第3話 雷魔潜む魔術都市⑱
本来のサクラだったら、この一撃を受け流し、さらに一撃を加えるだろう。
もしくは、ぶつかり合ったとしても、撃ち負けることもないだろう……本来だったらの話だ――。
「――天上・闘風ノ打撃!」
エンチャントにより威力を増した暴風を纏う刀と、悪魔化した右腕に集約された雷を纏う拳が激突する――。
それは、ここまでの戦闘において一番の衝撃となり、周りにそれなりの被害をもたらしていく。
そして、この一撃の激突を制したのは、半身悪魔化した男子学生であり、まさかのサクラが力負けしたのだ。
力負けしたサクラは、攻撃の反動で後方に吹き飛ばされるが、何とか体制を立て直して事なきを得る。
「……」
ふと、視線を刀を握る手に落とす。
同時にタイムリミットが来たようで、鎧のように纏っていた暴風も静かに治まっていき、再び刀身にのみ暴風は纏う。
だが、それ以上にサクラにはいまの攻撃に関して不可解な点が出来た……。
「サクラさん――!」
突如名を叫ばれ、声のする方を振り返る。
こちらに近づくのは、エルドラルだった。
本校舎から来るならわかるが、どうしてそちらから来るのだろうかと考えたが、エルドラルのいる方向にはモネとネロ、クオンがいる。
つまり、本校舎から回り道をして彼らに近づき、そしてこちらに来ていると言う訳だろう。
「大丈夫ですか」
「うん……多少は驚いているけどね」
「私も同感です。まさか、サクラさんが押し負けるなんて――」
「そこなんだよね」
「というと?」
「ビリンもメニシアも本来の力を発揮できなかった――それと同じことが僕にも起きてるのかもね……って、言ったそばからだ」
「――!?」
話を遮るようにして。ビリンとメニシア同様に蔓状の雷属性の魔力が全身寄生するかのように絡みつく。
呼吸も少しずつ乱れていき、次第に汗も滴り、同時に顔も青ざめていく。
「サクラさん……」
「ああ、大丈夫だよ。でも、僕よりあそこの二人の方がもっとヤバい状況かもしれないよ」
いざ、自分も同じ状況に陥り、ことの重要さを再確認できた。
一つ言えることは、早く決着を付けない命が危ない。
明らかに命を蝕んでいる――それ身をもって感じている。
そして、大楯エイジスや短剣が効力を発揮しない理由もなんとなく分かった。
この魔力の蔓は、対象者の魔力……それだけではない、生命力でさえ吸収し、成長の糧にしている。
だからこその短期決着が望ましいのだが……。
「エルドラルは絶対に攻撃を受けないで」
「それは、あなたがたと同じになるからということですか」
「うん、今この瞬間で僕以上に戦力になるのは多分エルドラルだけだと思う。それすら失ったらもうどうにもならないよ」
「わかりました――が、しかしですね、気になるところがございまして――っと」
話を遮るように男子学生は攻撃を仕掛けてきた。
それに素早く反応したサクラは、刀から聖剣に切り替えてその攻撃を防いだ。
二撃目が来るかと警戒していたが、それに反して男子学生は距離を取った――その大剣をまともに一撃を貰ってはいけないという本能に従うようにして――。
「メニシアの短剣が魔を滅する――というよりは封じるという表現の方が近いかもしれないが、僕の聖剣だったら魔を斬るという表現が適切……かな?」
実際にこの聖剣は勇者の得物であり、実際に魔王を聖剣の一撃のもと戦いを終わらせた。
魔王にでさえ絶大な効果を発揮していたのだから、魔王より下位の存在はそれ以上の苦痛――猛毒にしかならない。
しかし、サクラが本来の持ち主ではないからなのか、本来の能力とは程遠い……と、師匠が言っていた――それでも、目の前の敵に対しては十分な効果を発揮しているようだ。
「あの子の友だちには悪いけど、こっちもこんなところで死ぬわけにはいかないんでね――エルドラル、申し訳ないけどもう手加減はできないから――というよりは手加減している余裕はない」
「……わかりました、ですが――」
「わかってる、そこに関してはなんとかやるさ、完全に余裕がなくなったらの話だよッ!」
聖剣を構え、敵に向かって踏み込むが――。
