を着ている。まるで映画に出てくる中世の下民や奴隷のような格好だ。

 しばらく男の子の脇でじっと座っていた。空を見上げると太陽と他に二つの丸いものがあった。月?ではない。全く見知らぬものだ。

 僕は不意にとてつもない不安を感じた。何かを忘れている。とても大事なことを忘れている気がした。

「あれ……」男の子が目を覚ました。

「起きた?大丈夫?」僕がそう言うと、男の子は僕の方をまじまじと見つめた。

「誰?」

 そう言われると僕は誰なのかわからなかった。

「茉莉は?ここはどこなんだよ!?」

 茉莉?聞いたことがある名前だ。だが誰だったか……。頭の中に雷が落ちたかのように衝撃が走った。僕は激しい頭痛に頭を押さえこんだ。血の味、地面の匂い、秋の風の香り……。知子はどこだ?そして、すべてのことを思い出した。

「おい!?大丈夫か?」

「……光一か?」

「えっ?」

「礼一だよ……」

 沈黙が流れた。外見は僕の知っている光一ではなかったが、そんな気がした。生意気そうな顔つき。そして、茉莉という言葉。

 光一と思われる子供は僕の方をまじまじと見つめると、周囲にも目をやった。見たことのない景色に光一も驚いていた。

「礼一なのか?お前、なんでそんなに小さいんだ?」

「立ってみろよ」

 光一は言う通り立ち上がると絶叫を上げた。

「なんじゃこりゃー!!」そのまま自分の身体をまさぐるように触ると、自分も小さな子供になっていることに気づいた。そして下腹部に手をやると、項垂れるようにしゃがみこんだ。

「ここどこ?」

「僕もわからない。だけど、なんていうか……変だよ全部。それに知子は……」

 暗闇の記憶の前、最後に見たのは知子と茉莉さんの姿だった。それに、クレーン車。僕はあの時、確実に死んだという実感があった。

 光一は周囲を見渡しながら、何かを考えているようだった。

「わかった!あれだ!異世界転生だ!それかここは天国だ!」

「これが天に召された人の恰好か?」そう言ってぼろの服を指さすと「なら、異世界転生だ!」と光一は叫んだ。

「なんだよそれ?」

「ああ、綺麗な礼一君は知らないですね。そんな下賤なもの見たりしませんものね」

「だからなんだよ!?」

「俺たちは別の世界に転生されたのさ!きっとここではスーパー能力を与えられて、勇者とかになったりするのさ!」

「そんなことより知子は!?茉莉さんは!?」

「ああ、きっと二人は生きてるよ。俺たちは死んだけどな……。あっちでの最後の光景覚えてるか?」

 僕は黙ってうなずいた。

「それにこれが異世界転生なら、魔王とかをやっつければ帰れるかもしれないぜ!そういう設定のだってあるんだからよ」

「なんだよ設定って……」

 僕の不安とは裏腹に、光一は何となく楽しんでいるような気さえした。

 その時、暖かい風が急に冷たい、寒気のする風に変わった。

「ああああああああ!!」

 内臓が芯から恐怖するような地鳴りのような叫び。暗闇で聞いたようなその声に、僕たちは叫びがする方向を向くと、一歩も動くことが出来なくなっていた。

 それはゆっくりと、僕たちの目の前に現れた。紫色をした巨体。身体の大部分が顔のようで、丸まると太ったそれに、とてつもなく長く太い腕が4本ついている。怪物。それは動物なんてものではなく、とてつもなく邪悪なものだということがすぐに分かった。ずん、ずんとそれはゆっくりと、だが確実に僕たちの方へと歩いてきた。


