第4話 呪われた天使⑥
「――こんなに大きくなって……サクラ――」
「……え?」
目の前の天使から予想だにしなかった名前が出てきた。
その事に驚きを隠せないサクラ。
サクラだけではない。メニシアたちもサクラと同じような反応を見せている。
「一応お聞きしますがサクラさん……お知合いですか?」
「そんなわけないでしょ……あなたは誰だ」
自身の名を口に出した天使に対する衝撃がサクラに冷静さを取り戻させ、質問する。
「……そっか、無理もないか……まだ小っちゃかったからなぁ……うん、改めて自己紹介するね――」
サクラを抱きしめるその手を離し、少しだけ離れる。
一呼吸置いた後、自身の正体を語りだす――。
「私はサワンマイラ……見ての通り天族――天使って言った方がわかりやすい? そして勇者パーティーの一人……サクラ、君のお父さんとお母さんの仲間……友だちだよ!」
「勇者パーティーの一人……それにサクラのお父さん、お母さんって……」
サクラの名を口にした時以上にみな驚いている。
特にビリンは顕著に反応している。
「……そうだね。あまり喋ろうともしなかったしね……メニシアは多分話の流れから何となく知ってたと思うけど、僕の両親は勇者パーティーの一員……お父さんが勇者でお母さんが魔女――」
みんなに見せる表情には怒りは感じられない。
むしろどこか寂しそうにも見える。
改めて明かされたサクラの秘密の一端……メニシアもはっきりと聞いたのは初めてなのである程度の驚きはある。
モネとネロはふーんという感じで関心がなさそうだ――いや、どこか憧れの眼差しを向けているようにも見える。
多分サクラの父親の肩書に魅かれたのだろう。
一番驚いていたのはビリンだった。
「……そんなに驚くこと?」
「驚くも何も、勇者は魔王を倒した英雄……特に私たちファルカスの衛兵たちにとってはそうだ。中には目標とする奴もいた」
「……一般的なことだったんだ……」
「一般的……ではないと思いますよ」
間に割って入ってきたのはメニシア。
「私はサクラさんと出会い、聖剣を直接この目で見るまではおとぎ話の存在だと思っていましたから――」
悪魔という存在がおとぎ話の中の存在になっていたのは、数十年――もしくは数百年の間、悪魔という存在が目撃されてこなかったから。
その存在自体は実際にはいたが、数百年以上前に勇者が魔王を倒したことによって悪魔がその姿を現すことがなくなった。
これがおとぎ話のような存在と化した理由であり、ビリンたち衛兵のような存在にとっては特に勇者とその一行は英雄視されている。
ただ、確かに存在していたという記録はあるので、ビリンのような衛兵や、ギルドのトップクラスの冒険者などは、未だに悪魔が存在している可能性を考慮して警戒していたりする――。
「サクラさんの聖剣をこの目に見て、さらに悪魔という存在もこの目で見て、おとぎ話の存在は現実に存在し、今でも続いている……私の中でそう結論付けられました」
「確かに僕っ子の言う通り悪魔はいた。魔王もいた。聖剣もある……すべてが現実……千年近く前に起きた出来事が記されたものが時代の変化と共にそれはおとぎ話として受け継がれていった――」
「その言い方だと天使様はその時から生きてたの?」
「……(コクコク)」
「いやいや、私はそこまで生きていないよ……私は生まれてまだ数百年の命さ。実際にこの目で見たことがあるとしたら大天使くらいだよ」
「……あれ? でもサワンマイラさんって勇者一行の一人なのですよね? それだと辻褄が――」
サワンマイラが言うには自身はまだ数百年しか生きていないとのこと。
だが、話の内容だと魔王が討伐されたのは千年近く前……メニシアの持つ疑問は正しい。
「確かに辻褄は合わないけど……こんなところで立ち話するのもどうかと思うから移動しましょうか」
「どこに行くの」
「どこって、決まってるじゃない……私の家だよ――」
歩いて数十分ほどで目的地に到着する。
遠くからでも大きさと存在に驚かされたものだが、改めて目の前だと圧倒的過ぎて息を吞む。
そう、サクラたちが今いるのは天上大陸に存在する大都市……ではなく、その外れにある少し大きめの一軒家だった――。
「ごめんなさいね、お客さんが来る想定をまったくしてこなかったから用意するものも何も無くて……水で良い?」
「あ、お構いなく」
この家にはサワンマイラ一人しか暮らしていないようだ。
一人暮らしには広すぎる……だが、ちゃんと隅々まで綺麗である。
白を基調としているだけによりわかりやすい。
サワンマイラの家に到着してサクラたちは数台設置されている大きめのソファに座るように促され、その通りに座った。
そして、急いで準備して持って来た水を人数分配られる。
「そうそう、サワンマイラは長いからサワンって呼んでね! パーティーメンバーみんなもそう呼んでたから」
「じゃあサワン、本題に入ろうよ……メニシアが言っていた辻褄が何とかっていう――」
メニシアが指摘した辻褄が合わない――おとぎ話に登場した魔王が倒された年月と、サワンマイラが生まれ、勇者一行の一員だった年月。
前者は千年近く前で後者は数百年前の出来事……。
話が長くなりそうということで場所をサワンの家に移したのだが――。
「結論を言うと、私の言ったことは正しい。そして、魔王は二度現れ、倒されている――」
「「!?」」
「……」
「「へ~」」
それぞれが同じようで違う反応を見せる。
無理もないかという表情を見せるサワンはそのまま話を続ける――。
