第3話 雷魔潜む魔術都市㉑
コンコンコン――。
保健室の扉をノックする。
「どうぞ」
室内から声が返って来た。
言葉通り、メニシアは扉を開けて室内に立ち入る。
「失礼します」
「あ~君か、ビリンさん起きてますよ」
「本当ですか」
保健室を任せられている教師に案内され、ビリンが寝ているベッドの元へと行く。
メニシアたちがいた時まではいなかったこの教師――正確には魔力に関する病状を中心に扱う医師らしい。
魔術学校に出張という形で派遣されたらしいのだが、一応教壇に立つこともあるらしい。
それこそ自信が扱う分野の授業を扱い、それだけではなく、人間の身体に関する授業も受け持っている。
先程までいなかったのは、他の教師同様事件の処理をしていたと言う訳でも、グラン教師のようにただ寝ていた訳でもなく、仕事の関係で単純に魔術学校外にいたから。
事件についても、魔術学校に戻ったタイミングで聞いた。
ビリンが寝ているベッドにはカーテンが覆うようにして壁となっている。
それは他も同様だ。
「君も知っている通り、隣も患者がいて寝ているから会話は静かにお願いします」
「わかりました」
そう言って保健教師は自分の席に戻っていった。
「――ビリンさん」
「メニシアか……」
ビリンのすぐ隣は窓ということもあり、意識が回復したビリンは窓の外を眺めていた。
クオンは変わらずビリンの頭の横で寝ている。
「大丈夫ですか」
「ああ、少しだるいが立てないほどではないし、もう少ししたらある程度回復するだろうな」
「よかったです、何事もなくて」
「そういうメニシアはどうなんだ? お前もあの蔓にやられたんだろ」
「私はそこまで蔓による浸食が長引かなかったので今は問題はありません」
「そっか……なさけねぇなぁ」
自分自身の不甲斐なさに呆れているのか、はたまた弱さを痛感させられたのか、その表情はどこか曇っている。
「あの場はしょうがなかったと思います――現に私の短剣も、サクラさん、エルドラルさんの攻撃も効果がなかったので――」
「そうなのか?」
「はい、多分魔力の蔓が原因だと考えていますが――」
「だとしたら、今後の戦い方もそう言ったことへの備えも必要になってくるな――って、だったら今回はどうやって決着が着いたんだ?」
「言ってませんでしたね、そう言えば――」
メニシア自身も言伝で詳細を知ったが、自身が聞いたことの顛末を伝える。
「……マジか、あの双子がか……」
驚きが混じったその表情には、同時に納得いっているというようにも見える。
「メニシアのことを聞いたからなあ……一度起きた事は二度目も起きる可能性は十分にあるだろうしな」
「正直、あの子たちがいなかったらもっと大変なことになっていましたからね」
それこそ死人が出ていただろう――。
「で、今日の目的についてはどうしたんだ」
「そのことですが――」
その件に関しても、その後の予定と共に伝える。
「なるほどな、夕方くらいだったら私もある程度回復しているな」
「モネとネロも起きていると思いますしね。エルドラルさん調べ物についても片付くころ合いでしょうし」
「私もそのくらいの時間になったらそっちに向かうよ。それはまで休んでるよ――メニシアは戻るんだろ」
「はい、長居してはゆっくり休むことも出来ないでしょうし」
「そんなことはないって言いたいところだが、もう少し寝ていたいから助かる」
「では、わたしはこれで」
「おう」
カーテンを閉じ、再びこの場を後にする。
保健教師によろしく伝え、保健室を退出する――。
昇降機を降り、メニシアと別れたエルドラルはそのまま入り口横の受付に行く。
すぐに到着した受付には女性が二人――この二人は教師ではなく事務員、受付を担当している。
正直手間が省けた。
受付の女性一人がエルドラルの接近に気が付き、作業を中断した。
「作業を止めてしまいましたね、申し訳ない」
「いえ、どうなされましたか」
「それがですね――」
今回の経緯について簡易的に説明をする。
それを聞いて、もう一人の女性が資料を取り出す。
「こちらが来客者名簿になります。一年分が記載されておりますが、それ以上は――」
「十分です。必要になったら貰います。あと、申し訳ないのですが、ここで閲覧してもよろしいか?」
「構いませんよ」
その場で来客者名簿を閲覧する。
名前だけではなく、割と詳細に記すことに加え、一日に多くの客が訪れるので、一冊で一年分になるのはざらだ。むしろ一年で一冊に収まること自体珍しい。
先程の男子生徒の発言から、直近のグラン教師を訪問した来客者の名前を探す――だが、直近だとそれらしき人物の名前はない。
さらに範囲を広げてみるが、結局のところここ一年ではグラン教師に来客は一人もいなかった。
「……時間がかかりそうですね。申し訳ありませんが、十四年分の記録を用意することは出来ますか?」
「大丈夫ですが、すべてを出すのに少し時間がかかるので近い年数から数冊ごとをお渡しする形になりますが……」
「構いません、苦労を掛けます」
「いえいえ」
今度は二人がかりで資料を用意する。
