第4話 呪われた天使⑰
サワンマイラ自身が思う最大の謎……呪い。
天族がその力を持っていることが珍しい――サワンにとって忌まわしい力。
今回の一件に大きくかかわっているこの呪いに改めて疑問を持ったサワンは、呪いについて知るために天上大陸を離れ、旅に出た。
育ての親である大天使を含めて、関りのあるすべての人には伝えていない。
せめて大天使には伝えようと思った……無理だった。
先の件が頭に過ってしまう……今のサワンには心から信じられるものは全く無い――。
「――そんなこんなで家出をしてから数百年は世界各地を旅していた。呪いを知るためにね」
「その最中に冥府の誘いと邂逅して、長く身を寄せたわけ?」
「うん、正解。あの人と出会ってから冥府の誘いに所属して、最高幹部である七司教に名を連ねた……」
「――あなたが放浪天使かい?」
天上大陸を離れ、百年単位の年月が経過したある日、サワンの前に現れた男……いや、男なのかどうかわからないその声を放つ目の前の人物。
執事服を身に纏う少年のような見た目であるその人は、気配も何も感じない。
本当に生きているのかさえ分からない……謎そのものだ。
「あなたは何者……明らかにただものではないようだけど」
サワンの右手には呪いが含まれている魔力――呪力が込められており、いつでも攻撃が出来る状態だ。
「待って待って、別にボクは君に何かするつもりはないよ。スカウトに来たんだ」
「……スカウト?」
出された単語の意味を理解できずにいるサワンだが、そもそもこの少年の正体がわからないままだ。
「答えたようで答えていない時点で話にならないよ――」
どっちにしろ正体をまだ明かしていないことが、サワンが感じる疑惑を上昇させている。
右手に集中していた呪いを炎へと変換し、少年に放つ。
「――おっと~」
大袈裟に大声を出して、あたかも命の危機に瀕しているような表情を見せる……明らかに偽っているのだが、その通りで、余裕で回避行動を取っている……まるで転移したと言わんばかりだ。
「なに……今のは」
「なにって、攻撃が怖いからその場を離れたんだよ……そう、まさしく転移」
「……」
サワンが疑問を抱いているのは、その転移に魔力を感じなかったこと。
あらゆる魔法、魔術は、使用時に大なり小なり魔力を感じる。
それは呪いも同じ……なのにこの少年が見せた転移にはそれが感じられなかった。
いや、この世は魔法や魔術しかないわけではない。魔力を使用しないものももちろん存在する。
だからこそ少年の転移自体不思議ということはない……要は不気味なのだ。
「ちゃんと自己紹介をしなかった僕が悪かったよ……改めて名乗らせてもらうよ……モニメントJ……冥府の誘い――七司教の一人……『観測者』とも呼ばれているよ――」
「……観測者……」
「また大層な通り名だな……」
「本人は『見届け人』とか『見届けし者』とかの方がいいなんて言っていたけどね」
「……観測者って言うからには何かを観測しているんだよな」
「シュウラの言う通り……ただ、何を観測しているのかは正直なところわからないんだよ」
「どういうこと?」
「冥府の誘いは悪魔崇拝のカルト教団って話したよね? 特に七司教の面々はその色が強い。私と監視者以外は――」
「……観測者?」
「うん……監視者って言われることもあるけど……でもボク個人はあまり好きではないからね……『見届け人』って呼んでほしいかなあ」
「……その観測者さんが私をスカウト?」
「そう、スカウト……冥府の誘いに――」
冥府の誘いという聞いたこともない単語に対してモニメントJは丁寧に説明する。
魔王復活をもくろむ者が集まる……悪魔崇拝者の集まり……当然天族であるサワンが良い反応をするわけがなかった。
「……あなた、馬鹿なの? なんで天使である私が悪魔の片棒を担ぐような集団に属さなきゃいけないの」
天使――天族は悪魔と正反対の存在と言っていい。
