第3話 雷魔潜む魔術都市㉔
「サクラッ!!!」
「よそ見をしている暇があるのですか」
「――ッ」
直前で攻撃を凌ぐビリン。
さらに攻撃を加えようとするグランは、ある違和感を覚え後方に下がる。
「なるほど、あなたの楯も厄介極まりないですね」
明らかな力の低下を感じるグラン。
それもそのはず。大楯エイジスの本体は攻撃を受けると、攻撃者の力を奪い、それを大楯の守備力として変換され、増強する。
物理攻撃ではそうだが、魔法や魔術などの遠隔系の攻撃も同じで攻撃者の力こそ奪えない。しかし、放った攻撃そのものの力を奪い、守備力に変換するというのは同じだ。
そして、ビリンにとっても厄介なのは、敵がグランだけではなく――。
「オラァッ」
先程と同じ手を食うはずもない。
後方にも意識を向けていたビリンは、鎖の気配を察知し、防ぐ。
さらに大楯をくるっとこちら側に半回転させ、鎖を掬うようにして鎖を引き込み、そして掴む。
掴んだ鎖を思い切り引っ張る。
予想以上に軽く驚いたが、鎖の主が近づくとビリンは愕然とした。
「――悪魔!? ……いや、モネ? ネロ?」
肩の長さまでの白銀の髪から掻き分けるようにして生える二本の角。
耳はエルフのような尖りを見せ、全身の肌を生者とは思えない。
その正体はグランとは別の悪魔――。
だがそれ以上に衝撃なのは、その顔がモネとネロどちらにも似ついていたことだ。
混乱が先行するが、勢いよく引っ張ったが故にその勢いを殺すことが出来ず、楯にぶつかる。
「サクラ!」
謎の悪魔も気になるが、まずはサクラの容態だ。
遠目から見た感じ腹部を貫かれていた。
すぐに駆け寄ったが、サクラは立ち上がろうとしていた。
「お前、大丈夫ではないだろうけど――」
「いや……大丈夫」
額から汗が湧きだす。
表情も苦しそうだ。
腹部に風穴があいていると言う訳ではなく、横腹を軽く抉られていた程度で納まっていた。
だからと言って苦痛を伴わない訳でもないし、その痛みは表情や、負傷部分、そこから垂れ落ち、不形な血だまりが物語っている。
「攻撃する構えを取った瞬間に鎖が緩んだから避けようとしたんだけど、間に合わなかった」
「それにお前を襲ったあの悪魔だが――」
「あの二人に似てるんでしょ」
サクラも同じことを思っていた。
一瞬だったので確証はなかったのだが、ビリンの発言から確証に変わった。
顔立ちや髪の色などモネとネロを彷彿とさせる。
だが、なぜあの悪魔がモネとネロに似ているのか。
さらなる謎が生まれたのだが、答えはすぐにわかった――。
「あなた方はこう思っているでしょう――この悪魔はあの双子に似ていると……」
件の悪魔の肩を抱き、不敵な笑みで口に出す。
「……そうですよ、この子はモネとネロが悪魔化した姿です。可愛いでしょ」
最悪な答えが返って来た。
あの二人が悪魔化した姿――だが、目の前にいるのはグランを除く一人の悪魔のみだ。
「……片割れがいないみたいだけど」
双子なのだから二人いるはず――サクラは想像したくもない最悪の可能性が脳裏に過るのだが、グランの言葉は平気で裏切っていく。
「二人? 変ですね~。ここにちゃんといるじゃないですか――二人」
「……マジか」
「本当に最悪」
グランが指す悪魔がモネとネロであるということ――あの悪魔がモネとネロであることは、二人は一人になったということになる。
「私が悪魔化すること自体は目的ではありません――双子の悪魔化が私の目的であり、それにより実現する魔術都市イリナに住まう人々の悪魔化――私の最大にして真の目的なのです。その名は――パンデモニウム計画!」
「「……」」
二人は言葉を失う。
双子を一つにし悪魔化することにも驚きつつ怒りを覚え、それだけではなくこの町に住む人々の悪魔化――エリアスの森でのアビルや、ファルカスでイエユリを乗っ取った幽体それぞれとは違う、規模が大きすぎる悍ましいその計画。