「――ッ! 力が――」
魔力の蔓の影響が強まる。
痛みと言う訳ではない――だが、本当に時間がない。
死が本当に目の前にやってきてしまったかのようだ――いや、もう目の前だ。
「サクラさ――ッ!?」
膝をついているサクラに近づこうとしたエルドラルも同様に膝をつき、今にも倒れそうだ。
「エルドラル……!?」
自分の仮説が否定された瞬間でもあった。
何故なら、攻撃を受けていないはずのエルドラルの身体には、サクラたち同様に魔力の蔓が絡みついていたからだ。
攻撃どころか触れてすらいないはずのエルドラルなのだが、つまり攻撃ではない別の何かが要因になるのか……今のサクラにそこまで頭が回るほどの余裕はない。
この瞬間にも次なる一撃が目前に迫っているのだから――。
膝をつくさくらの目の前にはすでに攻撃態勢に入った男子学生の姿があった。
先程エンチャントにより威力が上がった「天上・闘風ノ打撃」に勝ったあの一撃がまさにサクラに狙いを定めていた。
鎧どころか、すでに大楯エイジスの遠隔シールドの効力すら切れた今のサクラがこの一撃をまともに受けたら、死の可能性すらある。
しかし、その一撃を避けられないのは、今の行動で証明されてしまった。
防ぐことが出来ない、最強の一撃がついにサクラに襲い掛かる――。
「――ッ!」
見ることさえままならないサクラに一撃が触れる寸前――。
「「やめろォォォォォォッ!」」
突如響き渡る叫び声、同時に男子学生の一撃がピクリと止まった。
視線を上げると、光り輝く鎖によってその一撃が抑え込まれていたのだ。
「――?」
何がどうなっているのかわからないが、その答えはすぐに明らかになった――。
「サク~!」
「……サクちゃーん!」
声と同時にサクラに飛びつく声の主――モネとネロ。
「死んじゃやだよぉ」
「(コクコク)」
二人の目元には涙が今にも溢れ出しそうだ。
遅れてクオンもやってきたが、その表情は申し訳なさそうだった。
「……なん、で……」
疲労困憊の中発する声は震えており、それが精一杯であるにもかかわらず、双子に視線を向け、振り絞って声を出す。
「なん、で……来たの……!」
「だって――」
「サクちゃんが――」
「だってじゃないっ! 死にたいの!?」
「「――ッ!?」」
双子は声に出せず、代わりに一層涙が溢れ出し、止まらない。
「……ごめんなさい」
「……」
強く言いすぎたかもしれない。
さらに泣きじゃくる双子を優しく抱きしめる。
それに応えるようにして、双子もサクラの胸にぶつける。
緊張の糸が切れたのだろう――だが、それで解決できればここまでの苦労はない。
いまだに鎖によって身動きが封じられている男子学生。
鎖の出どころはすぐにわかった。
鎖の元を辿ると、出先は双子の手錠からだった――。
今までの例に漏れないのなら、先程の石像があった場所で元の鎖が変化したことになる。
「――モネ、ネロ、二人に聞きたいことがあるんだけど――」
「……ッ、なに?」
「……」
少しは落ち着いてきた。
今まで子どもを扱ったことがなかったので少しほっとしているサクラだが、間髪入れず自身が抱える疑問を投げかける。
「その鎖の使い方を知ったのはいつ?」
「……え?」
「……さっきだよ」
モネは一瞬質問の意味を理解できずにいたが、透かさずネロが質問に答える。
「石像が光ったタイミング?」
「ううん、本当にさっき。サクちゃんが殴られそうになった時」
「そうそう」
サクラが考えたタイミングとはズレていたが、多少のタイムラグはあるのかもしれないと納得する。
「じゃあ、その鎖は――」
「これはね、悪魔とか魔物とかを動けなくするの!」
「……今みたいに」
動きも含めてこの鎖の特性は魔を冠するものを拘束するという能力なのだろう。
実際にピクリとも動いていない――いや、鎖から抜け出そうとしているが、抵抗する度に鎖の縛りが強まっていく。
だからといって、拘束したところで現状の改善には繋がっていない。
今もなお魔力の蔓がエルドラルも含めた四人が蝕まれている。
現状を打破できる手掛かりを早く見つけなければ本当に命が危ない――。