ゆえにサワンの発言は当たり前のことであり、モニメントJの発言は言い換えればサワンに堕天使にならない? と言っているようなものだ。
「別に馬鹿なことは言ってないよ……呪い――」
「……」
最後の一言で緊張感が高まる。
呪い……天族であるサワンが本来持ち合わせることがない魔の力。
そもそも呪いの力を見せたものの、呪いとは一言も言っていない。
普通の人なら呪いなど一目で見分けがつくことはない……が、目の前にいるのは普通の人ではない。
悪魔崇拝者の集団に所属している人物。
「君の持つ呪いの力は本来悪魔たちが使うものだ……それを天使である君が何故使えるのか……知りたいと思わないかい?」
「……あなたは知っているの?」
「知らないよ」
「……」
「怖い顔をしないでよ。確かに知らないけど、きっかけは与えられるってだけ……」
「それが冥府の誘い……というわけ?」
悪魔崇拝者の集まりである冥府の誘いなら、確かに呪いに関する知識があるかもしれない。
正直、呪いに関して知るために旅に――天上大陸を飛び出したサワンにとっては都合のいい話ではある。
「……私に堕天しろと?」
「嫌々……別に悪魔になれって言っている訳じゃない。あくまで知識の提供をするってだけ……ただ、たまに君の力を貸してほしいってだけ……どうかな?」
「……私は……」
「かくして、家出した天使の娘は悪魔崇拝者の集団に身を寄せるようになりましたっと……ざっと数百年かなぁ……そこからはサクラたちにもチラッと話したとおりかな。数百年の後、ヒロやマヤたち勇者一行と出会い、冥府の誘いから離れ、彼らが崇拝する魔王を倒して……まあ、今に至るってわけ」
「サワンさんは、自身の呪いについてわかったから冥府の誘いを抜けたってことですか?」
「いや、呪いのことは判っても、なんで天使である私に呪いの力が宿ったのかは結局わからないまま――」
「じゃあ、お父さんたちの仲間になったのって……」
「単純な話、私の居場所はそこじゃないって言われたの……ちょっと説教じみてたなぁ……私の方が圧倒的に年上なのに……あの時までの私は小さい小さい我儘娘だったのかもね。喧嘩という名の戦いの末、呪われた天使の存在を認め、何かあったら絶対に助けに来るって言ってくれた……正直そんなこと言われたの、初めてだったから……チョロいなぁ、私」
立ち上がって、サクラの横に座ると、包み込むように抱きしめる。
「ヒロも死んじゃってマヤも……でも娘であるサクラがいる。ヒロたちのように私を助けてとは言わない。むしろ私が助ける番だしね……サクラが生きていることが私にとってこの上なく嬉しい……それにサクラは私を受け入れてくれた――」
「サクラだけじゃないぞ……呪われていようがなんだろうがサワンはサワンだろ」
「はい、それがサワンさんを避ける理由にはなりません」
「サワに何かあったら私たちも助けるよ~」
「……(コクコク)」
「みんな……」
呪われた自分を真に認めてくれる……ヒロたちと出会った時以来。
こんな私でも生きていて良いのだと実感できた瞬間を改めて感じた。
「俺は正直さっきの戦闘で会ったばかりだから何もわからないし、何か言えるわけでもない……だが、もしその呪いに打ち勝とうとしてる……乗り越えようとした先を目指すって言うなら俺は応援するだけだな……まあ成り行きもあるし、手を貸せってんなら貸すけどな」
「シュウラも……ありがとう」
サワンの眼には涙が溜まっており、それは限界を超えて流れ出していく。
改めて受け入れられた瞬間……呪われた自分を好きと言ってくれる……助けてくれると言ってくれる人が沢山も現れる……数百年前までは想像もしていなかってこの瞬間の訪れに、感極まってしまった……改めてサワンは決意する。
暗闇に閉じ込められていた自身に光を差し込み、導いてくれたこの子たちに持てる全てを尽くそうと――。




