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みんなには言ってなかったけど婚約破棄します。

仲悪いのも好きなのですが、仲がいい令嬢モノみたいなぁと思い、こうなりました。



「第一王子アレクシス・リークリングの名において、アメジストス公爵令嬢との婚約を破棄する!」

 凛とした声がホールに響き渡る。

 あまりに端的な勅令に、夜会に集っていた貴族たちも作法を捨ててざわめいた。

 レベッカ・ヴィオラ・アメジストスは目の前の男を見据える。美しい金髪に碧眼、すらりと伸びた背はこの国の未来を背負うになんの不足もない。

 彼は悪人を断罪するのと同じ凛々しい目でレベッカを見た。

「アメジストス公爵令嬢。君は私の妻として、そして次期王妃として相応しくない。非常に残念で心苦しいが、私が妃として選ぶのはこのフローラだ」

 よくもまあ残念とも心苦しいとも思っていない顔で堂々と。

 言いながら皇太子は傍らの娘の腰を抱き寄せる。このような公の場で呼び捨てるのは、彼の地位がそれを許すというのもあるが、娘に生まれ持った名字がないためだ。娘は一応貴族の養子に入っているが、大恩ある方の名前を我がもののように名乗ること、娘はいつも恐縮していた。

 家柄も歴史も連綿とした公爵家の娘を切り捨て、この第一王子は公衆の面前で平民出の娘を選んだ。

 第一王子に抱き寄せられている問題の娘――フローラは真っ青な顔をしていた。信じられないものを見る表情でレベッカを見つめている。普段よりよほど着飾っているが、平民の出である彼女の服装は、この場において質素としか言いようがない。もっと大人しいものを、と懇願する彼女を説き伏せて、ようやくあそこまで着飾らせたのだ。

 第一王子アレクシスがフローラを抱き寄せる姿は、まるで絵画のように美しかった。

 その様に、レベッカは——心底からの安堵の息を吐く。

 よかった。これなら“婚約破棄”になんの不安もない。

 レベッカは婚約破棄を申し付けた第一王子を、先ほどまで婚約者だった男を真っ直ぐ見つめ返す。こちらもせいぜい凛とした振る舞いでドレスの裾を掴み、腰を折ってみせた。

「そのお言葉、謹んでお受けいたします」

 またざわりと広がるどよめき。困惑、疑惑、あらゆるネガティブな感情が伝わってくるが、大丈夫だろう。

 すべては今日この日のためだったのだから。

公衆の面前で婚約相手だった令嬢を切り捨てた第一王子もレベッカを見つめる。海のような蒼い目には一点の曇りもない。

 彼は婚約を破棄された無様な令嬢というより、むしろ戦地に向かう騎士を見送る顔で、小さくレベッカにだけ言った。

「……達者でな、レベッカ」

 その言葉に含まれるのは、ほんの少しの心配と、全幅の信頼。

 ああ、アレク。お前がそういうのなら、私にはもうなんの衒いもない。

 真っ直ぐ顔をあげ、紫の目に光をみなぎらせて、レベッカ小さく頷いた。

「そちらこそ、お幸せに」

 これこそ“悪女レベッカ・ヴィオラ・アメジストス”の幕開けだった。



: : :



「どういうことだ、レベッカ!!」

 荒々しく扉が開け放たれ、それと同時に父――アメジストス公爵の怒号が響いた。

 国中の貴族の前で婚約破棄を言い渡されたレベッカは、すでに場所を移していた。

 王宮の小部屋の一つ――といってもそこらの屋敷の客間より広いが――のソファに座っていた一人娘に、父は荒々しく歩み寄る。この気迫では夜会用のとびきりの服も台無しだ。

 この展開は察していた。婚約破棄を言い渡された実娘に父親が激昂するなんてそりゃそうすぎる。

 さすがに掴みかかるようなことはないが、肩を怒らせる父は、場所が違えば剣を抜いていそうな物々しさだ。ついてきた従者もかつてなく青い顔をしている。それより青い顔で母も父の斜め後ろに立つ。