言葉通り、数冊ごとに資料を渡してはエルドラルはそのまま資料に目を通す。
目を通し終えると、次の一冊に目を通す――それを繰り返していき、それだけで一時間は超えた。
比較的速読の部類であるエルドラルだが、それでも半分しか消化できていない……。
「さすがに多いですね」
「あの、手伝いましょうか?」
「いえ、私自身が確認しないと意味がないので。ただ、その好意はありがたく受け取らせていただきます」
引き続き資料に目を通していき、それからさらに一時間が経ち、十四年分の来客者名簿すべてに目を通した。
「お疲れさまでした、必要な情報は見つかりましたか?」
「ええ、見つかりました。ではこの資料を戻しましょうか、手伝いますよ」
「エルドラル先生は戻って下さい。急ぎの用事なのですよね」
「ここは私たちに任せてください」
「――ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます。それでは失礼――」
受付の女性たちにその場を任せて、サクラたちが待つ自室へと向かって行った――。
「……ん」
仮眠を取るつもりだったのが、まさかの爆睡してしまうサクラ。
その寝息は年相応の可愛さがあった――。
「……起こさないほうが良いよね」
「……気持ちよさそう」
先程まで寝ていたモネとネロは、サクラの寝顔を覗く。
さすがに睡眠を邪魔するほどの子どもらしさは持ち合わせていない。
だからといって、この場所で二人がやれることは限られている。
「サクには感謝しないとね……」
「うん、命の恩人」
本人たちも、この現状には驚いており、一生来ることがないとずっと思っていた。
神様を呪った。何度殺したかというくらいには呪った。
でも、それを救ったのはサクラだった。
初めて見た時は物珍しさもあって近づいたが、サクラがこちらに気が付いた時は反射的に逃げてしまった。
そして魔獣ライアントと戦闘になった際、確実に殺されると思った。
あれは何時の頃か、零区に現れ、主と化した。
あの男以外にも怯えるべき対象が現れ、確実に死を意識した――今までの様子からあの魔獣に勝てるビジョンなんて見えてこず、あの男も魔獣を避けていたくらいだから。
しかし、少女は――サクラは違った。
エルドラルとの連携があったとはいえ、圧倒的な強さで魔獣を撃破したのだ。
同時に二人は理解した――サクラという存在が、双子の闇そのものと言える人生に光を照らしてくれる存在かもしれないということを――。
しばらくサクラの顔を覗いていると――。
「……ん……あれ、起きたの?」
目を開いたサクラの第一声。
「……うん、起きてた」
「サクが一番ぐっすりしてたよ」
「……そ」
身体を起こして、腕を上にあげて伸ばす。
「ふー……で、メニシアはまだ戻ってないの?」
と、言ったそばから――。
「戻りましたよ~」
「あ、噂をしたら」
丁度良いタイミングでメニシアが戻って来た――。
ビリンの様子についてもか確認しつつ、エルドラルが戻るまでのんびり待ちながら時間を潰す。
一時間もしないうちに、今度はエルドラルが戻って来た。
「確認作業は終わったの?」
「ええ、少しばかり面倒臭いことになりそうですが」
「ということは」
「黒だってこと? あの先生は」
「……そのようですね」
結論、十四年分の来客者名簿にグラン教師の客の名は一文字も記載されていなかった。
ゆえに、グラン教師がいただき物と称していたクッキーは、貰い物ではないということになる。
では、入手先はどこなのか、それとも自作のものなのか。
いずれにせよ、なぜ来客者からのいただき物などという嘘をついたのか。
「あの、十四年って数字は……」
「彼がここの教師になってから今に至るまでの数字ですね――それにしてもまさかの新たな謎が生まれるなんて……」
「ねえ、サク」
サクラとメニシアが座るソファの後ろにいたモネが、サクラの首筋の布地を軽く引っ張る。
「なに?」
「あのね、思い出した事があるんだけど」
「僕たちがあそこにいた時に会ったっていう男の人のことだけど」
「そう言えば――」
色々な話題が次々に浮上するものだからすっかり忘れていた、その謎の男について。
今回の数々の事件に関係がある可能性がある存在――。
「その人がどうしたのですか?」
「さっきクッキーくれた人いたでしょ」
「……どっかで見たことあるな~ってさっきモネと話してたんだけど、あの人だったの」
「えっと……」
「――ッ! まさか……」
「クッキーくれた人が私たちに会いに来た人たちだよ」
これは本格的に黒になってきた――。
今の話を聞いた感じだと、グラン教師が一連の魔力騒ぎの重要参考人となり得る可能性がある。
さらに――。
「あのさ、さっきのクッキーなんだけどさ」
袋に詰められていた複数のクッキーがさらに出されている。
「一個当たりのクッキーに存在する魔力は微々たる量だからわからなかったけど、こう一まとめにして改めて魔力を調べてみたらさ――」
「今までの魔力と共通していた、ということですか」
「うん。つまりあの先生は完全に黒ということになるよ――」
ドォォォォォォォォォンッッッ!