だが、さらなる驚きがまたしてもサクラを襲う。
「うッ――ッ……あぁぁぁ――ッ!?」
突如、男子学生が苦しみだしたのだ。
「――なに、いったい……」
その疑問に答えたのはネロだった。
「この鎖はね、ただ縛るだけじゃないんだよ。その人の魔力を吸収するの」
それを聞いてさらに驚く。
能力もさることながら、それはサクラたちを蝕む魔力の蔓と同様の能力だった。
今の言葉のニュアンス的には魔力の蔓と違い、生命力までは吸収しないようだが――。
「じゃあなんでこの人は苦しそうにしているの」
「「……さあ?」」
それは双子たちにもわからなかった。
この間にも男子学生は苦しみ続けている。
加えて更なる変化が彼に訪れる。
「……戻ろうとしているの?」
悪魔と化した時とは違い、聖なる光が男子学生を包む。
そして、悪魔と化した半身が光の粒子となり空に昇っていく――。
次第に本来の姿が見え隠れするようになり、そして悪魔の因子と言うべきか、それが完全に消え去り元の姿となった。
同時に役目を終えたのか、鎖は彼を解放し、持ち主の元へと帰っていく。
鎖は本来の長さよりもさらに短くなり、最終的には双子の手錠に収まった。
伸縮だけではなく、鎖の出し入れも可能なのは、正直便利かもしれないと思ったサクラ――。
解放された男子学生は、床に倒れた。
表情は悪魔化直前と違い、顔に赤みを帯びている――生者の顔色だ。
彼の胸元に触れ、心臓が動いていることも確認した。
だが、一つの問題だけがまだ解決していなかった。
「サク、まだ消えないの」
「――悪魔が原因じゃないのか……」
魔力の蔓だけはいまだに残り続けたままだ。
てっきり悪魔の能力かと思っていたのだが、どうやら違った――。
つまり、いまだ命の危険が付きまとっている――だが、ここまでの流れで問題解決の糸口が見つかった。
「二人とも、さっきの鎖出せる」
「うん、出せるよ」
「ほら」
言われた通りに鎖を出現させる。
その動きはまるで鎖が生きているかのようだ。
「その鎖で僕を縛って」
「「……え?」」
「……ち、違う! そんな趣味はない! さっきの彼みたいにこの魔力の蔓だけを吸収できないかって話」
「あ~なるほど」
「でも、サクちゃん……」
男子学生の悪魔の魔力を吸収し、元の姿に戻したように、魔力の蔓にも同様のことが出来ないかと考えたサクラ。
それはサクラの魔力をも吸収してしまうのではないかと考えた双子だが、サクラが気を失っている男子学生の魔力の流れ的に鎖は、悪魔の魔力だけを吸収し、彼自身の魔力には全くと言っていいほど関渉していなかった。
だとしたら、同じ事がサクラが置かれているこの状況にも当てはまるのではないかと考えた訳だが――。
「やってみようよネロ」
「いいのかな」
「だって早くしないとサクが――ううん、サクだけじゃなくてシアたちも死んじゃうよ」
「……」
サクラ、そして倒れているメニシアにビリン、そしてエルドラルを見る。
早くしないと大好きな人たちが死んでしまう――最後にサクラの真っ直ぐな瞳を見て決心した。
「わかった、やろうモネ」
「うん」
モネは近くのサクラとエルドラルを、ネロは離れたところのメニシアとビリンにそれぞれ手をかざし、鎖を放つ。
鎖は途中で何本にも枝分かれをし、それらは各々の身体に絡みついて行く。
「行くよ、モネ」
「(コク)」
ネロの頷きを合図に、魔力の吸収を始める。
結果、サクラの考えは正しかった。
魔力の蔓は鎖に吸収されていき、次第に消滅していった。
同時に魔力の蔓によって吸収された生命力と魔力が、まるで鎖内で浄化されたかのようにして持ち主の元へと戻る。
蔓が完全に消え去ったのと同時に各々の意識が回復した。
「……うッ」
「……あ、あいつは」
メニシア、続くようにビリンが目を覚まし戦況を確認する。
「やりましたか――彼は」
「大丈夫だよ、生きてる」
エルドラルもすぐに目を覚まし、自分の心配より学生の心配を優先する。
教師のかがみかもしれない。
これで、一応騒動は静まったと言えるだろう……。