「まず千年近く前に存在していた魔王だけど、私も生まれてないから聞いた話にはなるけど、確かに魔王は存在していた。そして当時存在していた勇者によって倒されてた……これは多少改変された所もあるだろうけど、一般的に出回っているであろうおとぎ話の内容。そして二人目の魔王――こっちに関しては比較的つい最近……二十年くらい前だったかな」
「に、二十!?」
さすがにメニシアも驚きのあまり声が漏れてしまう。
何せ二人目の魔王というのは本当につい最近まで存在していたのだから……。
「二人目の魔王は二十年くらい前に勇者一行に倒されて、サワンはその勇者一行の一員だったってことでいい?」
「うん、間違ってないよ。だから私の言葉に矛盾も何もない……これで大丈夫? 僕っ子くん――いや、メニシアだっけ?」
「は、はい! ありがとうございます」
「うんうん……それで、えーっと、ビリンはこのことについてどれくらい知ってるの?」
流れによって発生した質問がビリンに向けられた。
それはビリンが衛兵だったからだ。
「魔獣や魔物の存在もあるからな……魔王――悪魔が存在していたこと自体は把握している。勇者もその例に漏れない。ただ、魔王が二人いたのは驚いた……おとぎ話の方はあくまでおとぎ話の存在だとばかり思っていたから――」
「つまりビリンは直近の魔王――いや、私がいた方の勇者側に尊敬の眼差しを向けていたというわけか」
「まあ、そうだな……ただ、二十年くらいまでだと私が生まれてるかそうでないかくらいの時期だからな。王城の衛兵の大先輩やそれこそ女王なら知ってるかもしれない」
「ビリンさんは聞かされていなかったのですか?」
「聞いてはいたが、具体的なことまでは聞いていない……あくまで尊敬していたということくらいしか……そういうことならある意味おとぎ話と変わらないかもな……だが、魔王の件もそうだけど――」
今度はサクラに視線が集まる。
少しの沈黙の後、サクラが口を開く。
「……確かに僕のお父さんは勇者でお母さんは魔女……勇者一行として魔王を倒した。後に二人は結ばれて、そして僕が生まれてきた……」
「あの二人は本当に誰が見てもお似合いだったからね~多分百人に聞いても全員が妬けるくらいには熱々だったわね~甘すぎて胸焼けしそうなくらいには」
懐かしむように語るサワンとは対照的に強張った表情のサクラ。
そんなサクラのすぐ横にサワンは座り、そして頭を撫でる――。
「な、――」
「だからね、二人に子どもが出来たってときは本当に嬉しかった――我が子のようにね。そんでもってすぐに会いに行ったの、赤ちゃんだった頃のサクラにね……サクラは可愛かったし、ヒロもマヤも――村のみんなが幸せそうな表情をしていた……本当にずっと続けば良いのにって思った――」
「だけど続かなかった――あの女のせいで――」
「サクラ……」
強張った表情は次第に復讐の鬼のような形相をしていた。
「……私が村に駆け付けた時にはすべてが終わっていた。壊滅状態の村……明らかに生存者などいるはずがない……そもそも生者の反応すらなかった……だからこうしてサクラが生きていたこと……私、嬉しかったんだよ」
その目には涙が溜まっていた。
再度サクラを包むように抱きしめる。
「村を壊滅状態にしたのは、魔力の反応からしてもマヤ――あなたのお母さんで間違いない――間違いないけど……」
今度はサクラの両肩を掴む。
「サクラが小さい頃のことだからどれくらい覚えているかはわからない。だけどね、マヤは優しさの塊――慈愛に満ち溢れた女性だったってことだけは頭に入れてね」
「……」
そのようなこと、サクラが一番知っている。
小さい時のこととはいえ、一度も忘れたことがない。
だからこそサクラの中では許せないのだ――。
「あの……サワンさんはサクラさんの復讐の相手――サクラさんのお母さんがなぜそのようなことをしたのかというのはわかるのですか?」
「いや、わからない……村を全壊させるような狂った考えなんて絶対に持たない人だから……だからこそ私も驚いているんだよ」
「だとすると、何かしらきっかけがあったわけだよな……堕ちちまったきっかけが」
話の限りでは、サクラの母親であるマヤは慈愛に満ち溢れた人格の持ち主。
そのような人がサクラの生まれ育った村を滅ぼし、村民を虐殺する……それだけの理由が存在するわけだが……。
「今も言ったけど私にはわからない……ずっと調べているけど何が何だかね……多分サクラも理由はどうあれマヤの手掛かりを知りに来たんでしょ、私のところに――」
天上大陸に上陸してすぐに目的の人であるサワンに出会えたことは幸運だった。
ある程度の情報も聞くことが出来た……しかし、やはり肝心の居場所まではわからないままだった。
「私の持っている情報とサクラが持っている情報……二つを合わせてみるのはどう?」
「?」
「それぞれが何の変哲もないただの情報でも、それらを組み合わせることで予想だにしなかった情報が手に入ることもある……この件に関してもその可能性がある……どう?」
「いいんじゃねーか? どうせ天上大陸にはしばらく居続けるんだろうし」
「そうですね……それに砂漠を超えたばかりですしね」
「……そうだね」
「――! そうと決まれば……と言いたいところだけど、砂漠を超えたんだったら疲れてるだろうし、明日にしよっか……あそこの子たちはもう寝ているみたいだし」
サワンが指さした方を見ると、モネとネロ、クオンがそれぞれ丸まるようにして眠りについていた――。




