最終話 破壊⑥
「……シア、まだ~」
「うーん、どうしたものでしょうか」
あまりにも生々しい光景をさすがにモネロに見せるわけにはいかないとメニシアは咄嗟に自分の手でモネロの目を覆った。
「でも確かにこれは見せられたもんじゃないな……」
「さすがに首を斬り落とすのは……まあ、それだけのことがあったのでしょうね」
サクラの一振りですべてに決着が着いた。
斬り落とされた頭は地面に落ち、数歩程度転がり、残された胴体も力が抜けて倒れる。
「……」
その瞳には慈悲も何もない。
今までの軌跡が報われた瞬間――。
「……サクラさん、お疲れ様でした」
メニシアに掛けられる言葉はその一言だけだった。
「……どうしたんだ?」
「……」
復讐すべき仇を討ち取ったサクラには、いまだ緊張感が抜けきっていなかった。
それはクオンも同じだった。
「……この女……本当に死んだのか?」
「――え?」
「さすがに首を落とされたら即死だろ」
「心臓を貫いても死ななかった奴だ。首を斬り落としたくらいで本当に死ぬと思う?」
「……まさか――」
「正解だ――さすが私の娘だねぇ」
サクラの予感が的中した。
もう聞くことがないと思っていた女の声が全体に響き渡る。
「やっぱり――!?」
転がっている頭部に倒れる胴体が徐々に溶け始めていった。
次第にそれは、鮮血じみた液溜まりと化し、そして一つになろうと集合する。
そして、再びそれは人の形へと変貌した。
姿も漆黒の着物から同色のドレスへと変わり、より魔女らしさを感じるようになった。
「やあ、私を倒したという余韻……少しは味わえたかぇ?」
「……正真正銘の化け物だな」
「親に対して何という口の聞き方なのか……育て方を間違えたかねぇ」
「ああそうだよ……お前は育て方を間違えたんだよ――!」
聖剣を手に破壊の魔女へと斬りにかかるが――。
「――!?」
突如サクラは地面に叩きつけられる。
地面も抉れる――重力による攻撃と見て良いだろう――。
「何で生きているのだという顔をしているねぇ……と、その前に――縛」
「しま――」
「うご、けない……どうして、魔力は――」
「確かにこれは魔法だ。坊やの想像通り、本調子ではない……だからどうした」
その表情は愉快さなど皆無。
殺人そのもののような冷徹さを感じる。
「すばしっこいのが一人と一匹……無駄だよ」
迫りくる鎖に手を伸ばし捕まえる。
それを主ごと逆に引きずり上げる。
「おやすみ――」
破壊の魔女の付近でそれは発動された。
サクラを地面に押し付けている重力をモネロにも発動し、扉まで叩き付けるように飛ばした。
「モネ……ネロ……」
「自分より他人より心配とは……私を殺すというのに甘いよ――!」
「ニャ―!」
クオンの身体が輝き、それは身体から抜けて一弾の光となって破壊の魔女へと撃つ。
だが、いとも容易く弾く。
「この程度――!?」
一瞬の揺らぎを感じた。
魔力だけではない。
眩暈のようなその感覚。
その一瞬がサクラを窮地から脱することを成功させる。
「どうしたの? 僕を殺すんでしょ」
「やはりその猫か……坊やの短剣といい忌々しい――」
破壊の魔女に生じた魔力の揺らぎはサクラにも感じた。
封魔ノ命の効果だけではない。
クオンが放った一弾に触れた直後にそれは発生した。
様子を見るからにそれだけではないようだが――。
「まあいいさ……魔力が使えなかったとしても関係ないさ……そうさねぇ、種明かしでもしようかねぇ」
「種明かし?」
「そう……私は確かに癒しという固有魔法を有する。そのおかげで戦いで死ぬというのは限りなく低い……だが、心臓や頭を壊されたらいくら癒しがあると言えどそれは即死だ……つまり私には……心臓が無いのさ」
「……は?」
「し、心臓がないって――」
「どうなってんだ、あの女は……」
確かに心臓が無ければ、心臓部を貫いても死ぬことはない――無いのだから。
ではなぜ無いのか……そしてなぜ心臓が無いのに動ける――生きているのか……。