「――ヒッ!」
「う……怖い」
双子は速攻で耳を塞ぎ、目を瞑る。
「何事――ッ!?」
「雷……?」
「大丈夫ですか、二人とも」
メニシアは双子に寄り添う。
サクラとエルドラルは窓の外を見る。
雷と思わしきものが落ちた個所を探す――それはすぐにわかった。
位置的には学校の中心地、噴水広場だと思われる。
「……空が」
「急激に曇って来た?」
先程落ちた箇所の真上を中心に黒みがかった雲が現れ、次第に急速に広がっていく。
「これは自然現象じゃないよ。魔力を帯びてる――これまでの事件と同様の魔力。しかも、そのどれよりも圧倒的に強いよ」
「だとしたら……」
「一連の黒幕がいる可能性がある」
テーブルの得物を身につけ、部屋の入り口に向かい、そして止まる。
「エルドラルと現場に行くからメニシアは二人を守って――」
「いえ、行きます」
メニシアの瞳には覚悟が宿っていた。
これまでいくつもの修羅場をくぐって来た。
とはいえ、それでもまだ足手まといの部類に入る――が、本人はそう簡単に諦められる程単純な性格はしていない。
そうであれば、この旅に付いて来ていない。
足手まといと言ったものの、彼の短剣のことを考えれば完全に足手まといになるということもない。
むしろ場合によっては必要かもしれない。
加えて、仮置いていったとしてここが敵に襲われないという保証はない。
だとしたら、サクラたちと共にした方が良いのかもしれない――。
「――わかった。モネとネロも……うん」
メニシアだけではない。
双子も同様に決意は固いようだ。
そもそも零区を生き延びて来たのだから弱者なはずがない。
サクラからも逃げ切れていることも考えたら、最終的に逃げ延びることもできるだろう。
「特に三人は無理せず後方に。支援に徹して」
三人の得物の特性から妥当な判断だろう。
「じゃあ行くよ――」
一行は部屋を出て、昇降機に向かう――しかし、先ほどの雷の影響からか、稼働していない。
「階段から行きましょう」
「壁をぶっ壊しても良いのなら今ここから行くことも可能だけど」
「ここ、何階だと思ってるんですか」
「……サクラさんは、飛行は出来るんですか?」
まさかの質問が飛んできた。
「できなくはないけど――」
「さすがに壁の破壊は許可できませんが、窓から先に現場に向かってください。私たちはあとから追いかけるので」
「――わかった」
階段途中にある窓を開け、そこからサクラは飛び出す。
背中の魔法杖に手を取り、そのまま魔法杖に座るようにして現場へ直行する。
「すご~い」
「……乗ってみたい」
「さすがは魔女というところでしょうか」
「過去、教師として在籍していた魔女……私の娘が飛行を可能にしていたのでサクラさんも同様かと思っていたのですが、正解でしたね」
「娘……そうなんですか」
「ああ、メニシアさんには言っていなかったですね」
思えば零区でサクラに言ったっきりだった。
メニシアの表情は悲しみを帯びている――。
「気にしないでください――それより急ぎましょう」
足を再び動かし、現場に向かう。
一階に到着し、保健室の前を通る間際――。
「――メニシア!?」
「ビリンさん!? そのお体は……」
「大丈夫だ。それより――」
鎧に大楯エイジス、ランスも装備している状態――。
本人の言葉通り、もう大丈夫そうだ。
そして、事の経緯を伝える。
「わかった、急ごう」
ビリンも加わり、改めて外を出る――。