はっきりとした話、他の二人が生温く思えてくる。
しかも何も躊躇いもなくだ。人としての心などとうに失っているのだろう。
それに、学校に来てからの年月を考えると、相当長い間進められていたであろうこの計画。
計画には実験が、実験には犠牲が付きもの……つまり――。
「――いったい、どれほどの人数を犠牲にしやがったんだ」
「典型的なセリフかもしれませんが――ビリンさんは今まで踏んできたアリの数を覚えていらっしゃるのですかぁ?」
「人のことをあまり言えた義理じゃないけど、外道だね」
「そうですか? 比較的人の心は残していたつもりなのですけどね~」
何を言っても無駄だろう。今の発言もそうだが、この悪魔はいったい何本の頭のネジが外れているのだろうか。
「――どういう、こと、ですか」
グランたちの背後には、痛々しい様子で右腕を抑えるエルドラルがいた。
「やっぱりエルドラルだったんだ」
戦闘中は後方待機をしていたエルドラルだったが、それでも彼が油断していたとは思えなかったが、サクラと同じ背後からの奇襲で、それも予想外ということも相まって理解は出来る。
「どうとは?」
「あの双子を悪魔化させるということですよ」
「ああ」
サクラもビリンもそこが気になっていた。
なぜ、あの双子なのか。先程の口振りから双子の悪魔化と都市の人々を悪魔化に至らせる「パンデモニウム計画」がリンクしている様に聞こえた。
「先程言いましたよね、あの子たちが悪魔化のトリガーになると。それは後天的なものです。あの子たちに元々そのような能力はありませんから。ではなぜそのようなものが――そう、これはあの子たちを完全な悪魔へと化すためのプロセスの一つにすぎません。ようは振り撒いているのですよ、悪魔化という名の種を。ですから悪魔化へと至るには二つ。私が作ったクッキーに含まれている魔力を直接摂取させるか。そしてもう一つは悪魔化の種を振り撒く二人に触れるもしくは近づく――その上であの子たちのどちらかに近づくと芽吹き、開花し、悪魔へと成るのです」
だとすると、サクラが零区から連れ出したのは完全に間違いだったことになる。
そもそもその危険性を知っていたら連れ出していなかった――いや――。
「では次に。なぜあの双子なのかについて――本来はあの子たちではなく母親であるサラーナ先生が目的だったのです」
「な――!?」
驚くのも無理はない。双子がサラーナの子――自分の孫であることにも驚いたが、それ以上にグランの計画の目的が実の娘だったのだから――。
「あの方は実に素晴らしい。悪魔化のための材料となり得るだけではなく、自身にも悪魔化への最高ともいえる適性をお持ちなのですから」
その声は歓喜に溢れており、快楽に溺れているようだった。
それをエルドラルはただ見ているだけしかできなかった。
先の一撃でまともに攻撃することも出来ないダメージを負ってしまったから。
怒りに震え、なおかつ今の自分が恥ずかしく、娘に顔向けできない。
「彼女の子であるこの子にも当然その適性は受け継がれている。だからこそこの子に決めた。ですが、予想を超えてきましてね~まさか彼女以上に素晴らしい適性に成長するとは――」
サクラの一撃を持って、話しは遮られた。
瞬時に反応は出来なかったが、間一髪のところで鎖が聖剣を防ぎ、グランを守ったのだ。
「短気ですね~あなたは」
「……後悔はしてないさ」
表情に怒りという感情はなかった。むしろ冷静そのものだった。
「あの場所にいたんだ。あの子たちに何かあるとは思ったさ。だからこそあの場所から連れ出してやろうと――」
一呼吸の間、サクラは双子だった悪魔を見る。
その表情に感情など皆無――だが、一滴、頬を伝い落ちるところを見逃さなかった。
「……」
悪魔を小さく口を開き何かを言う。詠唱でも何でもない、魔力を感じないから。