「この身は呪われていてねぇ……心臓が無くても動ける。だからお前たちには私を殺すことが出来ない。行動不能にするしか方法はないが、今のお前たちにはそれはない……さて、始めようか――」
その言葉が合図となり、一帯の空気が氷点下のように凍てつく――。
「領域魔法――別れの監獄」
破壊の魔女から黒い霧が玉座の間を覆うようにして一瞬で広がる。
そこには光など入る余地もなかった――。
一瞬でサクラたちを襲った黒い霧は覆ったと思ったらすぐに晴れた。
「……ここは……」
サクラの視界に映るのは、一本のピンクの花が満開に咲き誇る木と広がる大草原。
先程までいたはずの玉座の間から瞬時に切り替わった世界。
「幻術の類……いや、本物か……ってみんなは?」
この場にいるのはサクラだけだった。
いや、正確には違う。
「ニャ―」
「クオン! ……よかった。でも他のみんなはいない。散り散りに飛ばされたのかはわからないけど……」
「その通りさ、お前たちを故意に離させてもらったよ」
「――!?」
振り返ると破壊の魔女が一人その場に立っていた。
「離すって……離したところで何かあるの? むしろ全力でお前を殺せるんだけどね」
「威勢が良いねぇ……でも、全力で向かってこようがサクラは私には勝てない。それに離した事にはやっぱり意味があった……神器の効果が弱くなったねぇ」
短剣「封魔ノ命」の効果はまだ続いているはず。
メニシアにつけられた紋章が消えていないのが何よりの証。
だが、破壊の魔女の言う通りその効果は落ちている。
魔力の流れが明らかに良くなっているのが伝わってくる。
封魔ノ命の所有者であるメニシアと付けられた紋章との距離が離れたからなのか……ただ、それだけではなかった。
神器の共通能力である魔の弱体化の効果も薄れている。
これもそれぞれの神器が離れたことが原因であろう。
つまり、今の破壊の魔女の魔力は通常時の実力に最も近い状態ということ。
それだけではない。
対面時と比較して今の方が明らかに強い。
「それじゃあ、破壊の舞台……開演と行こうかねぇ――」
「――ッ!」
上空に出現した無数の魔法陣から放たれる魔法弾。
隙すら見られず避けるので精一杯。
クオンもその俊敏さと身軽さでなんとか避けている。
「避けるだけ? つまらないねぇ」
「うるさい!」
突如発生した暴風が魔法弾を魔法陣ごと一掃する。
「ほぉ……」
「六道神流二ノ太刀――天上・闘風ノ打撃」
「その技は刀でしか使えないと思っていたけど――」
「誰がそんなこと言った――まあ技の性質上聖剣との相性は悪いさ……だけど聖剣――神器の効果を付与できるならそんなことはどうでもいいけどね!」
六道神流の真骨頂の一つに刀の軽さから来る発動の身軽さにある。
故に重く大振りの聖剣とは基本的に相性が悪い。
しかし、サクラの言う通り刀以外で使用することが出来ないと言う訳ではない。
むしろ神器である聖剣の効果を技に上乗せできるというメリットが相性の悪さをカバーしている。
刀特有の鋭さを捨てて、棍棒のように何もかもを叩きつけることに特化した二ノ太刀を地面を、空気をひたすら叩きつける。
そこから発生する暴風は、破壊の魔女の攻撃、そして本人を飲み込もうとする。
「たかが風だ――」
「な……消しただと……」
「何度も言わせないで……私の攻撃は破壊――この程度破壊出来ない訳がない――!」
またしても無数の魔法弾がサクラたちを襲う――しかし、先ほどと違い今度は破壊の魔女自身が動き出す。
その手には一本の刀が召喚されていた。
「私の得物が魔法杖だけだと思わないことだね……こちらが得意領分だよ」
「――!」
素早い一閃が重い。
聖剣で受け止めたものの綺麗な草原を抉るように地面が凹む程だ。
これだけで終わるはずもなく、一閃一閃が止むことなく続く。
「くそ……エンチャントか……」
「それだけじゃないよ――」
「――ッ」
刀に続き、蹴りという思いもよらない一撃が来た。
そのままサクラの腹部に直撃、エンチャントの効果により後方へと蹴り飛ばされる。