「行け!!」

 魔を払うような高らかな女性の声が聞こえたと思うと、僕たちの脇を颯爽と何かが通り過ぎて行った。

 脇を駆け抜けたのは馬だった。漆黒のそれに跨るのは騎士のような恰好をした人だ。

 怪物はその騎士が近づくと、頭に生えた髪が触手のように蠢き、騎士を捉えようと伸びていった。

 膨大なそれは、騎士を覆いつくすようだったが、騎士は剣を取ると、一薙ぎに触手を切り払った。

 途端に怪物が悲鳴を上げた。まるで赤ちゃんが泣いたかのような叫び声だったが、とてつもなく不快な叫び声だ。

 僕たちの目の前に切られた触手が飛んできた。切り捨てられた触手は、まるで細い男性器のような形をしていた。そして地面に落ちると溶けるように委縮していった。

 騎士は旋回すると、再び怪物の方に走って行った。次の太刀は怪物の左目を切りつけた。飛び散る血液は黄色で気色悪く、僕たちはそれが届かないように後ずさった。

「いやああああああああ!」怪物は咆哮を上げた。それと同時に、着られた髪の毛が再生し、逆立つように固くまっすぐに伸びた。その光景は不快極まりなかった。

「戻れ!!」再び女の人の声が響いた。三度切りかかろうとした騎士は、その声と同時に素早く旋回し、声のする方へと戻って行った。

「おいおいどうなってんだよ」光一は震える声で言った。僕は恐怖で声が出なかった。

「いやああああああああああ!」怪物の視線は女の声のする方向にあった。僕もその方向を見ると、今さっき切りつけた騎士の他に、同じような格好をした騎士がもう一人、そして真ん中には、恐らく先ほどから指示を出していると思われる女性が仁王立ちしていた。

 その女性は右手を横に突き出すと、隣にいた騎士が巨大な何かを渡した。女性はそれを受け取ると、怪物の方に向かって走り出した。

「守護霊装!」女性はその言葉と同時に、受け取った巨大なものを振り払うような動作をすると、覆っていたものが外れた。剣だった。とても女性が持てるような大きさではない。しかし、その女性は当然のように大剣を持って怪物の方へと走って行った。

「ひえっ!」光一は変な声を上げた。

 女性は走りながら光に包まれていった。あまりに眩い光に目をつぶってしまいそうになった。

 怪物は頭髪を硬直させたまま、両腕をその女性の方に向けると、凄まじい速さで伸びて行った。

 再び女性の姿が見えると、鎧の形が変わっていた。まるで鳥の羽が生えたようになっている。そして、大剣を振り上げると同時に、雄たけびを上げた。

「おおおおっ!!」

 再び瞼を開いた時、女性の姿は怪物より後ろにあった。怪物の伸びだ腕は止まり、先ほどの触手のように委縮し始めていた。

「すげえ」

 怪物の身体は真っ二つになり、横に倒れた。一刀両断したのだ。怪物の本体からは黄色い血液が地面に流れだした。大剣を持った女性は返り血すら浴びていない。

「異世界やべえ!」光一は目を輝かせて女性の方を眺めていた。

「なあ礼一!やべえよ!やっぱり異世界転生だよ!」

 僕は愛する妻がいながら、こんなところで喜んでいる光一に大変幻滅した。


 騎士達と大剣を持った女性は、怪物が委縮して完全に消滅したのを確認すると、僕たちの方へとやってきた。

 大剣を持った女性は、とても美しかった。銀色の髪にエメラルドグリーンの目。光一が言うように、まさにこの世のものとは思えない美しさだった。

「ああ、異世界、やべえ」光一は完全に鼻の下を伸ばしていた。

 騎士達も近づいてきた。

「大丈夫かい君たち?」大剣を持った女性が言った。先ほどまでの闘っていた時の声とは違い、とても優しい声だった。

「はい……ありがとうございます」僕は立ち上がってそう言うと、光一も続いた。

「ありがとうございました!」

 僕はまた、とてつもない違和感を感じた。大剣を持った女性があまりに大きいのだ。子供のような身体をしている僕にもすぐにわかった。恐らく200cmはある。

 そして、女性が僕たちを見つめる目が怖かった。それはよく光一が女性社員を見つめるような眼差しだ。舐めるように僕たちを見つめている。

「異世界やべえ」光一はそれしか言わなかった。




 



 


 


 



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