 レベッカは冷静に言った。

「どうもなにも、先程の通りでございます、お父様」

「ふざけるな!!」

 とうとう父の手がテーブルを叩いた。ソファに合わせた低い卓だから、高低差も相まって凄まじい音が響く。従者が一人飛び上がって震える。

 あの北方を治めるアメジストス公爵の本気の気迫である。熊でも怯むとまことしやかに言われるほどだ。

 が、その動きを予知していたレベッカは、卓上のティーカップを静かに我が手に避難させていた。掴んだついでに口に運ぶ。第二王子のとっておきの茶葉はこんなときも香り高くて美味しい。

 まったく悪びれない我が娘に父が本気の怒鳴り声をあげる。

「お前を――お前をこんなことにしないために、王子と婚約させていたのだろうが!! 話が違う!!」

「あなた、どうか落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか! レベッ――茶を飲むのやめろ!!」

 ついつい二口三口と進んでいたレベッカを嗜める大音声。レベッカは少しだけ肩を竦める。

「だって美味しいから……」

「お茶のせいにしない!!」

 そろそろ父の窘めがいつものテンションに戻ってきた。逃げ腰だった従者もホッとして距離を詰め直す。

 母はやはり青い顔だったが、レベッカの隣に腰掛けた。その紫の目に真摯な色を見つけて、レベッカは視線を泳がせる。こういうときの母親は未だに苦手だ。

「レベッカ。また母に何も言わずに決めましたね」

「……熟考の末の判断です」

「お父様はともかく、この母には相談してといつも言ったのに」

「私も混ぜろきちんと!!」

 父の一喝を受け流す母。真剣な目でレベッカを見つめ、カップを持つ手にそっと触る。

「もう決心は変わらないの?」

「……はい」

 その心に違いはない。真剣に頷くと、しばらくの間のあと、母も心得たように「そう」と頷いてくれた。

 その目がレベッカの持つカップに移る。

「母にも頂けるかしら」

「ぜひ。クッキーも置いていきましたよ」

「あら素敵」

「お茶飲むのやめなさい!!」

 父の訴えを母と娘で揃って無視した。


 また慌ただしく扉が開いたのは、レベッカと母が一通りのクッキーを食べ、ハーブ入りが美味しいと意見を合わせたころだった。

「レベッカ嬢!」

 顔を向ければ、そちらにはリークリング王国が誇る第二王子エドアルドが息を荒げていた。大らかな雰囲気の第一王子とは違い、彼の雰囲気は怜悧で鋭利。王子というより宰相めいた彼は、王室を支える重要な一人でもある。

 美しい顔を皺が入るほど歪ませ、エドアルドは舌打ち寸前の顔でレベッカを見る。

「……貴嬢には失望したよ」

 明らかに剣呑な物言い。母が顔色を消し、父の気配が一層棘を増す。仮にも一家が仰ぐ国王の息子なのだから、この雰囲気は絶対によしたほうがいい。

 一触即発な空気も気にせず、エドアルドは溜め息を吐き捨てた。レベッカの顔も見ないで言う。

「どうしてすべてお一人で決めてしまった」

「……」

「我々はそれほど、あなたにとって頼りがいないか」

「……」

「せめて事前に聞かせてくれてもよかったろうに!」

 拗ねてる。

 察した母の眉尻が途端に下がる。味方を見つけた父アメジストス公爵も「よくぞ言ってくださった」と感慨深く膝を打った。

 レベッカは肩を竦め、卵色のクッキーを自身の口元に運びながら言う。

「もう過ぎたこと。すでに貴族のほとんどが私の無様な婚約破棄を見ています、国中に知れ渡るのも時間の問題でしょう」

「今ならまだ取りなせることもある。ただちに広間に戻って――お茶を飲むな!!!」

「エド、これ本当に美味しい」

「私的に交流している茶園から取り寄せたファーストフラッシュだからな……!!」

「やはりエドアルド王子の舌は確かですわね」

「アレクはちょっと大味気味だから……」

 令嬢の横でその母も紅茶を楽しんでいる。おかわりを? とレベッカが母に目で問いかければ真剣に頷いた。部屋の隅の従者に手で合図する。従者は最初見たこともないほど剣呑だったエドアルド第二王子に震えていたが、やがてエドアルドがいつも通りの怒り方になったので落ち着いたようだ。数分後、完璧な所作の侍女たちがお茶のおかわりを供していく。