(やっぱりか――)
決心をしたようにサクラは――。
「――思ったんだ!!!」
エンチャントにより攻撃力、そして一撃の重さを上乗せした聖剣の一撃で鎖を断ち斬った。
「――ッ」
そのままグランに斬撃を与え、息つく暇もなくさらに蹴りの一撃を加える。
蹴りにもエンチャントされているので、今までの中で一番効いている。それは明白だった。
すかさず鎖が攻撃を仕掛けるが、それも読んでいたので聖剣で斬りつけ防ぐ。
そして、二撃目が来る前にエルドラルのいる方に向かい、すぐさま回復魔法で治療する。
「ありがとうございます」
「うん……それより、あの二人を相手にするだけだったらまだ良いけど――」
「彼の言う通り、この町に住む人々が悪魔化となると――」
半身の状態とはいえ、悪魔化した男子学生の強さは凄まじかった。
もちろんサクラたちに縛りがあったとはいえ、それでも半身の状態であれなのだから、全身でそれも何人何十人何百人となるとさすがに手を付けられない状況となってしまう。
「……ねえ、先生」
「――!? はい」
「ビリンと一緒にグランの相手を頼める?」
「サクラさんは……」
「モネとネロを相手するよ。互いに相性が良いとは言えないような気もするけどね」
悪魔化した双子に対して聖剣は真骨頂を発揮できる。だが、それは相手にも言える。
聖剣などと同様に双子が先の戦いで使用した鎖は魔を冠する敵に効果を発揮した。
そう、悪魔だけではなく魔法使いにも有効であり、魔女であるサクラも同様だ。
ただし、今の鎖がそのような効果があるのかどうかという話になるが、先程の感触からただの鎖のように感じた。
単純に効果が発揮されていないのかどうかはわからないが、そうだとしたらサクラの発言のように相性が良いとは言えない。
「わかりました――ご武運を」
「うん」
完治とまでは行かないが、ある程度には回復が済み、娘のサラーナの形見である魔法杖を携え立ち上がるエルドラル。
サクラも再度聖剣を構える。
「――ムカつきますねぇ…………ムカつくなああああああ!」
絶叫と同時に一帯が振動を始める。
「――ッ」
「すごい魔力」
「ライアントのような感じですね」
まさにその通りの状況となりつつある。
背に生えていた翼がさらに大きく広がり禍々しさを増し、同時に四肢も増大。
尾てい骨から垂れていた悪魔らしい尻尾も分厚くなり、それはドラゴンを思わせる。
「――ふぅ、冷静に冷静に……改めて名乗らせていただきましょう。冥府の誘い、七司教が一人、名はグラン……見知り願わなくても良いッ」
図体に似合わず俊敏な動きを見せ、サクラに近づく。
「――シールド・アロー」
接近を防ぐように小さい光の楯がグランを襲う。
「踏み台にするよ」
宣言通りグランの頭を踏み台にして、双子の方へ駆ける。
「――クソ! バカにしやがっ――」
「よそ見をしている場合ですか」
魔法杖から水の斬撃が次にグランを襲う。
「――グッ」
先程よりは明らかに強くなっているのだろう。
だが、それと引き換えにしたかのように冷静さを欠いている。
故に弱い――。
魔術師の戦闘の定石通り、敵から距離を取りビリンと合流する。
「先程の攻撃は――」
「親友から授かったものを私なりに応用したものだ。ぶっつけ本番だったから多少の不安はあったけどな」
「なるほど――私から見た感じではお見事の一言ですよ」
「そりゃどうもっと、やっぱりこれで終わるわけではないよな」
二つの攻撃に加え、サクラが頭部を踏みつけるという屈辱的な行為を立て続けに受け、その怒りは沸点に到達していた。
「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……ぶっ殺してやる!!!」
「こりゃ、気合入れてないとな」
「ええ。それにこの場で怒りに満ちているのは彼だけではありませんしね」