「ぁ……っ……」
「おっと、実の娘に全開のエンチャント込みの蹴りを入れてしまうなんて――」
「――ニャー!」
「うるさいよ――」
庇うようにして光弾を放つクオンだが、破壊の魔女が容易く光弾を破壊し、続けてクオンにも攻撃を放つ。
「――!? ク……オン……」
「……」
「やっと静かになったねぇ……おや? 猫の恩恵も切れたか」
「……ッ」
クオンが倒れたことにより、今まで付与されていたエンチャントも切れ、纏っていた白い光も消滅した。
「そんなに睨むことはないだろう……これでお前の甘えとなる理由の一つを消したのだから――」
「――死ねええええええ!」
「……はあ」
聖剣に怒りを乗せて斬りかかるが、冷静さを失った攻撃など容易く避けることも出来るし、そんなこともする必要も無い。
「――!?」
「まだまだ甘えが抜けきっていないのか……この程度で私を殺すなど笑わせるねぇ!」
刀で受け止めた聖剣を弾き返し、隙だらけの身体に数発の魔法を放つ。
「あぁ……っ……!」
「本当に甘っちょろいねぇ――」
「あああ――ッ」
止めることはなくひたすら魔法を放ち続ける。
最初こそ悶えていたが、しばらくすると声を発することがなくなった。
「……」
「……なんだ、もう終わり、か。だったら領域魔法なんて使わなくても良かったねぇ……それに、あれも使うまでもなかったか……いや、お前が弱くて逆にありがたかったと言うべきか……それでも――」
一つ、また一つとため息をついて絶対零度のごとく冷たく吐き捨てた――。
「つまらないねぇ……本当に――」
破壊の魔女の言う通りだ。
クオンと旅を始め、メニシア、ビリン、モネ、ネロと仲間が増えてきた。
騒がしいと思いつつ、それは悪くないと思える自分が心のどこかにいたのも事実。
これが「甘え」というものになっていたのだろう……。
(……あの女の言う通りかも……甘え……だったのかな……)
立て続けに受けた魔法で動くことが出来ないほどにダメージを受け、ボロボロの状態で倒れる。
自分が弱いということはない。
冒険者ギルドに所属する最高ランクの冒険者を圧倒するほどの実力があると自負している。
だからといって油断や驕りがあったというわけではない。
それこそ自分を強者と勘違いしている弱者が陥る典型的なパターン……サクラ自身無意識に陥っていたのか……いや違う。
強過ぎたのだ。
破壊の魔女という女は――。
(僕は……勝てないのか……?)
クオンが攻撃を受け、倒される瞬間を見て心が揺らいだ。
冷静さを失った……真の強者だったらそのようなことはなかったのかもしれない。
だけど――。
倒れたサクラを背にここを後にする。
領域魔法の名の通り、監獄のように閉じ込めることが可能――永遠にだ。
「――ッ……また、か……」
胸を抑えるように布を鷲掴みする。
表情は苦しみを描いており、冷や汗も流れる。
「酷く、消耗したのかねぇ――」
「……まだ、だ……」
「――え?」
聞こえるはずがない声が背後から聞こえてきた。
相当数の魔法を放ち、立ち上がることなんて不可能に近いはず。
なのに、娘は立ち上がっていた――。
「しつこい子は嫌われるよ――」
「だからどうした――」
聖剣を中段に構え、剣は輝きを放つ。
「お前は言った……クオンやメニシアたちと一緒にいることが甘えだと……僕もそう思うよ。とんだ甘ったれた小娘だと……もう一度言うよ、だからどうした! そんなの、甘ったれた心を何倍、何十倍、何百倍と強くなればいいだけのことだ!」
言い終えると、聖剣の輝きは最高潮に達した。
腕を振り上げ、上段に構える。
「聖剣開放――」
「この魔力……やらせると――」
――ドクン。
「――ッ、こんな時に……!」
再び胸を抑えるしぐさをする。
その一瞬の出来事が命取りだった――。
「放つは大いなる勝利の一閃――」
「――間に合わ――」
「グランドカリバー!」
振り下ろされた大いなる光の一閃が破壊の魔女を飲み込んだ――。




