閑話 「サクラ」の由来
ファルカスを発ち、サクラ一行は現在、海の上にいた。
もちろん、文字通りの意味ではない。
サクラたちは船で移動中。
もともとファルカスに来た理由は、船で移動するためだ。
そのはずなのに、気が付いたら思いのほか濃い時間を過ごすことになるなんて、ファルカスに来た直後のサクラとメニシアは想像していなかっただろう。
メニシアは、生まれて一度も船に乗ったことがなかったので、船酔いをしてしまい、用意された部屋で休んでいる。ビリンはその付き添いだ。
サクラは、クオンを抱えて甲板で風を浴びている。
船に乗るまでは良いが、その後どこに向かうかというのはまだ決まっていなかった。
乗船場の案内板を見ながら行き先を考えるつもりでいたが、件の出来事がきっかけで目的地が決まった。
向かうは魔術都市イリナ。
その名の通り、魔術が盛んに研究されており、世界最大の魔術学校が存在する。
そこに通う学生のみならず、ファルカス同様に大都市であるので、様々な人が行き来する。
目的は魔術についてある程度知識を身につけたいから。
それだけだったらどこにいても可能だが、確実な知識を身につけたいのなら、手っ取り早いのは魔術学校だ。
もちろんそこの学生になるわけではない。
一応誰でも学校内の立ち入りが可能、と言っても外部の人は図書館くらいしか立ち入りが出来ないのだが。
きっかけは、イエユリがビリンに託したジャスティス・アローだ。
ジャスティス・アローは、魔法に近いがれっきとした魔術だ。
ビリンは、魔術の存在については知っているが、詳しいことは皆無だ。
魔法を使えるサクラも、魔法が使えるのであって魔術を使えるわけではない。
正確には魔術を使えない訳ではないが、魔法が使えるので使う理由も無いからだ。
何なら、魔法杖を使うことによって魔術と勘違いされるので案外良かったりするのはまた別の話。
メニシアは論外……つまり、この面子の中で誰一人魔術に関する知識を持ち合わせていない。
ファルカスのギルドに魔術師、それも高ランク魔術師冒険者がいるにはいるのだが、現在は長期依頼によりファルカスにはいない。
近いうちに戻るということはないらしいので、だったら破壊の魔女の情報収集と同時に魔術の知識を身につけようということになった。
「どうだ、景色良いか?」
振り向くとビリンがいた。
「メニシアは?」
「寝てるよ……あそこまで弱いとは」
想像以上に酔ったようだ。
今後は移動についても考えないといけないかもしれない。
「景色は……普通かな」
「普通か」
「だって見たことあるから」
「そうか、確か……」
魔術都市イリナの近くには、以前サクラが修行した場所がある。
そこにはサクラの師匠の住いがある。
多分今も変わらず過ごしているのだろう。
いや、師匠の性格的にどこかしらの地をふらついているのだろう。
乗船前にビリンに過去のことをある程度話した。
「その師匠のところには寄るのか?」
「別にいい、いるかどうかもわからないし。まぁ、いたところで特に用は無いし」
「割と辛辣だな」
「そう?」
そんな他愛もない会話をこの後も続いた。
魔術都市イリナは大陸内部にあり、海に面していないので、最寄りの港を降りた後、イリナ行きの交通手段を使う必要がある。
メニシアの件があるので、乗り物にはなかなか乗り辛い。
徒歩で行けないこともないが、乗り物無しだと思いのほか険しい。
加えて魔物が多く生息しているのだが、乗り物には魔術学校から寄付された魔物避けが付与されているので特に問題は無い。
だが、今のパーティーなら一応大丈夫だろう。
サクラにこのパーティーの守護神であるビリンもいる。
最寄りの港までは、ファルカスから二日と少しかかる。
そろそろ一日が終わろうとするので、残りは一日と少し。二日後の朝には到着予定だ。
サクラが心配なのは、残りの期間のメニシアの体調だ。
