始まり(おわり)
「――えっ?」
(今の……何だ?)
突然幼い頃の出来事を思い出した。しかもとても生々しく。
大好きな父と母、そしてクオンと暮らし、大好きな友だちであるこーくんとみーちゃんと遊び、大好きな父が母に殺され、母から逃げるためにひたすら走り、力尽きて眠り、夜が明けた後、村に戻ると村が廃墟と化しており、それを見て絶望し、同時に母に復讐を誓った……あの時の事を。
人間は、死に際に走馬灯を見ると言われている。
走馬灯は、その人の人生の様々な情景が脳裏に次々と現れて、過ぎ去っていく現象のことだ。
サクラが見たものは、紛うことなき走馬灯そのものだった。
何故サクラがそれを見たのか……単純な話だ。
現在死にかけているからだ。
「勇者と魔女の血が受け継がれているとは思えないねぇ。サクラ」
膝をつくサクラに対してい見下ろすように破壊の魔女が言う。
「黙れ!」
「黙らないよ、あなたはこの十年何をしていたのかねぇ。ただ猫と遊んでいただけかい? 無様に死んだあの人も泣いているんじゃないかぁ」
サクラに向かって笑いながら、まるで挑発するように破壊の魔女は吐き捨てる。
「黙れぇぇぇぇぇぇ!」
その挑発に乗ってしまったサクラは、勢いよく破壊の魔女に飛び掛かる。
「……未熟者ね」
破壊の魔女は、指を鳴らして、飛び掛かってきたサクラを、大広間の奥から入り口付近の壁へと吹き飛ばす。
「既にボロボロなのだから、少しは大人しくしたらどうだぇ、バカ娘」
「……ッ」
破壊の魔女の言う通り、サクラは既にボロボロだった。
最初は互角だった。
しかし、いくら攻撃をしても傷が付かない。
正確には傷は付いている。
傷を付けた瞬間に、その傷が癒えていくのだ。
打開策が無いまま次第にサクラの体力が減っていき、破壊の魔女が優勢となっていく。
気が付いた時には、サクラの体ボロボロとなっていた。
サクラの相棒であるクオンは、猫特有の身軽さで破壊の魔女の攻撃を避け続けたが、先程サクラを吹き飛ばした攻撃をクオンも同時に受けており、サクラから少し離れた所に吹き飛ばされた。
俊敏ではあるが、耐久面では脆い。
今の一撃でサクラとクオンは、再起不能に近い状態まで追い込まれた。
「その猫……あの時の猫かぇ」
すると破壊の魔女はクスッと微笑する。
「懐かしい……! 懐かしいが、同時に面白く……絶望したねぇ」
「なん、だと」
「だってそうだろう、復讐鬼だというのに猫と共にしている。猫と共にする時間があるのならもっと強くなれただろうに、なんてまぁ可愛らしい復讐鬼だこと」
「……」
サクラは反応したい……が、半分は反論が出来ない。
破壊の魔女……村を滅ぼし、大好きな人たちを殺した母に復讐を誓ったサクラ。
しかし、当時のサクラは五歳だ。復讐を誓ったとはいえ、まだ両親が恋しい年頃だ。
その両親を同時に失った。
クオン……新しく家族に加わった子猫だけが、サクラの元にいた。
クオンだけがサクラの心の拠り所だった。
村を離れて旅に出て、酷地を渡り歩く、母への復讐の為に修行をするなど、多くの辛い時をクオンが拠り所となってくれた。
それがいつしか甘えになっていたのかもしれない。
だとしても、クオンがいたことで強くなれたことは事実なのだ。
事実なのだが、それでも破壊の魔女に勝てない。
実力は互角。クオンのサポートを加えると、サクラたちの方が優位に立っていたはずだった。
即座に傷を癒す回復能力。
これだけが想定外だった。
いや、想定は出来たはずだった。
……これも甘えが引き起こした油断なのだろうか。
どこで狂ったのだろうか。
この時のサクラはふと思った。
――もし、仲間がいたら、また違う結末だったのかな。
満身創痍のサクラは、諦めかけていた。
勝てない。
大好きな父に合わせる顔が無い。
サクラは立ち上がろうとするが、既にその力も残っておらず、その場で倒れ込んだ。
「……もう終わりか、つまらないねぇ」
破壊の魔女は、サクラの元に近づき、右手のひらを掲げて、一本の刀を召喚する。
「じゃあね、サクラ」
(クソ……)
召喚した刀を、破壊の魔女は躊躇いも無くサクラの心臓に突き刺す。
これにてサクラの復讐劇が幕を閉じた。
サクラは意識を失う直前、同じく倒れていたクオンの体が光りだしたような気がしたが、それを気にする前にサクラは意識を失い、息絶えた。