「これはどういうことですか!」

 ヒステリックな金切り声。その頃には諦めきったエドアルドが、公爵母子の紅茶トークに答えていた。アメジストス公爵本人は胃痛を覚え、従者に椅子を勧められていた。いつものことだ。

 飛び込んできたのはフローラ。初雪にも負けない白銀の髪を乱し、もとより薔薇のような頬をさらに紅潮させている。

 取り乱す平民の彼女に公爵令嬢レベッカは冷静に告げる。

「はしたないですよ、フローラ様」

「だって……こんな……ありえません!! レベッカ様、どうしてこんな酷いことを!」

 フローラは唇を戦慄かせ、ほとんど涙を浮かべながらレベッカの膝にすがりつく。礼儀も作法も一切ない態度だが、この場においてそれを咎める者はいない。それは彼女がこの国が長らく求めていた『救国の聖女』だからとかではなく、ひとえに彼女らの親しさに裏打ちされたものだ。最近ようやく一通りの作法が完璧にできるようになったと自慢していたフローラが、我を忘れて取り乱す姿は、正直ちょっと愛らしい。この場で真っ先にフローラを諌めそうなエドアルド王子は「もっと言ってくれ」と遠い目をしていた。アメジストス公爵も似たような目だ。

 レベッカは膝で泣くフローラの肩をそっと撫でる。夜会では薄絹のショールをかけていたはずだが、落としてきたのだろうか。フローラは華美な飾りを断り、かわりに後ろ髪は美しく花束のように編み上げられていた(フローラに気づかれないよう、侍女たちがこっそりやったものだ)。フローラの細い銀髪が光に輝く様は、透明な宝石細工のようだ。

 すっかり狼狽してしまったフローラを、仕方なく学生のときのように呼ぶ。

「フローラ、どうか顔を上げて」

 それでもフローラは肩を引きつらせて泣きじゃくるばかり。

「どうしてこんな……酷い……レベッカ様、酷い……」

 子供のようになじるフローラに困り果て、レベッカは助けを求めて周囲の人を見る。最初に目の合った母は微笑みながらナッツ入りクッキーを食べており、父親は胃を押さえて投げやりな顔。普段礼節に厳しいエドアルド第二王子は腕を組んで「もっとやれ」と据わった目をしている。

 味方がいないことを確認し、諦めてフローラの肩を撫でつつ、とりあえずまた紅茶に手を伸ばした。肩の力を完全に抜いて、言葉遣いまで学生時代に戻して語りかける。

「フローラ。顔を上げろ」

 間違いなく公爵令嬢の発言である。

 騎士より粗野だぞやめろとエドアルドにきつく言われて卒業後封印していたが、今のフローラはこちらのほうが聞いてくれるだろう。エドアルドも嗜める気力がなさそうだし。

「フローラ、もう決まったことだ。この国の次の王妃はフローラなんだ」

「嫌です、嫌です! わ、わたし……レベッカ様を……」

 ばっとフローラが顔をあげる。泣き腫らした彼女はそれでも美しく、なにより愛らしい。

「レベッカ様を押しのけてまで妃になりたくありません!!」

 全力で叫ぶ彼女は、母猫を取り上げられたときの子猫を彷彿とさせた。胸の奥のほうをぎゅっとする可愛らしさがあり、レベッカはフローラにぶつからないよう片手のカップを遠ざけながら、空いた手で引き続きフローラを撫でる。