日が沈み、部屋に戻った後、魔法で船酔いの症状を抑えている。
顔色も良くなったが、完全に症状を完治させたわけではない。あくまで抑えているだけだ。
正直、魔法を使用するのにためらいがあった。
使用を重ねると、体が慣れ始めて魔法の効果が段々と弱まってしまう可能性がある。
こういった理由なのだが、さすがにメニシアの船酔いの状況が思いのほか酷かったので使用した。
「大丈夫?」
「ありがとう、ございます……」
先程まで喋ることすらままならい状態であったことを考えると、だいぶ回復したほうだ。
「ご飯食べられるか?」
ビリンがお粥を持って来た。
船内の飲食スペースにいるスタッフに頼んで作ってもらった。
「はい、何とか」
何とか起き上がる。まだその表情は苦しそうだ。
「食べさせてやるから、そのままでいろ」
「わかりました」
ベッドの横に座り、スプーンでお粥を掬い、メニシアの口に運ぶ。
メニシアは大人しく口を開けてお粥を食す。
万全の状態ではないので、ある程度食べた所で食事を終えて、ビリンの力を借りつつ歯を磨きそして眠りにつく。
本当にメニシアの乗り物酔いは考えなくてはならない。
部屋が明るいままだとメニシアの眠りを妨げるのではと思い、サクラとビリンは部屋を出て再び甲板に向かう。
クオンは、メニシアと共に寝ている。
昼間も相当良い景色だったが(サクラはそうでもないようで)、夜だとさらに良い、とても美しい満天の星々……今夜は雲一つないのでその美しさに拍車をかけている。
このような日、夜空の下で恋人と過ごすというのもありだろう(実際にサクラとビリン以外にも恋人らしき人たちが数組いる)。
「一ついいか?」
「何?」
「サクラの名前の由来って何だ?」
「由来?」
メニシアの暮らしていたエリアス周辺は不明だが、ファルカスだと「サクラ」という名は珍しい、というより聞いたことがなかった。
初めにサクラの名を聞いた時も、後々珍しいと思ったくらいだ。
「あー……」
反応した後に沈黙が流れる。
嫌な沈黙ではないが、聞かない方が良かったのではないかという沈黙だ。
「……いや、忘れてくれ」
「別に良いよ、聞いて面白いかどうかはしらないけどね」
「そ、そうか」
「うん……花の名前だよ」
「花?」
「そう、花。お母さんの故郷に咲く花」
桜は、ファルカスにはない。
エリアスも多分そうだ。サクラが見た感じ桜の木が無かったからだ。
そもそも、旅をして来てサクラが見たのは師匠との修行を行った地兼住宅のみだ。
多分桜の木があるのはサクラのお母さんの生まれ故郷のみなのかもしれない。
師匠曰はく、ある人から譲り受けたものとのこと。
サクラのお母さんの生まれ故郷には行ったことも見たこともないらしい。
もちろん、サクラも同様だ。
「珍しいんだな、桜って」
「うん、お母さんの故郷も相当珍しいけどね」
「そうなのか?」
「僕も昔お母さんに聞いた話だし記憶が曖昧になってるけど、魔女の隠れ里なんだって」
「!?」
ビリンが驚くのも無理はない。
魔女以前に魔法使いはそもそも絶滅危惧種と言ってもいいくらいにその人を見ない。
ただでさえ珍しいのにさらに魔女の隠れ里と来た。
つまり、数は少ないにしろ魔女の集団が集落を形成している。
驚きを隠せないのも無理はない。
「まぁ、僕も聞いただけだから」
「行ってみたいとか思うのか?」
「うーん……行けたら行きたいけど今は別にかな」
「私は気になるけどね」
「行ってみたいの?」
「そう考えるとサクラといっしょかな、行けたら行ってみたいくらいかな」
「……でも、やっぱり気になるかもしれない」
「その心は?」
「……僕も一応魔女だし、同じ人たちを一度見てみたいかもって」
今まで多く魔法を使用することなく、刀のみで戦場を乗り越えてきた。
魔鏡との戦いで久々に使用したくらいだ。
それでも、血がつながり、異常なまでの魔力量ということもあり、少なからず魔女と呼べる存在に変わりない。
「話は戻るけど、僕の名前の由来なんだけど……」
「そうだった」
「桜ってね、ある一定の時期にしか咲かないの。その時期を過ぎると一気に散っていく。でも一年後には再びとても綺麗で美しい花を咲かせる。強引に繋げてるのかもしれないけど、一度散ってしまうような出来事があっても諦めなければ再び咲き誇れる……要は諦めないことと綺麗で美しい心を持つような子に育ってほしいという意味合いで「サクラ」って名前を付けた……らしいよ」
「……らしいって」
「しょうがないじゃん、これ聞いたの五歳くらいの時なんだから、よく覚えている方だと褒めてほしいくらいだよ」
「……まぁ、良い名前だな」
「……ありがと」
想像していた何倍も良い名前で、メニシアからの聞いた話と、ビリン自身が見てきたことを合わせて、その由来をサクラは体現しているように思える。
「メニシアはこのこと知ってるのか?」
「知らないよ、聞かれなかったし別に秘密にしているわけじゃないし」
「別に話すつもりはないがな」
それからも、昼間に続いて他愛もない話が展開されていく。
「そろそろ冷えてきたな」
「そうだね、戻ろうか」
美しい満天の星々の元、名残惜しいが冷え込んできたので部屋に戻る。
部屋に戻った後は、各々のベッドで横になり眠りにつく。
「……」
横になってから、眠りにつくまでの間にサクラは色々と考えていた。
今までメニシアや師匠に聞かれたことがなかったとはいえ、まさか人に自分の名前の由来について話すとは思いもしなかった――。
「やっぱお前、可愛いなぁ!」
師匠がサクラの頭に手を伸ばし、クシャクシャと頭を撫でる。
「止めろバカ!」
サクラはその手を払おうとするが、師匠はそれをいなし撫でる行為をやめようとしない。
「そんな不機嫌だと彼氏の一人も出来ないぞ~」
「うるさい! そんなものいらない」
やっとの思いで師匠から離れることができ、縁側で日向ぼっこをしているクオンの元に行く。
「ぶーぶー! サクラのけち~……でもな」
「?」
「俺やクオン以外にも、信頼くらいしても良いんじゃないか?」
「……」
その目は鋭くなった。いかにも周りを寄せ付けないその目。
最初の頃もそうだ。
サクラは助けられた恩があったとはいえ、師匠に対して心を開くことはまずなかった。
一種の道具としか見ていない。
「もちろん、あの事だって忘れてはないぞ」
大切な人にすべてを奪われ、失ったあの出来事以来、人という存在に対して心を完全に閉ざしてしまった。
師匠に対してもそうなので、当初は大変だった。
ご飯に手を付けないだけではなく、眠ろうともしなかった。
それを数日も続けば確実に倒れる。
さすがの師匠も諭して、少しずつだが改善された。
そして、とある出来事をきっかけに、現在のような関係性になった。
「話を聞いた時は、逆に心に傷を負わない人を見てみたいくらいだとも思ったさ
……だけどな」
真っ直ぐ、そして真面目な瞳をサクラに向ける。
「殻に閉じこもり続けても成長も出来ないし、確実にサクラの悲願は果たせない」
「……」
「もちろん、この世の全ての人間にってのはさすがに無理だ。それでも、数人は自分の背中を任せられる、信用と信頼に値する人くらい見つけた方がいいぞ、割とマジな忠告だ」
「……」
引き続き黙り込むサクラ。
その顔は納得いっていないようにも見える。
「ハハッ、最初からやれって言ってないだろ、少しずつだ、少しずつ」
そう言ってサクラに近づき、再び頭を撫でる。
「……善処する、かも」
今度はその手を振り解こうとはしなかった――。
(……僕も変わったな)
そのきっかけは師匠の言葉かもしれない。
もしくはクオンの行動かもしれない。
メニシアと出会い、共に旅をするようになったからか……その全部かもしれない。
そんなことを思いつつ、深い眠りに誘われる……。
そして、一行は船旅を終えて魔術都市イリナを目指す――。