「押しのけたわけじゃない。私が勝手にその座を捨てたんだ。というか、アレクに捨てさせたのだけど」

「そ、それもです! どうして皇太子さまもこのような暴挙をお許しになったのですか!? お二人とも酷い……」

「待って待って待って」

 割って入ったのは新たな入室者だ。

 フローラが開けっ放しだった扉から、慌てて第一王子アレクシスが現れる。彼の片腕には白いショールが掛かっていた。フローラが放り出したのを拾ってきたらしい。反対の手には白い靴まで握っている。フローラの足元を見れば、確かに裸足だった。両足とも。

 おそらく我を忘れて全速力を出そうとしたフローラが、なりふり構わず邪魔なショールと靴をかなぐり捨て、クラウチングスタートをキメたのだろう。なりふり構うアレクシスは追うこともできず、フローラの落とし物を拾いながらようやくたどり着いたというところか。この城内で一番足が早いのはフローラなので、本気を出すと誰も追いつけない。兎を素手で狩っていた少女だし。

 なので、全速力のフローラに追いつこうとしたアレクシスは、制止の声のあとしばらく息を整えなければならなかった。気の毒に思った母が侍女に命じ、侍女がそっとアレクシスに紅茶を差し出す。温めのお茶は本来皇太子殿下に出すなんてありえないが、皇太子周りの従者はもはや誰もがこの状況に慣れている。

 カップを一息で呷ると、アレクシスはようやく調子を取り戻したようだった。カップのついでにショールと靴を侍女に預けながら、こちらを見る。

「許してない。断じて僕は許してない。レベッカの独断だ」

「皇太子殿下、『僕』は――」

「先にレベッカを叱るなら直す」

 一人称をすかさず咎めたエドアルドに、アレクシスが即座に返す。エドアルドも形だけの叱責で収め、また腕を組んで静かになる。レベッカを叱る気力がまったくないらしい。

 困りきった顔のアレクシスは、ひとまずフローラに歩みよってそっと背中を撫でた。彼の後ろにはショールと靴を携えた侍女が控えている。

「フローラ、落ち着いて。どうか泣かないで」

「嫌です! 皇太子さまも嫌いですレベッカ様を追い出すなんて」

「レベッカどうしてくれるんだフローラに嫌われたんだけど」

「そこはご自身でなんとかしていただいて」

「原因はキミなんだけどな!!」

「レベッカ様お茶飲むのやめてください!!!!」

 空気が先程の五倍混乱した。「ああもう滅茶苦茶」とエドアルドがぼやいた。

 ついにはレベッカ(と、その母)をおいてみんながワーワーし始めてしまう。すでに結論を出していた本人は、のんびりとジンジャークッキーの攻略にかかった。

 全然関係ない兄弟喧嘩に派生していたアレクシスが、「レベッカ!」と鋭く呼ぶ。口元をハンカチで拭いながら見れば、眉根を寄せたアレクシスが彼女を見ていた。そこにあるのは詰問でなく真剣な問いかけの色だ。

「本当にいいんだな」

 おかしなことを。つい頬が緩む。殺そうとしていなせなかった笑みが鼻から抜ける。嘲笑に見えるからやめろとエドアルドに何度も指摘された癖だった。

「ええ。私はただ『悪女』として、この身を捧げるのみ」

 わざと『悪女』たらしく言ってみせる。

 ――すべてはこの国と大切な者のために。

 公爵令嬢の決意を汲み取ったアレクシスが、夜会と同じように苦い顔でゆっくり頷く。フローラはまた両手で顔を押さえて泣き崩れてしまった。

 どうか泣かないでほしい。私はあなたのためにも、この身を『悪女』に堕とすと決めたのだから。


「――エドアルド様、おかわりを頂けます?」

「――お茶を――飲むな……!!!!」

 エドアルドの歯ぎしりの音が聞こえた。父が天を仰いで呻いた。



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